奥様はとても献身的

埴輪

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≪過去②≫

35 何かを成したいのなら、それなりの犠牲が必要だ 後

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 一体、全裸のままさくらの話をどれだけ聴いたのか。
 時間の感覚が痺れるほど、あっちこっち飛んでいく話、むしろよくこんなにも語ることがあるなと感心するほどお喋りなさくらの散文とした話を鳴海は鳴海なりに要約し、理解した。

「なるほどな~ 要するに他の男と会う約束を優先された、と……」

 鳴海に悪意は一切ない。
 ピリピリと肌を刺すようなオーラを放つさくらを気にする素振りもない。
 
「そうか、そうか…… あの子も漸く立ち直ったのか…… うんうん。いい事だ。過去はどうやっても変えられんからな~」
「…………」
「失恋とはまた違うが…… 男に裏切られ、愛が傷ついた女には新しい恋が一番の特効薬だ。男でも女でも、再び愛せる人間に出会えるのは幸運だろう」

 例の彼女の修復をしたせいか、妙な愛着というか親近感を勝手に抱いていた。
 気持ち的に教え子に恋人ができたのか、よかったよかったぐらいの気持ちである。

「……新しい、恋? 愛せる人間?」

 しかし、朗らかに不本意な発言をした鳴海にさくらの表情が固まる。
 温度の無い表情。
 その額に浮かぶ青筋に鳴海は心の中で自分の失言を反省したが、特に後悔はしていなかった。

「お前よりも優先する男がいるんだろう?」

 実際に例の彼女がさくらよりも優先したい男がいることに、またそれをここで愚痴るだけで結局さくらが許したことに鳴海は結構驚いていた。
 
「なら、そういうことだろう」

 さくらのプライドがまた傷ついたことには同情するが、鳴海としては両方に幸せになってほしい。
 最終的に優先するのはさくらの方だが。

「ありえないね」

 冷たく斬り捨てるさくらに鳴海は首を傾げる。
 不用意に言ってしまった鳴海にさくらなら激怒して怒鳴るかと思った。

「あの女に恋人なんて無理だよ」

 さくらはどこか皮肉っぽく嗤う。

「少なくとも兄弟が想像するような、まともな人間じゃ無理だ」
「なんだ? 仕込みすぎて特殊な性癖にでも目覚めたのか?」
「まだそこまでいってないよ」

 ふざけるけではなく、本気で意味が分からないと目をぱちぱちさせる鳴海にさくらは歪な笑みを浮かべた。
 その表情の意味が分からず、また例の彼女の容姿を細かく知っている身としてはさくらの言葉は分からないことばかりだ。 

「兄弟はまだ知らないんだったね。あの女のこと」

 ニヤニヤと、それでいて不機嫌そうな。
 そんな奇妙な笑みを浮かべながら、さくらはそっと耳打ちするように囁く。

 鳴海だけがその声を、思わず目を丸くして呆れるような話を聴くことができた。



* * *


「ほらね。あんな面倒で厄介な女の相手が出来るのは、僕ぐらいだろう?」
 
 どこか得意気に鼻を鳴らすさくらに、鳴海は珍しくも戸惑った。
 
「それは、確かに人間の男には荷が重い……」

 そして一年前に頑張って頑張って修復した例の彼女を思い出し、同情した。

「可哀相になぁ……」
「なんで? 僕がわざわざ構ってやってるんだから、むしろ物凄い幸運だろう?」
「……」

 本当に、厄介なのに目をつけられたものだ。 

「その恩を忘れて、のこのこと男に会いに行くなんて…… そもそも義理だかなんだか知らないけど、セックスする気もない男に会いに行く神経が理解できないよ。そんなことする暇あるなら、僕のケツの穴を舐める練習でもすればいいのに」

 どうやら鳴海を驚かせたことで少しスッキリしたのか、さくらは今度は早口でまくし立てるように不平不満愚痴を零す。

「あいつ、まだフェラが上達しないんだ。最近漸くバイブやディルド使えるようになったけど、口を動かせって言っても、すぐに下半身の玩具に気がいくから、最終的に僕が腰を動かさないといけなくなる。本当、ポンコツ」

 鳴海も気持ちを切り換えて興味津々だった二人の様子をじっくり聞いた。

「媚薬塗ったり、利尿剤や下剤飲ませたりして放置プレイしようとしたらガチ泣きするし」
「ほぅー 定番だな」
「下剤と利尿剤試したときは、ついでにあの老け顔で赤ちゃんプレイしたら面白いんじゃないかって、おむつ履かせようとも思ったんだよ。そしたら、ガチ泣きから逆ギレされた。本当、生意気」
「いや、それはキレて当然だと思うぞ?」

