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≪過去②≫
4 酔っ払いって本当見苦しい
しおりを挟む焼き鳥を串から外し、小皿に分けてくれる文香に星田は嬉しそうに受け取った。
無言で皿を差し出すだけで、やれやれと言った顔をしながら、どこか嬉しそうに星田にサラダやらを綺麗に盛ってくれる文香は実は世話好きなのではないかと思う。
そこも男からしたらポイントが高い。
唐揚げに勝手にレモンをかける行為をせず、本当に気づく人だけが気づくような気遣いをする。
家庭的かと思えば、実は料理が下手というが、それがまたいい味(?)を出していると星田は思う。
(んー 知れば知るほど男受けのいい要素しかない)
今も、何故か星田を困った子供のように優しく慈しむように見て来る文香に対してそんなことを邪推した。
(これでなんでモテないんだろう、この人)
星田が男なら相談があると称して人気のない会議室にでも連れ込んで手籠めにするか、それこそ酒で酔わしてそのままホテルに連れこむ。
もしゃもしゃとレタスを食べながら星田はそんなことを思った。
「せんぱーい、これ、トマトあげます」
文香の小皿にチーズがちょっとかかったプチトマトを置けば、嫌がるどころか少し嬉しそうにはにかむ。
「ありがとう」
これだよ、これ。
時々会社でも小出しにして来る、この無防備な笑顔。
その無防備なところが一番あざとく、危ういのだ。
「香山先輩って、本当なんでモテないんですかね……」
「……また、その話?」
薄っすらと頬を赤くしたまま、文香は困ったように、心底星田の言っている意味が分からないとばかりにおろおろする。
いつもよりずっと無防備で気が抜けた文香。
珍しい姿に星田もテンションが上がる。
どれだけあざとく、女の敵な文香でもまったく異性にモテない現状を知ればむしろ見ていて楽しいと星田は思う。
人工は天然には叶わないが、たまに文香の仕草をちょっと男の前で真似するとめちゃくちゃ使えるのだ。
そんな不純な動機でだいぶお世話になった。
「美人だけど…… 美人すぎて逆に色気ないとか? 清楚というより枯れている感じが出てるとか?」
「……」
星田の話を文香は頬を引き攣らせながら聞いている。
怒らせるようなことしか言っていないことを自覚していたため、そろそろいい加減にしろと窘められそうだなーと思った。
「……私に、モテる要素があるなんて、星田さんの勘違いよ」
ぼそっと、沈んだ表情で文香は箸を置く。
「昔から、モテるどころか嫌われていたんだから」
自嘲と諦めに揺れる瞳に、星田は分かっていてもドキっとした。
文香はたまに目で語り掛けて来る。
無表情で分かりづらい人だと思ったが、そのどこか潤んだ黒目には様々な感情が宿っていることに気づいた。
(なんか違和感)
それにしても、酔っているのか自分を卑下するようなことを星田の前で言う文香は彼女らしくないように思える。
今更だが、今日の文香は違和感だらけだ。
何に違和感を感じたのか、腹が満ち、喉を潤した星田はぼんやりと文香の全身を観察した。
「あ」
違和感、発見。
「香山せんぱーい、指輪どうしたんですか~?」
星田は考えるよりも前に口に出す傾向がある。
友達にもよく注意されていたが、これがなかなか治らない。
「……」
「……悪い事、聞いちゃいました?」
文香の顔が強張り、その動揺がビリビリと伝わった瞬間、星田はちょっとだけ自分の軽はずみな口を恨んだ。
本当にちょっとだけ。
「もしかして…… 旦那さんと喧嘩したんですか?」
「……なんでそんな嬉しそうなの?」
すぐにこれは事件の匂いがするとばかりに、わくわくしてしまった星田は「いい性格」をしていた。
