刻の唄――ゼロ・クロニクル――

@星屑の海

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刻の唄――ゼロ・クロニクル―― 第一部

第二章 犠牲の軍隊前編 9

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 この世で十名のみに授けられる称号十色の騎士イクス・コロルム。天の川銀河の強者中その称号を持つ屈指の強者の一人琥珀色の騎士アンバーナイトマーク・ステラート。時間はそれほど経過していない筈なのに永遠のように長く感じた死闘の後で、決死隊の救援が致命的に遅れたように感じ幾分口調に焦燥を滲ませ、思わず無意味な問いを気持ちのざわつきを和らげたい零は発した。
「サブリナから連絡が来てから時間が経ってしまった。軍用魔獣に襲われて、決死隊はまだ無事でいるのか?」
「魔獣の数と種類によるな。標準的なD級以下の魔獣なら兵団主力となる位階二十位以上メタルクラスのキャバリアーの敵ではないが、C級は苦戦するだろうし、B級が一体以上いれば厳しい。もしA級が居れば、サブリナが倒せるかどうか。S級が居れば気を揉むだけ無意味だ」
 応じるエレノアの哲学的雰囲気すら纏う落ち着いた声音と口調に、零は彼女の奥底に潜む獰猛さを却って感じ何を自分は熱くなっているのだと唾棄した。
 ――俺は何を必死になっている。決死隊は、俺とは何も関係がない。可哀想だとは思うけれど、元々俺はここにいない筈の人間。彼らがここで斃れることは、運命なんて言う気はないけれど決定していたようなもの。俺は、ソルダとしての生き方を捨てた人間。マーク・ステラートと遭遇し、生き残れたのは僥倖。以前の俺でも敵わぬ相手。まして、力を落とした今では。けれど、マークは決して俺を見逃すまい。奴がこの内線に関与している以上、このままこの戦に関わるのは不味い。すぐに逃げ出したいけれど、現状それは許されない。まるで盲人のように、俺はただ目の前の敵を乗り越えることしか出来ない。
 思うに任せぬもどかしさに、零はバイザーの奥で奥歯をぎりっと噛みしめた。
 零とエレノアは、左前方に見えていた岩石地帯の反対側にいる決死隊の元へ急ぐべく、真っ直ぐそれを超える直線コースで敵対空網に捉えられる危険を冒し天空を疾駆した。エレノアの身体のラインにフィットして見えるほど、緊縮した機構を有する端正な外見の騎士甲冑ナイトアーマーの背に滑らかに配置された機動スタビライザーと一体化した汎用推進システムから電離気体が細く引かれる様は、先鋭さを感じさせる飛行で繊細な端麗さだった。対照的に零が装着する外骨格Eスケルトンスーツ・ES七二五はそれなりに先進的で本来さほどマッチョではないのだが見比べれば筋肉質でプロテクター状のアーマーと相まって無骨で、背に大きく突き出た機動スタビライザーを備えた汎用推進システムから電離気体が二筋太く伸びる様は、如何にも鈍重なヘビーデューティーさに感じさせられた。
 エレノアと一度会話を交わしただけの僅かな時間で岩山を超えると、すぐさまそれが零の視界に入った。外骨格Eスケルトンスーツを纏った一群――数を減らした決死隊が、一瞬冗談かと思えるものたちに囲まれていた。まるでファンタジー小説にでも出てきそうな、怪物。それでいてどこかしら機械じみた雰囲気を漂わせる外見が、それをより洗練させた存在へと昇華させていた。魔獣や魔物や幻獣は、生物的でありながら異質な存在だった。この世界にあることが、嘘であるような。
 これら一種の幻想世界の生物は、十二国時代、バイオニクスに秀でた三国が開発した生物兵器の末裔でほぼ銀河全土に生息が確認されている。人に近いものもあって、亜人や魔族等も存在している。そして、S級を超える最強の幻獣・五頭のエンシェント・ドラゴンも。
