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刻の唄――ゼロ・クロニクル―― 第一部

第二章 犠牲の軍隊前編 10

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 外骨格Eスケルトンスーツの背に備えた汎用推進システムから電離気体を引き、零は上昇した。と、閃くヴィジョンに従いまるで上空で落ちものパズルの壁にぶつかったように急角度でバウンドするように僅か下降した。毫程もない時間差で、プラズマが荒れ狂う。
 B級の上位軍用生体兵器幻獣ワイバーン。大きな反重力翼を有する全身を堅い金属質の鎧に覆われた全長五メートルほどの竜種。手脚の鉤爪や尻尾は、驚異その物。凶悪な面の黄色い双眸が、零を睨み付けていた。
 その生体兵器の中でも大柄の幻獣へ、外骨格Eスケルトンスーツを纏った一騎が突進した。サブリナだ。ヒーターシールドを前に突き出し、強い光輝を纏ったダマスカス剛製のナイトリーソードをやや引いて構えている。接近に気づいたワイバーンが、僅かに顔をそちらへ向けるとさっと位置を変え正対した。口元が強く輝き、プラズマブレスを発する兆候が現れた。
 構わず突進し、サブリナは鋭い刺突を放つと同時鼻先を掠めるように飛び去った。ワイバーンの敵意を自分に向けるように。下の決死隊にワイバーンの被害が及んでいないのは、上空でサブリナがずっと牽制し続けていたからだ。
 上へと逃れたサブリナを追うように、ワイバーンが急激な加速で上昇した。零も追う。
 プラズマブレス――。
 白っぽい幾束もの細い光の筋が立ち上る。サブリナは、ムーブを併用し左へスライドするように躱し下降へ転じようとした。そのとき、ワイバーンの反重力翼にずらりと並ぶフィンが細かく振動し、光の粒子を散らすと加速した。まるでその場から消え失せたように。
 呆然としたサブリナの声は、次の瞬間叫び声へと変じた。
「え……くっああああああ!」
 忽然と姿を現すように、ワイバーンはサブリナの前へと出現したのだ。神速の加速。B級上位に位置づけられた実力は、まやかしなどではない。機械兵マキナミレスユニットなどよりも、遙かに手強い。前脚の鉤爪で薙ぎ払われたサブリナは、外骨格Eスケルトンスーツの装甲をまき散らしながら空中をきりもみし吹き飛ばされた。それへ、ワイバーンは追い縋った。
 外骨格Eスケルトンスーツの最大速度で零は上昇しているが、それでも間に合わない。身内の秘超理力スーパーフォースを強く零は意識し研ぎ澄ました。零の背後に巨大な秘超理力スーパーフォースの波紋が炸裂し、極限まで高めたムーブでもって加速した。ワイバーン同様、いやそれ以上のスピードで。
 上がった、咆哮。
「グルゥガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
 零の強い光輝を纏った太刀が、ワイバーンの首筋を刺し貫いていた。
 が、それで斃れるほどB級幻獣は甘くはなかった。急激に旋回し零の太刀を抜き去ると、金属質の突起が生えそろった尻尾でもって打撃を放った。
 まともに食らえば外骨格Eスケルトンスーツごと身体をへし折る強打を咄嗟のムーブで下方へ逃れ、零は急激な機動でもってワイバーンへと迫り左腕を太刀の峰に押し当てパワー・ブレイドでもって巨体へと突き立てた。そのまま左腕に力を込め固い鱗に覆われた巨体を、更にパワー・ブレイドの発動を高め秘超理力スーパーフォースで拡張された架空の刃で空を駆け切り裂いていった。
 ワイバーンの巨体がわななき、反重力翼を働かせ半ば両断された身体で落下することなく滞空し、口に強い光輝を再び宿した。
