上 下
59 / 63
刻の唄――ゼロ・クロニクル―― 第一部

第四章 星降る夜 6

しおりを挟む
「夕べは、存分に飲み食いしたぜ。他人のとこでのタダ飯タダ酒ってのは、やっぱうめーな。自分とこだと、部下の目とかがあって遠慮しちまうからな」
「自分の艦で食って飲んでろ! そして、遠慮しろ! そっちだって、増員したんだろう?」
 愉しげな右隣に座るブレイズを横目で睨み付け、零は行きずり腐れ縁の僚友へ困った者を見るような目を向けた。
 朝の食卓。軽巡航艦ローレライ二の、上下の隔てのない喧噪ひしめく大食堂。そこへ、決死隊キャバリアー・非キャバリアー合わせ七百名以上とローレライ二の元からのクルーが一堂に会し、朝食を取っていた。調理ロボット群による今朝のメニューは、ソーセージを添えたスクランブルエッグとパンにコーンスープとサラダからなるシンプルなもの。朝から重い物を食べたいわけではないが、芸がないと零はついつい思ってしまう。不味くもなく、格別に美味しくもない。零は、エレノア、ブレイズ、マーキュリー、カーライト等と同じ卓に着いていた。
 零の呆れ気味の問いに答えたのは、ブレイズではなく正面に座るエレノアだ。
「まぁ、そうだが。通常の兵団の増員は、何というか機械的でな。ヴァレリーのように身分の高い高官に顔の利く気の利いた団員も居なかったもので、補給品の範疇で申し訳程度にな」
「そうそう。補給がなー。取り敢えず必要なだけを揃えてますって感がありありで。ファルを発ってから、禄に地上に降りてねーし。何しろ女帝軍自体急場編成で、内乱の影響で流通が寸断されたりしてて軍の酒保の品揃えも補給同様必要品重視で今一品揃えが悪くて、ボルニアで気の利いた伝のない俺には自分の兵団のために何かしてやりたくても出来ねーし、俺個人の愉しみだって少しだけ置いてある誰が買うんだよって高級品で一時金をぱーっと使っちまうわけにもいかねーし。補給範囲の酒をちびちびさ」
 エレノアの後を継ぐように愚痴るブレイズを、左隣に座るマーキュリーが鈴のように涼やかな声を妙に優しくしてからかう。
「ブレイズは部下に気前のいいところ見せたかったけど、買おうにも買えなくて悔しがっていたのよね。今後の俺のボルニアでの成り上がりの為に、名を少しでも売っておける好機チヤンスなのにって。あの新参、武者ぶりに劣らぬ気っぷのいい若造だって噂されたかったのよね」
「ボルニアで伝がないわけでもないわたしは、耳が痛いな」
 艶美な美貌に苦笑を浮かべるエレノアを、隣に座るカーライトが普段の朝の陽射しのように爽やかな声を凜とさせ窘める。
「内乱前、国を代表する勇者の一人として名の通っていたエレノアがそんなことを頼んだりしたら、反感を買うわ。決死隊は、これから待ち受けることを思えば以前それなりに親しかった者なら多少の融通はしてくれるでしょうけれど。ヴァレリーは、元侯爵家の令嬢なわけだし。けれどエレノアは、彼らと違って生死を問われているわけじゃない。忌避と共に同情を買っている彼らとは違うわ。目立てば、ベルジュラック大公にだって目をつけられかねない。妹のニーナはホワイトフィールド卿のところに身を寄せているけど、所領も凍結されていて伯爵家領邦軍とも切り離され何かあっても対抗手段がないわ。エレノアが近衛軍復帰を認められるまでは、慎むべきよ」
「分かってる。わたしが、降格だけでこうして自由の身で居られるのも女帝陛下のお情けもあるが、ブランシュの存在が大きい。前皇帝軍が帝星エクス・ガイヤルドを発したとき、わたしと妹と家の者をブランシュが拘束軟禁したのも、結果が分かっていたからだ。その後、新皇帝が即位した後やって来た憲兵兵団を門前払いして、前皇帝軍との決戦に女帝側として参戦した功をもって、わたしの身柄を預かっていることを女帝陛下に口添えしてくれたお陰だ」
 度々名前を聞く近衛軍司令ブランシュ・ド・ホワイトフィールドなる者が気になったが、零は素知らぬ振りをする。
「家のことは、心配だな。他人の手の内に家族や家の者があるなんて。そいつの胸算用で、エレノアが離れている間どうなるか分かったものじゃないんだから」
「ブランシュは、わたしの親友だし信頼してる。そういう心配はしていない。ただ、彼女も内乱で近衛軍を率いオベール大公国・ヴァグーラ王国経済共同体諸国家盟約連合軍と対峙して抑えに出征しているから、邸宅に彼女が不在で何かあっても頼れないからな」
 ややしんみりしかけた暗くなりがちな会話に、エレノアは話題を変えるように艶のあるメゾソプラノを明るくする。
「そうそう、夕べと言えば酒の肴が切れて零が出したシーフードのブルスケッタは旨かった。零は、料理が上手いのだな」
「確かに、あれはジャガイモとレモン汁が合うのな。肉類やチーズが多かったから、ワインのおともに丁度よかった」
 エレノアの意を汲むようにブレイズも話題に乗り、答える零は満更でもなかった。やや気取った口調で、声音は幾分愉しげにし。
「まぁな。バジルの代わりにハーブ・タイムを使うのがポイントだな。爽やかな香りが、ブルスケッタを軽快な味にしてくれる」
「よく、そんな物が補給物資にあったわね。ヴァレリーが手を回したっていっても、補給品に色をつけるだけでしょうに」
「たまたま、持ち合わせていたんだ。夕べで使い切っちまったけど」
 やや呆れ気味のマーキュリーに得意げに答える零に、カーライトはやや引き気味だ。
「料理にこだわりを感じるわね。ちょっと、女性が引きそうなマニアック……と基、凝り性なのね」
「ああ、それ分かるわー。付き合った後、こいつの方が料理上手くて嫌がられる様が想像出来ちまう。なんか、零はそういうの偏執的に拘りそうだし。で、それが理由で別れる様が」
 得心する様子で話に乗るブレイズを、零は必殺の殺意を込めた視線を向ける。
「誰が嫌がられる、だ。俺は、モテるからな。言い寄られて振ることはあっても、逆は有り得ないな」
 時折悪意をぶつからせ適度に会話を弾ませながら朝食があらかた片付いた頃、別の席で決死隊の者たちと食事をしていたらしいサブリナとヴァレリーが零たちの席に姿を見せる。
「九時から練武室で、編成選抜をするから、遅れないでね」
「昨日みたいに、ブリーフィングルームでの顔合わせで一言喋って帰ったりするの、止めてよね。みんな、不安になってたわよ」
 今日の予定を念押しするサブリナと小言を口にし窘めるヴァレリーの二人に、零は麗貌に不敵な笑みを微かに浮かべ悪ぶった口調を作る。。
「心配するな、この三人で全員の相手をするんだ。嫌でもじっくり付き合って貰うさ。他人のことより二人とも、自分のことを心配するんだな。手は抜かないからな」
 零の挑発に望むところとヴァレリーとサブリナは、生真面目に或いは不敵に応じる。
「当然でしょう。この兵団の重要な実戦編成の為の立ち会いなんだから」
「ま、胸を借りるつもりでやらせて貰うわ。三人誰と当たっても、相手として不足はないし」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

