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≪過去②≫
23 怖い怖い 前
しおりを挟む志穂は自分の全身が、肉体も精神も、それこそもっと根底にある自分の魂が歓喜で震えるのが分かった。
優が志穂の中に精を放つたびに、ずっと飢えていた何かが、欠けていた何かが満たされていく。
自分の全てが呑み込まれ、夢中になって溺れていくのが分かる。
もっと、優が欲しかった。
もっと、強く、強引に、志穂の全部を貪って欲しい。
志穂を求めて、荒々しく抱いて欲しい。
いっぱい、優の精子を。
愛しい男の精液で志穂の中をいっぱいに満たして欲しかった。
このまま溶け合い、息も出来ないほどの激しいキスをして欲しかった。
何度か優と共に果てた瞬間、志穂は恍惚の涙を流して切なく喘いだ。
ぎゅっと、縋り付くように優に腕を回す。
熱くて熱くて堪らない。
熱で肌が溶けて、このまま二人で溶けあって一つになってしまいそうなほど。
それほどまでの情熱を、優の燃え滾る欲望を志穂は感じていた。
本能のまま愛する人に求められ、貪られる気持ち。
怖ろしさすら感じ、でもそれ以上の快楽に全てを受け止めたくなる。
優の全てを。
彼の欲望を、欲情を、全部独り占めにしたい。
このまま、永遠に。
志穂の全てを優に捧げ、優の一部になってしまいたいと。
至福の中で志穂はそう思った。
そう、願った。
涙で擦れた視界に、一瞬だけ映った誰かの視線。
汗で滑った唇を舐めるように、志穂は喘ぎ、喉を震わせて笑った。
ほら見ろ。
やっぱり、志穂の言った通りではないか。
優が必要としているのは。
彼が今最も欲しているのは、この自分だと。
怖ろしいぐらいの快楽に呑まれながら、志穂は優越感に浸っていた。
*
漸く、優と一つになれる。
心臓がありえないほどドキドキした。
誰も見てはいないといえ、二人がいるのは会社だ。
もしも誰かに見られたら、二人の関係が知られてしまったら。
不思議とそういった不安はなかった。
それほど優に夢中で、二人はお互いしか見えていなかった。
むしろ志穂は二人の関係を暴露したいとすら思っている。
皆に、優が愛しているのは自分なのだと。
優と志穂は結ばれる運命なのだと、証明したかった。
できれば優に、志穂を攫って欲しいと本気で思っていた。
今までで一番気持ちが良くて、ぽうっとなってしまうような情熱的なキス。
唾液の味がこんなにも甘く、中毒性があるなんて。
きっと、志穂の唾液を啜る優もまた同じ気持ちのはずだ。
「優君には初めてのことを、いっぱい教えてもらってる…… 心からほっとするのも、楽しいと思うのも、笑い方も…… 全部優君が教えてくれた」
優の熱い視線が心地良い。
「っ……き、キスも…… こんなに気持ちがいいなんて、知らなかった……」
もっと、志穂を見て欲しい。
志穂をもっとよく見て欲しい。
そうすれば、優もきっと分かる。
志穂こそが優の運命の相手だと。
「……もっと、気持ちいいことを、教えて欲しいの」
そして、キス以上のことを。
もっと、気持ちの良いことを。
優としか、優にしか与えられない、これ以上の快楽と喜びが早く欲しかった。
「優くんの……」
こんな風に大胆に男を誘うのは、優が初めてだ。
だって、今までの相手は志穂がわざわざそんなことをしなくても勝手に理性が切れて襲って来る。
今の志穂は、自分から優に触りたくて堪らない。
でも、そんなはしたない本音を覚らせるわけにはいかなくて。
焦れたい気持ちのまま、優を物欲しげに見つめるしかない。
早く。
「志穂……っ」
我慢なんてしないで。
もっと、触って欲しい。
もっと、自分に溺れて欲しい。
優はもう分かってるはずだ。
志穂には分かる。
その目を見れば、一目瞭然だ。
飢えた獣のような優の視線が志穂の全てを捉える。
誘っているのは志穂のはずなのに、一瞬怯えてしまうほど、荒々しい。
今の優は、飢えた獣そのものだ。
その飢えはきっと、志穂にしか満たせない。
志穂もまた、本能としてそう覚っていた。
「お願い、優君…… 全部忘れて、私のことだけを見て……」
志穂は、至上の幸福と期待に酔いしれていた。
「奥さんのことも、全部忘れて…… 私だけを、いっぱい、愛して」
優の欲望を満たしたい。
優と、一つになりたい。
永遠に、ひとつに。
「…………ぁ」
打算も何もなく、志穂は本気で優と一つになりたかった。
だからこそ、志穂は最後まで理解できなかった。
どうして、このとき優が志穂から離れたのか。
「……優君?」
呆けたように志穂を見下し、顔を青褪めさせて硬直する優。
その視線は志穂を見ているようで、別の何かを、誰かを映していた。
「……俺、何やってんだ」
あんなにも熱く志穂を見ていたのに。
優は突然呆けたように、呟いた。
志穂は戸惑った。