 零が瞠目しその様を見遣ったとき、怒りのこもったサブリナの音律のある声が響いた。
「よくも、やってくれたわね」
 ムーブで加速しやや破損した外骨格Eスケルトンスーツで疾駆するサブリナは、肩の高さでナイトリーソードを後ろへと引いた。ナイトリーソードにパワー・ブレイドの光輝とは異なる光球が出現し、まだ剣の間合いの外だというのにアジリティを十分に用いた刺突をサブリナは放った。超速の砲弾のように、光球が打ち出されワイバーンの巨体に穴を穿った。今度こそ、ワイバーンは活動を停止し墜落していった。
 零はサブリナの近くへ移動すると、やや低めのよく通る声を満足げに響かせた。
「六大流派二聖剣グラシェット流上位技、ペネトレイト。たいした威力だな、サブリナ。怪我は?」
「平気。スーツも、一部破損したけれど問題ないわ」
「なら、よかった。虹クラスの実力者に脱落されると痛いからな。非戦闘員を多数抱えている混成部隊の決死隊で主戦を張れる者が一人減れば、それだけ彼らが生き残れる目が減る」
「作戦が心配? もう少し労ってもらいたいものね。けど、ちょっと安心したわ。少しは、部下のことを気にかけているみたいね」
 値踏みするようなサブリナの口調に、この状況に言いたいことが山ほどある零の声音はむっとしたものとなった。
「意地の悪い言い方だな。俺だって、自分が生き延びることに必死なんだ。通常の戦場でやれることが出来ないこんな場所で、自分に可能なことしか出来はしない。辿り着ける外へ手が伸びてくれるほど、便利じゃないからな」
「分からなくもないけど。生き残る気があるだけ、あなたは増しね」
 外骨格Eスケルトンスーツ越しに肩を竦めるような雰囲気がサブリナから伝わり、零も同様な心境であることに懐かしさを感じた。それは、戦場の空気。その場にいる戦士たちが共有する、共通の。好きだと思ったことはなくても、何故か心地いい。そう思った途端、零は頭を振った。
 ――こんなところにいるから、余計な感情が湧く。危険だな。戦場なんて、狂気の世界を懐かしむなんて。マークと遭遇してよく分かっただろうに。この世界に、俺の居場所なんてないんだ。旅の途中で足止めを喰らって、歯車が狂いだした。ずるずるとボルニアの内戦に引きずり込まれていく。ソルダとしての道を捨てるしか、俺に生きる術はないというのに。強敵を知って、抱えて、心の底から怖じ気づいて、戦士の心が折れた俺は、狩られる獲物。ま、当然の報いか。俺はそれまで少しばかり強いことを粋がって、自分は獲物を狩る側の人間だと思い込んでいたのだから。全くの間抜けだ。あれ以来、世界が変わった。
 敵に対する度に一時の熱狂で忘れ去りそうになる現実に、零の中で憐憫にも似た自嘲が過った。今の零にとって世界は怪物が迫り来る、猛威以外の何ものでもなかった。その中を、細い逃げ道を頼りに歩んでいくだけ。サブリナの声に暫し慚愧にも似た惑いの中にあった零は、意識を浮上させた。
「まだ、魔獣がかなり残っているわ。わたしたちも、合流しましょう」
「ああ。ガーゴイルに襲撃を受けたキャバリアー側が心配だ。エレノア一人に――」
 下へ戻ろうと視線をそちらへ向け言いさしたとき、モニタ越しの視界に光がキャバリアー側に殺到した魔獣の群の中を荒れ狂った。
 息をのむようなサブリナの声が、響いた。
「ラメント! リザーランド卿が、仕掛けた?」
 二十を超え出現したエレノアから放たれたタートゥロード流奥義ラメントは、D級魔獣ズキュラを蹂躙していく。身体を護るアーマーが砕け剥がれ落ち、硬い外皮が切り裂かれる。三百体近い魔獣が、只の一撃で殲滅される様に、零は人ととしての規格を外れた存在の力に微かな恐怖を覚えた。自分もその同類だから。習得するだけで確実にソルダ位階第二位以上と認定される、同流派奥義単体攻撃技スカイスクレイパーと並ぶ習得困難な殲滅範囲攻撃技。
