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刻の唄――ゼロ・クロニクル―― 第一部
第二章 犠牲の軍隊前編 1
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苛烈な少女の瞳に、わたしは捨ててしまった筈の生命の瑞々しさを思い出す。
――戦場の執行者の唄
ロワール恒星系惑星フォトー周辺宙域。
巨大複合建築物内部を彷彿とさせる広大なルームの中空に巨大な女性の立ち姿が立体映像で浮かび、ルーム内にいる三万人以上の者たちの視線が注がれていた。ベルジュラック大公旗艦オンフィーアの広大な艦橋エリアの中心部、高台となった総合指揮所には、戦闘服ではなく紺色を基調とした戦闘礼装を纏った零やブレイズを含む各兵団群の兵団群長に兵団長ら部将とそれに準ずるキャバリアー達とその副官や参謀以上の帝国軍人たち約一万数千人が招集されていた。
巨大な立像と化しているのは、ボルニア帝国女帝ヴァージニア・ド・ダイアス・ボルニア。虹金をあしらった白いロングコートの裾を翻し左手を腰に当てると、艶美な美貌を引き締めやや低めの声を凜と響かせた。
「予が、前皇帝アイロスを討った後、自領のルベール大公国に引き返していたルベール大公・ヴァグーラ王国経済共同体諸国家盟約の連合軍に動きがあった。トルキア帝国軍及びミラト王国軍と合流予定だった皇帝派貴族軍の一部を含む前皇帝軍の当時予想される陣容に対するに、ルベール大公国軍に賛同派貴族軍とヴァグーラ王国経済共同体諸国家盟約軍を併せ十分に対抗し得る戦力だった。それが、まるまるルベール大公国領内にあったわけだが、帝星エクス・ガイヤルドへ向け西進を開始したとの報告があった。多方面に敵を抱える現状、予とその軍勢は一つ一つ攻略していく必要があり、現在予とある軍勢では対抗し得ず軍勢を集めねばならず、その間内乱平定の手を止めるわけには行かぬ。よって、ベルジュラック大公に予の兵団群のうち百万と自領から公が引き連れてきた大公国軍百万と共に分遣群を形成し、現在ミラト王国軍の占領下にある惑星フォトー攻略を命ずる。かの惑星は、アダマンタイン創世核鉱物の帝国領内産地の重要拠点の一つ。前皇帝軍との戦いの補填とこれからあるべき戦いに備え、消耗されこれから消耗されるだろうグラディアートの武器を増産せねばならぬ。他国からも買い付けておるが、なんと言っても国内の産出拠点からでなくば必要な量が揃えられぬ」
艦橋エリアの吹き抜け近くに設けられた総合指揮所の総司令官席の隣に膝をつくベルジュラック大公ジョルジュは、深々と頭を垂れた。
「は。仰せのままに、皇帝陛下」
「うむ。公と共にあった西方鎮守府軍オクシデント・エクエス十万のうち、一万は残す。それ以外の第二エクエス・アンゲルス百万と兵団群一千万は予と共に、ルベール大公・ヴァグーラ王国経済共同体諸国家盟約軍牽制に向かう。ルベール大公クリストフは堅実な御仁故 進撃を止めるであろう。それにしても、難儀なことだ。公の西方鎮守府軍の三分の二は、不仲な西方諸国がボルニアの内乱に手出しせぬよう派遣しておかねばならぬ。予の方も、近衛全軍はルベール大公の連合軍にオルデンの半数を前皇帝派貴族が集結しておるヴァーネット公爵領公星リールに貼り付け止めておかねばならぬ。烏合の貴族軍といえど、数だけは馬鹿に出来ぬ故な。予に恭順した中央の兵団群も各地に派遣しておる。歯がゆいことだ。分散している故、敵勢のどれ一つ真っ正面から打ち破る戦力が予の手元にはないのだ。急ぎ優先度に応じ国土内の帝国軍を再編し、集められる軍勢を作り出さねばならぬ。幸いトルキア帝国・ミラト王国連合軍と公星リールにおる前皇帝派貴族軍との合流は、阻んで居る。別行動を取っているトルキア帝国軍とミラト王国軍が合流する前に決戦を行える戦力を揃え打ち破れば、この内乱の戦況が大きく動く。敵二勢力の内、一勢力の力を大きく削ぐことができるからな」
話している内容は殺伐とした戦のことなのにそれを紡ぎ出す石榴色の唇の動きは扇情的で、けれど紅玉のごとき赤い瞳にはヴァージニアの本性とも言うべき苛烈さが煌めいている。
その双眸に睥睨されるベルジュラック大公たるジョルジュは、決して他者にとることのな臣従の態度を女帝ヴァージニアの前で取り繕う。そう、嫌な奴と隔意を抱く零の目には映った。先日ヴァージニアから正式にボルニア帝国の臣下の列に加えられてしまった零は、そのときのジョルジュが見せた皇帝たる彼女を除けば殆ど他者を憚る必要などない態度を思い起こした。
――あの臣従の態度は本心じゃないだろうな。本来なら、ボルニアの皇帝となっていた筈の男。決断が早かった雌虎に先を越され、まんまと至高の位を掠め取られてしまった。従えようとするヴァージニアと、機を窺うジョルジュ。この先、今の関係を続けられるか……。
艦橋エリアの総合指揮所からさほど遠からぬ各兵団群所属の兵団長が居並ぶ隅にブレイズと並び眺める零は、無理を強いられた意趣返しに底意地悪くヴァージニアとジョルジュを眺めていた。面を伏せるジョルジュの横顔に、己の感情をコントロールしているような強ばりが微かにちらつくが、猛々しい声音に滲む猛将としての剛強さで押し通した。
「ヴァージニア陛下挙兵時、まさかあのようにすぐさま決着が付くとは思ってはいなかった前皇帝派貴族は所領に戻り軍勢を纏めている最中でした。女帝陛下の決断は素早く、敵が前皇帝派の首魁ヴァーネット公爵の所領公星リールに集結中とみるやオルデン・エクエス半数を中核とする軍勢で封鎖し、トルキア帝国・ミラト王国が合流するのを防がれました。前皇帝が討たれ大義をなくした両大国は、新皇帝体勢に順応し切れておらぬボルニア帝国から少しでも領土を掠め取ろうと或いは打倒しようと共謀しながらも互いに出し抜こうと画策している様子。二国の侵攻軍を各個に叩けば、逆賊たる前皇帝派貴族共など女帝軍の敵ではなくこのまま惑星リールに押しとどめ、その間に近衛軍を中核とする軍勢と合流しリベール大公国・ァグーラ王国経済共同体諸国家盟約を討つべきでしょう。それで、実質的にボルニア帝国の緊急の脅威は取り除けます。逆賊の前皇帝派貴族共は、残る半数のオルデン・エクエス率いる軍勢と共に大軍で挽きつぶすも良し、精鋭で狩りを愉しむも良し」
ジョルジュを見下ろしていたヴァージニアは、その饒舌に軽く小首を傾げつつ紅玉の瞳に危うげな輝きを掠めさせ、聞き終えるとやや低めの声に絡みつくような響きを帯びさせた。
「ベルジュラック大公。予は、一日も早き帝国の安寧を望んでおる。内乱など無駄なことよ。戦で遊ぶは強者の驕り。感心せぬな。が、皇帝の意に逆らう者どもがこの先どのような扱いを受けるかだけは、しっかり刻むとしよう。のう、公よ」
