奥様はとても献身的

埴輪

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≪現在①≫

10 ソファーでフェラチオ

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 皿を洗う文香とそれを拭く優。
 食後はよくこうして片付けの手伝いをしたものだ。
 水の流れる音とテレビのBGMが二人の沈黙を緩やかなものにしていた。
 文香の横顔は穏やかで、優は満ち足りた気持ちでそれを見ている。
 できればこの時間が永遠に続きますようにと、恐怖にも似た幸福感が優の胸を満たす。
 心も体も満腹だった。

「ねぇ、優」
「ん?」

 大して量もなかった食器はすぐに片付いた。
 手を布巾で拭く文香と、いそいそと食器をしまう優。
 満ち足り過ぎて頭がぽやぽやしていた優に、文香はちょいちょいとソファーの方に手招く。
 テレビからはワイドショーが流れていたが文香はまったく関心がないのか、一瞥せずにソファーに腰かけた。
 自分の隣りをぽんぽんと叩く。
 隣りにおいでという合図だろう。
 遠慮のないその仕草に優は嬉しくなった。
 キッチンに入るとときも、調理器具を探すときも、冷蔵庫を開けるときもいちいち優を伺っていた文香にお願い事をしたのが効いているみたいだ。
 文香が優にお願い事をするのなら、優にもまたその権利がある。
 この家にいるときだけ、いや二人でいるときだけは遠慮も何もしないでほしい。
 いちいち優に許可など求めず、文香のしたいように行動してほしいと優はお願いした。
 優にしては目覚ましい進歩であり、大きな勇気のいる発言だったが、文香は存外あっさりと頷いた。

 それも含めて今日はいいことだらけだ。

「結構、食べてくれてたけど、急に濃いもの食べてお腹とか苦しくない?」
「いや、むしろ凄く調子がいいよ」

 今更すぎる確認だったが、答える優ははつらつとしている。
 汗をかきながら、しっかり味わい呑み込んだ文香の手料理は魔法のように優の身体にエネルギーを与えてくれた。
 むしろ、感謝しなければならないだろう。

「……文香のおかげだ。あんな美味しい物、ここ最近はずっと食べてなかったから」
「大げさね。ただの手抜き料理なのに」

 指をもじもじと弄りながら、照れ臭そうに感謝する優に文香は呆れたように言葉を返す。
 少し傷つきながらも、優は本当に嬉しかったのだと伝える。

「なら、来週もまた料理を作りに来てもいいかしら?」
「……むしろ、こっちからお願いしたいぐらいだ」 

 覗き込むように近づいて来た文香がふんわりと優に笑いかける。
 二人の膝が当たり、優は顔を赤くしながら頷いた。
 頷かないはずがない。

「俺、文香の料理にすごく飢えてたんだな……」

 それは独自に近かった。
 文香の視線がなければ今すぐにでも頬っぺたを引っ張って、これが夢か現実か確認しただろう。

「文香の、その、料理のおかげで…… 元気が出たというか…… パワーが湧いて来たというか…… その、」

 緊張でだんだんと自分が何を喋ろうとしているのか分からなくなる。
 落ち着こうと、優は拳を握った。
 これ以上文香の前で情けない姿を見せたくなかったのだ。

「……本当に美味かった。ありがとう」

 そして。

 その手に、文香の手が重なった。






 突然の接触に戸惑う優に向かって、文香はなんてことないように話し出す。

「優、知ってる?」

 手は重ねられたままだ。

「男の人はね。お腹がいっぱいになると、性欲が減っちゃうらしいよ」
「え」

 ぴくっと手を震わす優に、文香は力を強める。

「でもね、女は逆に満腹になるとセックスしたくなるんだって」
「な、」

 何を言っているんだという台詞が口から出ることはなかった。

「個人差はあるし、個性もあるから。皆に当てはまるわけじゃないらしいけど」
「……」

 揶揄うでもなく真剣な文香の表情に優は黙るしか出来なかったのだ。

「まぁ、結局個人の経験によるアバウトな統計だって言ってたから……」

 どこでそんな話を聞いたのかと今すぐ問い詰めたくなる気持ちを抑え込んで、優はただ文香の話を聞いた。
 素っ頓狂に近いことを自分が言っていることを文香は気づいているのだろうか。
 下ネタというには文香の口調にやましいものは見えない。
 相変わらずの平常運転だ。

「だからその話を踏まえてね……」

 いや、平常に見せているのは表面だけだ。
 重ねられた文香の手はとても熱い。

「お腹いっぱいになっちゃったけど…… 私、」

 真っ直ぐ向けていた視線を反らし、目尻を赤くしながら文香はぼそぼそと話し出す。

「デザートに…… 優の……   、がほしい……」
「…………ご、ごめん、聞き取れなくて、も、もう一回……!」

 何を言っているのか上手く聞き取れていない様子の優に、文香は先ほどよりも顔を赤くして仕方なく煩いままのテレビの音量を下げた。
 少し不機嫌そうに、再度優にお願いをする。