 残った数十の魔獣の掃討を終え、決死隊に束の間の平穏が訪れた。
 残存兵力は、キャバリアー二四三名と非キャバリアー一九六名の合計四一二名。一二二名が脱落したが、それは決して多い数ではなかった。それだけの被害だったことは、幸いだったと言える。
 安堵した表情をバイザーをスライドさせ晒した顔に浮かべる決死隊がへたり込むほど安心する前のまだ緊張が残っている内に、零は水を差しておかなければならなかった。ここは戦場で、危機は今現在も迫っているのだから。
「息を整える時間くらいは与える。けれど、休んでばかりもいられない。機械兵マキナミレスユニット群をほったらかして、救援に駆けつけたから」
機械兵マキナミレス共は、こちらへ向かっている筈だ。奴らの進撃速度は速い。魔獣の襲撃により奇襲も失敗した。十分後、状況を開始する。各自、装備の確認をしておくように。申し訳ないが、補給はない」
 艶美な美貌に厳しい表情を浮かべ零の後を継ぎエレノアが出した指示に、決死隊の面々は明らかに落胆した様子だった。が、それでいいと零は思う。集中力が、危機感が持続してくれた方が。そう言えばと零は、汎用コミュニケーター・オルタナを通して通信相手のリストを呼び出した。
「ヴァレリー、こっちへ来てくれ。サブリナも」
 零の呼びかけにサブリナの隣にいた少女が、少し驚いたように顔を上げた。通信を交わしただけの顔も知らない相手だったヴァレリーは、どうやら彼女のようだった。ローポニーテールにした金髪に縁取られ凜々しさと清楚さが同居した美貌に、青い明眸の瞳が存在感を放っていた。戦場の中で、ヴァレリーの周囲にはくっきりとした空気が漂っているみたいだった。
 ヴァレリーとサブリナがやってくると、零は先程から感じていた疑問を口にした。
「ヴァレリー。さっきの戦いでは、よくキャバリアー以外の人員を纏めてくれた。二人は、知り合いなのか?」
「ヴァレリーお嬢様は、わたしの主筋なの。わたしは、ルブラン侯爵家のキャバリアーだったから」
 答えたのはサブリナで、紹介されて零を見詰めるヴァレリーの瞳に反抗的な色合いがちらついた。凜々しく引き締まった声にも、警戒する響きがあった。
「ヴァレリー・ルブランよ。それで、わたしたちを呼んだ用件は?」
「そう、突っかかるなって。別にヴァレリーが侯爵家令嬢だから、罪状が重いなんて言わないさ。二人を呼んだのは、その腕を見込んでだ。二人には、部将を努めてもらう。これは、お願いではなく命令だ。サブリナは、キャバリアーで編成した決死隊を。ヴァレリーは、キャバリアー以外の者を率いてもらいたい。俺とエレノアは、援護やら遊撃やらで自由に動けた方が都合がいい」
 零の話にエレノアは首肯しつつ、サブリナとヴァレリーに視線を送った。
「確かに。部隊を率いていれば、わたしも零も個の戦闘力は低下する。サブリナは十分に任を果たせるだろうし、ヴァレリーも武勇はなかなかだと噂で聞いている」
 ヴァレリーの前にサブリナは立つと、腕を組み零へ睨め付けるような視線を送った。
「なるほど。お嬢様が、キャバリアー以外の人員を率いるのは悪くないわね。当然、危険な戦闘からは遠ざけてくれるんでしょうね」
「当然だ。キャバリアー以外の者も、支援なら十分役割を果たせる。死なせては、戦力が低下する」
「なら、休むのは後回しにして今すぐ行動を開始すべきよ。敵が進撃してくるとなると、最短ルートの左側の岩山の切れ目から。そこに、携行している小型炸薬を地雷代わりに仕掛けましょう。上手くいけば、戦力の大半を削れる筈」
 サブリナの双眸には、自信と知性の煌めきとが宿っていた。
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