刻の唄――ゼロ・クロニクル――

@星屑の海

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刻の唄――ゼロ・クロニクル―― 第一部

第三章 犠牲の軍隊後編 12

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 零たちが案内された強襲降下ユニットの一つに設えられたブリーフィングルームの両側に、囮兵団群と合流組の指揮官と副官クラスが外骨格Eスケルトンスーツ姿で座す長テーブルの奥に陣取るオーレリアンが、参集した者たちを眺め口を開いた。
十色の騎士イクス・コロルムの一人琥珀色の騎士アンバーナイトと狡猾なミラトのストレールの猛攻で地上攻略兵団本群壊滅の憂き目からリュトヴィッツ殿が生き延び、そして、もう既に生存者はおるまいと断じていた決死隊とその指揮官と補佐官六合殿とリザーランド卿が健在で我らに合流を果たした。敵地に取り残された窮地にあって、これは正しく吉兆」
 声を励ますオーレリアンは、居並ぶ兵団長とその副官らに面を明るくし志気を高めるべく強い視線を順々に送った。主将格を務めるオーレリアンを除いた七名の兵団長と副官らは顔を見合わせ口を開き、意外な驚きと喜色が混ぜになったような響めきが走った。
 一頻り気勢を上げる彼らを見て満足そうに頷くと、オーレリアンは再び口を開いた。
「頼もしい勇士たちが加わり、我が軍も意気軒昂。志気が上がることだろう。此度の内乱で凋落したとはいえボルニアを代表する猛者の一人、元近衛軍副司令官のリザーランド卿が加わり、最後の一戦は盛大な花火となる。共に死に花を華々しく咲かせようぞ」
「お待ちください。我らが健在であろう囮兵団群との合流を目指したのは、死を前にした狂気に酔うためではなく、生き残るためやれることをやるためだ。勝手に諦めないで貰おう」
 朗々としたオーレリアンの弁舌に場が纏まってしまう前に零は、内心舌打ちしつつ大きくもないのによく通る声を鞭が鳴るように響かせ、劫火に燃えようとする指揮官らの闘志に氷塊を投じた。
 死地の連続で零は腹立たしげに、内心罵った。
 ――死にたいなら、勝手に死ね。他人を扇動するな!
 爛々と輝いていた銅色の瞳が硝子の玉を填め込んだように生気を失い醒め、浮かされた熱を失うとオーレリアンは忽ち不機嫌な態度を纏いムッとなった声を発した。
「勢いだけの言葉を口にするな、六合殿。口では、何とでも言える。この絶望的状況から、どう足掻こうと逃れられるものか。今ならベルジュラック大公が、六合殿を目の敵にするのがよく分かる。なるほど。旅の巡礼者などと戦士として生まれつきながらその道から逃れた、死を恐れる臆病者がっ!」
 それまでの熟練に達した気配を感じさせる挙動をかなぐり捨てたオーレリアンは、剥き出しの粗暴と怒りとでもって零を一喝した。他の兵団長らも同様な思いを抱いているらしく、零へ注がれる視線は侮蔑混じりのものとなる。
 それを受ける零は鉄面皮に眉一つ顔の筋一つ動かさぬが、心の内では苦笑を漏らした。
 ――ベルジュラック、奴の蛮勇は伝染するのか? 衆目の前で不様を晒した俺は、戦場での死を求める陶酔と逃避に一端傾倒した彼らを翻意させるのは厳しいか。
 簡単に事は運ぶまいと思っていた零だったが、さてどうするか思案を巡らしているとブレイズが彼特有の人を落ち着かせる声に糾弾の響きを乗せた。
