ポーンドット男爵のダイエット奮闘記〜娘の視線が気になりまして

２章 第二の試練 食事制限と無限地獄

６ もやし生活

　あれからジェラールはすぐさまキッチンへと向かい料理長ランドの肩に手を置いて、誰もが驚くほどのしたり顔でこう告げた。

「ランド。今日から私の食事はこれにしてくれ。このーーもやしを」

「は……はぁ……」

「では頼んだぞっ！」

　満面の笑みを浮かべ満足気にキッチンを後にするジェラールの足取りは妙に軽快なものであり、ランドの目には若干地面から足が浮いていたようにも見えたというからこれまた不思議である。

　その日の夕食、

「うむぅ！　美味い！　非常に美味い！　温かな食事は実に心地がいいものだ！　それにワインとも合うではないかっ！　これならいくらでも食べる事が出来そうだ！」

「ーーお父様、次はもやしになさったんですね」

「むぅ！　アンナに勧められて、それでな！」

「もやし以外のものもきちんと食べて下さいね？　それではいつかお身体を壊してしまいます」

「はっはははは！　平気だ平気。きちんと野菜を食べているんだから、むしろ健康になっているくらいだろう！　はっははは！」

　心配する娘をよそにジェラールは上機嫌でそう答え、食事を食べ進めた。

　いつしか冷めた雰囲気が蔓延っていたポーンドット家の食卓はこの日、良いか悪いかいつもの温かな雰囲気を取り戻したのであった。








　数日後、

「ーーふむ、８３ｋｇ……。という事は、最大値より４ｋｇ減量出来たのか……」

　もやしの効果は確かに出ているようだが、決して素直に喜べるような数値ではない。

「ーーーーっ！」

　その時、一つの可能性がジェラールの脳裏をかすめた。

「まさか……体内の酸素量で体重が変わるのか？」

　酸素を多く吸い込めば重くなって、酸素をなるべく吐き出せば軽くなる、的なーー。

　あるいは、その逆か。

　単に自分が失念しているだけで、本来そういった体重測定時の細かなルールが決められているのではなかったか？

　そう思い立ったジェラールは幼少期の頃の記憶を必死に辿り、体重測定時の詳細なルール等が存在しないかを探りに探ったが、残念ながらそういったルール等を思い出すには至らなかった。

　思い出せないのなら仕方がない。そう思ったジェラールはここは実験だと言わんばかりに体重計の上に乗って、肺の中の酸素を全て吐き出し呼吸を止めた。

　針は確かな冷静さで８３ｋｇを指し示している。

　ジェラールは口を大きく開けておよそ限界近い量の酸素を一気に体内へと吸い込み視線を落とす。

　針は絶対的な冷酷さで８３ｋｇを指し示している。

「ーーはははっ」

　沈黙を恐れたのか、乾いた笑いが反射的に口から零れ落ちた。

　すっと、静かに辺りへ視線を走らせたが幸いな事に辺りには誰もいないようであった。

「ま……まあ、これからだな、これから！」

　嫌な空気を払拭するようにそう呟いてジェラールは一人、仕事に取り掛かるのであった。