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火傷
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しおりを挟む牢獄に響いたディエゴの衝撃な告白に、メリッサは耳を疑った。
「……カイルが、伯父様の、子?」
メリッサの呟きに、ディエゴは振り向くことなく淡々と答える。
メリッサと、そして再びカイルに聞かせるために。
「……そうだ。父上が俺を殺そうとしたのは自分の愛人が生んだ息子を即位させたかったからだ。王妃の実子であり、同じように父上の血をひいた俺ではなく、王族の教育どころか騎士の教育も受けていなかった、学のないこの男を、だ」
低い笑い声を洩らしながら、ディエゴがかつてどうしても父である前国王が暗殺の黒幕だと信じられず、ありとあらゆる人脈と手段を駆使してそれを否定する証拠を探そうとした愚かな自分を思い出していた。
ディエゴは実の父に愛されてはいないと自覚しながら、それでも情はあると信じていたのだ。
だが、父の若かりし頃をよく知る死際の侍女の口をついに割ったとき、その信じられない事実にどれだけの衝撃を受けたことか。
ディエゴの衝撃はメリッサともカイルとも質が違う。
何故ならそれは今までずっと信じて慕っていた父親の裏切りの証なのだから。
「父上は、嫉妬深い母上の束縛に耐えられず、当時母上に仕えていた侍女に手を出した。そして母上に知られては拙いと父上はわざわざ女を解雇させ、秘密裏に愛人として囲い続けた。貴重な王家の子種をよりにもよって身分の低い淫売に分け与え、そしてお前が産まれた」
ディエゴがカイルの母を罵っても、カイルには反論することは出来なかった。
国王には妾や側室を持つ権利があったが、前国王はもともと運よく長子というだけで即位したようなものであり、実質当時の政権は王妃の実家が握り、それをなんとか食い止めようとしたのが前国王の王弟であるメリッサの父だった。
現実から逃避するためか、前国王は自分を慕い、暖かな屋敷でまるで普通の妻のように迎えるカイルの母にどんどんのめり込み、立場上認知することができないことを前提にしてカイルの母を孕ませた。
カイルの今は亡き母はただ愛した男の子を宿したく、王位継承に参戦する意思などなかった。
自分と同じ時期に当時の王妃の懐妊を知り、城から離れられない国王の隙をついて腹の子とともに国王の前から姿を消したのだ。
屋敷に囲まれていたカイルの母を知る者はほんの一部であり、そして護衛として国王についていたカイルの義父の近衛隊長もその一人だった。
当時の国王が何を思って愛人に子を孕ませたのかは分からない。
ただ愛する女の子が欲しかったのか、それとも煩わしい王妃に対する憎しみからだったのか。
「父上の軽率な行為を俺は責める気はない。母上は気性が激しく、束縛の強い女だ。そして、誰よりも父上を見下していた。外で父上が愛人を作るのは当然だろう」
愛人が何人いようともディエゴは自分の父を責めることはなかっただろう。
だが、彼の父は途方もない罪を犯した。
穏やかと称され、平和を尊ぶ父の姿が嘘のように、前国王は実の息子であるディエゴを残酷な方法で暗殺しようとした。
父から贈られた葡萄酒を無防備に喜んだあの夜の自分が愚かで哀れである。
「消えた愛人と子の存在を掴み、そして生まれたのが男だと知った途端、父上は愚かな欲を抱いた。 ……どうやらずっと共に城に住み、その側で厳しい訓練と帝王学を学んでいた俺よりも、一度も顔を見たこともない愛人の子を王位につかせることを夢見たのだ!」
髪を掻きむしり、歯ぎしりするディエゴの目には隠しきれない悲哀があった。
耳を塞ぎたくなる真実に、メリッサもカイルも耐えた。
逃げてはいけなかった。
二人もまた、前国王の策略に加担していたようなものだ。
メリッサは漸くあの日の伯父の慰めと喜びの意味を知った。
そして、死んだ伯父の目的を知り、その結末の残酷さに今更ながら鳥肌がたつほどの恐怖を感じた。
メリッサとカイルの結婚を祝福した国王の怖ろしい行為にかつてない嫌悪感と憎悪、そして愚かな自分に絶望するしかなかった。
ディエゴの呪いの言葉は続く。
