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≪現在①≫
4 ビジネスホテルでセックス 前
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駅の近くのビジネスホテルといったら一つしかなかった。
優も何度か使ったことがある。
既にチェックイン済みで、文香はルームキーを律儀にフロントに預けていたらしい。
その準備の良さに優は文香の本気を見せられた気がした。
「ごめん、慌ててたから」
何の言い訳か分からないことを囁きながら、文香は焦るように優の手を引っ張って行く。
ふと、他の人から自分達はどういう風に見られているのだろうという疑念が過る。
「すぐにとれそうな部屋、このホテルしか思いつかなくて」
エレベーターに乗りながら、文香は小声で申し訳なさそうに謝った。
つい先ほどまでまったく別人のように品もなく優を挑発していたのが嘘のようだ。
(一体、なんなんだ……)
文香の全てが分からなくて、純粋に優は強い不安を抱いた。
つい、口紅が落ちてしまった文香の唇を凝視してしまう。
車から降りるとき、優の血色の悪い唇にほんのりとした桜色がついていることに文香が気づいた。
それをぽんぽんとハンカチで拭ってくれた文香の姿がふわふわと頭の中を漂い、ほんの一瞬の幸福感を味わったのだ。
今日、この短い逢瀬の中で文香は様々な顔を見せた。
懐かしいと思える文香。
まったく知らない別人の文香。
どれが本物の文香なのか、優にはもう判断することができなかった。
考えること全てが億劫で、今は大人しく文香に付き従うことしかできない。
そう思い込もうとしているだけなのかもしれないが。
「……」
自分は、結局期待しているのではないか。
文香の真意を確かめることよりも、目先の欲望に、餌に釣られているだけなのではないのか。
もう二度とこんなチャンスはないかもしれない。
どんな理由であれ、優は結局文香を抱きたいだけなのではないか。
文香はまだ気づいていないのだろう。
自分から誘っといて、今は無関心なその姿に思わず腹を立ててしまう。
男を誘っておきながら、なんて無防備なのだ。
あれだけその身を拒み、言い訳を並べていた男のズボンの一部が無様に盛り上がっていることを文香はまだ知らない。
一部窮屈になったその部位をこっそり隠しながら、優はただ文香の背中を追った。
*
部屋の大部分を占めるベッドを見て、優は唾を呑み込む。
こめかみを流れる汗は焦燥か興奮かも分からない。
至って普通の、むしろ素っ気ないビジネスホテルの一室。
優にとっても馴染み深いはずの光景だが、今は何故か生々しく見える。
実際に、これから生々しい行為をすると分かっているからだろうか。
別れる以前の文香にビジネスホテルでセックスしようなどと切り出したら顔を真っ赤にして怒っただろう。
例え自宅でも寝室以外での行為を頑なに拒んでいたことを優は思い出した。
釣られる様に過去の記憶が次から次へと蘇って来る。
それはどこか甘酸っぱい。
(やっぱり、変だ……)
新婚旅行のときに泊まった旅館で酔い潰れた文香をこれ幸いとばかりに抱いた後も相当怒られた。
恥じらうとか無体を強いたとか、そういうのを抜きにして文香は本気で怒っていた。
曰く、誰が聞いているか見ているのかも分からない。
後の見知らぬ清掃の人に事後の片づけをさせるなんてありえない、むしろ見られたら死にたくなると、薄っすら涙を浮かべながらぐずぐず怒る文香に当時の優は二日酔いで痛む頭を抑えながら必死に謝り、なんとか無事に新婚旅行を最後の日程まで終えることができた。
優の謝罪を許したというよりも、文香はただ旅行の支援をしてくれた義理の両親の顔を立てることを優先しようと怒りを鎮めたのだ。
あれは全面的に優が悪かった。
後悔はしていないが、今思い返すと強い反省の念が湧く。
いくら夫婦とはいえ、酔って意識が朦朧とした女を抱くのは犯罪だろう。
若気の至りもあったかもしれないが、ついつい新婚旅行でテンションが上がってはしゃぎすぎてしまったのだ。
