刻の唄――ゼロ・クロニクル――

@星屑の海

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刻の唄――ゼロ・クロニクル―― 第一部

第四章 星降る夜 4

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「積み荷のアダマンタイン創世核鉱物を降ろしたら、依頼が来まして。何でも、アダマンタイン創世核鉱物のボルニア帝国最大の算出惑星フォトーが奪還され、グラディアートの大型武器が不足して稼働効率が落ちている女帝軍が決戦用に大量発注したらしく、その新たに鍛えられた武器を増産され次第女帝軍へ運ぶ荷運びの仕事が。予定では一月後に。現在、リノ小惑星帯大型武器工廠群は恒星貨物船を大急ぎで掻き集めてるらしくて、うちにもお呼びがかかったってわけで。で、ここで暫くバカンスを楽しむことに決めました」
 小惑星Lー〇八七六プラント運輸庁近くの酒場でルナ=マリーとヘザーは船長のハンスと落ち合うと、ハンスは開口一番そう捲し立てた。船乗り達でガヤガヤと騒がしい酒場の、奥に設けられた仕切りのあるスペース。少なくとも、人目を気にせずに済む程度の。
 事情を理解したルナ=マリーは、榛色の双眸に真摯さを宿し屈託のない美貌と伸びやかな声とに切願するものを乗せる。
「その一月で、行って貰いたい場所があります。わたしが総本星セプテム・R.I.P.を離れたのは、目的があるからです。ボルニアに来る予定ではありませんでしたが、ここでも目的を果たせます。シャイル恒星系惑星フォルマにある古代の百三遺跡、世界の門へ行く必要があるのです。一月足止めを喰らうのです。行って戻ってくるには、十分時間がある筈です」
「ちょっと、お出かけしてくるってわけにはいきませんや。何しろ巨船ですから。その、これがかかるもので」
 直向きなルナ=マリーの視線を、ハンスは厳めしい面に薄ら笑みを浮かべ親指と人差し指の先をくっつけ輪にしお金のマークを作った。
 隣で柳眉をキツくするルナ=マリーに代わるように、ヘザーがまともに応じる様子のないハンスへ普段の淑やかさのある口調を嘲弄気味に響かせる。
「バカンスに向いた場所とは、思えませんね。休暇をこのような場所で消化させられては、部下に憎まれますよ。表舞台とは無縁な戦士の一人旅のわたしには、十分魅力的な場所ですが。ちゃんとした、慰労を心がけたら如何です?」
「ま、場所は我慢して貰うしかねーな。戦士さんと同じだよ。俺たちも、表舞台とは無縁なんでね。色々と、楽しみ方があるってもんだ」
 やや下卑た様子で厳めしい面をにやりとさせるハンスに、ルナ=マリーは意を決した様子でアークビショップとしの薫陶を効かせた声をぴしゃりと張る。
「いいですか、お聞きなさい。人類の理解の範疇を超えて進化を遂げてしまった古代のインテリジェンスビーング群による統治の終焉をもたらした十二国時代以前、その知的存在群は世界の根源、存在理由を探求する為創造世界ミユートロギアを生み出しました。その世界はこの世に隣接しながら高次の世界で、低次に存在するこの世を自然と従えてしまうのです。人類は、その世界に居を移したインテリジェンスビーング群により隷属させられていました。反旗を翻した十二の勢力は現在では想像を絶するような星に星が殴り込みをかけるが如き超兵器を用い、瞬く間にそれぞれが銀河を征服し創造世界ミユートロギアの影響を最小となるまで繋がりを排除したのです。十二の超大国は銀河に破壊と暴虐を確かにもたらしましたが、人類の手に意思を取り戻しました。その銀河を飲み込む非道はどうあれ、人類が未来を決める世界となったのです」
 そこで一度言葉を切るとハンスの茶色の瞳を菫色の瞳でじっと見詰め、相手が聞く態度になったことを確認しルナ=マリーは続ける。
創造世界ミユートロギアは、目には見えませんがわたしたちの世界と隣接し確かに在り、その世界への干渉装置であり現界と創造世界ミユートロギアを繋ぐ通路――世界の門と呼ばれる遺跡が百三現存します。現在、世界の門は封印されており創造世界ミユートロギアへの道は閉ざされていて、その世界に住む存在は現界に超常的な干渉力を持つものの、十二国時代以前のように現界に現れて人類を統治するほどの力がありません。決して、古代世界へ引き返すような愚は犯してはならないのです。意思を、未来を他者に委ねては。その遺跡に異変が起きている。それは、とても世界にとって危険なことなのです」
 一瞬飲まれたようなどこか陶然とぼんやりした表情でルナ=マリーの話を聞いていたハンスは、はっとなり黒鉄色の髪を束ねた頭の後ろのヘアクリップに手をやり少しの間弄ぶと厳めしい面に普段の表情を纏った。どこか世界を斜に見たような、どこか不真面目な。
 おもむろにハンスは口を開き、揶揄の響きを声に乗せる。
「なんとも、ご大層なお話ですな。ご大層過ぎて、正しく雲の上のお話で。申し訳ありませんがね。世界が危うくなろうと、誰が未来を決めようと、俺たちのようなグレーのアウトローには関係がありませんで。申し訳ありませんが、お力にはなれません」
 自分の話を馬耳東風と聞き流した様子のハンスに、ルナ=マリーは気色ばむ。
「わたくしが、与太話をしていると思うのですか?」
「ルナ=マリー。確かに彼らのような生き方をしている者たちに世界のために動いてくださいと言っても、馬の耳に念仏。世界は、彼らを助けてはくれませんから」
「それは……」
 炎熱を冷ますようなヘザーの淑やかな憂いを乗せた諦念に、ルナ=マリーは冷静になれた。
 ――確かにヘザーの言うとおり、それでは一方的な搾取ですね。ハンス船長が動くには、オーガスアイランド号の航宙士たちが納得するには……彼らの流儀に乗りましょう。
 刹那瞑目し思考を巡らせ目を開くとルナ=マリーは、鋭くなりつつあった口調を和らげる。
「少なくとも、わたしに協力すれば七道教から船長以下オーガスアイランド号は信頼を得られます。今すぐは無理でも報償も。けれど、下手をすれば何年先になるかも分からないそれを期待するつもりもないでしょう。もし、世界の門に生じている異変を証明しその原因が何かしら判明すれば、遺跡を有するボルニア帝国にとって管理責任もあり他人事ではありません。どのような災禍をもたらすか、定かでない代物ですから。恐らく帝国は、遺跡の異変も掴んではいないでしょう。原因の一部でも情報としてもたらせば、応じた報償が女帝陛下から支払われる筈。何しろハンス船長は、謀反人オクタビアンを捕らえ女帝ヴァージニア陛下に引き渡した実績のあるお方ですから」
 以前、ハンスが得た莫大な報償をルナ=マリーは思い起こさせた。視線の先で、ハンスの表情はみるみる緩んでいく。そのにやけすら浮かぶハンスの面から、何やら自分に都合のいい算段を巡らせているらしい様子が見て取れた。
 居住まいを正しハンスはルナ=マリーに向き直ると、芝居がかった謹厳さをにやけをどうにか納めた面に浮かべ勿体ぶって口を開く。
「まぁ確かにともすれば起きかねない銀河の危機を、放ってはおけませんな。いいでしょう。参りましょう。シャイル恒星系惑星フォルマへ」
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