「今後のためにも、必要でしょうな。陛下に背く愚か者がこの先帝国に出てこぬよう分からせるべきか、と。その者共の扱いで、警告となりましょう」
言外にジョルジュの忠誠に疑問を抱くような言葉を投げかけるヴァージニアに、ジョルジュは顔の筋一つ動かすことなく追従してみせた。
夜空を映し出したような瞳が現実から遠ざかるように光が弱まる零は、麗貌に億劫そうな表情を浮かべた。
――何とも、心温まる光景だ。今は互いを必要と、相手の戦力を当てにしているが、内乱後もそうとは限らない、か。
二人のやりとりに自分の人間関係観察も、当たらずと雖も遠からずと内乱後ボルニアを去ろうと心に決めてはいても、ついその先の身の振り方に考えがいってしまい零は麗貌を顰めた。第一零は、ヴァージニアもジョルジュも嫌いだった。先のことを考えるとは、内乱後自分がこの二人のどちらについて生き残りを図るかということだったから。先の女帝ヴァージニアとの謁見で二人に全く聞く耳を持ってもらえず無理強いされた。当然自分と比べれば二人とも雲の上の存在で今後直接の関わりなどあろう筈もなかろうが、己より偉い人間など近寄りたくもなく――臣下になど向かぬ零は二人とも不遜とあっては尚上には頂きたくなかった。
臣従を示すように頭を垂れ続ける、けれどその表情を窺い知ることのできぬジョルジュを見下ろすヴァージニアは、形のよいおとがいを僅かに上向け紅の瞳の光芒を強めた。
「予の戦力は限られておる。現戦力で、ルベール大公・ヴァグーラ王国経済共同体諸国家盟約連合軍を牽制し時間を稼がねばならぬ。公には必要な戦力を与えたと、理解してもらいたい。公が攻略すべき対象には、十分でもある。予の手元にある戦力そのものが、最低限であるが故な。先の国境惑星ファルで戦功を上げた、モリスと麾下の兵団群も公の元に残留させる。才ある者故、活かすがよい。では、次に合流するときはトラキアかミラトのいずれかの軍勢との決戦としよう」
遠回しにかつては同格の大公でも己との関係は皇帝と臣下であり持たせる力は自分が決めると、ヴァージニアはジョルジュに釘を刺した。
ルームの中空に投影されていたさながら戦女神像の如きヴァージニアの立体映像が消え全長十キロメートルの巨影を誇る大公旗艦たる重戦艦オンフィーアよりも更に巨大な影が近くにあり――標準的な戦艦の全長は二キロメートルほどであるのでその巨大さが分かる――全長十五キローメートルのボルニア帝国総旗艦たる重戦艦アルゴノートが、前方の空間にハローが出現したと思った瞬間その場から掻き消えていた。他の女帝に付き従う艦艇群も、同様同時にワープバルルにより亜空間航路に侵入しその場から消えていった。
それまで慇懃に頭を垂れていたジョルジュは立ち上がると居並ぶ一万二千数百名の兵団群長と麾下の兵団長等に振り向き、貴人らしく整ってはいるが厳めしく獰猛さが滲み出た面を威圧的にし長身の鍛え上げられた堂々とした体躯に威風を漂わせ、三軍を指揮するに慣れた武将の雰囲気を放った。馴染みのある戦場に臨むそれは懐かしくはあったが、果たしてジョルジュは指揮官としていかほどのものか、この気に飲み込まれずるずると帝国に引き入れられては危険だと、零は昔の己に戻ろうとする度脳裏を掠める戦士としての驕りかも知れないが持っていた闘志を打ち砕いた敵の幻影を意識し思案を巡らせた。
大国ボルニアでも屈指の西方鎮守府軍といった一方の雄をなす軍勢を預かる武将としての貫禄をを纏ったジョルジュの錆色の瞳が、零達がいる一団へと向けられ一瞬自分に止まったがモリスの姿を探し当てるとそこに留まった。
「さて、早速作戦会議に取りかかるとしよう。ヴァージニア女帝陛下ご推薦のモリスよ、現在我が軍が置かれている状況を、諸将に説明し再度認識させ攻略法を示せ。ファルではうまくやったのだ。深遠なるデュポン殿の策とやらを、披露するがいい」
「はっ」
それまでだらけていたわけではないが麾下と十名以上の中央軍所属の兵団群長らがいる中に埋没していたモリスは居住まいを正すと、爽やかに整ってはいるが目元に暗鬱さのある無表情だった面にこの場で問題にならぬ程度に鋭気を宿した。
「現在、アダマンタイン創世核鉱物重要産出地惑星フォトーは、トルキア帝国・ミラト王国連合軍の占領下にあります。惑星地表には多数の殲滅の光弾砲が星外からの侵入に対し死角がないよう設置され、迎撃システムが構築されております。よって、射程内への恒星戦闘艦群での接近は難しく、敵軍はその防衛範囲からは出てこず叩くことができません」
現状確認をするモリスの言葉に、女帝ヴァージニアの立体映像が消えたその先に浮かぶ薄らと赤い薄もやがかかりワインを垂らしたような深い光芒を放つ惑星フォトーを零は見詰めた。殲滅の光弾砲は、恒星戦闘艦の主砲にも用いられる。通常の電磁投射砲や重イオン砲やプラズマ砲などの実体弾及びビーム兵器は、その強力なシールド・フィールド及びキロメートル以上の恒星戦闘艦に用いられる重装甲と正面及び舷側のエネルギー伝達表面硬化型シールド装甲に阻まれる。殲滅の光弾は、その防壁を打ち砕くエネルギー弾を貫通させる究極とも言える兵器だ。それが隙なくこちらを向いているとなれば、通常の接近は自殺行為に他ならない。
AIにサポートを架空頭脳空間でモリスが頼んだのだろう、惑星フォトーの立体映像がルームの中空に本物のそれの映像を隠すように出現しジュルジュ麾下のボルニア帝国軍が青の輝点で表示され、話に合わせそれらが敵の攻撃と共に動いた。
「わたくしの考えますところ、グラディアートを回避可能な惑星超高度上空に陽動として展開させ、殲滅の光弾砲に対する警戒はもちろん十分にした上でその高速性と機動性でもってランダムに駆け巡り敵迎撃システムの注意を惹き付け、その隙に兵団群の一部を歩兵に仕立て敵拠点を攻略する。惑星地表を目指さぬ限りグラディアートは、殲滅の光弾砲に捉えられることはないでしょう。騎士甲冑や外骨格スーツを着用したキャバリアーを搭乗させた小型の強襲降下ユニット複数を降下させ、惑星地表へ戦力を送る。全ては降下できぬでしょうがそれでも標的は小さく、グラディアートもいつ降下を始めるか分からず殲滅の光弾砲を打ち続けている筈。迎撃には必ず物理的な空白やラグが生じ、そこを衝くことは十分に可能でしょう」
この策を零は、知っていた。惑星フォトーの情勢を知らされたときモリスは、零とブレイズを呼び打ち合わせをしていたのだ。そのとき、話し合われたものの一つ。この策は万全ではないにせよ、悪くはないと零には思えた。地表に送り込む戦力によるが、恐らく十分に達成可能だろう。決して自分はごめんだが、言い出した手前この策が採用されれば攻略部隊はモリス麾下の兵団群から数兵団を選び送り込む可能性が高かった。
一拍おいて再び話し出すモリスの声に、零は瞬時の思索を追い出した。