自身も相当酔っていたせいで浴衣姿の色っぽい新妻の姿に我慢ができなくなったのだ。
つらつらと過去を思い出し、そして再度優は断言する。
(可笑しい…… やっぱり可笑しい。文香が自分からこんな場所に誘うなんて……)
こんな、壁も薄く、チェックアウト後にすぐに清掃員が入るようなところで。
文香は事後を見られたり、勘づかれたりされるのが死ぬほど嫌なのだから。
おまけにカーテン越しから見ても窓の外はまだ明るい。
陽が出ている内に部屋で淫らな行為をしようと優を誘う文香は違和感以外のなにものでもなかった。
「よし」
文香はオートロックがかかった後に、更にチェーンをかけた。
側でただ見ているだけの優を見上げる。
「優の気が変わらない内にヤろう」
課題は早く片付けちゃおうと学生のときに言ってたのと同じ声色に優は唖然とした。
文香は何も言わない優をチャンスとばかりにベッドに押し倒す。
ツインルームの両ベッドは幸いにもセミダブルサイズだった。
シングルだったら相当狭かっただろう。
事前にそこまで調べたのかもしれない。
優等生だった文香は昔から予習や事前学習が得意だった。
それでも成人した男女二人分の重みで揺れるベッドは、やはり狭い。
「悪いけど、シャワーは後にしてくれる?」
キスを強請った時のしおらしさ、色っぽさを一体どこにやったのか。
「明日、休みだよね? チェックアウトは明日の朝までだから」
文香は優の腹に跨ったまま、生真面目な表情で淡々とカーディガンを脱いだ。
露になったほっそりとした二の腕、白い鎖骨が眩しくて、優は思わず視線を逸らした。
「お腹減ってる? 減っても今はちょっと我慢して」
ぽいぽいと行儀悪くサンダルを脱ぎ捨てる。
よっぽど焦っているらしい。
「宿泊代も、ご飯代も、なんなら今日のガソリン代も日給も後で払うから……」
元妻に押し倒され、見下されながら優はこの奇妙な状況にやはり困惑するしかなかった。
文香の言っていることについて言及する暇もない。
「やっぱ、ラブホテルにすれば良かったかも…… そうしたらAVとか見れる、んだっけ……?」
優に言い聞かせるというよりもそれはただの独り言だった。
たぶん、優がノリ気ではないどころか文香の願いを拒絶していたからこその無意識の愚痴なのだろう。
(何をそこまで……)
難しそうな顔で、眉を寄せて真剣に悔しがる文香に優は呆ける以外の選択肢がなかった。
文香が何故ここまで必死なのか、優にはさっぱり見当がつかない。
つくはずもない。
ごそごそと優が固まっているのをいい事に文香は早速そのベルトを外そうともぞもぞ動き、止まった。
文香の口から間抜けな声が漏れる。
次いで、マジマジと股間に文香の視線が集中するのが分かった。
「……え?」
文香のワンピースの裾から露になった素足に息を呑む優だったが、次いで本気で息が止まった。
「……勃ってる」
ぼそっとした呟きは驚くほど静かな部屋に響いた。
ベルトを外そうとしていた文香の手が止まったのが分かった。
「ご、ごめん」
咄嗟に謝りながら、優は自分が何に対して謝罪しているのか分からなかった。
そもそも全て分からないことだらけだ。
「……よかった。もしも勃たなかったらどうしようかと思ってたから」
ガチャガチャと、文香の手が動く。
文香の手が股間の近くで動いている。
全五感が敏感に文香を捉えていた。
「これなら…… いっぱいできるね」
文香は信じられないほど嬉しそうに、優の昂った性器に頬ずりした。
布越しとはいえ、柔らかな頬が擦れる感触に、何よりもあの文香が自分の股間を愛し気に頬で撫でているという事実に。
首まで顔を真っ赤にする優に、文香も頬を染める。
「スキンはちゃんと用意してるから」
安心して、という文香に優は違う意味で多大な不安を抱いた。
* *
見慣れないワンピース姿の文香をもっと目に焼き付けたい気もした。
でも、それ以上に優は懐かしい文香の裸が見たかった。
「ん……」
鼻にかかった文香の甘い吐息は生温かく湿っている。
文香は優の腰に跨っていた。
珈琲の沁みがついてしまった優のシャツのボタンを微かに震える指で外していく。
大胆な言動の割に覚束ない仕草を不審に思うよりも優は安心した。