優の言い方は、まるで後悔しているように聞こえる。
「ねぇ…… どうしたの? わたし、何かいけないこと…… した?」
そんなことありえないはずなのに。
後悔など、する必要ないのに。
必死に優に縋ろうとした。
「…………ごめん」
けど、優は志穂を置いて行ってしまった。
悲しみに泣く、哀れな志穂を振り切って。
あまりにも突然のことだ。
「…………なんで?」
出ていく優の背中を、志穂はただただ呆然と視線で追うことしかできない。
このとき急に心変わりした優を、志穂は引き留めることができなかった。
志穂は考えた。
過去の彼女と関係を持った男達を思い出し、そして漸く優が妻への罪悪感のために自分を拒んだという現実に辿り着いた。
そうとしか考えられず、だからこそ納得できなかった。
優も志穂と同じ運命を感じたのに。
どうして、神様が定めたものを拒もうとするのか。
たかだか、妻一人のために志穂との運命を拒絶する優が許せなくて、悔しくて、より一層執着が増した。
そして、優を誑かす『香山文香』という女に対する敵愾心が湧いたのだ。
同性に、そもそも人個人に嫉妬し、憎むのは初めてだった。
いつだって志穂は他人に羨まれる立場だった。
けど、そんな価値ある自分には徹底的に何かが足りず、いつも寂しく飢えている。
どんな凡人も持っている大事なものを志穂は持っていないのに、皆はそんな志穂を羨むのだ。
やっと、その大事なものが。
熱く心を昂らせてくれる男に出会ったのに。
(許せない…… 絶対に、優君は渡さない)
顔も知らぬ優の妻が憎くて仕方が無かった。
志穂のものを横取りし、のうのうと暮らしているだろう女に自然と負の感情が湧いた。
(……いいえ、違うわ)
けど、志穂はその感情に蓋をする。
意識することもなく、ごく自然に。
まるで初めからそんな醜い感情など知らないように。
(優君も、その奥さんも…… 皆、まだ現実を知らないから…… とても、可哀相な人達なんだわ)
優の望む志穂は、そんなことを考えないからだ。
(私が、皆を救わなきゃ)
自然と、志穂は自分の行動の正当性を見つけた。
だから、彼女は自分の行動に罪悪感など微塵も湧かない。
自分の行いを後悔するなどありえない。
全ては優と、その妻である文香を救うためだと本気で思っている。
だから、優に嘘をついている意識などなかった。
全て自分がそのとき思ったことであり、例え事実と違っても、それはただ自分が勘違いしてしまった、または誤解されるようなことを周囲がしたせいだと、志穂は自分は何一つ嘘をついていないと本気で思い込むことができる。
思い込んでいる自覚もない。
だって、志穂の世界は志穂を中心に回っている。
彼女が正義であり、彼女がそう思えば、それが現実なのだ。
優の同情を誘ってホテルに呼び出すことに躊躇いなどあるはずがなかった。
「……愛人が、いるの。主人は、私じゃない他の女の人を愛しているの。昨日、その人を紹介されたわ」
志穂の夫は海外に出張している。
「……離婚は、世間体が悪いからしないって言うのよ? なのに、自宅は愛人と暮らすから、私に出て行けって言うの。勝手に部屋を借りて、生活費は振り込むから、好きにやれって…… でも、絶対に主人の名前だけは傷つけるなって……」
新妻である志穂を放って行った恭一はとても冷たいし、出張など実は嘘で遠い異国に愛人がいる可能性だって無くはない。
実はあの邸宅で愛人を囲んでいるかもしれない。
全て「かもしれないこと」でも、信じればそれが真実になる。
繊細な志穂が、言葉の足りない恭一に怯え、誤解し、それで傷ついて優に縋ったとして。
誰にも責められないはずだ。
「……昨日、出ていけって言われても、一晩寝ずに寝室の前でぼうっと座り込んでいたの…… 自分でも、なんでそんなことをしたのか、分からない。きっと、意地になってたのね……」
別に嘘などついていない。
「そう、したらね? 聴こえて来るの…… 寝室から…… 主人と、その女の人の、こえが、ふたりが、愛し合っている、音が……っ ずっと、ずっと……! 一晩中……!」
志穂はただ不安で悍ましい夢を見て、それを優に伝えてしまっただけだ。
ただ、そんな悪夢を見てしまったのだと優に言わなかっただけ。
夢なのだから、いつそんな夢を見たのか志穂も覚えていないだけ。
でも、嘘ではない。
優を騙す気は、本気で志穂にはなかった。
「……優君が一番愛しているのは、私じゃないって分かってる」
ただ、志穂との関係を切ろうとする優を逃がす気もなかった。
「……私を、優君の女にして」
優はその名の通り、本当に優しい男だ。
そんな優が、夫に浮気され、家を追い出されたという夢を見てしまった志穂を見捨てるはずがない。
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