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刻の唄――ゼロ・クロニクル―― 第一部

第二章 犠牲の軍隊前編 8

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【つまらない悪夢を思い出させる奴だ。そんなもの、消してやる! 奴がここに居る筈がないんだ!】
 あの色……沸き起こった幻視――亡霊が過去を追憶させようとするのを打ち消すように零は叫ぶと、汎用推進システムから電離気体を盛大に引き地を這うように外骨格Eスケルトンスーツを疾駆させた。上昇の瞬間、鎧った零の身体が幾つにも別れ瞬間移動のようにランダムな動きであちこちに出現した。分身ダブルとムーブを併用するテンペストを使用し、敵を幻惑する攪乱強襲。滞空する琥珀色の魔道甲冑マジツクアーマーを纏ったマジック・キャバリアーを、零が襲った。
 琥珀色アンバーのマジック・キャバリアーはその多重的な攻撃を前にして動ずる気配を見せず、が、全身を覆う半ば透過された黄褐色の装甲に異変が生じた。何かが脈打つように、薄らと幽けき光芒を生命いのちの宿りのように全身に満たした。魔道甲冑マジツクアーマーは、重力子機関グラビトンエンジン・汎用推進システム・機動スタビライザーなど基本構成は外骨格Eスケルトンスーツや騎士甲冑ナイトアーマーと同様だが、その他の駆動にマジック・キャバリアーの魔力を使用する。
 幽鬼めいた琥珀色アンバーの騎士は、仮初めの実害がない零の分身ダブルによる疑似体の攻撃に紛れた本体が迫るまで鷹揚に構えていたが、パワー・ブレイドが切り裂くかと思えた刹那、幽けき光芒が強烈な光輝となり物理的干渉をもって零を弾き飛ばした。
 その威力にバイザーに隠された夜空の瞳を驚愕に見開き、零に衝撃が満ちた。
【マジェスティ! なんて威力……。それに、さっきの範囲攻撃といいまさか……】|
 琥珀色アンバーの騎士が、動いた。だらりと下げた右手に握る水滴を溢したように煌めくミスリル製のナイトリーソードに秘超理力スーパーフォースとは異質な生命のざわつきを覚える強い光輝が宿り、魔法陣のようなものが背後に出現するとその場から掻き消え、が、零の目は残像を残すような閃光をどうにか捉えていた。背筋が凍り付くほどのそれは、神速すらも上回る絶。ソルダ技とは別の、秘超理力スーパーフォースの代わりに魔力を用いたマジック・キャバリアーの技。パワー・ブレイドに似た強い光輝が剣に宿ったのは、ミスティック・ブレイド。武器に魔力を纏い斬撃力や強度を高める上級技。絶を生み出しているのは、魔道甲冑マジツクアーマーの汎用推進システムではなくアクセラレーション。ソルダ技ムーブに近い働きをするもので、魔力を用いた空間干渉移動と肉体の敏捷を高める超技。ただ、零の眼前で展開されるこれは、只の超技というにはあまりにも高度すぎた。
 魔力とは十二国時代、その一角をなす国がその時代を到来させた存在、人間を戦場から追放した戦闘機械を上回る兵士――人間をベースに開発されたソルダの性能向上を各国が行う中、別アプローチで他の十一国を出し抜くため人間の精神をベースとする秘超理力スーパーフォースとは別種の量子干渉を行うための力。その力――魔力の強弱はその干渉能力の差で現れる。ソルダをベースに魔力を操作する能力を秘超理力スーパーフォースに替わり与えられた存在が、マジック・キャバリアーだ。琥珀色アンバーの騎士は、その子孫の一人。
 テンペストによる攻撃を霊は続行するが、琥珀色アンバーの騎士の周囲に幾つもの光の矢が出現した。戦慄が零に走り抜ける。
【しまった!】
【レゾナンスと魔力を多量に使う筈のあんな化け物じみたアクセラレーションを使用したまま、マジック・アローだと!】
 エレノアの叫びが零の頭の中に響き、数十の紫紺がかった矢が外骨格Eスケルトンスーツのアンチ魔術マジツクを含む汎用フィールドと装甲を突き破り零に突き刺さった。かのように見えた。