過剰な緊張感の中、そっとその腰に手を添えれば文香は応えるように胸にすり寄って来る。
単純な優はそれだけで天にも昇るような心地になった。
シャツのボタンは全て外され、優の腹が見え隠れする。
今更ながらに昨夜からシャワーも洗髪もしていないことを思い出し、汗臭くはないかと気になってしまう。
文香からはほんのりとしたいい香りがするからこそ余計気になった。
今からでもやはりシャワーを浴びさせてくれと頼もうかと思ったとき、首筋の血管をぬるぬるとした小さな生き物が這った。
文香の舌だ。
ちゅく、ちゅっ
唇で食むように優のどくどくと脈打つ血管にキスをしている文香が堪らなく可愛いらしいと思った。
文香がこんなにも積極的に優に触れたのはこれが初めてだ。
自分の知らない間に、文香はこういう行為に慣れたのだろうか。
嫉妬めいた勘ぐりをする自分にうんざりしながらも、気になって仕方がない。
腰に手を回したまま一向に動かない優に文香はちらりと睫毛を瞬かせて上目遣いで見やる。
その目には薄っすらと涙の膜が張られ、チークとは違う彩色が目元を彩っていた。
濡れて赤くなった唇から覗く真っ赤な舌が優の肌を愛撫している。
「ゆう、」
文香の声は胸焼けがしそうなほど甘く優を誘った。
「っ……」
優は文香の腰を強く引き寄せた。
文香の腰は、こんなにも細いものだっただろうか。
腰から尻への柔らかなラインを堪能しながら、躊躇っていたのが嘘のように皺が出来るほど強く文香の臀部を揉む。
ワンピース越しに文香のパンティーのラインを感じ、より興奮した。
文香は今日どんな下着を履いてきたのだろうかと、どうしようもない男の煩悩が過る。
「んっ、ぁ」
文香の腕が優の首筋に絡まり、耳朶に嬌声交りの吐息が当たった。
背中の産毛を逆撫でされたような感覚。
文香の髪が優の口元を擽り、昔と変わらないシャンプーの匂いを優は陶然と吸い込む。
文香の手つきは確かに覚束ないが、それは優も同じだ。
優はこの三年間一度も女と関係を持たなかったからだ。
どんなに誘われても、決して靡かなかった。
ずっと、文香に未練があったからだ。
そんな優が最後に抱いたのは、文香以外の女だった。
優も何度か使ったことがある。
既にチェックイン済みで、文香はルームキーを律儀にフロントに預けていたらしい。
その準備の良さに優は文香の本気を見せられた気がした。
「ごめん、慌ててたから」
何の言い訳か分からないことを囁きながら、文香は焦るように優の手を引っ張って行く。
ふと、他の人から自分達はどういう風に見られているのだろうという疑念が過る。
「すぐにとれそうな部屋、このホテルしか思いつかなくて」
エレベーターに乗りながら、文香は小声で申し訳なさそうに謝った。
つい先ほどまでまったく別人のように品もなく優を挑発していたのが嘘のようだ。
(一体、なんなんだ……)
文香の全てが分からなくて、純粋に優は強い不安を抱いた。
つい、口紅が落ちてしまった文香の唇を凝視してしまう。
車から降りるとき、優の血色の悪い唇にほんのりとした桜色がついていることに文香が気づいた。
それをぽんぽんとハンカチで拭ってくれた文香の姿がふわふわと頭の中を漂い、ほんの一瞬の幸福感を味わったのだ。
今日、この短い逢瀬の中で文香は様々な顔を見せた。
懐かしいと思える文香。
まったく知らない別人の文香。
どれが本物の文香なのか、優にはもう判断することができなかった。
考えること全てが億劫で、今は大人しく文香に付き従うことしかできない。
そう思い込もうとしているだけなのかもしれないが。
「……」
自分は、結局期待しているのではないか。
文香の真意を確かめることよりも、目先の欲望に、餌に釣られているだけなのではないのか。
もう二度とこんなチャンスはないかもしれない。
どんな理由であれ、優は結局文香を抱きたいだけなのではないか。
文香はまだ気づいていないのだろう。
自分から誘っといて、今は無関心なその姿に思わず腹を立ててしまう。
男を誘っておきながら、なんて無防備なのだ。
あれだけその身を拒み、言い訳を並べていた男のズボンの一部が無様に盛り上がっていることを文香はまだ知らない。
