刻の唄――ゼロ・クロニクル――

@星屑の海

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刻の唄――ゼロ・クロニクル―― 第一部

第三章 犠牲の軍隊後編 22

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 全身に何とも言いようのない頼りなさを、外骨格Eスケルトンスーツを脱いだたヴァレリーは抱かずにはいられない。肌にぴったりフィットした身体のラインが見えやすい黒色のインナーウェアは、それ自体防御力を有する強化繊維で織り上げられていて通常の野外戦闘服とそれほど性能に差があるわけではないが、ようは気の持ちようだ。若い引き締まった羚羊のような全身が一目瞭然で見て取れることに、ヴァレリーは先程から羞恥をちくちく刺激されていた。このような状況で何を、と思う。が、勝手に沸き立つ感情は抑えようがなかった。
 金髪のローポニーテールを揺らし、勝手に背後を振り返ろうとする己を律しヴァレリーは強引に前へ向く。
 ――こんな時に自意識過剰よ。他人の視線が、こんなに気になるなんて。この別働隊の指揮を任されたわたしが、挙動不審でどうするのよ。作戦に集中できないようじゃ、誰も付いてきてくれないわよ。
 半ば己に呆れつつ己を叱咤し、ヴァレリーはことの重大さを噛みしめ直した。
 旧回線復旧の別働隊三十名は、狭いダクトや図面上封鎖された点検用通路を進み行動する為外骨格Eスケルトンスーツを全員が脱装していた。十名は決死隊の者たちでヴァレリー同様の黒いインナーウェア姿で、残り兵団群所属の二十名はオリーブグリーンのインナーウェア姿だ。別働隊の指揮官は、基地奪還兵団ではエレノアに次ぐ実力のヴァレリー。作戦の成否がかかるこの重要任務を実戦経験のない本来学生のヴァレリーが受け持つことに反対はあったが、エレノアがヴァレリー以外に任せるつもりがないと言い放ち反対意見は鳴りを潜めた。
 基技もとわざ空間把握スペースを用い少し先が闇に閉ざされたダクト内をヴァレリーは走査スキヤンすると、背後へ声を掛ける。
「行けそうよ。わたしの空間把握スペースで可能な限り探ってみたけど、多分旧回線点検用通路まで何も問題はない筈よ。わたしが先行するから、付いてきて」
 凜々しさと清楚さが同居した美貌をキリッとさせるヴァレリーに、男女の別働隊の面々は反応に困ったようにすぐには返事しかねる様子だった。
 一つヴァレリーは桃色の唇に吐息を乗せると、茶色ブラウンの瞳を幾分和らげる。
「わたしの指揮に納得していないのは、承知しているつもりよ。このメンツの中では、一番若いもの。軍務経験もない。けど、キャバリアー養成校以外でもわたしは自領の領邦軍で演習の指揮を執っていたわ。だから、それなりに自信がある。当然、腕にもね」
 ダマスカス剛製のナイトリーソードの柄をヴァレリーは拳でコツンと叩き、前列の黒いインナーウェア姿をした決死隊のまだ若い女が眉尻を下げやや申し訳なさそうに口を開く。
「腕を信用していないわけじゃないのです。ヴァレリー嬢の腕は、色々と聞く機会は多かったもので。何せ、元侯爵家のご令嬢。ソルダ位階第四位ダイアモンド位階。第一エクエスでも軍団長はおろか、軍団群長だって務まる実力です。ただ、元の身分の高さが不安だったのです。敵だらけの星での実戦はヴァレリー嬢には、過酷すぎるんじゃないかと。懲罰部隊に落とされて、助言してくれる味方もいない。けど、反目されても変わることなく、上官と部下の関係を勝ち取ろうとする態度は信頼できます」
「ああ。怒りもしないしな。話し合おうって気がある指揮官は、嫌いじゃないぜ」
「ま、最初は反対だったが、こんな場所でいざって時頼りになるのは強者だ。だから、あんたが俺たちを指揮するのは悪くないんじゃないかって思う」
 波打つ金髪の若い女を皮切りに、決死隊だけではなく兵団群所属のキャバリアーたちが次々とヴァレリーを支持した。。
 内乱前の親衛隊所属の時以来、自領のキャバリアーではない者たちから頼られる感じがくすぐったく、ヴァレリーは持ち前の生真面目さを纏う。
「行くわ。付いてきて」
 制御ルームに付属の個室の壁に、金属スリットを外した換気を兼ねたダクトがぽっかり大きな口を開けていた。大人一人が、屈むことなく進むことが出来る。ヴァレリーは、一歩踏み出し薄暗がりへと入って行った。背後に続々と続く足音が響く。