 空中で多量の矢に貫かれた零は、その姿が仮想空間VRのラグのようにその姿がぶれると掻き消えた。
 オープン回線にしていたらしい琥珀色アンバーの騎士の感心する響きを帯びた静謐な声が、装甲越しに聞いた零のバイザーに隠された面から血の気を失わせた。
「イリュージョン……優れたソルダのみが使用できる秘技だが、神技でもないそれはただそれだけでしかない。が、俺を騙し通した技の完成度と技巧は、賞賛に値する」
「……やはり、あいつか……」
 誰ともない押し殺した呟きが、零から漏れた。
 ――過去が、逃げた筈なのに、とうとう俺に追いついた……見逃してはくれないのか。
 零の奥底で忘れようとしてもことあるごとに存在を囁き続けてきた過去の亡霊が、遂に実体となって蘇ってしまった。青ざめた零の麗貌は、しかし、次の瞬間厳然としたものに替わりそのままそれが凶悪な笑みを刻んだ。
「見逃してくれないなら、出し抜くまでだ」
 空を疾駆する零を迎えるようにアクセラレーションによる絶の移動を止めた琥珀色アンバーの騎士は、ナイトリーソードを上へと掲げた。巨大な魔法陣が出現し、天を覆った。身体を刺すような根源的恐怖を沸き立たせる気配が、一瞬で辺りに満ちた。
 臨界に達したかのように魔法陣の光が強まると、歌い上げるように琥珀色の騎士は朗々と声を響かせた。それはマジックキャバリアーが極度の精神集中を行うキーとなる共通の言葉。己等の素体となった女性に、まるで祈りを捧げるかのような。
「我を産みし我が母アドヴァリューよ、その力を顕現させよ。スウォッシュバトラー」
「――っ!」
 先程、空から無数の暗紅色の光条を降り注がせたあの驚異的な攻撃が再び迫る。
 気迫のこもったエレノアの思考と感覚が、零をはっとさせる。
【堪えろ、零! スウォッシュバトラーを使えるのは只一人、十色の騎士イクス・コロルム琥珀色の騎士アンバーナイト・マーク・ステラートだけだ!】
 十色の騎士イクス・コロルムは地位ではなく称号で、銀河で最高クラスのキャバリアーと認められる者に与えられる。この称号を有する者は十名のみで、その名の通り琥珀色アンバーを含む十色のいずれかの色と特別なグラディアートの継承権が与えられる。
 空を駆け上がる赤い騎士甲冑ナイトアーマーを纏ったエレノアが分裂するようにその姿が二十を超え、前へ突き出すブロードソードの切っ先に秘超理力スーパーフォースを圧縮した光球が出現した。
 スウォッシュバトラーによる魔力攻撃が降り注ぐと同時、エレノアが握る剣先に宿った光球が高速で打ち出されそれはエネルギーを解放するように拡散し、それが二十を超えるエレノア全てから発せられ、マークを飲み込むように空間一帯を秘超理力スーパーフォースが荒れ狂った。
 それまで余裕を漂わせていた静謐なマークの声に、強敵を前にした気勢が含まれた。
「タートゥロード流奥義ラメントかっ! 敵を一掃する威力から、無残に散った敵を思い哀歌と名付けられた大技」
 エレノアの殲滅範囲攻撃ラメントが、マークが降り注がせるスウォッシュバトラーによる魔力の光条とぶつかり合い打ち消し合う。
 当然エレノアは味方を巻き込むわけにはいかないためラメントの範囲外にいた零へ、紫紺の光条が降り注ぎ迫った。バイザーに隠れた零の夜空を映し出したような双眸に、青い筋の煌めきが走り、モニタの仄明かりの中強く浮かび上がった。空を見詰め、零は手に握った太刀を振り抜いた。
 ――抜刀術と併用すれば、どうにか範囲ぎりぎり届くか。
 異変が起きた。ぐるりと辺りの風景が巡り、零へと迫っていた筈の紫紺の光条が消え去っていた。
 ほっとしたものを零は声音に乗せ、けれどすぐさま後悔を麗貌に浮かべた。
「どうにか、カバーできたか。でもこれで奴には、俺の生存が……」
「この世の全てを置き去りにするかのような、神がかった抜刀術。これを使える者は、俺の知る限り只一人。空間を切り裂くような芸当が出来るとは知らなかったが……贖罪者……こんなところにいたのか」