一部窮屈になったその部位をこっそり隠しながら、優はただ文香の背中を追った。
*
部屋の大部分を占めるベッドを見て、優は唾を呑み込む。
こめかみを流れる汗は焦燥か興奮かも分からない。
至って普通の、むしろ素っ気ないビジネスホテルの一室。
優にとっても馴染み深いはずの光景だが、今は何故か生々しく見える。
実際に、これから生々しい行為をすると分かっているからだろうか。
別れる以前の文香にビジネスホテルでセックスしようなどと切り出したら顔を真っ赤にして怒っただろう。
例え自宅でも寝室以外での行為を頑なに拒んでいたことを優は思い出した。
釣られる様に過去の記憶が次から次へと蘇って来る。
それはどこか甘酸っぱい。
(やっぱり、変だ……)
新婚旅行のときに泊まった旅館で酔い潰れた文香をこれ幸いとばかりに抱いた後も相当怒られた。
恥じらうとか無体を強いたとか、そういうのを抜きにして文香は本気で怒っていた。
曰く、誰が聞いているか見ているのかも分からない。
後の見知らぬ清掃の人に事後の片づけをさせるなんてありえない、むしろ見られたら死にたくなると、薄っすら涙を浮かべながらぐずぐず怒る文香に当時の優は二日酔いで痛む頭を抑えながら必死に謝り、なんとか無事に新婚旅行を最後の日程まで終えることができた。
優の謝罪を許したというよりも、文香はただ旅行の支援をしてくれた義理の両親の顔を立てることを優先しようと怒りを鎮めたのだ。
あれは全面的に優が悪かった。
後悔はしていないが、今思い返すと強い反省の念が湧く。
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若気の至りもあったかもしれないが、ついつい新婚旅行でテンションが上がってはしゃぎすぎてしまったのだ。
自身も相当酔っていたせいで浴衣姿の色っぽい新妻の姿に我慢ができなくなったのだ。
つらつらと過去を思い出し、そして再度優は断言する。
(可笑しい…… やっぱり可笑しい。文香が自分からこんな場所に誘うなんて……)
こんな、壁も薄く、チェックアウト後にすぐに清掃員が入るようなところで。
文香は事後を見られたり、勘づかれたりされるのが死ぬほど嫌なのだから。
おまけにカーテン越しから見ても窓の外はまだ明るい。
陽が出ている内に部屋で淫らな行為をしようと優を誘う文香は違和感以外のなにものでもなかった。
「よし」
文香はオートロックがかかった後に、更にチェーンをかけた。
側でただ見ているだけの優を見上げる。
「優の気が変わらない内にヤろう」
課題は早く片付けちゃおうと学生のときに言ってたのと同じ声色に優は唖然とした。
文香は何も言わない優をチャンスとばかりにベッドに押し倒す。
ツインルームの両ベッドは幸いにもセミダブルサイズだった。
シングルだったら相当狭かっただろう。
事前にそこまで調べたのかもしれない。
優等生だった文香は昔から予習や事前学習が得意だった。
それでも成人した男女二人分の重みで揺れるベッドは、やはり狭い。
「悪いけど、シャワーは後にしてくれる?」
キスを強請った時のしおらしさ、色っぽさを一体どこにやったのか。
「明日、休みだよね? チェックアウトは明日の朝までだから」
文香は優の腹に跨ったまま、生真面目な表情で淡々とカーディガンを脱いだ。
露になったほっそりとした二の腕、白い鎖骨が眩しくて、優は思わず視線を逸らした。
「お腹減ってる? 減っても今はちょっと我慢して」
ぽいぽいと行儀悪くサンダルを脱ぎ捨てる。
よっぽど焦っているらしい。
「宿泊代も、ご飯代も、なんなら今日のガソリン代も日給も後で払うから……」
元妻に押し倒され、見下されながら優はこの奇妙な状況にやはり困惑するしかなかった。
文香の言っていることについて言及する暇もない。
「やっぱ、ラブホテルにすれば良かったかも…… そうしたらAVとか見れる、んだっけ……?」
優に言い聞かせるというよりもそれはただの独り言だった。
たぶん、優がノリ気ではないどころか文香の願いを拒絶していたからこその無意識の愚痴なのだろう。
(何をそこまで……)