 戦況を判断し敵軍用魔獣のどこを突き味方のどこを穴埋めをするか見極めようと刹那の思考を巡らせた零の目に、それが映った。
「軍用魔獣だけじゃない。C級の魔物ガーゴイルに、B級の幻獣ワイバーン! 決死隊は、よくもあれだけ数を残している」
 全身を赤茶けた金属質の鱗に覆われた頭部の角がセンサのような形状の全体的にメカニカルな雰囲気を纏った反重力翼を有する竜種ワイバーンを、外骨格Eスケルトンスーツでその身を鎧ったダマスカス剛製のナイトリーソードを手にしたキャバリアーが、零の目から見てもなかなか巧みといえる挑発と離脱の駆け引きで牽制していた。
 一瞬、この場にあっては一体といえど決死隊にとっては驚異その物のワイバーンへ向かうか零が迷っていると、艶のあるメゾソプラノにエレノアは称えるような響きを乗せた。
「あの駆け引きを好む戦法は、サブリナだな。零、ガーゴイルの電撃が厄介だ。致命傷を負わずとも、上空からあれを喰らった決死隊が麻痺して戦力から一時的にせよ脱落している。わたしは先ずあれを始末する。零は、決死隊の支援を。魔獣の数が多い。五百は居る」
「了解した」
 飛行能力のあるワイバーンやガーゴイルはサブリナとエレノアにひとまず任せ降下しようとしたとき、凜々しく引き締まった少女の声が零の耳朶を震わせた。
「纏まれ! 大盾の壁を作るのよ。落ち着いて対処すれば大丈夫。ワイバーンの重イオン・ブレスだってこれなら防げる! D級魔獣ズキュラの重イオンなどどうということはない」
 環境雑音の中ピックアップされたその声をマーキングし、零は声の主を見遣った。地上で彼女自身はヒーターシールドを用いその他は大盾の、つまりキャバリアー以外の人員の指揮に当たっていた。数人単位で魔獣に応じているキャバリアーの背後を守るように、隙のない半円陣を時には彼女が魔獣の突出に対処し巧みに組み上げつつあった。
 地上の決死隊が魔獣と対する様子を眺めつつ、零は独りごちた。
「声は大分若いようだったが、指揮し慣れているな。腕は悪くないがサブリナ程じゃない。ソルダ位階第八位以上の宝石クラス、第一エクエス相当といったところか。決死隊の内キャバリアー以外の者がまだ無事なのは、彼女のお陰か」
 言うや零は外骨格Eスケルトンスーツを煽り、まだ完成していない半円陣へ指揮を執る彼女の隙を突いた魔獣の群の前に降り立った。地を蹴立てる凶猛に、零はバイザーに隠れた口元を吊り上げた。
「ズキュラ。プラーマル社製の地上型魔獣軍用エントリーモデル」
 迫り来る魔獣は、四本脚でアーマーを装着した体長は三メートルほど。肉食虫の顎のあぎとように二本の鋏が突き出し、今はその口が淡い光を讃えていた。零の姿を認めた十頭のズキュラは、前脚を突き出すように止まると口の光が強まり二本の鋏に放電現象が起きた。ズキュラは持ちうる最大の攻撃を行うとき、ためを必要とするのだ。放電現象とほぼ同時、重イオンが零へと殺到した。
 避けるつもりはなかった。背後には、陣形を組んでいる途中の決死隊が居たから。太刀に強い光輝を纏わせパワー・ブレイドを発動し、バイザーに隠れた零の双眸に青い筋の煌めきが宿った。十条の殺到する重イオン砲を、既に発動させたアジリティ――秘超理力スーパーフォースを繊細に研ぎ澄ませたそれは、零のソルダ諸元スペツクのクラス・スピードSをSSにランクアップさせた。
 Sの神速を越えたSSの絶――見る者が見れば決して零を無視できぬ技。
 零の姿が蜃気楼のように霞む。
 その動きは一見静止しているようで、だが、陽炎のように透けラグのように身体がぶれ零に届く前に重イオンの光条はまるで何らかの障壁にでも阻まれたかのように消失していった。零は、縦横無尽に太刀を振るっていた。あり得ぬ超高速で。パワー・ブレイドを発動させた太刀は、ビームを切り裂くと同時消し去る。一瞬で、十の攻撃全てを。