 零が知らぬ間に直接剣によってエレノアと激突したマークが、疑念の響きに満ちた憶測にある種の感動か喜びか或いはまるで別のものが混ぜになった驚愕を滲ませた。
「…………」
 それには応えず、零は外骨格Eスケルトンスーツの汎用推進システムに最大の負荷を課し、マークへ向けて天空を疾駆した。空中で立体的な機動でもって剣による超近接戦闘を行うエレノアとマークは伯仲しており、それでも純粋な剣技でマークがエレノアを僅かに上回っているとを零は見定めた。スーツの腰のラックに固定した黒い鞘へ太刀を戻し右手を添えた零は、間合いへの到達と共に引き抜いた。
 居合い。それも、神速を越える絶からも隔絶した。
 かつてある者から、その抜刀術は神域にありと称された基礎的な汎用技パワー・ブレイドとアジリティを併用するだけの純粋な剣による技。
 マークが上げる鬼気迫る気勢が、回線を伝い零の鼓膜を震わせた。
「くぅおおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 空中で身を捻り横転するように魔道甲冑マジツクアーマーを機動させたマークは、零の必殺の一撃を毫の差で躱した。
 その様に、口惜しげな呟きが零から漏れた。
「くっ、躱された」
「昔一度この身で味わった。二度も喰らうと思っているのか」
 用心するように太刀の間合いから距離を取るマークは、今し方訪れただろう死神の息吹を振り払うように傲然と言い放った。
 回り込むように騎士甲冑ナイトアーマーを機動させるエレノアが、艶のあるメゾソプラノに絡みつくような威嚇を滲ませた。
「強気じゃないか。さすがは、琥珀色の騎士アンバーナイト様。十色の騎士イクス・コロルムともなれば、一人で戦場に乗り込んでも勝つのが当たり前って態度だな」
「まさか。やれやれ、さすがに俺一人で二人もの人外相手に容易く勝てると思い上がってはいないさ」
 黒いフェイスマスクに覆われた顔を、マークは零へと向けてきた。
「生きていたとは嬉しいよ、贖罪者。直接この手で貴様を狩る機会チヤンスに恵まれたのだからな。この場で葬ってやりたいが、本格的な戦闘となればこちらも無地では済むまい。雇い主の命もある。今は、オーダーを優先するとしよう。この戦に貴様が加わるなら、また会うこともあるだろう。それまで、確定した死に懺悔をするがいい」
 ミスリル製のナイトリーソードを零へピタリと向けると、マークの魔道甲冑マジツクアーマーに無数の光球が浮かびそれらが一斉に弾けると、辺りは閃光に満ちた。外骨格Eスケルトンスーツのセンサがマークを見失い、秘超理力スーパーフォース空間把握スペースによる索敵も阻害され、光の乱流が収まるとマークの姿は既になかった。
 騎士甲冑ナイトアーマーを零へ寄せてくるとエレノアは、労を労うように声をかけてきた。
「あんな化け物相手によく凌いだな、零。わたしは、おまえの力量を測り切れていなかったようだ。ソルダ位階第三位虹より、確実に上。つまり、少なくともわたしと同格。で、さっきの技は何だ? あんなもの、これまで聞いたこともないぞ。そして、あのわたしの背筋を凍らせた抜刀術。おまえは何者だ? 琥珀色の騎士アンバーナイト・マーク・ステラートとは馴染みのようだが。奴は零を贖罪者と言っていた。あいつが、零の敵なのか?」
「……どうだろう? 敵が多かったからな。あいつかも知れないし、そうじゃないかも知れない。ただ、会いたくない奴に出くわしたのは確かだってだけ」
 肩を竦めるような口調の零は、少し投げやりでエレノアの問いには答えたくないこが分かるだけだ。溜息が零へと伝わり、エレノアは気持ちを切り替えるように艶のあるメゾソプラノをきびきびと響かせた。
「魔獣の襲撃を受けた、決死隊の元へ急ごう。機械兵マキナミレスは、後回しだ」
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