「ラングラン卿の言い様は、指揮官として無責任ではないか。この場は話し合いの為に設けられたのであって、個人の決定を押しつける場ではない。様々な意見が出てしかるべき。それを他人の尻馬に乗って臆病だ、などと。卿の態度では、話し合いなど出来よう筈がない。戦場で死だけを望むなど、現実から逃げているだけだ。ボルニア帝国軍の臣下として、現状を打開すべく最善を尽くすべきだ」
 普段の落ち着いた、というより毒にも薬にもならなさから一変すると、ブレイズの指弾には不思議と迫力があり無視できないものがあった。
 一瞬たじろいだもののオーレリアンは、調子を取り戻すように声音を不機嫌にした。
「だが、どうするというのだ。我らの命運は、当に定まっているではないか。敵地に残されいずれ訪れる滅びは、覆しようのないことだ。死に様を考えることの、どこが悪い! 具体的な方策もなくいい加減なことを言うなら、許さんぞ!」
 挑むような眼差しで零以下エレノア、ブレイズ、マーキュリー、ヴァレリー、サブリナ等囮兵団群にとっての部外者を睨み付けるオーレリアンの対決も辞さないといった態度に、零は何事もないような本来さほど地位の変わらぬ兵団長同士鷹揚な態度で応じた。
「方策とやらはある。実行力と運次第だが、決して不可能なわけではない。試す価値はある」
「戯れ言をっ! 虚言を弄するなっ! どうせ、数が多い囮兵団群に合流すれば運良く生き長らえられるやも知れぬと、やって来たのであろうが。この場に相応しくない、死に装束で化粧した決死隊を同行させおって。厚かましいにも程があるっ!」
「おやおや。これから死地へ赴く盟友同士だったのでは? 同じ定めなら、懲罰部隊であろうと関係がないんじゃないのか? そして、この場にいるには卿よりも相応しい。少なくとも、囮兵団群にはストレールを相手取れる者はいないが、決死隊はそうではない。少なくともこの二人は違う。戦場で物を言うは、己が武勇。弱者は骸を晒し、強者は快哉を叫ぶ」
「なっ! 言うに事欠いて、謀反人の肩を持つかっ!」
 怒りに面を紅潮させ今にも抜剣しかねぬオーレリアンへ、落ち着き払った冷ややかな音律が向けられた。
「内乱前の帝国に満ちていた声は、前皇帝に取って代わってくれる者が現れて欲しいというもの。現皇帝ヴァージニア陛下を初め、オベール大公、ベルジュラック大公、その他大公へ当時期待の視線が注がれていた。けれど前皇帝の元で、それは謀反だった。わたしには、正解なんてあるとは思えないけれど。もし決戦でヴァージニア陛下が敗北していたら、それに与した者は謀反人だった。ただ、勝敗が誰がどんな立場か振り分けただけよ」
「確かにわたしたちは謀反人だけど、罪を購う機会チヤンスを決死隊という形で与えられここに居ることを忘れないで。第一の試練は、果たし後二つ。そうすれば、生だけは掴み取れる。だから、おめおめ只死を待つ為ではなく、窮状を抜け出すためにここに居るのよ」
 緻密にに言葉を紡ぎ出すサブリナの後を受け、元は高貴な身分のヴァレリーが明眸を燃え立たせ本能を剥き出すように凜々しさと清楚さが同居した美貌に凄烈を宿した。
 それまで黙っていたエレノアが、深みのある赤い瞳に険を宿し艶のあるメゾソプラノを不穏に響かせた。
「ラングラン卿。卿の言い様は、わたしに対しての侮辱に聞こえるぞ。注意することだ。わたしの父リザーランド伯は、不利な戦と知りつつ忠義の筋を通したのだ。そして、わたしは侮辱されれば受けて立つということを忘れないことだ」
 警告じみたエレノアの忠告に、さすがにこれまで帝国人として知る彼女の武勇にオーレリアンは押し黙った。
 暫しの沈黙の中、人を落ち着かせる声でブレイズが烏合の衆の集まりと堕した会合を意味あるものへと仕向けるように本題を切り出した。