 ためが必要なズキュラは、重イオンを連射出来ない。零は、当然次の攻撃を待つつもりなどなかった。絶のコーヒットで、瞬く間に零はズキュラを切り裂いた。
 地を滑るように滑らかなオートの動きではない外骨格Eスケルトンスーツの制御で、キャバリアー以外の決死隊の指揮を執っていた彼女が零の間近で止まった。
「済まない。刑執行人殿。不意を突かれてしまったわ。それにしても、今のは何? あなたの動きを、殆ど捉えきれなかったわ」
「皮肉か? 零だ。スピードは素が高いし、アジリティには少し自信があるんだ。で、彼らを指揮してるのはおまえか」
「一応ね。誰もそんな余裕がなかったから。ヴァレリーよ」
「なら、そのまま指揮を執ってくれ。魔獣はこちらに任せろ。早く陣形を完成させるんだ」
 ハイメタル制フィールド発生エネルギー伝導硬化型の大盾がずらりと並んだ既に陣形が完成した箇所へズキュラが発した重イオン攻撃が盾表面のフィールドに波紋を作り虹色の光彩を発し拡散するのを確認し、零はまだ完全に塞ぎ切れていない箇所への攻撃へ対処するためヴァレリーに倣い上空のガーゴイルやワイバーンを警戒し地を滑るように移動した。
 ズキュラの群が、大盾の並びが不揃いな箇所へ向かっている。零は群の横腹へ突進を仕掛けるように高速ホバリングをし、ムーブを併用した外骨格Eスケルトンスーツ制御で秘超理力スーパーフォースの波紋を複雑に描きつつズキュラをパワー・ブレイドで切り裂き一体一体確実に排除していく。
 別の群が陣形の不備へと向かいすぐさま零は応じようとしたが、ヴァレリーがリズミカルな外骨格Eスケルトンスーツの機動で向かうのを見て他の群の撃退へと向かった。
 機動と太刀とでズキュラを屠りつつ、零は目縁でヴァレリーの戦闘を観察した。基礎がよく出来た、ややお手本のような剣技。ウェアとパワー・ブレイドで外骨格Eスケルトンスーツに薄らとダマスカス剛製のナイトリーソードに強い光輝を纏わせ、ハイメタル制フィールド発生エネルギー伝導硬化型ヒーターシールドで重イオンによる攻撃を拡散させると、透かさずアジリティで敏捷性を上げナイトリーソードで鮮やかな刺突を放った。
 その太刀筋の一つ一つを見定め、零はヴァレリーの技量を測った。
「なるほど。英雄の剣と讃えられセントルマ地方で盛んな、エレノア同様タートゥロード流の使い手か。今のは汎用技ダンス。盾で受けアジリティとパワー・ブレイドで攻撃し、躱されれば盾で受けての繰り返しの基本形」
 二頭目を倒したとき、ヴァレリーを取り囲んでいたズキュラの群は一斉にそのあぎとと脚の鋭いナイフのような爪でもって襲いかかった。外骨格Eスケルトンスーツを纏ったヴァレリーの身体が一瞬強く煌めき、秘超理力スーパーフォースの波動が全方位へ強く発散された。地を蹴り飛びかかり迫っていた複数のズキュラが弾き飛ばされた。透かさずヴァレリーは地を滑ると、ソルダ技はアジリティとパワー・ブレイドのみの基礎がよく修練された剣技で魔獣が立ち直る前に屠っていった。
 太刀を一閃させ二体同時にズキュラを両断しつつ、零は声音を軽く笑ませた。
「タートゥロード流中級技ランパート。ソルダ位階第五位宝石クラス・ルビーといったところか。剣技そのものが悪くない。ルビーなら、第一エクエスで部将以上を十分に務められる。決死隊は貴族が多い。それなりの者もいそうだ」