難しそうな顔で、眉を寄せて真剣に悔しがる文香に優は呆ける以外の選択肢がなかった。
文香が何故ここまで必死なのか、優にはさっぱり見当がつかない。
つくはずもない。
ごそごそと優が固まっているのをいい事に文香は早速そのベルトを外そうともぞもぞ動き、止まった。
文香の口から間抜けな声が漏れる。
次いで、マジマジと股間に文香の視線が集中するのが分かった。
「……え?」
文香のワンピースの裾から露になった素足に息を呑む優だったが、次いで本気で息が止まった。
「……勃ってる」
ぼそっとした呟きは驚くほど静かな部屋に響いた。
ベルトを外そうとしていた文香の手が止まったのが分かった。
「ご、ごめん」
咄嗟に謝りながら、優は自分が何に対して謝罪しているのか分からなかった。
そもそも全て分からないことだらけだ。
「……よかった。もしも勃たなかったらどうしようかと思ってたから」
ガチャガチャと、文香の手が動く。
文香の手が股間の近くで動いている。
全五感が敏感に文香を捉えていた。
「これなら…… いっぱいできるね」
文香は信じられないほど嬉しそうに、優の昂った性器に頬ずりした。
布越しとはいえ、柔らかな頬が擦れる感触に、何よりもあの文香が自分の股間を愛し気に頬で撫でているという事実に。
首まで顔を真っ赤にする優に、文香も頬を染める。
「スキンはちゃんと用意してるから」
安心して、という文香に優は違う意味で多大な不安を抱いた。
* *
見慣れないワンピース姿の文香をもっと目に焼き付けたい気もした。
でも、それ以上に優は懐かしい文香の裸が見たかった。
「ん……」
鼻にかかった文香の甘い吐息は生温かく湿っている。
文香は優の腰に跨っていた。
珈琲の沁みがついてしまった優のシャツのボタンを微かに震える指で外していく。
大胆な言動の割に覚束ない仕草を不審に思うよりも優は安心した。
過剰な緊張感の中、そっとその腰に手を添えれば文香は応えるように胸にすり寄って来る。
単純な優はそれだけで天にも昇るような心地になった。
シャツのボタンは全て外され、優の腹が見え隠れする。
今更ながらに昨夜からシャワーも洗髪もしていないことを思い出し、汗臭くはないかと気になってしまう。
文香からはほんのりとしたいい香りがするからこそ余計気になった。
今からでもやはりシャワーを浴びさせてくれと頼もうかと思ったとき、首筋の血管をぬるぬるとした小さな生き物が這った。
文香の舌だ。
ちゅく、ちゅっ
唇で食むように優のどくどくと脈打つ血管にキスをしている文香が堪らなく可愛いらしいと思った。
文香がこんなにも積極的に優に触れたのはこれが初めてだ。
自分の知らない間に、文香はこういう行為に慣れたのだろうか。
嫉妬めいた勘ぐりをする自分にうんざりしながらも、気になって仕方がない。
腰に手を回したまま一向に動かない優に文香はちらりと睫毛を瞬かせて上目遣いで見やる。
その目には薄っすらと涙の膜が張られ、チークとは違う彩色が目元を彩っていた。
濡れて赤くなった唇から覗く真っ赤な舌が優の肌を愛撫している。
「ゆう、」
文香の声は胸焼けがしそうなほど甘く優を誘った。
「っ……」
優は文香の腰を強く引き寄せた。
文香の腰は、こんなにも細いものだっただろうか。
腰から尻への柔らかなラインを堪能しながら、躊躇っていたのが嘘のように皺が出来るほど強く文香の臀部を揉む。
ワンピース越しに文香のパンティーのラインを感じ、より興奮した。
文香は今日どんな下着を履いてきたのだろうかと、どうしようもない男の煩悩が過る。
「んっ、ぁ」
文香の腕が優の首筋に絡まり、耳朶に嬌声交りの吐息が当たった。
背中の産毛を逆撫でされたような感覚。
文香の髪が優の口元を擽り、昔と変わらないシャンプーの匂いを優は陶然と吸い込む。
文香の手つきは確かに覚束ないが、それは優も同じだ。
優はこの三年間一度も女と関係を持たなかったからだ。
どんなに誘われても、決して靡かなかった。
ずっと、文香に未練があったからだ。
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