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慰問
不穏な予感を残し、エピローグ
しおりを挟むついに限界に達したのか、何度目かの無理矢理な絶頂を与えられたロゼはとうとう意識を失った。
いくら体力をつけたとはいえ、その身体はどこまでも柔らかく繊細にできている。
同じ人間とは思えないと称賛か悪口か判断の難しい言葉を周囲から投げられるエアハルトの底なしの体力と怖ろしい性欲に最後まで付き合えるはずもない。
エアハルトが汗と体液塗れのロゼの肢体を恭しく抱きしめ、唇でなぞる様にその素肌を愛撫してもロゼは目覚めない。
今日の式典で誰よりも輝き、弔うべき英霊達でさえ見惚れただろうロゼの美しすぎる装いは夫であるエアハルトの手で言葉の通りぐちゃぐちゃのぐちょぐちょにされていた。
象牙色の肌は今だ淡く色づき、コルセットよりはみ出た乳房や太ももの至る所に欝血の痕と歯形が見える。
解かれた黒檀の髪が行為の激しさを強調するよう乱れ、湿った睫毛や涙の跡が残る赤い頬と相まってなんとも痛々しい。
嗜虐的な趣味を持つエアハルトだが、ロゼに対してはギリギリで庇護欲の方が勝るらしく、その姿を冷静に見てから少しばかりの反省をした。
正直、後悔はまったくしていないが。
ロゼの想像以上に十日間の禁欲はエアハルトには長すぎたのだ。
だが、その禁欲の間にロゼが懸命にしていた夜の奉仕の数々を思うと決して悪いものではない。
覚束ない仕草で、恥じらいながらエアハルトの股間に顔を埋めるロゼを上から見下ろしたときに見える旋毛の愛らしさなど、この十日で覚えてしまった病みつきになるような行為の数々。
それを思い出すと自然と口角が上がり、厭らしい笑みが広がる。
あのエアハルトの相好をこうも簡単に崩してしまえるのはこの世でロゼだけだ。
一度知ってしまうと抜け出すことが難しくなる麻薬よりもロゼという存在は強烈である。
エアハルトにとっては生物に欠かせない水や空気と同等と言ってもいい。
本当に、なんて恐ろしく罪深い存在だろうか。
今、こうしてエアハルトの腕の中で目を閉じるロゼの安堵に満ちた幼い寝顔に艶など一欠けらも見えない。
先ほどまで淫らに喘ぎ、涎を垂らしながら恍惚とエアハルトの雄を求めていた女とはまるで別人のように、無防備に眠るロゼはひたすら無垢であどけないように見える。
なのに、その乱れたドレスから無理矢理露出された姿、肌に散らばる様々な痕跡が奇妙に生々しく、厭らしいのだ。
天使の寝顔とは裏腹に、少し腹を押せば、ロゼの中にまだ残っている大量の精液や淫液が下品な音を立てて溢れてしまうだろう。
その奇妙で危うい魅力は強い引力となり人々を惹きつける。
ある種の破滅を匂わせる魅了にエアハルトは囚われていた。
それこそが本望とばかりに、自ら鎖に繋がれることを望んでいる。
だからこそ、性質が悪い。
「……お前が、可愛すぎるのがいけないんだぞ?」
ロゼの額にはりつく前髪を整えながら、エアハルトは甘く囁く。
どこか拗ねたような口調に反して、その目はただただ優しい。
手袋を脱がしたロゼの左掌に口づけ、その指を飾る指輪の硬質な輝きに目を細める。
まだまだ若造だと実父に言われたことが何度かあるが、確かにその通りだとエアハルトは思った。
ロゼという一回り年下の妻に出会ってからエアハルトは今まで知らなかった、或いは知る必要もないと思っていた様々な感情に翻弄されている。
長く生きているつもりだったが、それはただの思い上がりだと知らされた。
今まで知らなかった感情がこんなにもあるのかと驚くほどロゼを前にするとエアハルトの鉄の心が炉に入れられたように燃え盛り、どろどろに融けて崩れ、形を変える。
「俺を、こうまで夢中にさせるお前がいけないんだ」
それは本音であり、ただの睦言でしかない。
軽い口づけをし、エアハルトは服を整えた。