 ぷんぷん怒るさくらを微笑ましく見下しながら、鳴海は兄として例の彼女にいつかお礼をしなければならないと思った。
 お礼というよりも迷惑料として。
 少なくとも半分とはいえ兄弟なのだから。

「兄弟だって、主に逆らうような奴隷はムカつくだろ?」
「いや、俺はむしろ愉しい…… いや、嬉しいな」

 さくらの剣幕に構わず鳴海はのほほんと答える。
 奴隷ではなく愛人だと否定することも忘れずに。

「可愛い愛人に恋人が出来たなら俺はむしろ祝福するぞ」
 
 キラキラと眩しい笑顔を向ける鳴海は本気でそう思っていた。

「その恋人を交えてスワッピングするのも良し。目の前で寝取り寝取られプレイするのも乙なものだ」
 
 真っ白い歯をキラキラさせて爽やかに笑う鳴海にさくらは呆れるどころか、少し感心したような、あるいは悔しがるような微妙な表情を浮かべた。

「……それは、盲点だったよ」
「だろ? 嫉妬というスパイスは何よりも刺激的で癖になるんだ。俺はなるべく愛人達には恋人や所帯を持って欲しい派だ」

 鳴海は穏やかな顔でさくらを諭した。

「なんせ、人間の寿命は短い。永遠ではいられないからな。薄情な俺よりも、共に老いてくれる人間と幸せになって欲しいと思う」
「僕には分からない心境だよ」

 鳴海の話は時折さくらには理解できない。
 それは生格や趣味趣向、主張の違いではなく生きて来た年月、築き上げて来た価値観の違いだ。
 まだ、さくらには鳴海の視界まで届かないし、鳴海もまたそれを望んでいない。
 同じ価値観を共有する必要性などないと思っていた。

 鳴海はどこかでいずれさくらとの繋がりが薄れて消えていくか、ある日を境にぷつりと切れて離れ離れになると思っている。
 今は奇跡的に上手く行っている兄弟関係もいつかは破綻するだろう。
 仕方がない。
 淫魔は独善的で、自分しか愛せないのだから。

「兄弟って本当に優しいんだね」
「はははっ 俺は優しくなんてないぞ?」

 さくらの中の優しいの定義がどういうものか鳴海には判断がつかない。
 しかし、鳴海は自分を優しいとは思わなかった。

「所詮、搾取する側の身勝手なエゴでしかないぞ?」

 そう言って鳴海は恥もプライドも無く、快楽に狂わされ、鳴海に食い散らかされた男女を見ながら笑った。
 
 鳴海達のような存在が人々から悪魔と定義されるのはそれなりの理由があるのだ。
 悪魔として長く人と関わり過ぎた鳴海は少しだけ人に対して思う所があるだけで、そのやり口や行動は他の淫魔と大差ない。
 人を小馬鹿にするさくらに強く物言える立場ではないのは確かだ。

 だからこそ、さくらと例の彼女の関係は鳴海からすれば奇妙珍妙に映る。

「やっぱり、兄弟の考えていることはよく分からないよ」
「まぁ、そう深く考え込むな」

 話の流れを変えようと鳴海はばしばしと自分の膝を叩く。
 未だ乾かない汗が飛び散り、キラキラと蝋燭の灯が照らした。

 忘れてはいけない。
 鳴海は今、全裸である。

(うーむ。これはますます興味が湧いて来たな)

 できれば例の彼女を交えて色々聞いてみたかったなと思ったが、そんなことを言えば後の彼女へのさくらのお仕置きがより過激になるだろうと分かっていたので賢明に黙ることにした。

 なんだかんだと話があっちへこっちへと飛んでいき、今更過ぎるさくらのに鳴海も素で驚いたりしたが、なんだかんだ例の彼女の話をするさくらは不機嫌ながらも生き生きしているように見える。
 