「惑星地表へ戦力を送る目的は、殲滅の光弾発射砲台の無力化。それらを統括する防衛システムのダウンを狙います。制御AIが置かれているのは、おそらく奪ったガーライル基地でしょう。理由は、惑星上に張り巡らされたジャミング等の影響を受けない軍事通信網の集約点であるため。惑星全土を覆う信頼性の高い通信網を敷設する時間は敵になかったことから、これらを利用しているでしょう。それまでにグラディアート群に手をこまねいた敵は同様にグラディアート群で対処してくる筈で、手薄となったガーライル基地を主力と囮に分けた地上部隊で奪還し防衛システムを無力化する。第二陣としてオクシデント・エクエスを出撃させ敵グラディアート群を殲滅後、フォトーの衛星軌道上に移動した艦隊から機械兵ユニット群を送り惑星フォトーを取り戻す。如何でしょう? これが現在――」
「おお。それは、誠に素晴らしき策。さすがは女帝陛下の覚えめでたき、ドゥポン中級兵団群長殿。才ある者と評されておられましたが、まさしくその通り」
モリスが締めくくっている途中で虎が唸るような大声が轟き、大公国領軍の纏まりから一人のベージュ系の戦闘礼装を纏った大きな体格をした顔に傷を残した男が進み出た。
「大公閣下。是非、それがしの兵団群を地表降下の軍勢へお加えくだされ!」
ビリビリと空気を震わすような大音声を身体を向けた主へ叩き付けるように威勢よく男は放ち、それを受けたジョルジュは獰猛な面を一瞬笑ませ、だがすぐさま強面を纏った。
「ブリアックか。やる気は分かる。自信も、な。が、これは重要な作戦。必ず成し遂げる執念はあるのか?」
「はっ! 命を賭してもやり遂げる所存!」
ジョルジュとブリアック、主従のやりとりを眺め遣りながら零は皮肉を内心溢した。
――まだ、モリスの策を採用するとも決まってもいないのに、何を二人だけで話を進めているんだか。ま、ベルジュラック大公としては、部下が勇猛で嬉しいということか。それに、昇進させたい奴でもあるのだろう。モリスも気の毒に。置いてけぼりじゃないか。
零の心の言葉が伝わったわけではなかろうが、ジョルジュは配下のブリアックからモリスへ視線を向け逆立った眉をやや威圧するように持ち上げた。
「で、モリスよ。その降下部隊に、ベルジュラック大公国領軍のブリアックと麾下の兵団群を加えても構わぬな。こやつの兵団群は五千。それを中核に据え、大公国領軍から他に幾つが兵団群を同行させれば、ガーライル基地攻略の主力が務まろう」
恭順を強いる態度のジュルジュにすぐには答えぬモリスは珍しく憮然とした表情で、それでも上位の者へ対する抑揚を声音に効かせ少し間を開け口を開いた。
「それでは、わたくしめの策をご採用くださるということで宜しいでしょうか?」
「おお、そのことか。よかろう。悪くない案だ。作戦立案者は、モリスだ。当然、卿の兵団群こそが地上降下部隊に加わる権利がある。そこで、だ。囮は卿の兵団群から選抜した兵団を割り当ててもらいたい。もちろん、麾下の兵団長のうちいずれかを参謀格としてブリアックに同行させよう」
「この分遣群の主将は、ベルジュラック大公閣下。わたくしめは、いかようにも。下された命令に従うだけでございます」
身体の前に腕を回すと、モリスは優雅に一礼してみせた。
その芝居がかったモリスの返礼に零は誤魔化しが上手いなと思いながら、配下と茶番を演じつつ己の権力を活かしたジュルジュの手口に嫌な奴と確信を強めた。モリスも気の毒に、と。
――奴め、地上攻略群の主力を自領のお抱えの兵団群に務めさせ、危険な囮役をモリスというより俺たちに押しつけた。美味しいところをまんまと持って行った。
夜空を映し出したような瞳をすっと細めジュルジュを見遣った零は、麗貌を慎重にした。
――これは、貧乏くじだ。せいぜい引き当てないように用心しないと。
そう思案した矢先、ARデスクトップに指を走らせ汎用コミュニケーター・オルタナで惑星地表の地形図を空中に投影するジョルジュを見遣っていた零の瞳とふと顔を上げた視線の先のそれが合い、ジョルジュの口元に嫌な笑みが浮かんだ。
「では、主力部隊は我が大公国領の兵団群から割り当てるとして、囮をどの兵団に割り当て効果的に使うか……敵の目を釘付ける布陣となれば、ふむ、ここか。それともこの二カ所……ふむ、都合がいい。うん? そう言えば、モリスの麾下にあの旅の巡礼者がおったな。不抜けたことを申しておったが、どうだ? 此度の戦で勇を示してみよ」
機嫌が良さそうな、それでも猫なで声に辛辣さが滲み出るジョルジュに、零は目を合わせたまま表面上噯にも出さず内心毒づくしかなかった。
――発言者だから功績が大きい地上部隊に参戦するのは当然と調子のいいことを言っておきながら、その兵団群の内部にまで口出しとは。越権行為も甚だしい。モリスの兵団群だ。使い方は、モリスが決めることだ。それに、この前のことをまだ根に持ってるのか。
不満を身内でぶちまけてみたところでこの状況が好転するわけでもなく、零は言葉を選びつつやんわり反論するしかなかった。
「お言葉ながら、わたくしの身に余る大役かと。大切な重要拠点奪還作戦。しくじっては、わたくしと麾下だけでなく大公国領の兵団群にも累が及びます。そして、作戦も失敗しかねず、更に被害が及ぶやも知れませぬ。どうか、別の者にお命じください」
殊勝げに面を伏せる零に、それまでの声音とは打って変わって高圧的な傲岸さが猛々しいジョルジュの声を突然支配した。
「何を勘違いしておるか? 俺は、頼んでいるのではないぞ。銘じておるのだ」
「お言葉でございますが、閣下も申しておりましたとおり、わたくしは怯懦な腑抜けでございますれば。何しろ、ソルダとしての生き方を捨てた旅の巡礼者でございます」
「……またか、ったく……」
近くで鳴った苛立たしげな艶のあるメゾソプラノに、そちらへ視線を送ると冷ややかな赤い瞳が零を見詰めていた。気の強そうな美貌をエレノアは、零と目が合うと叱るように不機嫌にした。先日女帝と謁見した折、零はエレノアに味方をしてもらい忠告を受けた。もう庇いきれない、と。なのに、性懲りもなく零はジョルジュに楯突いたのだ。
――意趣返しの一つもしなければ、やってられるか。
麗貌に軽く笑みを刻んだ零に、エレノアが舌打ちする様が見て取れた。次の瞬間、轟き渡った怒声に振り向くとジョルジュが逆立った眉を険しくし面を紅潮させる様に、怒りの琴線に触れたと零は確信した。
「貴様っ! この俺を愚弄するかっ! 俺の言葉を、逆手に取ったつもりかっ! 怯懦な腑抜けと己を得々と。キャバリアーとしての生き方を捨てた、戦士の世界から逃げ出した貴様などに、大切な帝国の兵団を預けておけるものかっ! 貴様に与えられた兵団を取り上げることとする」
怒濤のジョルジュの砲声を身じろぎ一つせず流した零は、内心ほくそ笑んだ。降格ならば、このような貧乏くじを引かなくて済む、と。