 換気口から漏れ入る明かりでダクトの中は仄暗くぼんやり明るかったが、少し進むとすぐ暗がりになった。キャバリアーの有する強化された眼球は夜目が利くがそれでも行動しづらいことに変わりなく、ヴァレリーは腰のポーチから柄に棒が付いたスティック状の明かりを取り出すとボタンを押した。柄の先の棒全体がぼうっと光を発しボタンをスライドさせ輝度を調整すると、スティックは眩く輝き辺り全体を照らし出した。そうするとダクトの中が、ちょっとした回廊のように見渡せた。
 歩みを進めつつ、ヴァレリーは背後を振り返る。
「警戒を。こうも目立てば敵がもし居れば真っ先に見付かるけど、先を急ぎたいわ」
「出くわすなら何らかの機械兵マキナミレスユニットでしょうから、先を見渡せるだけこちらは有利になります。彼らはこちらが光を発そうと発しまいが、お構いなしに見つけますから」
 すぐ背後を付いてきた先程の若い決死隊の女が、ロングの金髪に縁取られた整った面を軽く笑ませた。
 ダクト内はあちこちに枝分かれし、けれど行き先を妨げるようなものは特に何もなかった。ただ、AIマザーが提示した見取り図とは所々に違いがあった。
 綺麗な眉を顰め首を捻り、ヴァレリーは曲がり角の突き当たりで立ち止まり普段凜々しげな声を可愛く唸らせる。
「うーん、ここは変ね。実際の改装とAIマザーが把握している図面と違っているわ。ここから旧回線点検用通路に出られる筈なのよ。ここで折れてしまったら、離れてしまうわ。空間把握スペースで探ってるけど、この先に空間がある」
「設計段階の予定と実際の改装で、何らかの都合で違ってしまったようですね。先程から、図面と細部が違っていたりずれていたりしています。ここはセンサの類いを設置していないようですから、AIマザーの目が届かず図面が修正されていないのでしょう。拡張工事のとき使用した作業用ロボットを、AIマザーと連動させていなかった可能性があります。民間の工事なら、費用をごまかすため敢えて自社のネットワークを切り離していたかも知れませんね」
 壁に手を当て若い女は整った面に思慮を浮かべ、ヴァレリーは美貌を怪しからぬと顰める。
「帝国も杜撰ね。重要な基地建設で、手抜きだなんて。前皇帝の元、賄賂や不正が幅をきかせていたから。その会社を斡旋した奴、怪しいわね」
「前皇帝が負けて良かったとは今のわたしの立場では思えませんが、少し前までの帝国がおかしかったことは認めざるを得ません。多分、この壁の先に――」
 苦笑しつつ若い女は壁に手を当てそこから無数の弧を描いた同心円の光が広がり、次の瞬間衝撃インパクト。ソルダ位階第六位宝石位サファイア位階以上のキャバリアーが使用可能な超技インジェクションによって前方の壁が歪み、更に重ねて女は使用しついに大規模建造物に向いた耐久に優れるヤスキハガネがひしゃげ、一枚の成形材ではないため周囲の壁から外れガコンと音を立て反対側へと倒れた。先には、ダクトではない中空に浮いたキャットウォークが伸びていた。
 明眸を大きく見開き、ヴァレリーは声音に喜色を乗せる。
「大正解ね。あなた、もしもの時頼りになりそうだわ。確実に第一エクエス上級部将クラスの実力。名前は?」
「シャトレイユ公爵家に仕えていたエディト・グレヴィと申します。ヴァレリー嬢」
「まぁ、シャトレイユ家の。そうだったの……。じゃ、エディト。何かあったとき頼むわ」
 表情を陰らせ何事か言いさしたヴァレリーは途中で言葉を飲み込み、敢えて声音を明るくし先を進んだ。
 キャットウォークを行くとヴァレリーの視界の端に白い何かが掠め、発動している空間把握スペースに捉えるものがあった。だが、それは確かな物とは言い難かった。
 溢れるヴァレリー声に、緊張が滲む。
「何? この感じって、幽子体?」
「ヴァレリー嬢、死食鬼グールですっ!」
 エディトが指し示す方をヴァレリーが見遣ると、そこに半透明な白い何本もの筋が集まったようなクラゲにも似たものが漂っていた。一つではない。遠くの闇に鷹の目イーグルアイで目を凝らせば、多数。
 生理的に背筋に悪寒が走り、ヴァレリーはぞっとする。
「閉鎖時、安全策に死食鬼グールを放ったようね。おぞましい」
「どうします? 死食鬼グールは、厄介です。生者が取り付かれれば、あの白髪のような筋に乗っ取られ精神を侵食されます。生気を奪い取り寄生対象が死ねば、奴らの餌食」
「進むしかないのよ。本当は時間をかけたくないけど、一体一体慎重に対処しましょう。ショックウェーブやインジェクションなどの秘超理力スーパーフォースの波動を用いる技が有効と、聞いてるわ。使用できる者は、お願い」
 背後を向き呼びかけると、ヴァレリーは闇に浮かび上がる幻想的ですらある白い魔性を見詰めた。
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