「だって、香山先輩の旦那さんとか、めちゃくちゃ気になるんですもん~ 香山さんの旦那さんはすっごいイケメンで、物腰柔らかくて、性格のいい優しい人だって噂とか聞いたから…… 人妻感というか、人妻のくせに色気がまったくない香山先輩がどうやってそんなハイレベル男子を射止めたのかとか、旦那さんは色気のない残念な先輩のどこに惚れたのかとか、もう気になって気になって」
雪崩のように興奮すると止まらなくなるのも星田の悪い癖だ。
「喧嘩の原因ってなんです?」
もしかしたら単純に指輪をつけるのを忘れたとかもある。
だが、星田の女の勘が告げている。
喧嘩したのかと聞いたときの文香の動揺や、咄嗟に左手を隠す仕草。
傷つき、今にも泣きそうな弱弱しい表情。
「もしかして、浮気されました?」
星田の言葉に息を呑む文香は実に分かりやすい。
たぶん、今の文香は少し酔っている。
酔いが回り、まったく知らないタイプの星田に押されて上手く頭が働かないのだろう。
星田の言葉に、文香は緩く頷いた。
今にも泣きそうな、それでいてちっとも泣かない文香はきつく唇を噛みしめている。
痛々しい。
その言葉がまさにピッタリな顔に、さすがの星田も少し冷静になった。
「あー…… 結構、マジな浮気されちゃったんですか?」
「……浮気に、マジも何もないでしょう?」
言葉は刺々しいのに、どこか疲れたように星田の言葉に儚く笑う文香。
さすがの星田もこれには罪悪感が刺激された。
もしかして突いてはいけないところを突いてしまったのかと、今更なことを考えた。
「うわー 深刻なんですね~ もしかして離婚とか考えてます?」
それでもズケズケと突っ込む星田の精神はだいぶ太い。
「一回浮気した奴は何回でも繰り返しますよ~? 先輩、そこはガツンッとやるか、きっぱりスッキリ別れた方がいいと思います!」
「……そう、なのかしら」
浮気は何回でも繰り返されるという星田の言葉に文香は力なく項垂れる。
文香がこんなに弱弱しい姿を星田の前に見せるなんて。
これは相当ダメージがデカい。
なんだか、可哀相というか、文香の浮気したという旦那にムカついて来た。
「そうです、そうですっ、一回でもやるヤツは何回でもやります。浮気癖は治らないんですから、我慢するだけ損ですよ!」
「随分はっきり言うのね……」
「はい! 実体験ですから!」
細かく言えば星田は浮気される側ではなくしてしまう側だった。
修羅場になるたびに反省するのだが、ついつい他の男が気になってしまう。
浮気する奴はもう一生治らないとは自分に置き換えての星田の意見である。
もちろん、それを真面目で貞操観念の堅そうな文香に言うほど馬鹿ではない。
「離婚しましょう、離婚! 旦那と浮気相手を訴えて、慰謝料貰って綺麗サッパリ別れちゃいましょうよ~」
*
離婚、離婚っと歌うように連呼する星田に、文香はちらちらと周囲の目を確認しながら窘めた。
「そんな、簡単なことじゃ……」
「えー? でも先輩ってまだギリ若いじゃないですか?」
「……ぎり?」
星田の言葉に文香の顔に衝撃が走る。
「難しく考えちゃ駄目ですよ~ 離婚なんて、転職と同じようなものじゃないですか~」
星田のそれは暴言、いや暴論に近かった。
「もうこの男じゃ無理、一緒に暮らせないって思ったら思い切って離婚しちゃいましょう! 先輩はギリ若いし、美人だし、彼氏とか選び放題じゃないですか~ まぁ、壊滅的にモテないから再就職大変そうですけど!」
「……再婚って言いたいの?」
「あっ、間違えちゃった★ そうそう再婚です、再婚!」
これも星田流の励ましなのだが、励ましているのか貶しているのか、当の文香はよく分からなかった。