麾下の兵団群の人事に話が及び透かさずモリスは進み出、それまでのどこかしら漂っていた無関心さが嘘のように強硬な口調となった。
「お待ちください、大公閣下。六合殿は、女帝陛下から兵団長に任じられた者。それを、降格とは。この軍勢の主将は閣下であることは認めますが、わたくしと麾下の兵団群は中央軍に所属しております。そのことにご留意を」
詰め寄るモリスにジョルジュは一瞬眉を顰め、しかし発した口調には妙なそれでいて白々しい優しさがあった。
「何も、降格とは言ってはおらん。代わりに、とっておきの兵をこやつに与えよう。その兵を率い囮役を務めてもらう。囮が布陣するのはこの二カ所。巡礼者はここだ」
空中に投影された戦略図のカーソルが示す地点に、零は思わずあまりのことに短い声で絶句した。
「なっ!」
「おいおい、何つーかえげつねーな。面倒な奴に睨まれやがって。同僚の俺に飛び火したらどうすんだ」
「囮の更に囮か。全く、また厄介に巻き込まれて。口は災いの元だぞ。堪え性のない。公は、おまえをこの戦場で始末したいらしい。尤も、デュポン兵団群長の策を採用し地上部隊の布陣を検討した時点で、この前の女帝陛下との謁見で目を付けていた零、おまえを死地に送り込む算段が決したかも知れんがな。今この場でおまえが公の神経を逆撫でして、兵団を取り上げられる口実を与えなかったにせよ、だ」
精悍さのある端正な面をブレイズは深刻にし低めだがよく通る声をげんなりさせ、いつの間にか零の隣に並んだエレノアがジョルジュに険のある視線を注ぎつつメゾソプラノを用心深くした。
やや高めの声にドゥポンは、再考を求めるよう緊迫した響きを帯びさせた。
「閣下。囮を二カ所に敢えて配置する必要などありません。閣下が示された箇所に配された部隊は、全滅必至。まず、生きて帰ることなどできますまい。それに、兵団を取り上げ新たに与えるとはどういうことなのです?」
自分のためにボルニア帝国の実質№二に抗議してくれる上官のモリスに感謝しながら、零はジョルジュが撤回になど応じまいと嫌でも気持ちが戦士のそれに切り替わっていった。兵団を取り上げまた与えるというジョルジュの不可解な言葉に、零はオンフィーアの艦橋エリアを訪れた時から気になっていた集団に嫌な予感を思えた。
その集団は、総合指揮所中央近くに集まった各兵団群の集団から少し離れ、戦闘礼装ではない簡素な黒い戦闘服に身を固めていたが武装はしていなかった。年齢は老若男女いることは普通ではあるが、その上限下限の振り幅が明らかにおかしい。下は初等学校の上級生から、上はどう見ても退役している筈のお年寄りまで。そして、その集団の半数ほどはぶよぶよ肥え太っていたり、そうでなくとも顔立ちからおよそ戦いとは無縁に見えた。
普段はお役所の官僚的なモリスが戯れは許さぬというようなキャバリアー五万を預かる武人としての態度を見せ、それを受けるジョルジュは何事もないような、ソルダ位階第一位神話級にある武人としてそよ吹く風といった態度だ。
「ああ、そのことか。決死隊をこちらへ」
「……決死隊……」
怪訝な表情を爽やかに整った面にモリスが浮かべると、先ほどの黒装束の集団から短い悲鳴が幾つも上がった。
そちらへ視線を零が向けると、大公国軍の近侍の衛士だろう優美な戦闘礼装を纏ったキャバリアー達に突き飛ばされ、黒装束の集団が追い立てられて指揮所の中央付近に向かわされていた。
黒い一団がやってくるのを睥睨しつつ、ジョルジュは獰猛な声音を辛辣にした。
「奴らは、前皇帝派として女帝陛下との決戦に参加した貴族や有力者共の中でも特に反逆の罪が重い家の者どもだ。直接戦いに参加した前皇帝と共に処断されなかった生き残りは当然のこと、その家族と主だった郎党。いずれも、死を持ってしか大逆の罪を購うことが許されぬ者ども。懲罰部隊として敵の矢面に立たせ、己の罪を悔いねばならぬ。俺も、女帝陛下から懲罰部隊たる決死隊の一部を預けられ刑の執行を任された。今後の女帝陛下の治世の為、謀反人の末路を知らしめるは重要なこと。生死をかけた捨て駒は三度。生き残るもよし、が、玉石混交の混成部隊にとって三度の試練を果たし送られる戦場も死地。もしも、内乱中生き残ることができれば帝国臣民の身分は得られぬが生きることだけは許される」
皆一応に悲壮な表情を面に称えた決死隊の面々が兵団群長等の前に立たされると、ジョルジュは錆色の瞳を零へと向けた。
「零・六合よ、そちに決死隊五三四名を預ける。死神部隊の部将を務めよ。囮の囮。囮兵団群の展開が終了するまで、殺到するであろう敵の攻勢を受け持て」
冷厳と命ずるジョルジュに、ますます一片氷心と冴え渡る零の佇まいに凶悪なほどの凶暴さが漂い、夜空の瞳に殺気が宿った。紡がれる語気に、怪しいまでの闘志が迸った。
「そのような理不尽、聞き入れる気は毛頭ありません。処断するつもりの者共と共に、捨て駒としての戦場に送られなければならない謂われはない」
火花を散らす程の零の舌鋒へ視線を向け赤い瞳を危ぶむように揺らしながら、エレノアが一歩前へ踏み出した。
「ベルジュラック大公。公は、勘違いしておられる。中央軍に属する零を処断する権限など、公にはない筈。いかに西方鎮守府将軍にして大公と謂えど、このような横暴が罷り通れば女帝陛下にお仕えする家臣の心が離れていくは道理」
真っ直ぐ見詰めるエレノアに、ジョルジュは錆色の瞳を凍てつかせた。
「己に都合のいい曲解などせぬことだ、エレノアよ。俺は、この巡礼者に決死隊が逃げ出さず役目を果たす監督を命じておるのだ。謂わば刑の執行人。ただの烏合の衆では、敵の攻勢を惹き付けることなどできず刑の執行も甚だ気掛かりだ」
「それこそ、詭弁だ」
艶のあるメゾソプラノを押し殺すように低くし睨み付けるエレノアに、ジョルジュは声音に何事か愉しむものを含ませた。
「そう言えば、自由の身の罪人が一人おったな。エレノア、本来おまえはこの者共と一緒にいるべき人間だ」
エレノアの気の強そうな艶美な美貌を愉しむように眺めつつ、ジョルジュは一拍おいて再び口を開いた。
「エレノア・リザーランドに命ずる。零・六合の補佐として一緒に降下せよ。罪人は、罰を受けなくてはな。が、甘い罰だな。刑の執行人の補佐とは」
ぼそりと忌々しげなブレイズの呟きが、零の鼓膜を震わせた。
「何が執行人や補佐だ。あのポイントに配されれば、そうそう生き残れるものか」
聞こえたらしいジョルジュがブレイズへ視線を移すと、錆色の瞳に獰猛さをちらつかせた。
「ブレイズだったな。丁度いい、卿にはブリアックに参謀役として同行してもらう。それでよいな、モリスよ。罪人の刑の執行は、巡礼者に執り行わせる」
「……は……」
これ以上の反論はできぬようで、モリスは不本意さがありありと浮かぶ面で短く肯定した。