「まとめ役が要るな。惑星フォトーに残存するボルニア帝国軍の。幸いこの場には、近衛軍の副司令官を務めたリザーランド卿がいる。伝説級位階の屈指の実力と、将としての実績。これ以上、相応しい者はあるまい」
「誰も文句はないだろう。囮兵団群としての役割は、既に喪失している。合流を果たした決死隊と機能するように、再編する必要がある」
 自分たちの作戦を実行するため第一にクリアすべきブレイズが告げた案件を、さも当然であるかのようにするため零は艶のある絹糸のような黒髪を目の前で弄び何でもなさを装った。
 ブリーフィングルームの入り口から手前、長テーブルに掛ける合流組の並びでオーレリアンの傍に陣取る零の隣に座すエレノアが、今は懲罰部隊の執行官補佐という立場だが艶美な美貌に自然な自信を宿し艶のあるメゾソプラノに自尊する声調を刻んで薄紅色の唇を開いた。
「今のわたしは下位の兵団長であり、与えられた兵力による上下は多少はあるがこの場にいる兵団長らと同格だ。兵団群長のデュポン卿からは、ラングラン卿が囮兵団群三千、大小八つの兵団の束ね役を任された。が、今は当時と情勢が変わった。我らは敵地に取り残され危機的状況であり、女帝ヴァージニア陛下が託された惑星フォトー奪還、そのための作戦が頓挫している。女帝陛下の、ボルニア帝国の臣としてこれは看過できぬこと。一時の劣勢や熱情で目的を見失ってはならない。国から交戦権を託された武人として、最後まで任を果たすべきだ。惑星フォトーに残存するボルニア帝国軍の全兵力は、わたしエレノア・ド・リザーランドの指揮下に入って貰う」
 人外と呼ばれる伝説級位階にある希有な才能から生じる当然とも言える自負には飾り気がなく自然で、逆らいがたいカリスマが自然と辺りを圧した。
 それは零にも浸透するもので、はっと目を見開いた。
 ――たいした将才だよ。その統率力で率いられた軍勢は、さぞ精強なことだろう。
 僅かな間、言葉を失った兵団長等の中で真っ先に立ち直ったオーレリアンは、抗うように押し殺した声を絞り出した。
「何を都合がいいことを。卿が上の立場であったのは、内乱前のこと。しかも、家の謀反によって、近衛軍副司令官から降格された。本来なら、ボルニア帝国民としての権利を剥奪されるか、高位の立場にあった罪の重さから懲罰部隊に身を置いていてもおかしくなかった。どうして、そのような者の下につかねばならないっ!」
 エレノアが放ったかつての、否、本来の光芒に飲まれていた兵団長等が、堰を切ったように次々と口を開いた。
「そうだ。謀反人を上に置くことなど出来ない。それに、一緒に居る新参のどこの馬の骨とも知れぬ六合、リュトヴィッツ。その二人が担ぎ上げるなど、胡散臭いにも程がある。大方、元はボルニアの顔の一人だったリザーランド卿を踏み台にして、我らの上に立ちあわよくば生き残りボルニアでの地歩を築くつもりであろうっ!」
「咎人であるリザーランド卿を、ベルジュラック大公がよく見ておられないことは先日の大公旗艦オンフィーアでの会議での態度から分かる。かの大公は、実質ボルニア帝国のナンバーツー。もしその咎人の下に着いたとあらば、今後の帝国内での立場が悪くなりかねない」
 ふっ、と。零の口元に、冷刻な笑みが浮かんだ。
「心配するな。かの大公は、おまえのことなんか気にも留めていない。貴様がどうしようと、知ったことじゃないんだよ。立場を心配しているが、それも生き延びられなければ抱けぬ贅沢な悩みだ」
 酷薄な零が向けた嘲笑に、兵団長等が次々と反発し気色ばんだ。
「よそ者の新参のくせに、生意気なっ! 弁えろっ!」
「巧言令色は、得意なようだな。戦も禄に知らぬ若造がっ! 口先だけでは、この窮状は切り抜けられんぞ。その面も、宮廷ならともかく戦場ではものの役には立たん」