「男に会いに行く前に一回泣かしてやったけど、やっぱり気持ち的にまだ収まらない」

 一回泣かしたと言うさくらに一体何をやったのだろうかと鳴海は本気で同情をした。
 調子に乗ってついつい煽ることを言ってしまったことをちょっぴり反省している。

「そんな過剰に怒らんでも…… 普段からお前に従順で素直な子なんだろう? 少しぐらい自由にさせてやりなさい」

 まあまあと張り切るさくらを落ち着かせようとする鳴海の真意など知らず、さくらは口を尖らせた。

「別にあの女が本当は誰と会おうと、誰とセックスしようとどうでもいいよ。僕が許した前提だけど」

 そう言って、さくらは近くで力尽きた奴隷の一人が目覚めたことに気づき立ち上がる。

「あの女が僕の許しなく、自分の意思で人間の男に靡くはずがないしね」

 ふんっと鼻を鳴らしながら、さくらの口元は若干上向いていた。
 鳴海は特にそのことに突っ込まない。
 
 こつこつと、さくらの革靴が床を蹴る。

「……けど、それとこれとはまた別だ」

 さくらの足が無造作にうつ伏せで震える裸の男を蹴る。
 呻きながら仰向けになった青年を見下し、ぐちゃぐちゃになった下半身を冷めた目で見下した。
 鳴海は食い残しをしない男だ。
 ギリギリの所で精気を吸い取られた餌の残骸からはもう水のような精液しか出ない。
 
「僕が一番腹立たしいのは……」
「ひっ……」

 呻く男に構わず、さくらは革靴でそのふにゃふにゃに緩んだ肛門を抉る様に弄り、ぽこぽこと溢れ出て来る兄弟の白濁を温度の無い目で見下した。

「僕がせっかく寛大な気持ちで兄弟に会わせてやろうと思ったのに…… あの女がそれを断ってたかだか人間の男を優先したことだ」
「仕方がないんじゃないか? 先約がそっちなら」

 鳴海はごく一般的な常識を口にしただけだ。

「あの女が僕以外を優先していいわけないだろう……!」

 どうやらさくらのその主張は相当頑固らしい。

 ぐわっと、一気に吠えるさくらにその場の空気がピリピリと揺れる。
 怖ろしいオーラだが、鳴海からすれば毛を逆立てた猫にしか見えない。

 強制的に喘がされ、薄い粥のような液体を力なく漏らす奴隷に鳴海は同情した。
 特に止めなかったのは、さくらに拷問に等しい痛みと快楽を与えられている青年が恍惚の笑みを浮かべながら気絶したからだ。

「ああ、もうっ、本当に、本当に、ムカつく……ッ」
「まあまあ」
「普段は僕に従順なくせに、変なとこで意地を張って…… 堕ちた風に見せかけて、あいつちっとも変わってないんだよ! 一年前の、あの生意気でムカつく感じ…… どれだけ調教しても不器用なままだし、散々ヤってるくせに、未だ恥ずかしいやら怖いやら、まともに一人でイクこともできない。僕の手を借りないとなーんにも出来ないんだッ ただでさえ面倒臭いのに、更に僕に世話を焼かせるんだから……」
「まあまあ」

 今にも頭を掻きむしりそうなさくらを鳴海は離れたソファーから落ち着けと声をかける。
 もちろんさくらには届かない。
 今のさくらは放っておくのが一番だと鳴海は知っていた。

(これは…… 愚痴? 悪口なのか?)

 くどくどと屍のように鳴海にヤられた奴隷達を八つ当たりのようにイカせまくって行くさくらを見ながら、鳴海は内心で首を傾げた。

 延々と例の彼女のポンコツ具合を罵り、本当に面倒だ、生意気だと詰る割にその口角はどこか緩んでいる。

 鳴海は適当な相槌を打ちながら、さくらの様子を観察していた。

「大人しく素直に僕の言うことだけ聞いていればいいのに…… 本当、強情な女。身体はもう僕の味を覚えてるくせに。いつまでも初心なんだから……」

最後はやれやれと一人で何か納得したのか、肩を竦めるさくらの周りには無理矢理イカせられてギリギリ精魂が残った屍のような男女の裸体が転がっていた。

「だが、結局行かせてやったんだろう? その男のとこに」
「……まあね。あまりにも強情だったから…… 仕方がないから条件付きで許してやったよ」
「なんだかんだ言って、お前も優しい所があるんだな」

 我儘いっぱいなさくらだが、なんだかんだ言って優しい子に育ったことに鳴海はじーんと静かに感動していた。

「それで、一体どんな条件を出したんだ?」

 どんなに文句を言っても最終的に例の彼女の自由を認めたのだから。


「剃毛」


 満面の笑みを浮かべたままの鳴海に、さくらもまた笑みを返す。

「剃るか、剃らないか。選んだのはあの女だからね」

 どこを、なんて野暮なことを鳴海は聞かなかった。
 出かける直前まで下半身をもぞもぞさせていたよというさくらのうきうきとした口調だけで全てを察したからだ。

 自慢気に話すさくらは、それはもう生き生きとしていた。

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