この事態に灼熱した零の心は、却って冷たく澄み渡り静かで、ソルダとしての生き方を忌む本人の意思とは無縁のように戦士の心はリズミカルに動き出した。
――こんなことになるなんて。巻き込んでしまったエレノアのこともある。これは、生き残りをかけなければならないか……。
――戦場の執行者の唄
ロワール恒星系惑星フォトー周辺宙域。
巨大複合建築物内部を彷彿とさせる広大なルームの中空に巨大な女性の立ち姿が立体映像で浮かび、ルーム内にいる三万人以上の者たちの視線が注がれていた。ベルジュラック大公旗艦オンフィーアの広大な艦橋エリアの中心部、高台となった総合指揮所には、戦闘服ではなく紺色を基調とした戦闘礼装を纏った零やブレイズを含む各兵団群の兵団群長に兵団長ら部将とそれに準ずるキャバリアー達とその副官や参謀以上の帝国軍人たち約一万数千人が招集されていた。
巨大な立像と化しているのは、ボルニア帝国女帝ヴァージニア・ド・ダイアス・ボルニア。虹金をあしらった白いロングコートの裾を翻し左手を腰に当てると、艶美な美貌を引き締めやや低めの声を凜と響かせた。
「予が、前皇帝アイロスを討った後、自領のルベール大公国に引き返していたルベール大公・ヴァグーラ王国経済共同体諸国家盟約の連合軍に動きがあった。トルキア帝国軍及びミラト王国軍と合流予定だった皇帝派貴族軍の一部を含む前皇帝軍の当時予想される陣容に対するに、ルベール大公国軍に賛同派貴族軍とヴァグーラ王国経済共同体諸国家盟約軍を併せ十分に対抗し得る戦力だった。それが、まるまるルベール大公国領内にあったわけだが、帝星エクス・ガイヤルドへ向け西進を開始したとの報告があった。多方面に敵を抱える現状、予とその軍勢は一つ一つ攻略していく必要があり、現在予とある軍勢では対抗し得ず軍勢を集めねばならず、その間内乱平定の手を止めるわけには行かぬ。よって、ベルジュラック大公に予の兵団群のうち百万と自領から公が引き連れてきた大公国軍百万と共に分遣群を形成し、現在ミラト王国軍の占領下にある惑星フォトー攻略を命ずる。かの惑星は、アダマンタイン創世核鉱物の帝国領内産地の重要拠点の一つ。前皇帝軍との戦いの補填とこれからあるべき戦いに備え、消耗されこれから消耗されるだろうグラディアートの武器を増産せねばならぬ。他国からも買い付けておるが、なんと言っても国内の産出拠点からでなくば必要な量が揃えられぬ」
艦橋エリアの吹き抜け近くに設けられた総合指揮所の総司令官席の隣に膝をつくベルジュラック大公ジョルジュは、深々と頭を垂れた。
「は。仰せのままに、皇帝陛下」
「うむ。公と共にあった西方鎮守府軍オクシデント・エクエス十万のうち、一万は残す。それ以外の第二エクエス・アンゲルス百万と兵団群一千万は予と共に、ルベール大公・ヴァグーラ王国経済共同体諸国家盟約軍牽制に向かう。ルベール大公クリストフは堅実な御仁故 進撃を止めるであろう。それにしても、難儀なことだ。公の西方鎮守府軍の三分の二は、不仲な西方諸国がボルニアの内乱に手出しせぬよう派遣しておかねばならぬ。予の方も、近衛全軍はルベール大公の連合軍にオルデンの半数を前皇帝派貴族が集結しておるヴァーネット公爵領公星リールに貼り付け止めておかねばならぬ。烏合の貴族軍といえど、数だけは馬鹿に出来ぬ故な。予に恭順した中央の兵団群も各地に派遣しておる。歯がゆいことだ。分散している故、敵勢のどれ一つ真っ正面から打ち破る戦力が予の手元にはないのだ。急ぎ優先度に応じ国土内の帝国軍を再編し、集められる軍勢を作り出さねばならぬ。幸いトルキア帝国・ミラト王国連合軍と公星リールにおる前皇帝派貴族軍との合流は、阻んで居る。別行動を取っているトルキア帝国軍とミラト王国軍が合流する前に決戦を行える戦力を揃え打ち破れば、この内乱の戦況が大きく動く。敵二勢力の内、一勢力の力を大きく削ぐことができるからな」
話している内容は殺伐とした戦のことなのにそれを紡ぎ出す石榴色の唇の動きは扇情的で、けれど紅玉のごとき赤い瞳にはヴァージニアの本性とも言うべき苛烈さが煌めいている。
その双眸に睥睨されるベルジュラック大公たるジョルジュは、決して他者にとることのな臣従の態度を女帝ヴァージニアの前で取り繕う。そう、嫌な奴と隔意を抱く零の目には映った。先日ヴァージニアから正式にボルニア帝国の臣下の列に加えられてしまった零は、そのときのジョルジュが見せた皇帝たる彼女を除けば殆ど他者を憚る必要などない態度を思い起こした。
――あの臣従の態度は本心じゃないだろうな。本来なら、ボルニアの皇帝となっていた筈の男。決断が早かった雌虎に先を越され、まんまと至高の位を掠め取られてしまった。従えようとするヴァージニアと、機を窺うジョルジュ。この先、今の関係を続けられるか……。
艦橋エリアの総合指揮所からさほど遠からぬ各兵団群所属の兵団長が居並ぶ隅にブレイズと並び眺める零は、無理を強いられた意趣返しに底意地悪くヴァージニアとジョルジュを眺めていた。面を伏せるジョルジュの横顔に、己の感情をコントロールしているような強ばりが微かにちらつくが、猛々しい声音に滲む猛将としての剛強さで押し通した。
「ヴァージニア陛下挙兵時、まさかあのようにすぐさま決着が付くとは思ってはいなかった前皇帝派貴族は所領に戻り軍勢を纏めている最中でした。女帝陛下の決断は素早く、敵が前皇帝派の首魁ヴァーネット公爵の所領公星リールに集結中とみるやオルデン・エクエス半数を中核とする軍勢で封鎖し、トルキア帝国・ミラト王国が合流するのを防がれました。前皇帝が討たれ大義をなくした両大国は、新皇帝体勢に順応し切れておらぬボルニア帝国から少しでも領土を掠め取ろうと或いは打倒しようと共謀しながらも互いに出し抜こうと画策している様子。二国の侵攻軍を各個に叩けば、逆賊たる前皇帝派貴族共など女帝軍の敵ではなくこのまま惑星リールに押しとどめ、その間に近衛軍を中核とする軍勢と合流しリベール大公国・ァグーラ王国経済共同体諸国家盟約を討つべきでしょう。それで、実質的にボルニア帝国の緊急の脅威は取り除けます。逆賊の前皇帝派貴族共は、残る半数のオルデン・エクエス率いる軍勢と共に大軍で挽きつぶすも良し、精鋭で狩りを愉しむも良し」
ジョルジュを見下ろしていたヴァージニアは、その饒舌に軽く小首を傾げつつ紅玉の瞳に危うげな輝きを掠めさせ、聞き終えるとやや低めの声に絡みつくような響きを帯びさせた。
「ベルジュラック大公。予は、一日も早き帝国の安寧を望んでおる。内乱など無駄なことよ。戦で遊ぶは強者の驕り。感心せぬな。が、皇帝の意に逆らう者どもがこの先どのような扱いを受けるかだけは、しっかり刻むとしよう。のう、公よ」
「今後のためにも、必要でしょうな。陛下に背く愚か者がこの先帝国に出てこぬよう分からせるべきか、と。その者共の扱いで、警告となりましょう」