体内内蔵スマホ

廣瀬純一
SF
体に内蔵されたスマホのチップのバグで男女の体が入れ替わる話

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

未来への転送

廣瀬純一
SF
未来に転送された男女の体が入れ替わる話

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

男女貞操逆転世界で、自己肯定感低めのお人好し男が、自分も周りも幸せにするお話

カムラ
ファンタジー
※下の方に感想を送る際の注意事項などがございます! お気に入り登録は積極的にしていただけると嬉しいです! ーーーーーーーーーーーーーーーーーー あらすじ    学生時代、冤罪によってセクハラの罪を着せられ、肩身の狭い人生を送ってきた30歳の男、大野真人(おおのまさと)。  ある日仕事を終え、1人暮らしのアパートに戻り眠りについた。  そこで不思議な夢を見たと思ったら、目を覚ますと全く知らない場所だった。  混乱していると部屋の扉が開き、そこには目を見張るほどの美女がいて…!?  これは自己肯定感が低いお人好し男が、転生した男女貞操逆転世界で幸せになるお話。 ※本番はまぁまぁ先ですが、#6くらいから結構Hな描写が増えます。 割とガッツリ性描写は書いてますので、苦手な方は気をつけて! ♡つきの話は性描写ありです! ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 誤字報告、明らかな矛盾点、良かったよ!、続きが気になる! みたいな感想は大歓迎です! どんどん送ってください! 逆に、否定的な感想は書かないようにお願いします。 受け取り手によって変わりそうな箇所などは報告しなくて大丈夫です!(言い回しとか、言葉の意味の違いとか) 作者のモチベを上げてくれるような感想お待ちしております!

処理中です...