「だから、優の…… せいえきが、っ、ほしいの……!」

 恥ずかしいこと何度も言わせないでよ、ばか。

 と、詰られた優はしばらく思考を停止し、

「……………………ごめん」

 蚊の鳴くような声でそう答えるしかできなかった。

 再会してから今日まで。
 文香の言動はいつも優の予想を超えていく。



* *


 文香は下ネタが苦手だ。
 性的なことも苦手だ。
 それでも優が必死に頼み込んだり、または文香自身が珍しくも興に乗ったりするときには、本当に数えるぐらいだが、ベッドの上で色々と頑張ってくれてたりもする。
 世間一般的に見たら堅物すぎるらしい文香のエッチなサービスは正直そこまで気持ち良くない。
 それでもあの文香が自分のために、自分だけに、気丈に羞恥の涙を耐えながら騎乗位で腰を振ってくれたり、スキンをつけてくれたり、ぺろぺろとキャンディーを舐めるみたいに単純なフェラをしてくれたりすることが優はとても嬉しかった。
 普段は綺麗好きの文香が自分の興奮した股間に顔を埋める。
 その光景は優の下半身を直撃し、愛しさと嗜虐的な感情が優の中を満たしていくのだ。

ちゅく、ちゅう、れろ

 今の、ように。

「んっ、はむ…… ふぅっ」
「ッ、はっ……」

 テレビは付けっぱなしだ。
 見ないのなら電気代の無駄だと文香はよくだらだらとテレビを付けっぱなしにする優に小言を言っていたが、今の文香はそんなことを考える余裕もないのか、必死に優のペニスを頬張っている。

「ん、ゆぅ、きもち、い……?」

 ソファーに腰かける優の足元に座り込んだまま、文香は上目遣いで優を伺う。
 気が強いその顔が、今では不安と羞恥に濡れている。
 口の中が苦しいのだろう。
 苦しそうに歪む表情と水の膜が張った瞳がとろけるように優に注がれている。

「ふ、みか……ッ」

 切羽詰まった優の声。
 持って行き場のない手が空中を彷徨うのを確認し、文香は見せつけるように舌を出してれろれろと亀頭を愛撫する。
 生温い粘膜がただ亀頭の表面を撫でているだけなのに、優はぞくぞくとした。
 幼稚とも下品ともいえる文香の誘う仕草に興奮しないはずがない。
 優の息も心臓もどんどん荒くなる。

「んっ、ふんっ、んん…… んぐっ」

 喉の奥まで優のペニスを呑み込み、苦しみに喘ぎながらも文香は必死に舌と喉を使って優の快感を高めようと頑張っている。

「あっ……ッ」

 思わず優の手が文香の行動を咎めるように、もしくはもっとしてくれと言わんばかりにその頭を抑える。
 優の絶頂が近づいていることを悟った文香は手を使って扱き、ずぷずぷと更に奥深く銜えていく。
 文香は舌や頬の内肉を使って懸命にペニスをしゃぶった。

じゅくじゅくじゅるじゅるっっっ

「まっ、はなし……ッ」

 強い快楽の波が襲って来る予感に、優は文香の口から急いで自分のペニスを抜こうとした。
 だが、文香は咎めるように優を睨む。
 今の文香に睨まれても怖いどころか余計に興奮するだけだと優は焦りに焦った。
 そんな優を尻目に、文香は追い詰めるようにその尿道に歯を立てる。
 文香の熟した果実に歯を立てるようなその刺激は簡単に優のパンパンに腫れあがったペニスを爆発させたのだ。

 果汁が飛び出るように、文香の口周りは白濁で汚れた。

 息遣いの荒い二人の男女。
 スパイスの匂いが充満していたはずのリビングに、今は独特の匂いが漂っている。
 奇妙な空間に流れる暢気なワイドショーの音が一層非現実的だ。

 そんな中、べったりと粘ついたものを手や口周りにつけた文香の恍惚とした表情に優は魅せられた。
 おずおずと、躊躇いながらも、文香は丁寧に自分の指や口周りにへばりついた粘液を優の前で舐めていく。
 赤い舌がちろちろと白濁を舐めとり、そして喉が確かに上下するのを優は呆然と見ることしかできない。

 粘ついた白濁の残骸を見たとき、優の心にもまた、拭っても取れない、執着に似た感情がへばりついた。



 * * *


 その後、居た堪れない思いで呆然と座り込んでいる優の股間をティッシュで綺麗にした文香は用事が終わったとばかりにもう帰ると告げた。
 引き留める間も与えられず、正気に戻った優が玄関に向かうと文香はもう靴を履いている。

「待ってくれっ」

 穏やかだった食事は終わり、外は少し暗くなっている。
 文香の行動を訝しく思うことにはもう慣れてしまった。
 優は日に日に増していく欲望に怯えながらも、せっかく文香と繋がった関係を途切れさせたくなかった。