言外にジョルジュの忠誠に疑問を抱くような言葉を投げかけるヴァージニアに、ジョルジュは顔の筋一つ動かすことなく追従してみせた。
夜空を映し出したような瞳が現実から遠ざかるように光が弱まる零は、麗貌に億劫そうな表情を浮かべた。
――何とも、心温まる光景だ。今は互いを必要と、相手の戦力を当てにしているが、内乱後もそうとは限らない、か。
二人のやりとりに自分の人間関係観察も、当たらずと雖も遠からずと内乱後ボルニアを去ろうと心に決めてはいても、ついその先の身の振り方に考えがいってしまい零は麗貌を顰めた。第一零は、ヴァージニアもジョルジュも嫌いだった。先のことを考えるとは、内乱後自分がこの二人のどちらについて生き残りを図るかということだったから。先の女帝ヴァージニアとの謁見で二人に全く聞く耳を持ってもらえず無理強いされた。当然自分と比べれば二人とも雲の上の存在で今後直接の関わりなどあろう筈もなかろうが、己より偉い人間など近寄りたくもなく――臣下になど向かぬ零は二人とも不遜とあっては尚上には頂きたくなかった。
臣従を示すように頭を垂れ続ける、けれどその表情を窺い知ることのできぬジョルジュを見下ろすヴァージニアは、形のよいおとがいを僅かに上向け紅の瞳の光芒を強めた。
「予の戦力は限られておる。現戦力で、ルベール大公・ヴァグーラ王国経済共同体諸国家盟約連合軍を牽制し時間を稼がねばならぬ。公には必要な戦力を与えたと、理解してもらいたい。公が攻略すべき対象には、十分でもある。予の手元にある戦力そのものが、最低限であるが故な。先の国境惑星ファルで戦功を上げた、モリスと麾下の兵団群も公の元に残留させる。才ある者故、活かすがよい。では、次に合流するときはトラキアかミラトのいずれかの軍勢との決戦としよう」
遠回しにかつては同格の大公でも己との関係は皇帝と臣下であり持たせる力は自分が決めると、ヴァージニアはジョルジュに釘を刺した。
ルームの中空に投影されていたさながら戦女神像の如きヴァージニアの立体映像が消え全長十キロメートルの巨影を誇る大公旗艦たる重戦艦オンフィーアよりも更に巨大な影が近くにあり――標準的な戦艦の全長は二キロメートルほどであるのでその巨大さが分かる――全長十五キローメートルのボルニア帝国総旗艦たる重戦艦アルゴノートが、前方の空間にハローが出現したと思った瞬間その場から掻き消えていた。他の女帝に付き従う艦艇群も、同様同時にワープバルルにより亜空間航路に侵入しその場から消えていった。
それまで慇懃に頭を垂れていたジョルジュは立ち上がると居並ぶ一万二千数百名の兵団群長と麾下の兵団長等に振り向き、貴人らしく整ってはいるが厳めしく獰猛さが滲み出た面を威圧的にし長身の鍛え上げられた堂々とした体躯に威風を漂わせ、三軍を指揮するに慣れた武将の雰囲気を放った。馴染みのある戦場に臨むそれは懐かしくはあったが、果たしてジョルジュは指揮官としていかほどのものか、この気に飲み込まれずるずると帝国に引き入れられては危険だと、零は昔の己に戻ろうとする度脳裏を掠める戦士としての驕りかも知れないが持っていた闘志を打ち砕いた敵の幻影を意識し思案を巡らせた。
大国ボルニアでも屈指の西方鎮守府軍といった一方の雄をなす軍勢を預かる武将としての貫禄をを纏ったジョルジュの錆色の瞳が、零達がいる一団へと向けられ一瞬自分に止まったがモリスの姿を探し当てるとそこに留まった。
「さて、早速作戦会議に取りかかるとしよう。ヴァージニア女帝陛下ご推薦のモリスよ、現在我が軍が置かれている状況を、諸将に説明し再度認識させ攻略法を示せ。ファルではうまくやったのだ。深遠なるデュポン殿の策とやらを、披露するがいい」
「はっ」
それまでだらけていたわけではないが麾下と十名以上の中央軍所属の兵団群長らがいる中に埋没していたモリスは居住まいを正すと、爽やかに整ってはいるが目元に暗鬱さのある無表情だった面にこの場で問題にならぬ程度に鋭気を宿した。
「現在、アダマンタイン創世核鉱物重要産出地惑星フォトーは、トルキア帝国・ミラト王国連合軍の占領下にあります。惑星地表には多数の殲滅の光弾砲が星外からの侵入に対し死角がないよう設置され、迎撃システムが構築されております。よって、射程内への恒星戦闘艦群での接近は難しく、敵軍はその防衛範囲からは出てこず叩くことができません」
現状確認をするモリスの言葉に、女帝ヴァージニアの立体映像が消えたその先に浮かぶ薄らと赤い薄もやがかかりワインを垂らしたような深い光芒を放つ惑星フォトーを零は見詰めた。殲滅の光弾砲は、恒星戦闘艦の主砲にも用いられる。通常の電磁投射砲や重イオン砲やプラズマ砲などの実体弾及びビーム兵器は、その強力なシールド・フィールド及びキロメートル以上の恒星戦闘艦に用いられる重装甲と正面及び舷側のエネルギー伝達表面硬化型シールド装甲に阻まれる。殲滅の光弾は、その防壁を打ち砕くエネルギー弾を貫通させる究極とも言える兵器だ。それが隙なくこちらを向いているとなれば、通常の接近は自殺行為に他ならない。
AIにサポートを架空頭脳空間でモリスが頼んだのだろう、惑星フォトーの立体映像がルームの中空に本物のそれの映像を隠すように出現しジュルジュ麾下のボルニア帝国軍が青の輝点で表示され、話に合わせそれらが敵の攻撃と共に動いた。
「わたくしの考えますところ、グラディアートを回避可能な惑星超高度上空に陽動として展開させ、殲滅の光弾砲に対する警戒はもちろん十分にした上でその高速性と機動性でもってランダムに駆け巡り敵迎撃システムの注意を惹き付け、その隙に兵団群の一部を歩兵に仕立て敵拠点を攻略する。惑星地表を目指さぬ限りグラディアートは、殲滅の光弾砲に捉えられることはないでしょう。騎士甲冑や外骨格スーツを着用したキャバリアーを搭乗させた小型の強襲降下ユニット複数を降下させ、惑星地表へ戦力を送る。全ては降下できぬでしょうがそれでも標的は小さく、グラディアートもいつ降下を始めるか分からず殲滅の光弾砲を打ち続けている筈。迎撃には必ず物理的な空白やラグが生じ、そこを衝くことは十分に可能でしょう」
この策を零は、知っていた。惑星フォトーの情勢を知らされたときモリスは、零とブレイズを呼び打ち合わせをしていたのだ。そのとき、話し合われたものの一つ。この策は万全ではないにせよ、悪くはないと零には思えた。地表に送り込む戦力によるが、恐らく十分に達成可能だろう。決して自分はごめんだが、言い出した手前この策が採用されれば攻略部隊はモリス麾下の兵団群から数兵団を選び送り込む可能性が高かった。
一拍おいて再び話し出すモリスの声に、零は瞬時の思索を追い出した。
