毒殺された男

埴輪

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後悔

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 汚濁と恥辱に塗れたディエゴとの性交のあと、メリッサは何かが壊れたような気がした。
 今までメリッサとして成り立っていた誇りや尊厳全てがその日粉々になり、それ以来メリッサはディエゴに対する憎しみや怒り、哀れみを抱きながらも、まるで少し昔の自分に戻ったような、ディエゴを無邪気に慕っていた頃の気持ちが少しずつ元に戻っていたのだ。
 それは酷く不思議な感覚である。
 国を滅茶苦茶にして、忠実なる城の者や罪のない民を殺め、カイルを無惨に暴行したディエゴに対する憎悪は永遠に続くと思われた。
 ディエゴがメリッサの裏切りを決して許さないように、メリッサもまたディエゴの反逆を許すことはない。
 そんな殺伐とした思いと反対に昔のようにディエゴを慕うメリッサもまた顔を出し始めているのだ。
 自分の都合の良い気持ちの変化にメリッサは嫌悪した。
 こんな恥知らずなことを死んでも誰にも言わないことを誓った。

 メリッサはこのとき確かに精神を病み、冷静な物事の見方や判断が困難な状態だった。
 ディエゴを暗殺しようとした国王のことや、今もどこかで生きていると信じるしかないカイルのこと、メリッサと親しくしていた城の者達がどれだけ生き残ったのかという不安や自分の過去の裏切りを死ぬほど後悔し、そして死ぬことができない現状に涙も出ないほど絶望していた。

 頭の回転が速いメリッサがもっと早く冷静に過去の国王の発言やディエゴの含みを持たせた言動、そしてカイルとの出会いを振り替えれば。
 ディエゴの反逆も、国の崩壊も。
 それらが全て逃げようのない運命だったと思うだろう。
 この国の王族、メリッサ達王家の血塗られた過去の呪いから逃げることはできないことに気づけたはずだ。

 全ては遅かった。






 ある意味ではディエゴのその報告は暗殺の真相よりもよっぽど強い衝撃をメリッサに与えた。

 その日、相変わらず正確な時刻が分からない中で、忙しいのか間を空けることが多くなり、抱かれる時間も短くなったディエゴが奇妙な表情を浮かべてメリッサのもとへ来た。
 無言でメリッサに触れ、常に何かしらの要求をしてくるディエゴがただ無言でその存在を確かめるようにして触れる。
 何かあったのかと、一応尋ねたメリッサは、少し間を開けてからディエゴが答えた事実に呆然とした。

「王妃が懐妊した」

 そこから、メリッサは覚えていない。
 ただ、さすがに妊娠したという王妃に悪いと思ったのか、ディエゴはメリッサを抱かずに神殿を去った。

 ディエゴの話は酷く、衝撃的だった。
 ぐるぐると久方ぶりに熱が出るほど頭を回転させ、必死にディエゴの話を整理する。
 王妃が懐妊したとディエゴは確かに言った。
 自分の子供を宿したのだと小さく喜ぶ姿を見れば夫婦は円満であることが分かる。
 王妃とは、隣国の王女のことだ。
 懐妊し、子を宿したという事実。

 漸く国が隣国に乗っ取られたという事実に行き付いたとき、メリッサは吐いた。
 そして、そのことに自分が安堵している事実に、愕然とした。

 時折、ディエゴはかつてのメリッサの裏切りがどれだけ愚かであったのかを教えるように、長年一途に自分を愛し、尽くしてくれた隣国の王女の美徳を睦言のようにメリッサに語ることがある。
 メリッサと違い、ディエゴの傷跡を見ても彼を愛した王女。
 その話をされるたびにメリッサは後悔する。
 もしもメリッサも隣国の王女のように一途にディエゴを愛していれば、二人の関係も、悲惨な戦争もなく、今も幸せに暮らせていたのではないかという後悔だ。
 メリッサが関わったばかりに才あるカイルの未来を奪ったことに対しても。
 そしてディエゴがどれだけ王妃となった王女を愛し、大事にし、折れそうなほど華奢な王女を抱く様子を事細かく伝える。
 王女を愛していると言ったその口でメリッサを愛撫するディエゴの歪みが怖ろしかった。
 また、ディエゴをこのように歪ませたのがメリッサと、そして国王であることが遣る瀬無かった。

 衝撃的な王妃の懐妊という報告に、メリッサは混乱しながらもどうすることもできなかった。
 自分が何をしたいのか分からないのだ。
 王妃が懐妊したと告げたその日から、ディエゴが神殿に来なくなった。
 初めての妊娠で不安定な王女、いや王妃の側にディエゴはついているらしい。
 メリッサの食事の量がめっきり減っても、ディエゴが使用人達を罰することはなかった。
 そもそもメリッサの食事を確認する暇もないのだ。
 日に日に痩せていくメリッサの様子を使用人達が心配し、声をかけてくるようになった。
 初めはあんなにメリッサのことを無視していたのに、ディエゴに飽きられて捨てられたようなメリッサを哀れんだのか、彼女達は少しずつメリッサに歩み寄った。
 ディエゴとの会話は会話というには一方的すぎるものばかりで、メリッサはあの日以来のまともな他人との関わりを素直に喜んだ。
 このときのメリッサが内心で何を考え、何に迷って苦しんでいたのか、見守っていた使用人もずっと王妃の側にいたディエゴも知らなかった。

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