「俺を殺すことに失敗したが、予想外に父上の企みは成功した。……誰があの頃メリッサが俺を拒絶し、裏切ることを想像できた? 父上にとって、これ以上ない嬉しい誤算だったろう」
それは紛れもないメリッサへの恨み言だ。
暗殺は失敗し、国王の思惑は外れたとディエゴは言う。
メリッサがディエゴを拒絶しなければ、ディエゴはそのまま即位を望む大勢の臣下と民達のもとで数年早く、当然のように玉座につき、メリッサという王家の血が濃い王妃を迎えて善政を施していただろう。
未来の理想の国王を殺し、国を壊した元凶の一人は、間違いなくメリッサだ。
悔やんでも悔やみきれず、そして初めから全てが遅かった事実に涙がとまらなかった。
嗚咽を洩らすメリッサに、ディエゴは全てを吐き出す。
憎い、カイルを睨みつけながら。
「……そして、何も知らないはずのメリッサが俺を裏切った後に、選んだのがお前だ。……こんな喜劇を一体誰が想像できた? これも父上が仕組んだことならば、あの人は相当な策略家だろう」
カイルは猿轡を外されながら、何を言えばいいのか分からなかった。
一体何を言えというのだ。
「俺を殺せば、王家唯一の血をひくメリッサが歴史上初の女王になるかもしれん。お前は王配として権力を握ることができる。いや、父上がお前を半分とはいえ王家の血をひく実の息子だと公表すれば、正当な王位継承者として即位できる。何せ、それを支持するのが前国王であり、俺がいなくなれば、父上とメリッサ、お前に逆らう者はいなくなるのだから!」
可笑しくて可笑しくて仕方がないとばかりに笑うディエゴ。
怖ろしいはずのその姿がひどく切ない。
カイルは自分の存在の恐ろしさと父親だという前国王の愚かな願望に何を言えば良いのか分からなかった。
あの日、大広間でカイルを慰めた国王の温もりがまだ心に残っている。
あれが父親の手だったことが信じられない。
「王太子、殿下……」
そして、今目の前にいるのがカイルの腹違いの兄弟であることも信じられなかった。
戸惑いのまま呟くカイルに、ディエゴは笑うのを止め、そして唐突に鋭い視線をカイルに向けた。
「王太子だと……?」
突然の変化に戸惑う暇もなく、カイルは無防備な腹を蹴られた。
胃液が逆流し、俯くカイルの脂ぎった髪を掴む。
「なんという不敬だ…… 王太子? 俺は、もうこの国の王だ! お前と違い、この国の正当な王となったのだっ!」
カイルはディエゴが既に即位したことを知らなかった。
他意など無かったのだ。
だが、実の父親に殺されかけ、そして愛人の子に理不尽に王位を奪われそうになっていたディエゴにとって、カイルのその意味のない呟きは暗に自分の方が王位に相応しくディエゴの即位を認めていないという風に聞こえた。
そんなディエゴの激しい怒りがカイルに向けられているのを察したメリッサは、咄嗟に立ち上がった。
そして、ディエゴがカイルの顔を睨み、焼印だけではこの男は懲りず、屈さないと思った。
そして、たかだか焼印ではメリッサはカイルを拒絶しないのだと思い、ならばもっと酷く痛めつけなければならないと思ったのだ。
ディエゴと同じぐらいの醜く爛れた、見ただけで人を恐怖させるような永遠の傷をその顔に刻みつけなければならないという強迫観念に襲われた。
*
長い腕でカイルの磔にされた壁の燭台の松明を手に取った。
ディエゴの意図が分からないまま、逆流する胃液を吐き出すカイル。
それに目を細め、ディエゴは歪んだ笑みを浮かべて、松明を高々と掲げる。
ちりちりと生身の手で触れた松明の熱の高さに、ディエゴは満足気に微笑む。
これならば、さぞや醜い火傷が出来るはずだ。
もしかしたら命を落とすかもしれないが、もう既にカイルを生かす理由などないとディエゴは笑みを深める。
歪んだ笑みを浮かべたまま、カイルの存在にのみ集中し、嗜虐に満ちた笑みを浮かべたディエゴは、顔を上げたカイルを合図に勢いよく松明を、皮膚が爛れ肉を焦がすだろうその炎をカイルに振り下ろしたのだ。
背後に走り寄って来たメリッサに気づかず。
カイルに炎が振り下ろされた瞬間、メリッサは渾身の力でその間に割って来たのだと二人の男が認識したときにはもう遅かった。
唖然と目を見開く二人の男の目の前で、振り落とされた松明の炎は容赦なくメリッサの顔面を焼いた。
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