汗に塗れたシャツや粘つく下半身も全てがロゼとの行為の証だと思えば好ましいとすら思える。
惜しくは今のエアハルトにロゼの乱れた姿を整える能力がないことだろう。
自身のマントでロゼの身体を隠し、そして包ませた後エアハルトは慈しみに満ちた表情を消し、いつもの色のない無愛想な顔で後ろを振り返る。
エアハルトの視線の先。
そこには見慣れた屋敷の侍女服に身を包んだリリーと憔悴した様子のライナスが静かに待機していた。
*
ロゼが気絶したことは気配だけで分かった。
エアハルトの体格に隠れているため脚ぐらいしか見えないが、元々ライナスは年不相応の色気を垂れ流しにした憎き女の姿を見ようとは思っていない。
今のライナスはあらゆる意味でロゼが羨ましかった。
出来ることなら自分も気を失いたかった、と。
もしくは鈍器でもなんでも誰かこのとち狂った頭をぶっ叩いてはくれないかと生気のない顔の下で願い続けていた。
悪夢ならば悪夢だと。
早く目覚めたいのだ。
今も立っていられるのが不思議なほどライナスは憔悴し、突けば容易く割れるぐらいの不穏な何かを膨らまし、それを必死に耐えているのだ。
極限状態のライナスはただ沁みついた下僕精神と鍛えられた軍人思考となけなしのプライドのみでその場に立っている。
つい前まで隣りで血走った目で覗きをしていたリリーはその名の通りに清廉な花のような佇まいで控えているというのに。
この差は一体なんだろうかと落ち込む余裕もないほどライナスは疲れ、その精神はヴァイオリンの弦のように酷使されていた。
初めから余裕などなかったライナスは気づかない。
優雅な姿勢で佇むリリーの身の内に荒れ狂う何かを。
勘の良いエアハルトですら気づくのが難しいそれは複雑でありながら非常に単純といえた。
リリー自身把握するのが不可能なほどに。
ただ、もしもそれを形にするとすれば。
リリーは迷うことなく、それを蛇だと答えるだろう。
* *
ライナスとリリーが並ぶ姿はある意味ではエアハルトにとって見慣れたもので、違和感はない。
リリーが昔のように軍服を着ていればもっとしっくり来るかもしれないが、エアハルトにとってはどうでも良いことだった。
行為の終わりを悟って音を立てずに執務室に入り、沈黙を保ったまま命令を待っていたリリーとライナスにエアハルトは淡々と命令する。
「ロゼをしばらく仮眠室で休ませる。公爵の誘いは断る。急いで屋敷へ戻る準備をしておけ」
「……了解っす」
ライナスが敬礼し、律儀に踵を鳴らす。
その貴族的な顔立ちには陰鬱な色が浮かび、何かに耐えるように背中に隠した拳を握っていることに隣りにいたリリーだけが気づいていた。
エアハルトの視線が今度はリリーを捉える。
「それと、ロゼの身を清め、整えてやれ」
「かしこまりました」
リリーはあの日の嵐の夜のときの激しさが嘘のようにエアハルトに順従だ。
元来のリリーは元の軍人時代も含めて非常に命令に忠実に堅実に任務を熟す優秀な人材だ。
侍女となった今もそれは変わらない。
嵐の夜にエアハルトとライナスが厄介なものを屋敷に連れて来たあのときを除いて。
軽々と、そして貴重な硝子細工を抱えるようにして慎重にロゼを横抱きにするエアハルトにリリーは優雅な仕草で仮眠室へと続く扉を開けた。
一歩行動が遅れたライナスが渋い顔をしたが、それを気にする人間はこの場にいない。
ライナスが不自然なほどエアハルトが抱えるロゼの姿を見ないように視線を逸らそうとしていることも、気絶したロゼを除いた二人にとってはどうでも良いことだった。
エアハルトもリリーも。
この二人の関心は安らかな寝息を立てるロゼにしか向けられていないからだ。
頭を垂れるリリーの視界にロゼの可憐なヒールの靴が見える。
リリーの仕える主夫妻が近くを通ると執務室に充満していた濃厚な性交の匂いが嫌でも強く香った。
元から嗅覚の鋭いリリーにとってその匂いは毒に等しい。
それと同時に、酷く魅力的なのだ。
ロゼの身を整える使命を与えられたリリーは当たり前のようにエアハルトの後をついて仮眠室へと入って行った。
何の感慨もなく閉められた仮眠室の扉を見て、ライナスが細く安堵の息を吐き出す。
じんわりと汗で身体中が濡れているのが気持ち悪く、意識を向けないようにしている下半身の状況を考えると舌打ちしたい気分だ。
軍部には当然のようにシャワー室もあったが、それを使う暇もない。
エアハルトに忠実なライナスが彼の命令以外を優先するなどありえないのだ。
少しでも気を抜けば発狂しそうな感情を押し隠し、ライナスは気力のみで石のように重い脚を動かした。
エアハルトの企みは多くの人々の心に嵐を呼び寄せた。
それこそがエアハルトの当初の目的であり、その企みはほぼほぼ成功している。
途中で予定外の禁欲生活を強いられたせいで聊か趣旨がずれた面もあるが。
執務室を覗くことに夢中だったリリーと絶望に突っ伏していたライナス。
二人は失念していた。
いくら通る人が少ない通路とはいえ、そこを通る人間が皆無ではないことを。
彼らが人の気配に敏感で、気配を絶つことを得意とするように、軍部にはそういった人間が多く存在することを。
今はまだ、知る必要のないことだ。
* * *
嫌な予感はしていたと侍女長は見るも無残な姿で眠るロゼを目にしてまず思った。
重い溜息を吐き出したいところだが、そんな余裕などない。
ミュラー家の次期当主であり、今現在仕えるべき主であるエアハルトが何か話し出す前に侍女長は背後で顔色を真っ青にしている見目麗しい部下達に命じた。
「何をぼさっとしているのです。早く奥様を屋敷へ連れ帰る準備を!」
侍女長のその毅然とした態度に久方ぶりに目にする気絶したロゼの姿に動揺し、心なしか目を潤ませていた侍女達は真剣な表情で頷いた。
彼女達は実に正確に状況を判断し、そして自分達が何をするべきを理解していたため、その動きはとにかく早い。
元凶であるエアハルトが何か口出しする前に彼女達は錬成された軍人のように無駄のない働きっぷりを見せつけた。
エアハルトに何か思うところはあるだろうに、批難の眼差しを向けることもなく皆が甲斐甲斐しくロゼの世話という名の介護をする。
何日もかけて意見を出し合い、検討に検討を重ねて選んだドレスは既にリリーの手で脱がせられている。
そのドレスの惨状を見て嘆かない者はいなかった。
彼女達が一体どれだけの労力と期待をかけてこのドレスを選び、そして着飾ったロゼの姿に感動し、興奮したことか。
決してエアハルトという飢えた野獣を欲情させるためではない。
そんな恨みや嘆きを胸に秘めながら侍女達は懸命にロゼの身を清めている。
生々しい情交の跡が残るロゼの裸体をお湯で濡らしたタオルで拭く様子や最悪の状況を想定して化粧道具と一緒に替えの下着やドレスをこっそりと用意していたという侍女達のその準備の良さや慣れた動きは実に見事だ。
そもそもの元凶でありながらふてぶてしくロゼの頬を撫でたりして愛でているエアハルトとは違い、侍女長などは高速で頭を働かせてどうにかこうにか目立たずにロゼを軍部から連れ出して馬車をこっそりと発車させる方法やルートを考えていた。
今のロゼの状況をもしも公爵家の者に見られたらと想像するだけで頭が痛い。
そんな侍女長の心労などまったく意に介さないエアハルトは寝たまま髪を梳かれて下着とドレスを替えられたロゼを飽きもせずに見つめている。
その視線が煩かったのか、ロゼの瞼が微かに震え、そして静かに開いていく。
室内の空気が一気に沸き立つのが分かった。
* * *
ロゼは久方ぶりの全身の気だるさに目覚めたその瞬間から事態を理解した。
靄がかった頭に過るのは周囲に迷惑をかけた申し訳なさやエアハルトに対する意志の弱さや甘い対応、そしてこの後の説明をどうしたら良いかということだ。
「ロゼ。目が覚めたか」
ぼんやりとしたロゼの視線がエアハルトを捉える。
「だんな、さ、ま……?」
嬉しそうに微笑む夫の姿にロゼもまた安堵した。
目覚めた直後に頭を駆け抜けた様々な悩みが一瞬で全て消えてしまったような感覚。
心地良く胸が熱くなる感覚が切ないほどにロゼを幸福にし、そして不安にさせる。
そんな不安を野生の勘で悟ったのか、エアハルトが無言でその唇にキスをした。
目覚めの挨拶とばかりに自然な動作でロゼの唇を奪うエアハルトを周囲からの呆れた視線が集まるが、肝心のロゼもエアハルトもそのもの言いたげな視線に気づいていない。
侍女長はロゼを理想の貴婦人だと褒め称えるが、エアハルトと共にいるときだけ螺子が外れたような、浮世離れした性格や行動を見せることに漸く気づき始めていた。
無口で無愛想なのに、強引に人を引き寄せる個性の強いエアハルトに釣られてしまうせいだと侍女長は思っている。
本当のことをいえば単純にロゼも元から螺子が外れたような奇特な性格と行動をしているだけなのだが。
「また…… 気を失っていたのね」
無意識にだろうか、自身に問いかけるようなロゼの小さな呟きをエアハルトは聞き逃さなかった。
目覚めた直後とは思えないほどロゼの思考はしっかりしている。
そして、理性を訴える思考と相反するようにロゼの心はひどく満たされていた。
不穏な不安感や焦燥感はその満足感と幸福感の代償である。
結局、ロゼもまた欲求不満だったのかもしれない。
エアハルトにロゼが足りないように、ロゼもまたエアハルトが足りなかったのだ。
「無理をさせてしまったな」
泣いて赤くなった目元をエアハルトはそっと親指で撫でる。
濡れたタオルで冷やしても、その痛々しい赤みは完全には引かず、化粧を落とした今はその青白さも相まってより目立つ。
一方で、その病的な儚さはとにかく美しい。
エアハルトの指がロゼの目元や頬、唇を擽る様に撫でるたびに甘えた子猫のように摺り寄せる仕草にときめかない男はいないだろう。
「……早く、屋敷に帰るぞ」
背中からぞくぞくするような何かが駆け抜け、気づけばエアハルトはロゼの額に口づけていた。
自身に向けられる周囲の視線が鋭くなったのが分かったが、仮眠室に響く甘いリップ音はしばらく止むことはなかった。
* * * *
カミラは泣いていた。
「やだ、やだやだっ なんで!? ろぜがいないっ ロゼ! ロゼェッ!?」
久方ぶりの家族揃っての食事を楽しみにし、頬を薔薇色に染めていたのがまるで嘘のように。
ずっと前から泣き続けていた。
あの悪魔に大好きな叔母を奪われたときから、ずっとだ。
意味もよく分からない内に姉のように慕っていた叔母が屋敷からいなくなり、それ以降姿を見ることも声を聴くこともできなくなった。
手紙の遣り取りは頻繁にしたが、それだけで我慢できるはずもない。
いつまでも落ち込んではいけないとカミラを慰め怒る人もいるが、そもそも叔母がいなくなり屋敷が一気に暗くなったとやる気を無くしている大人は大勢いる。
カミラだけを叱るのは不公平だと、その不満がよりカミラの感情を昂らせるのだ。
カミラがいずれ公爵家の跡取りとなるから、こんなことで泣いてはいけないと周囲の人々は言う。
だがカミラは知っている。
自分がその跡取りだというせいで叔母は無用な面倒を避けるためにあえて積極的に悪魔のもとへ嫁ぐことを決めたのだと。
悪魔の言うことはよく分からなかったが、叔母がカミラのもとへ来れなくなった元凶だということは察せられた。
「なんで……? ろぜぇ…… どうして、僕からはなれていっちゃうの……!?」
ほんの少し前まで、カミラが叔母の名を呼ぶと必ず叱られた。
「さみしいよぅ、会いたいよ…… ろぜ……」
でも、今は誰も叱ってくれない。
悪魔が、カミラの大事なロゼを奪って行く。
今も、奪い続けている。
* * * * *
「あらあら…… まあまあ……」