 戦場で死ぬことを望まれる懲罰部隊――決死隊。キャバリアー以外の者が半数は居る混成部隊。その指揮を任され、醜態を晒した者たちの印象から負のバイアスで彼らを見ていた零は絶望的な心境だった。だが、サブリナ以外にも精鋭と言える強者がが混じっていることを、密かに零は喜んだ。それに、ヴァレリーがキャバリアー以外の者の指揮を執ってくれていることもありがたい。お陰で、この状況で真っ先に被害が及ぶ筈の彼らが生き残った。お荷物が生き残ったとも言えなくもないが、戦いは勝つことよりも生き残ることが信条である零は誰にでも戦場では等しく生き残る権利があると思っている。戦火に晒されるべき人間でないなら、尚更。ソルダの道を捨てた筈の零だったが、非戦闘員を生き残らせたいと思うくらい最低限の矜持はあった。
 ズキュラを切り裂き、未完成部分の半円陣の綻びから飛び込み中から崩そうとするそれを蹴り飛ばし、スキャッター・ブレイドの飛刃で重イオンを発する直前ためで動きを止めるそれを仕留める。
 暫く決死隊を守っていると、ヴァレリーの声が零に飛び込んだ。
「もう、平気よ。半円陣は完成したわ。あとは、ひたすら守りを固めるだけ。零は、キャバリアーたちの支援に回って」
「了解。ヴァレリーは、そのまま彼らの指揮を執ってくれ。無理して戦闘に参加しなくて構わない」
「最初から、そのつもりよ。何かあったとき、キャバリアーの一人も居なければ、あ――」
 ヴァレリーは通信の途中でヒーターシールドを上へ構え、接近するガーゴイルから近くの者たちを守るように外骨格Eスケルトンスーツを飛翔させた。が、二本の角から発せられた紫電が、盾の防御範囲など無視して一帯を荒れ狂い、短い悲鳴がヴァレリーから上がった。
「きゃっ!」
 外骨格Eスケルトンスーツの機能が一時的に麻痺したらしく、落下した。その下一帯の外骨格Eスケルトンスーツも機能に障害が生じたらしく、片膝をついていたり棒立ちになっていた。そしてその後方、キャバリアー側にも同様の被害が生じていた。上空を舞うガーゴイルは数をエレノアによって減らし既に残り数体となっていたが、窮鼠猫を噛むように追い立てられがむしゃらに、兵器として性格付けされた魔獣は死ぬ前に役目を果たそうと突貫を仕掛けたのだ。
 C級魔獣ガーゴイル。その機動を重視するバイオニクス調整の仕方は、ズキュラと同じプラーマル社が供給したことを示している。銀河で生物兵器を供給するメーカーは多数あり、ガーゴイルは割とメジャーだ。先程の電撃は、破壊力こそはあまりないがスタン能力は強力で、フィールドやスーツのシールド機構が騎士甲冑ナイトアーマーとは比較にならない外骨格Eスケルトンスーツではダウンさせれらてしまう。
 ヴァレリーが先程動き出したとき、秘超理力スーパーフォースの体感で零もそれを当然察知していて既に飛翔していた。角がある反重力翼を有した人型の、金属質の板状の皮膚で両側から覆う獰猛な面が眼前に迫った。科学ギミックの飛行能力で、でも機動は生物的なそれでガーゴイルは、手足のナイフのように長く鋭利な爪で零を切り裂こうと素早く振るった。零をまさに切り裂いたかのように見えたが、ムーブを併用した機動で背後を取っていた。一閃。ガーゴイルが、両断され体液をまき散らし落ちていった。
 上空を斜めに切り裂くように赤いエレノアの騎士甲冑ナイトアーマーが疾駆し、零へ通信が入った。
「済まない、零。仕留め損ねた。半円陣の背後が崩れ、魔獣が雪崩れ込んだ。わたしは、キャバリアー側の魔獣を殲滅する」
「分かった。残りのガーゴイルは、決死隊が仕留めたようだな。もう、残っていない。俺は、ワイバーンを押さえているサブリナを手伝う。ヴァレリー、崩れた半円陣を立て直せ。スーツは、平気か?」
「機能の一部がエラーチェック中だけど、あらかた回復したわ。こっちは、大丈夫」
「了解。半円陣を崩されなければ、後はどうとでもなる」
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