Shame,on me

埴輪

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工藤くんの自己嫌悪

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 今の自分は機嫌が良くない。
 いや、そもそも全てが良くない。
 体調も、気分も最悪に近い。
 最悪というよりも最低に近い。 

「おはようございます」
「おはよう、工藤くん」

 気分が悪い。
 朝からずっと、全身がとにかく気だるい。
 いや、正確に言うなら今朝からではなく、昨夜からだ。
 頭が若干重く、胸がムカムカして、食欲も湧かない。
 たぶん、寝不足のせいだ。
 自分でも珍しいなと思う。
 いつだって自分の体調、調子を誰よりもよく分かって管理していたのに。 

 そして分かりやすくやる気と気力がない状態でこうしてバイトに来ている自分が一番不可解だ。

「ごめん、今日は本当ありがとう!」

 いつも通りのはずの溌剌とした副店長の声が妙に頭に響く。

(……やっぱ来るんじゃなかった)

 なんで俺、休みなのに店来てるんだろう。

 そんな今更なことをロッカーで着替えている合間もずっと考えていた。
 休みの日の急な出勤要請。
 電話して来た副店長の冷静を装ったイライラや焦りに速攻で断ろうと思った。

 そこそこ長い付き合いになる副店長のことを工藤はそこそこ理解している。
 だからこそイライラモードの副店長がいる日に出勤などしたくなかったのだ。
 本来ならする義務もない。
 それで工藤が怒られることもない。
 だからこそ、適当に返して断ろうと思ったのだ。

 思った、はずだ。

(俺、なんで来たんだろう……)

 自分の行動に一番イライラするし、若干困惑もしている。 

「あ、いえ。俺も暇だったんで。こういうのお互い様だと思います」

 よく口が回るなと、工藤はよく分からない自分に自分で感心した。
 そして不本意な中でするっと口から零れていく自分の綺麗な台詞にげんなりする。

 別にまったく嘘を言っているわけではない。
 スタッフが多く、シフトも過密。
 辞めていく者も多いせいで工藤が入ったときから店は常に人手不足だった。
 パート、アルバイト、派遣が大半の中、シフトを交換したり変更することは多々ある。

 綺麗ごと抜きでお互い助け合わないと回らないのだ。

「でも、せっかくの休みだったのに…… 電話も急だったでしょ? 本当、ごめんね」
「無理だったら俺も断りますよ」

 工藤は大人しそうな見た目と違って意外なほどはっきりと自分の意見主張を出すタイプだ。

「気にしないでください」

 今日はもうさっさと寝ようと思っていたときに店から連絡が来た。
 こういうときに来る連絡なんて大抵想像がつく。
 寝る気モードでいた工藤はそもそも着信を無視しようかと思っていた。

「そう言ってもらえるとこっちとしては本当助かる」

 正直、後悔している。
 反射的に電話に出て、シフトを代わってくれないかという急な「お願い」を何故か了承してしまった後に後悔の波が一気に押し寄せて来た。
 今がその最高潮だ。

(なんで宮田さんの機嫌なんか取ってんだろう……)

 笑顔の副店長、宮田さんをいつも通りの笑顔を浮かべて見下す自分。

(本当、何がしたいんだよ……)

 何がしたいのか分からない。

 ただ、根本的な原因、元凶は薄々勘づいていた。

(……鍵のこと、言わないと)

 どうして自分がこんなにも悩まないといけないのか。
 理不尽な現実にただただイライラが募る。

「それで今日やってもらいたいことが……」

 狭いバックヤードの通路。
 工藤の身体を除けて速足で歩いて行く宮田さんに慌てることなく工藤は付いて行く。
 初めは戸惑ったが、仕事が出来る宮田さんは頭の回転が速すぎるせいなのか、たまにこうして「言わなくても分かるだろう」「これぐらい察してるよね」みたいに動くらしい。
 全ては宮田さんと付き合いの長い水野さんの談だ。

(いや、まぁ分かるけど)

 今みたいに何も言わずに立ち去る宮田さんに初め工藤も戸惑った。
 そんな風に戸惑う工藤を「なんでついて来ないの?」と叱る宮田さんに工藤は社会の理不尽さを痛感したのだ。
 未だ工藤は宮田さんが苦手だったりする。

(仕事っぷりは…… 尊敬するけどさ)

 仕事は本当に出来る人だし、なんでも知ってるから頼りになるよーという水野さんの評は確かに正しい。

(なんか、緊張するんだよな。宮田さんといると)

 小柄な背中に付いて行きながら、工藤はそっと溜息を零した。

 ざわざわと相変わらず人が多い店内を工藤は宮田さんと共に見回す。
 難しそうな顔で何か確認しているらしい宮田さんと違い、工藤は寝不足を引きずったままぼーっと店の様子を見ていた。

 そして、自分が何か探そうとしていることに気づき、また更に気分が落ち込んだ。

「工藤くん」
「はい」
「最初はレジに入ってもらうつもりだったんだけど、悪いけど今日は品出しやって」
「はい、いいですけど」

 そんな工藤の内心に気づかず宮田さんの口からハキハキとした指示が飛ぶ。
 どうでもいいが宮田さんは滑舌がいい。
 テキパキ、ハキハキと擬音がついても不思議ではないと工藤は思っている。

「今、佐々木さんに品出し頼んでるけど、ちょっと代わってもらえる?」
「……はい」

 店内の様子をさっと見まわした宮田さんが眉間に軽く皺を寄せながら工藤を見上げる。
 工藤は自分の顔が引き攣っていないか、それだけが気になった。

 当の宮田さんはそんな工藤に気づいていないらしい。

「佐々木さん駄目だわ。交代したらこっちに呼んで。ちょっとあの人作業が遅すぎる」
「……はい」

 工藤は宮田さんの容赦のない台詞にぼんやりと返事を返しながら、胸から迫り上げて来るような不快感を覚えた。

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