13 / 45
絶望
2
しおりを挟むディエゴは逸る気持ちを抑えることが出来なかった。
もうすぐメリッサに会えるのだから。
死よりも辛い苦痛の中で、ディエゴは理性を忘れて本能を剥き出しにしていた。
王太子であることの責務や覚悟、父親に対する複雑な愛情、臣下や民に対する義務や国の将来。
そういった長年ディエゴが大事にしてきた全ての事柄が一遍に消えた。
そして、本能のままに唯一ディエゴが執着し、求めたのはメリッサだ。
メリッサだけだ。
生まれた時から知っているメリッサ。
自分が庇護し、大切にしてきた幼い王女。
娘のようにすら思っていたメリッサと婚約をしたが、本当にディエゴはメリッサに欲情できるか、女として見れるか不安を覚えることも多かった。
そう、信じていたのだ。
だが、今は違う。
今ならば分かる。
ディエゴが抱いていたのは葛藤ではなく、罪悪感だと。
妹のように、娘のように愛し、大事にしていたメリッサに劣情していたことに対する罪悪感がずっと棘のようにディエゴの胸に引っかかっていた。
自身をメリッサの庇護者だと自認していたくせに、その実は女として愛しているという真実に必死に目を背けようとしていたのだ。
もしも一度でもディエゴの箍が外れ、メリッサに恋情を示し、当のメリッサに拒絶されることをディエゴは怯えていたのだ。
どんな戦場も恐れず、数多の敵兵を葬り、国の勇者として讃えられている王太子である自分が、そんなことに思い悩んでいたことを認めたくないというプライドもあったのだろう。
そのプライドの、なんと無価値なことか。
生死を彷徨い、壮絶な苦痛を味わったからこそ、今のディエゴは断言できる。
くだらないプライドや女々しい不安に囚われることも愚かしさ。
そんな不安など、所詮は理性による抑圧でしかなかったことにディエゴは気づいたのだ。
死を覚悟したとき、ディエゴの魂を繋ぎとめたのは復讐でも王太子としての責任でもない。
ディエゴを現世に繋ぎとめたのはメリッサだ。
ああ、メリッサに会いたい。
その声を聴き、その笑みを視界に焼き付け、赤ん坊の頃から知っている柔らかな肌に口づけたい。
あのときのように愛を囁いて欲しい。
自身もまた、ずっと胸に仕舞い込んでいた、或いは隠していた愛を囁きたい。
親愛ではなく、情愛のそれをメリッサに捧げたい。
毒によって全てを剥ぎ取られたディエゴに残っていたのは悍ましいほどの憎悪と怒り、地獄のような痛みと、そしてどこまでも清く、甘く、火傷しそうなほどに熱い愛情であった。
王女メリッサへの愛。
それがディエゴの生きる希望だったのだ。
本能のままにメリッサを欲し、甘いミルクの匂いがするその肌に触れて自身を刻みつけたいと、何度も何度も願い、そしてそれを命綱にしてディエゴは苦しい戦いを制して生還した。
もう誤魔化すことはできない。
ディエゴはメリッサを愛している。
男として、女のメリッサを欲している。
出来ることならば、今すぐにでも抱いてしまいたいと思っているのだ。
誤魔化すことなどもうできない。
そして、誤魔化す必要などないことを、ディエゴは悟ったのだ。
何も焦ることはない。
怖がることもない。
何故ならば、メリッサはディエゴの妻なのだから。
この国の、未来の王妃。
そして、未来の国母となる娘だ。
*
慣れているはずのメリッサの宮に来たのは久しぶりだ。
どこか奇妙な空気に違和感を感じながらも、一月もの間ずっと寝ていた自身の感覚のせいだとディエゴは深く考えなかった。
そんなことよりも早くメリッサに会いたくて仕方がないのだ。
ディエゴの回復を喜び、そしてしきりに無理をしてはいけない、興奮するのは危ない、後で王女殿下が出向くので今はお引き取りをと、見慣れた顔の侍女達が笑顔を浮かべながらディエゴをなんとか追い出そうとしていることにも気づかなかった。
むしろディエゴは彼女達を邪魔に思い、怒鳴りつけようかと思うほど苛立っていた。
ディエゴは目の前の扉の奥にメリッサの気配を感じて、我慢などできなかったのだ。
そして、侍女達がメリッサのため、そして哀れな王太子のために追い出そうとしていることにディエゴは最後まで気づけなかった。
不審に思う前に、メリッサが姿を現わしたからだ。
0
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
(R18)灰かぶり姫の公爵夫人の華麗なる変身
青空一夏
恋愛
Hotランキング16位までいった作品です。
レイラは灰色の髪と目の痩せぎすな背ばかり高い少女だった。
13歳になった日に、レイモンド公爵から突然、プロポーズされた。
その理由は奇妙なものだった。
幼い頃に飼っていたシャム猫に似ているから‥‥
レイラは社交界でもばかにされ、不釣り合いだと噂された。
せめて、旦那様に人間としてみてほしい!
レイラは隣国にある寄宿舎付きの貴族学校に留学し、洗練された淑女を目指すのだった。
☆マーク性描写あり、苦手な方はとばしてくださいませ。
片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく
おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。
そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。
夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。
そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。
全4話です。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる