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絶望
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しおりを挟むディエゴが回復し、目覚めたことに城中が湧いた。
奇跡的な生還に、人々は神に感謝をし、供物を捧げ、そしてディエゴを讃え続けた。
ディエゴが卑劣な暗殺者に毒を盛られ、苦痛の中で戦い、そして勝利したことは皆が知っている。
詳しい暗殺の手口が漏れることはなかったが、ディエゴの顔と上半身に恐ろしい傷が残ったことはすぐに広まった。
それは英雄譚の一幕、または美談として華々しく語られた。
ディエゴの凛々しくも猛々しい、精悍な美丈夫と称された顔の半分以上は焼け爛れ、戦神と謳われた神々しい肉体にもそれは及んだ。
しかし、元より猛き者こそが正義とされるこの国では、多くの者がその傷跡を誇らしい戦士の証、死神を蹴散らした勇者の栄誉の証として好意的に受け止めたのだ。
当のディエゴは戦場で片耳のない者や、引き攣れた傷跡をそのままにしている戦士を何人も見て来た。
他国からすれば嫌われる傷でも、この国では表向きは好意的に見てくれるため、そこまで惜しいとは思うこともない。
むしろ時期国王である自身に箔が付いたとすら思った。
唯一惜しいのは自分が気絶したあと、例の暗殺者達が皆死んでいたということだ。
一人でも生き残りがいれば拷問し、暗殺の首謀者を吐くまで永遠の地獄を味わわせてやったもののを。
それを自分の手で出来ないことが惜しいと思った。
また、王太子である自身を殺そうとした不届き者が今もなお生きていることに強い怒りをディエゴは覚えた。
意識が朦朧とした中でも確かにディエゴは暗殺者達の何人かの致命傷を避けた。
だが、城の兵士が駆けつけたときにはディエゴの他生きている者はいなかったという。
訓練された鼠共は憎たらしいほどの忠誠心で持って自害したのだ。
父である国王自らにそのことを説明されたとき、ディエゴは酷く悔しそうに歯ぎしりをした。
迂闊にも毒を盛られた自身に対する怒りも含まれている。
痛々しい姿で拳を握りしめるディエゴを側でずっと看病していた女官が涙ながらに止めた。
そして、息子の常にない弱弱しい姿に国王はひどく慈愛に満ちた表情でそっとその肩を叩いたのだ。
「何も案ずるな。お前はただその身を回復することだけに集中していればよいのだ」
「父上……」
擦れた声でディエゴは充血した片目で国王を見つめる。
戸惑いと、羞恥。
そして国王の手の優しさに、ディエゴの胸に温かい熱が広がる。
亡き王妃の思惑や、周囲の国王への無理解のせいでディエゴはほとんど国王へ甘えたことも敬意を表したこともなかった。
だからこそ常にない国王の態度に戸惑い、恥ずかしがり、そして嬉しかったのだ。
「お前は、余の大事な臣下であり、この国の先を担う王太子でもある」
このときディエゴは初めてまともに父からの愛情を受け取ったと思った。
常にどこか余所余所しく、父子としての記憶などほとんどなかったディエゴにとってはこのときの国王の温もりや言葉は何よりの薬となった。
「何よりも、お前は余の可愛い息子なのだ」
国王ではなく、父としての。
その言葉をディエゴは未来永劫忘れなかったという。
*
そしてなんとか普通に喋れるようになったディエゴが当時の状況を詳しく話そうとするも、肝心の国王が先に身体を癒してからだとディエゴの治療とリハビリを優先するよう命じた。
いつにない強い国王の命令や自身が寝ている間一日も欠かすことなく見舞っていたことを側近から聞かされたディエゴは父親の愛を感じて不覚にも再び感動してしまった。
しかし、だからこそディエゴは違和感を感じずにはいられなかった。
それは、何時まで経っても姿を現さない彼の大事な婚約者、メリッサのことである。
悪夢に魘されていたときに、一度だけディエゴはメリッサの声を聴いて、その姿を見た気がした。
徐々に回復し、言語もまともになり、自ら起き上がることもできるようになったというのに、何故メリッサに会うことができないのか。
数多の臣下が連日引っ切り無しにディエゴを見舞う様になった。
だが、その中にメリッサはいない。
ディエゴはメリッサに会いたくて仕方がなかった。
しかし肝心のメリッサからは見舞いの言葉の伝言すら来ないのだ。
ディエゴが不審に思うのも無理はない。
そしてメリッサの話を振ると、周囲の空気が変わり、誰も目を合わせようとしないのだ。
ディエゴの胸に疑念と苛立ちが生まれるのは必然の流れだった。
目覚めてディエゴはまず最初にメリッサに会いたいと思った。
鏡で見た醜い自身の姿を幼いメリッサに見せる恐怖や躊躇いはあったが、それでもメリッサならば傷ついた自身を受け入れ、慰めてくれるだろうと思っていた。
それだけ、ディエゴはメリッサとの絆を信じていたのだ。
ディエゴは肌が溶け、肉が焼け落ちる拷問に等しい苦痛の中で何度もメリッサの事を思い浮かべた。
愛しい許嫁を残して死ぬことはできないと、それだけを糧にしてディエゴは独り地獄で戦ったともいえる。
そして死神に打ち勝ち、地獄から生還したディエゴはすぐにメリッサの姿を目で探した。
他の誰でもない、メリッサに会いたかったからだ。
だが、ディエゴはメリッサに会いたいと強く思っているのに、何故か周囲の者は理由も言わずに妨害しようとする。
それに怒りを感じたが、国王にまで今は安静にするよう言われたディエゴは渋々従った。
国王の手前、這ってメリッサの下へ行くことも、呼びつけることもできなかった。
今は弱り切った肉体を癒すほかないとディエゴはすぐさま悟り、すぐに行動に移した。
その後体力や筋力が戻れば自由に動けると、ディエゴは驚異的な速さでリハビリをし、ついには一人で歩くことが出来るまでに回復した。
医師が驚愕するほど、ディエゴは凄まじい回復力を見せつけ、執念ともいえる集中のもとリハビリに励んだのだ。
全てはメリッサに会うため。
一人、寂しい思いをしているだろう従妹を早く慰めてやりたかったのだ。
そして、今だ何かとディエゴを引き留めようとする周囲の人々を振り切り、ディエゴはメリッサに会いに行った。
最終的に国王がそれを許可したため、もう誰にもディエゴを止めることができなかったのだ。
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