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楽園
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しおりを挟む昔、力ある者を尊ぶ一つの国があった。
猛々しくも残酷な戦神を主神とする国の王は皆武勇を尊び、貧しい自国のために他国に戦争を仕掛け、その資源や領土を奪い制圧して国を豊かにしていた。
国の誰であれ、男児は生まれた時から兵士として期待され、才ある者は身分の差なく騎士として高い身分を約束された。
それを支配する王族の男は特に戦上手であり、武勇に優れていることを望まれていた。
強い王でなければ民は従わないのだ。
王族は強い男児を望み、また妃にはとにかく丈夫な子を産める健康な女を望んだ。
戦で荒れる日々の中でいつの間にか強き血筋を望む王族、王家の執念は病的なものとなっていった。
病気や怪我に対する治癒よりも、王族達は薬師や医師を育て、彼らに人の交配について研究するよう命じた。
それは家畜のより良い品種改良や、草木の交配を研究するような生々しさと無機質に満ちた研究だ。
人の力では限界のある、種と胎の完璧な支配。
研究は上手くいかず、多くの優秀な癒し手が理不尽に処刑された。
この時の王族、特に王家は狂気に支配されていたといえる。
その狂気の犠牲者となった人々が死に抗い、恐怖しながら残した研究の産物で様々な薬や毒が生まれた。
特に、狂気の末に生まれた毒薬はいずれも強力であり、摩訶不思議な効力を秘めていた。
皮肉なことに、強き子を望む研究の果てに劇薬や堕胎薬などが生まれたのだ。
この時の偶然でできた避妊薬などはある意味では人々の生活に貢献したともいえる。
だが、結局王家が望むような奇跡の薬は生まれなかった。
恐ろしい毒薬は密かに王族の一部の者達が所持し、同族殺しに度々使われるようになった。
強い者を望む王族は互いにいがみ合い、殺し合った。
略奪で国が大きくなった頃には、気づけば純粋な王族はほんの一握りとなっていたのだ。
このままではこの国の王家が途絶えてしまうと、愚かな彼らは漸く気づいて争いをやめた。
だが、彼らは知らない。
もう、既に遅かったのだと。
毒はもう仕込まれていたのだ。
遅効性の、とても強い毒が一滴。
*
戦好きの国の時は流れ、王家は細々ながらもまだその血筋を絶やしてはいなかった。
国には純粋な王家の血をひく者が三人いた。
一人は歴代の中で最も穏やかな気質と称された国王。
二人目はその国王と正妃の間に生まれた類まれな才を持つ精悍な王太子。
そして三人目は国王の亡き王弟の実子である幼き王女だ。
王太子の名はディエゴ。
生まれた時から王になることを約束され、また民にも臣下にも望まれた才ある若者だ。
ディエゴが王になれば、より良い時代が開くだろうと人々に期待されている。
家臣にも民にも慕われている次代の国王だ。
その従妹である王女の名はメリッサ。
両親の顔も知らぬ、幼い姫君である。
王家唯一の女という立場もあり、生まれた時から周りに甘やかされて来た。
幼いながらも可憐な美貌で将来は多くの国から求愛の手紙が来る事が約束された絶世の美姫である。
気まぐれで我儘、無邪気で甘えん坊、高慢で勝気という、難のある性格ながら妙に人々に慕われる不思議な魅力を秘めた王女だ。
王太子も、その幼き従妹である王女も幼少に母を亡くしている。
純粋な王家の血をひく子供はこの二人のみとなり、共に家族として仲良く暮らしていた。
特に王女は従兄である年上の王太子を実の兄のように慕い、何をするにもその後をついて回った。
王太子もまた生まれた時から見守っている従妹を純粋に可愛がり、妹として、また時には父のような気持ちでその成長を見守った。
血塗られ、殺伐とした王家ではありえないほど二人は仲睦まじく、その姿は王家の将来に思い悩む忠臣達を安心させたものだ。
王太子は幼い頃から丈夫な肉体と頭脳に恵まれ、馬術も剣術も、策士としての才にも優れていた。
年を経る事に、王太子は持って生まれた王者としての格を周囲に示し、多くの戦場で自らの武勇で勝利を掴みとった。
見目も精悍な美丈夫であり、髪や目の色は亡き王妃と同じ黒だ。
顔立ちは国王に瓜二つだが、常に穏やかな国王と勇ましく血の気が多い王太子を似ていると気づく者は少ない。
二人の顔立ちがよく似ていると最初に言ったのは王女であるメリッサだ。
両親を流行り病と戦争で亡くした王女はひどく愛らしく、誰からも可愛がられ、甘やかされてきた。
唯一王女を叱りつける王太子に特別懐き、その気難しい従兄の機嫌をとるのが得意だった。
同じ黒髪黒目の王太子と王女が並ぶと本当の兄妹か、あるいは親子のように見える。
大人びた王太子の雰囲気のせいもあったが、王太子が齢14の頃に生まれた王女との年齢差は早熟な王家から見れば親子であっても不思議はなかったのだ。
子猫のように気まぐれで我儘な王女は王太子には子犬のように懐き、甘える。
気に入った者には身分の差なく好意を示す無邪気な王女は王太子にとって非常に眩しく愛しい存在だ。
母をとうに亡くし、乳母も死んでいる。
近しい女官や侍女の何人かをお手付きとして囲っているが、そこに特別な情は芽生えなかった。
王太子にとって、一番親しく近しい女は王女だけなのだ。
色恋を抜きにしても、最も大事な女といえる。
愛憎渦巻く歴史ある王家の流れの中で、この従兄妹達は奇妙なほどお互いを慕い、純粋に愛し合っていた。
歴史に記されなかった二人の王族の愛は清く美しかった。
幼いが故に、今はまだ、純粋でもあった。
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