「惑星地表へ戦力を送る目的は、殲滅の光弾発射砲台の無力化。それらを統括する防衛システムのダウンを狙います。制御AIが置かれているのは、おそらく奪ったガーライル基地でしょう。理由は、惑星上に張り巡らされたジャミング等の影響を受けない軍事通信網の集約点であるため。惑星全土を覆う信頼性の高い通信網を敷設する時間は敵になかったことから、これらを利用しているでしょう。それまでにグラディアート群に手をこまねいた敵は同様にグラディアート群で対処してくる筈で、手薄となったガーライル基地を主力と囮に分けた地上部隊で奪還し防衛システムを無力化する。第二陣としてオクシデント・エクエスを出撃させ敵グラディアート群を殲滅後、フォトーの衛星軌道上に移動した艦隊から機械兵ユニット群を送り惑星フォトーを取り戻す。如何でしょう? これが現在――」
「おお。それは、誠に素晴らしき策。さすがは女帝陛下の覚えめでたき、ドゥポン中級兵団群長殿。才ある者と評されておられましたが、まさしくその通り」
モリスが締めくくっている途中で虎が唸るような大声が轟き、大公国領軍の纏まりから一人のベージュ系の戦闘礼装を纏った大きな体格をした顔に傷を残した男が進み出た。
「大公閣下。是非、それがしの兵団群を地表降下の軍勢へお加えくだされ!」
ビリビリと空気を震わすような大音声を身体を向けた主へ叩き付けるように威勢よく男は放ち、それを受けたジョルジュは獰猛な面を一瞬笑ませ、だがすぐさま強面を纏った。
「ブリアックか。やる気は分かる。自信も、な。が、これは重要な作戦。必ず成し遂げる執念はあるのか?」
「はっ! 命を賭してもやり遂げる所存!」
ジョルジュとブリアック、主従のやりとりを眺め遣りながら零は皮肉を内心溢した。
――まだ、モリスの策を採用するとも決まってもいないのに、何を二人だけで話を進めているんだか。ま、ベルジュラック大公としては、部下が勇猛で嬉しいということか。それに、昇進させたい奴でもあるのだろう。モリスも気の毒に。置いてけぼりじゃないか。
零の心の言葉が伝わったわけではなかろうが、ジョルジュは配下のブリアックからモリスへ視線を向け逆立った眉をやや威圧するように持ち上げた。
「で、モリスよ。その降下部隊に、ベルジュラック大公国領軍のブリアックと麾下の兵団群を加えても構わぬな。こやつの兵団群は五千。それを中核に据え、大公国領軍から他に幾つが兵団群を同行させれば、ガーライル基地攻略の主力が務まろう」
恭順を強いる態度のジュルジュにすぐには答えぬモリスは珍しく憮然とした表情で、それでも上位の者へ対する抑揚を声音に効かせ少し間を開け口を開いた。
「それでは、わたくしめの策をご採用くださるということで宜しいでしょうか?」
「おお、そのことか。よかろう。悪くない案だ。作戦立案者は、モリスだ。当然、卿の兵団群こそが地上降下部隊に加わる権利がある。そこで、だ。囮は卿の兵団群から選抜した兵団を割り当ててもらいたい。もちろん、麾下の兵団長のうちいずれかを参謀格としてブリアックに同行させよう」
「この分遣群の主将は、ベルジュラック大公閣下。わたくしめは、いかようにも。下された命令に従うだけでございます」
身体の前に腕を回すと、モリスは優雅に一礼してみせた。
その芝居がかったモリスの返礼に零は誤魔化しが上手いなと思いながら、配下と茶番を演じつつ己の権力を活かしたジュルジュの手口に嫌な奴と確信を強めた。モリスも気の毒に、と。
――奴め、地上攻略群の主力を自領のお抱えの兵団群に務めさせ、危険な囮役をモリスというより俺たちに押しつけた。美味しいところをまんまと持って行った。
夜空を映し出したような瞳をすっと細めジュルジュを見遣った零は、麗貌を慎重にした。
――これは、貧乏くじだ。せいぜい引き当てないように用心しないと。
そう思案した矢先、ARデスクトップに指を走らせ汎用コミュニケーター・オルタナで惑星地表の地形図を空中に投影するジョルジュを見遣っていた零の瞳とふと顔を上げた視線の先のそれが合い、ジョルジュの口元に嫌な笑みが浮かんだ。
「では、主力部隊は我が大公国領の兵団群から割り当てるとして、囮をどの兵団に割り当て効果的に使うか……敵の目を釘付ける布陣となれば、ふむ、ここか。それともこの二カ所……ふむ、都合がいい。うん? そう言えば、モリスの麾下にあの旅の巡礼者がおったな。不抜けたことを申しておったが、どうだ? 此度の戦で勇を示してみよ」
機嫌が良さそうな、それでも猫なで声に辛辣さが滲み出るジョルジュに、零は目を合わせたまま表面上噯にも出さず内心毒づくしかなかった。
――発言者だから功績が大きい地上部隊に参戦するのは当然と調子のいいことを言っておきながら、その兵団群の内部にまで口出しとは。越権行為も甚だしい。モリスの兵団群だ。使い方は、モリスが決めることだ。それに、この前のことをまだ根に持ってるのか。
不満を身内でぶちまけてみたところでこの状況が好転するわけでもなく、零は言葉を選びつつやんわり反論するしかなかった。
「お言葉ながら、わたくしの身に余る大役かと。大切な重要拠点奪還作戦。しくじっては、わたくしと麾下だけでなく大公国領の兵団群にも累が及びます。そして、作戦も失敗しかねず、更に被害が及ぶやも知れませぬ。どうか、別の者にお命じください」
殊勝げに面を伏せる零に、それまでの声音とは打って変わって高圧的な傲岸さが猛々しいジョルジュの声を突然支配した。
「何を勘違いしておるか? 俺は、頼んでいるのではないぞ。銘じておるのだ」
「お言葉でございますが、閣下も申しておりましたとおり、わたくしは怯懦な腑抜けでございますれば。何しろ、ソルダとしての生き方を捨てた旅の巡礼者でございます」
「……またか、ったく……」
近くで鳴った苛立たしげな艶のあるメゾソプラノに、そちらへ視線を送ると冷ややかな赤い瞳が零を見詰めていた。気の強そうな美貌をエレノアは、零と目が合うと叱るように不機嫌にした。先日女帝と謁見した折、零はエレノアに味方をしてもらい忠告を受けた。もう庇いきれない、と。なのに、性懲りもなく零はジョルジュに楯突いたのだ。
――意趣返しの一つもしなければ、やってられるか。
麗貌に軽く笑みを刻んだ零に、エレノアが舌打ちする様が見て取れた。次の瞬間、轟き渡った怒声に振り向くとジョルジュが逆立った眉を険しくし面を紅潮させる様に、怒りの琴線に触れたと零は確信した。
「貴様っ! この俺を愚弄するかっ! 俺の言葉を、逆手に取ったつもりかっ! 怯懦な腑抜けと己を得々と。キャバリアーとしての生き方を捨てた、戦士の世界から逃げ出した貴様などに、大切な帝国の兵団を預けておけるものかっ! 貴様に与えられた兵団を取り上げることとする」
怒濤のジョルジュの砲声を身じろぎ一つせず流した零は、内心ほくそ笑んだ。降格ならば、このような貧乏くじを引かなくて済む、と。
麾下の兵団群の人事に話が及び透かさずモリスは進み出、それまでのどこかしら漂っていた無関心さが嘘のように強硬な口調となった。