公爵夫人は泣いて暴れて愚図る孫を慰め、そして叱りながらも優雅に扇子を操ってみせた。
彼女にしては珍しく開いた口がなかなか塞がらないため、さり気なく口元を隠したのだ。
それでも口から飛び出る驚きと笑いと批判に満ちた謎の声は隠せない。
普段はおっとりと日向で微睡む血統書付きの飼い猫のようにのんびりと気高く構えている夫人を驚愕させた男は一層憎たらしいほど最後まで表情を変えなかった。
「奥様……」
「……こんなに驚いたのは久しぶりね」
付き合いの長い侍女が咎めるように囁く。
身内に囲まれているとはいえ、公の場で気が抜けた姿を見せるのはあまりよろしくないからだろう。
息子と娘の乳母も務めた腹心の使用人のもの言いたげな眼差しに夫人は小さく深呼吸をした。
「困ったわ…… あの人達になんて言い訳をすればいいのかしら」
賢い男だと思っていた。
実際にその男はある意味では賢かった。
無愛想で無骨、貴族の仕来りや流儀に疎そうな見た目とは違い、なかなかどうして狡賢い。
自分と公爵家の相性が良くないことを当たり前だがちゃんと理解している。
そしてその中で唯一敵意も好意も持たない自分に接触してきた。
常に穏やかな笑みを浮かべる夫人の公爵家での権限が侮れないものだと知った上で。
ある意味では最も影響力のある自分を頼って来たのだ。
意外と可愛らしいところもあるのだとその意外な一面に驚きもしたが。
それでも厄介な男であることに変わりはない。
最低限の身の振り方を知っている分、やることが大胆で予想もつかないのだから。
「まさか、あんな風に惚気られるなんてね」
「……」
仕えるべき奥方の悩まし気な溜息にその場で待機していた使用人達は何も返すことができなかった。
耳に飛び込む公爵家の大事な跡取りであるカミラの泣き声が辺りに響いているが、少年の癇癪に慣れている彼らは正確に夫人の独自を聞いていた。
一方でどんな表情をすればいいのか分からないとばかりに戸惑う夫人の姿は非常に珍しい。
それだけ、夫人とその孫であるカミラの前に現れた男の物言いは呆れるほど非常識で大胆だったのだ。
妻を抱き潰したので屋敷に連れて帰って看病する。
実に軍人らしい簡潔であり、正確な物言いだ。
呆気に囚われている内にさっさと頭を下げて謝罪の文を渡して来た娘婿の言動に怒ればいいのか、笑えばいいのか。
「……この私に、後始末を押し付けようだなんて、ね」
一体、誰の入れ知恵かしらと夫人は楽しそうに、そしてほんの少しだけ寂しそうに口元に笑みを浮かべた。
* * * * * *
さて、エアハルトの企みはある程度達成された。
彼の愛しの妻は大層魅力的で、身分の差なく老若男女を虜にしてしまう。
それを当然だと受け入れる一方で、敵愾心に燃える目を自身に向ける身の程知らずに対してエアハルトは冷たかった。
どうやらエアハルトは想像以上に狭量で、独占欲が強く、嫉妬しやすい性質らしい。
妻が自分以外に靡くはずがないと思う一方で、エアハルトはなるべく愛する妻を腕の中に囲い周囲から隠したかったのだ。
そして、初めはライナスの下らない思いつきで始めた企みは最終的に思いもしない愉悦をエアハルトに与える結果となった。
初めから世の男が羨み嫉妬する身分と能力と容貌を持っていたエアハルトにとって他者から向けられる羨望の眼差しは当たり前のものだった。
だが、エアハルトはそれに対して今まで一度も優越感や誇らしさを感じたことはない。
喉から今にも手を伸ばしそうな男達の嫉妬の眼差しは煩わしいものでしかなかったのだ。
ロゼという何にも代え難い宝玉を手にするまでは。
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taka87さん、こんにちは~
嬉しい感想ありがとうございます!
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