「もう外も暗い。駅まで送るよ」

 単純に一分一秒でも側にいたいのだ。
 疲れたような、すっきりとしたような複雑な気持ちを押し隠し、なんとか優は平静を保とうとする。

「遠慮しとくわ。歩きたい気分なの」

 文香の容赦のない端的な拒絶にすぐに心が脆く変わって行くのが分かった。
 なんとか食い下がろうと頭を悩ます優に、文香は微かに笑う。

「今日はありがとうね」
「そんな、俺の方こそ、何から何まで……」

 頭を下げられた優は完全に文香のペースに載せられていた。
 焦る優とは対照的に文香はやけに落ち着いていた。
 そのことが少し悔しいと優は思った。

 どちらかが更に何か言おうとしたとき、ふいに文香がそのとき持っていたスマホが振動した。
 一言謝りながら、文香は焦ったような驚いたような表情で画面を見つめ、先ほどまでの落ち着きが嘘のように慌てた様子を見せる。

「ごめん、もう帰るね……!」

 緊急の用事だろうか。
 それならやっぱり送るよと優が口に出す暇も与えずに文香は颯爽と玄関から飛び出して行った。
 玄関を出る直前の文香の顔色はどこか悪く、滲む感情はあまりにも複雑で優には文香がそのとき何を思っていたのかまったく分からなかった。
 嬉しいのか、怒っているのか、戸惑っているのか。
 全てが混ざったような、そんな顔を優は今まで見たことが無かった。

 急な展開にぽかーんとしていた優だったが、扉が重々しく閉じる音を聞いて慌てて文香の後を追おうと駆け出す。

 だが、運動不足が祟り、今現在体力筋力瞬発力とも落ちた優の足は重く、階段でエントランスまで下りた時点で息が上がるという始末。
 情けない自分にイライラしながら、優はただ文香が心配で仕方がなかった。
 あんな文香を見たのは初めてで。
 きっと良くないことが遭ったのだと優き確信していた。
 それに、もしかしたら文香の真意を知る手がかりとなるかもしれなのだ。

 肩で息をしながら、優は文香が駅に向かったという当たりをつけて近道としてマンション近くの公園を突っ走ろうと思った。
 だが、その必要はなかった。

 たたらを踏みそうになりながら、優は本能的に公園の入り口の繁みの陰に身体を隠す。
 咄嗟に追いかけようとしていた文香がそこにいた。



* * * *


 文香の背中しか見えなかった。
 ベンチに向かって、何か言っている。
 だが距離が遠いのと、潜められたような音量のせいでほとんど何も聞こえなかった。
 盗み聞きはいけないと知りつつ、好奇心はどんどん増していく。

(一体、誰と喋ってるんだ……?)

 ベンチに座っている人影が立ち上がって文香に近づく。
 必然的に見えてしまったその正体に優は純粋に驚いた。

「え」

 無意識に声が出てしまい、優は反射的に口を塞いだ。
 向こうの会話がまったく聞こえなかったのだ。
 優の小さすぎる呟きに気づいた者はいない。

 文香も、文香の腰にしがみ付くように抱き着いている小さな人影も。

 文香の手が優しくその頭を撫でる。
 身長差が激しすぎる二人のやりとりに優は驚き、そして混乱した。

(子供……?)

 まったく予想外の光景に優はただ立ち尽くすしかない。
 文香といるのは紛れもない子供である。

 いつの間にか二人は手を繋いで歩き出していた。
 向かう先は駅だろうか。
 遠くからでも親し気な雰囲気が伝わり、がっしりと繋がれた手が二人の親愛度合いを示しているようだ。

 どこにでもあるパーカーに短パンの子供。
 視力の良い優はしっかりとその横顔を確認した。

 誰かは知らない。
 文香とどういう関係なのかも。
 親戚ではないはずだ。
 文香の少ない親族は粗方紹介されたからだ。

(誰だ…… あの子)

 二人の影すらも見えなくなり、より一層の謎が優に残された。
 だが、子供ということでなんだか肩の荷が少し降りた気もする。
 これでもしも優の知らない男が文香に抱き着いていたとしたら、優は自分を抑えられなくなるだろうと自覚していた。

 ほっとしたまま、その場にずるずるとしゃがみ込む優はなんだかひどく疲れて、無性に煙草が吸いたいと思った。

(あの子が誰かは…… あとで考えよ)

 仲の良さそうな、むしろ良すぎるような二人の後ろ姿を思い出す。
 ただの子供だ。
 警戒することも、変に勘繰ることもないだろう。

(それにしても…… 随分と綺麗な子だったな)

 優にそんな趣味はまったくないが、少し長めの黒髪が白すぎる顔を飾る横顔はとても端整なものだ。
 文香もその幼い美貌に見惚れているのか、どこかうっとりと紅潮した表情で見ていた。

 そのことに、ほんの少しだけ優は嫉妬した。
 子供相手に、まったく大人げないと思いながらも。 

(……一体、誰なんだ?)

 あの、綺麗すぎる男の子は。

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