 凜々しい清楚な美貌を清冽とさせたヴァレリーが、俄に騒がしくなった場を納めるように凜と声を響かせた。
「だから、わたしたちは窮状を脱しようとしているのよ。初めから無理と諦めているあなたたちよりも、キャバリアーとしての信念にに欠けていても零の方が増しね」
 挑発的な物言いをするヴァレリーの精巧な置物のような横顔は、彼女の屈託なさを零に伝えた。内乱などに巻き込まれなければ、その生まれついた高い地位がボルニア帝国にいい影響を与えたに違いなかった。今となっては、却ってそれが哀れを誘うが。
 それを証明するように、兵団長らの罵倒が響いた。
「侯爵令嬢であった昔ならいざ知らず、内乱で地位を失った小娘が偉そうに囀るものだ」
「そのような戯言で、リザーランド卿の指揮を認めるものか」
 再びブレイズが口を開き、この会合の核心に加熱しうねる反意に対するように辛辣な物言いをした。
「物分かりが悪いな。貴様等では、武勇、部下を勝利へと導く将才が共に不足している。こんな窮地に陥った軍勢でも強敵に当たって恐慌に陥らせず作戦を実行し得る、周知の実力と旗頭の胆力が必要なんだ。だから、リザーランド卿の下につけと言っている」
琥珀色の騎士アンバーナイト、マーク・ステラートまでもがこの戦場に姿を現した。誰か、奴を相手取れる者が居るのか。少なくとも、エレノアなら長時間奴を抑えられることに疑いの余地はない」
 続く零の挑発に、オーレリアンが鼻先で嗤うように侮蔑を口調に滲ませた。
「威勢のいいことを並べ立てる。仮に、琥珀色の騎士アンバーナイトを抑えても、ストレール百と基地防衛兵団群が居るぞ。こちらの最高戦力を当てている間に、残りが全滅するだけだ。夢物語を語るのは大概にして貰おう」
「夢物語ではないわ。囮兵団群と合流したのは、勝ち筋を見つけたから。わたしたちが生き延びる、ね」
 勝ち気さが現れた端麗な美貌を鋭くするサブリナに、兵団長の一人が殊更蔑む声音で食ってかかった。
「詐術か? だから、そんなことは無理だと言っている。話術などに引っかかるとでも思っているのか? 生き延びる方法などありはしない」
「勝てばいい。ガーライル基地を奪還し、殲滅の光弾アニヒレート砲を無力化すれば済む話だ」
 静けさを艶のあるメゾソプラノに纏わせ哲学的に声をエレノアは響かせ、聞けばあまりに当たり前のことを端的に口にした。
 一瞬呆気にとられポカンとしたオーレリアンが、はっと我に返ると馬鹿にされたのかと憤るように怒りを顕わにした。
「基地をこの残存兵力で奪還するだとっ! 簡単に言うな。それが出来れば、何の苦労も要らぬわっ! 我らがリザーランド卿の下につくなどあり得ん」
「なら、力尽くで奪うしかないな」
 大きくもないのによく通る声を凶悪に響かせ立ち上がり、雅な物腰である筈なのにどこかしら物騒な歩みで零はオーレリアンの前で立ち止まった。
「貴様に兵を率いる資格があると、力で証明しろ。呆けていれば死が待つ現状で、上品なことを言っていても始まらないだろう。力あるものが奪うのは、古来よりの習わしだ。何も、エレノアと戦えなんて慈悲のないことは言わない。ここに雁首を揃える兵団長様方と俺とで戦う」
 微かな鞘走りの音だけでで抜いたことさえ悟らせぬ早業の抜刀で太刀を引き抜くと、零は切っ先をピタリとオーレリアンへ向けた。
 真っ向から戦意を向けられたオーレリアンは形相を瞬く間に怒りで歪め、席を蹴立て他の兵団長等はいきり立った。
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