奥様はとても献身的

埴輪

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≪現在③≫

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 彼女は子供が欲しかった。
 大恋愛の末に結ばれ、半ば駆け落ち同然に結婚した夫との子供が欲しかった。

 けど、結婚してから数年経っても授かる気配がない。

「子供は授かりものだから。その内、神様が授けてくれるさ」
「ええ、そうね……」

 彼女の夫は寡黙ながらも優しい男だ。
 子供が出来ずに悩み、憂う妻を責めることもせずに慰めてくれる。

 けど、世間は夫のように優しい人ばかりではない。

 男女が結婚し、子供を産むのが当たり前の時代だ。
 友人達は一人、二人と、子供を産み、母として日々輝いているように見えるし、年々近所の噂好きな人々から変な目で見られている気がした。
 当初は夫との結婚に反対していた親戚達が今では彼女に子供はまだか、孫はまだかと催促する。
 
 彼女は焦った。

 何か、原因があるのではないか。
 こんなにも周りは当たり前のように妊娠し、出産しているのに。
 懸命に、必死に励む自分達夫婦だけどうして子供が授からないのか。

 もしかしたら、自分に原因があるのではないかという恐怖に彼女は怯えるようになった。
 子作りのためだけに夫と日にちを決めて寝る日々もまた、彼女の精神を病ませた。

 夫に抱かれるだけで幸せだった頃が懐かしく、そして悔しかった。
 元々そうだったのか。
 時折女は別人のようにヒステリックになり、夫に八つ当たりをするようになった。

 それを受け入れる夫に、彼女はまた更に絶望する。

 悪循環だ。
 幸せだった結婚生活。
 二人で全てが満ちた新婚生活が嘘のように、子供のいない生活は彼女にとっての地獄だった。 

「検査を受けよ」

 夫のその提案は彼女にとっては救いでもあり、死刑宣告にも思えた。

 やはり、夫も周囲と同じように子供ができないのは自分のせいだと思っている。
 彼女は夫を詰り、貶し、その夜、部屋に閉じこもった。

 自分が情けなく、そして夫の傷ついた顔が忘れられず、しくしくと泣いた。

 悔しい。
 子供さえいれば。
 子供さえいれば、幸せになれるのに。

 欲しい。
 子供が欲しいと、彼女は強く願った。

 彼女は気づかない。
 いつの間にか彼女の願いは夫との子供が欲しいではなく、子供が欲しいとなっていることに。

 その晩、女は疲れて寝た。
 
 蒸し暑い夜だ。
 窓を閉めるのを忘れ、女は無防備なネグリジェ姿で涙に濡れたままうとうとと眠り、そして夢を見た。
 
 夢を見ながら頬を上気させ、喘ぐ彼女を、窓から見下ろす男がいた。
 その男の目は好みの獲物を見つけたことに興奮し、赤く光っていた。






 妻が妊娠し、出産した。

 しかし男は出産に立ち会わなかった。
 どうしても終わらない仕事があると、病院からの電話を切った。

「そうか…… 無事に産まれたのか」

 元気な男の子だと電話口で伝えられ、当たり前のように妻の出産よりも仕事を優先したことを責められた男はただただ謝った。

 まだ、気持ちの整理がつかないのだ。

 それでも、男は父親になるしかない。



* *



 男は妻の隠し事に気づいていたが何も言わなかった。
 男もまた妻に隠し事をしていたからだ。

「名前はもう決めてあるの…… お腹の中にいたときから、ずっと考えていたのよ」

 妻が愛し気に抱きしめる赤ん坊はすやすやと幸せそうに寝ている。
 
「……この子には誰よりも優しい子に育って欲しいの」



* * *


 男は妻に隠し事をしていた。
 妻はあの夜激怒したが、男は元々妻一人に検査を受けさせるつもりはなかった。

 薄々、男もまた覚っていた。
 ただ、現実を認めたくなく逃げ回り、そのせいで妻を長く傷つけてしまった。

 検査の結果は、男の予想通りであり、だからこそ男はこの秘密を墓場まで持って行くことにした。



* * * *


 女は母になった自分に酔いしれながらも、常に不安に怯えていた。
 まだ子供が腹にいるときから、女は祈るように言い聞かせた。

 そして生まれた今は子守歌を歌いながら、祈った。

「どうか、どうか優しい子になってね」

 優しい子に育って欲しい。
 誰よりも優しく、皆に優しく、決して意地悪しないような。
 

 人を赦せる優しい子になってほしい。


「貴方は優しい子、優しい子だから、」

 だから、お母さんのことを責めないでね。



 赦して。


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