文香にとって離婚はそんな簡単に決められるようなものではない。
だが、離婚を人生の転職に例えるのなら、まぁ、ギリギリなくもないかと考える程度には底抜けに能天気で明るい星田と酒に飲まれていた。
「難しく考えすぎなんですよ~ 香山先輩は」
そうかもしれなぃ。
文香は何事も深刻に捉えすぎなのかもしれない。
「あっ、もう香山先輩じゃないのか」
「いや、まだ離婚って決めたわけじゃ……」
「私、ずっと思ってたんですよ」
文香の言葉を星田はマイペースに遮る。
「《香山文香》って、《香》が二つもあってくどいじゃないですか~? 私、もう最初に先輩の名前知ったとき笑っちゃって、この人名前もウザいよ~って」
けらけら無邪気に笑う星田に文香は落ち込む。
そんなに嫌われていたのかと。
実はお酒は好きだがそれほど強くない星田も酔っているのだが、文香には分からなかった。
「もう、香山先輩じゃないし、そもそもずっと《香》がウザいって思っていたんで、今日から呼び名を変えます! 私、昔から可愛いあだ名考えるの得意だったんですぅ~」
酔っ払いに理屈は通じない。
三杯目のジョッキを飲み干した星田はキラキラと頬を染めて文香を見上げる。
「今日から先輩のことは…… んー 可愛く…… 」
舌足らずな口調で唸ったかと思ったら、びしっと文香を指差す。
「ふみちゃん」
可愛くないですか?
ふみちゃん。
へらへらと笑う星田に文香は苦笑いするしかなかった。
「いいわよ、好きに呼んで」
「やったぁ~ じゃあ、今日からふみちゃん先輩って呼びま~す」
祝杯だ祝杯だとまた酒を注文する星田をそろそろ止めるべきかと、とろんとした頭で文香は思ったが、なんだかそのご機嫌な様子を壊したくなく、ずっと見ていたいと思った。
* *
結果、星田は完全に酔っぱらった。
「ふみちゃん、せんぱいっ…… 次行きましょう、つぎっ」
「星田さん、もう帰った方がいいわ」
貴方酔ってるからと家を聞き出してタクシーで送ろうと思った文香を星田はがしっと腕を掴み、にこにこと笑う。
「やられす~ うわきされてぇ、元気のないふみちゃ、せんぱいを、げんきづけるんれす~」
「もう十分元気になったから、ありがとう、もう十分だから、ねっ?」
既に酒のせいで若干具合を悪くしている文香は少しだけ気持ち良さそうに酔っている星田が羨ましかった。
文香は酒が弱いくせに気持ちよく酔えない。
ただ具合が悪くなるだけなのだから酒が好きになれるはずもなかった。
「だぁめぇ…… いっしょ、に行くんれす…… おとこなんて、わすれて、ぱーってたのしぃとこ……」
呼びつけたタクシーの運転手に名刺のようなものを差し出す星田。
運転手は心得たように車を走らせる。
てっきり星田の家に向かっているのかと思ったが、どうやら違うようだ。
「へへっ、男運のない、ふみちゃん先輩。かわいそーだから、特別に、とーくべつなとこに、つれていって、あげますよ~」
よしよしと文香の腕を引っ掴んだまま、何故か文香の頭を撫でだす星田に文香はただ戸惑うほかなかった。
「特別なとこって……」
一体星田は文香をどこに連れて行くつもりなのか。
随分と温かい身体をすり寄せ付けて来る星田は酔いとは違ううっとりとした顔で文香の頬を撫でる。
「ふみちゃん、せんぱーいも、きっと気に入りますよ。みーんな、夢中になるんです」
ふふふと笑いながら、星田は文香には分からないことを寝言のように囁く。
「みーんな、さくらにむちゅう、になるんですよ~?」
季節外れの単語に、文香は首を傾げるほかない。
「桜?」
花見でもするのかと文香は戸惑った。
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