「お待ちください、大公閣下。六合殿は、女帝陛下から兵団長に任じられた者。それを、降格とは。この軍勢の主将は閣下であることは認めますが、わたくしと麾下の兵団群は中央軍に所属しております。そのことにご留意を」
詰め寄るモリスにジョルジュは一瞬眉を顰め、しかし発した口調には妙なそれでいて白々しい優しさがあった。
「何も、降格とは言ってはおらん。代わりに、とっておきの兵をこやつに与えよう。その兵を率い囮役を務めてもらう。囮が布陣するのはこの二カ所。巡礼者はここだ」
空中に投影された戦略図のカーソルが示す地点に、零は思わずあまりのことに短い声で絶句した。
「なっ!」
「おいおい、何つーかえげつねーな。面倒な奴に睨まれやがって。同僚の俺に飛び火したらどうすんだ」
「囮の更に囮か。全く、また厄介に巻き込まれて。口は災いの元だぞ。堪え性のない。公は、おまえをこの戦場で始末したいらしい。尤も、デュポン兵団群長の策を採用し地上部隊の布陣を検討した時点で、この前の女帝陛下との謁見で目を付けていた零、おまえを死地に送り込む算段が決したかも知れんがな。今この場でおまえが公の神経を逆撫でして、兵団を取り上げられる口実を与えなかったにせよ、だ」
精悍さのある端正な面をブレイズは深刻にし低めだがよく通る声をげんなりさせ、いつの間にか零の隣に並んだエレノアがジョルジュに険のある視線を注ぎつつメゾソプラノを用心深くした。
やや高めの声にドゥポンは、再考を求めるよう緊迫した響きを帯びさせた。
「閣下。囮を二カ所に敢えて配置する必要などありません。閣下が示された箇所に配された部隊は、全滅必至。まず、生きて帰ることなどできますまい。それに、兵団を取り上げ新たに与えるとはどういうことなのです?」
自分のためにボルニア帝国の実質№二に抗議してくれる上官のモリスに感謝しながら、零はジョルジュが撤回になど応じまいと嫌でも気持ちが戦士のそれに切り替わっていった。兵団を取り上げまた与えるというジョルジュの不可解な言葉に、零はオンフィーアの艦橋エリアを訪れた時から気になっていた集団に嫌な予感を思えた。
その集団は、総合指揮所中央近くに集まった各兵団群の集団から少し離れ、戦闘礼装ではない簡素な黒い戦闘服に身を固めていたが武装はしていなかった。年齢は老若男女いることは普通ではあるが、その上限下限の振り幅が明らかにおかしい。下は初等学校の上級生から、上はどう見ても退役している筈のお年寄りまで。そして、その集団の半数ほどはぶよぶよ肥え太っていたり、そうでなくとも顔立ちからおよそ戦いとは無縁に見えた。
普段はお役所の官僚的なモリスが戯れは許さぬというようなキャバリアー五万を預かる武人としての態度を見せ、それを受けるジョルジュは何事もないような、ソルダ位階第一位神話級にある武人としてそよ吹く風といった態度だ。
「ああ、そのことか。決死隊をこちらへ」
「……決死隊……」
怪訝な表情を爽やかに整った面にモリスが浮かべると、先ほどの黒装束の集団から短い悲鳴が幾つも上がった。
そちらへ視線を零が向けると、大公国軍の近侍の衛士だろう優美な戦闘礼装を纏ったキャバリアー達に突き飛ばされ、黒装束の集団が追い立てられて指揮所の中央付近に向かわされていた。
黒い一団がやってくるのを睥睨しつつ、ジョルジュは獰猛な声音を辛辣にした。
「奴らは、前皇帝派として女帝陛下との決戦に参加した貴族や有力者共の中でも特に反逆の罪が重い家の者どもだ。直接戦いに参加した前皇帝と共に処断されなかった生き残りは当然のこと、その家族と主だった郎党。いずれも、死を持ってしか大逆の罪を購うことが許されぬ者ども。懲罰部隊として敵の矢面に立たせ、己の罪を悔いねばならぬ。俺も、女帝陛下から懲罰部隊たる決死隊の一部を預けられ刑の執行を任された。今後の女帝陛下の治世の為、謀反人の末路を知らしめるは重要なこと。生死をかけた捨て駒は三度。生き残るもよし、が、玉石混交の混成部隊にとって三度の試練を果たし送られる戦場も死地。もしも、内乱中生き残ることができれば帝国臣民の身分は得られぬが生きることだけは許される」
皆一応に悲壮な表情を面に称えた決死隊の面々が兵団群長等の前に立たされると、ジョルジュは錆色の瞳を零へと向けた。
「零・六合よ、そちに決死隊五三四名を預ける。死神部隊の部将を務めよ。囮の囮。囮兵団群の展開が終了するまで、殺到するであろう敵の攻勢を受け持て」
冷厳と命ずるジョルジュに、ますます一片氷心と冴え渡る零の佇まいに凶悪なほどの凶暴さが漂い、夜空の瞳に殺気が宿った。紡がれる語気に、怪しいまでの闘志が迸った。
「そのような理不尽、聞き入れる気は毛頭ありません。処断するつもりの者共と共に、捨て駒としての戦場に送られなければならない謂われはない」
火花を散らす程の零の舌鋒へ視線を向け赤い瞳を危ぶむように揺らしながら、エレノアが一歩前へ踏み出した。
「ベルジュラック大公。公は、勘違いしておられる。中央軍に属する零を処断する権限など、公にはない筈。いかに西方鎮守府将軍にして大公と謂えど、このような横暴が罷り通れば女帝陛下にお仕えする家臣の心が離れていくは道理」
真っ直ぐ見詰めるエレノアに、ジョルジュは錆色の瞳を凍てつかせた。
「己に都合のいい曲解などせぬことだ、エレノアよ。俺は、この巡礼者に決死隊が逃げ出さず役目を果たす監督を命じておるのだ。謂わば刑の執行人。ただの烏合の衆では、敵の攻勢を惹き付けることなどできず刑の執行も甚だ気掛かりだ」
「それこそ、詭弁だ」
艶のあるメゾソプラノを押し殺すように低くし睨み付けるエレノアに、ジョルジュは声音に何事か愉しむものを含ませた。
「そう言えば、自由の身の罪人が一人おったな。エレノア、本来おまえはこの者共と一緒にいるべき人間だ」
エレノアの気の強そうな艶美な美貌を愉しむように眺めつつ、ジョルジュは一拍おいて再び口を開いた。
「エレノア・リザーランドに命ずる。零・六合の補佐として一緒に降下せよ。罪人は、罰を受けなくてはな。が、甘い罰だな。刑の執行人の補佐とは」
ぼそりと忌々しげなブレイズの呟きが、零の鼓膜を震わせた。
「何が執行人や補佐だ。あのポイントに配されれば、そうそう生き残れるものか」
聞こえたらしいジョルジュがブレイズへ視線を移すと、錆色の瞳に獰猛さをちらつかせた。
「ブレイズだったな。丁度いい、卿にはブリアックに参謀役として同行してもらう。それでよいな、モリスよ。罪人の刑の執行は、巡礼者に執り行わせる」
「……は……」
これ以上の反論はできぬようで、モリスは不本意さがありありと浮かぶ面で短く肯定した。
この事態に灼熱した零の心は、却って冷たく澄み渡り静かで、ソルダとしての生き方を忌む本人の意思とは無縁のように戦士の心はリズミカルに動き出した。
――こんなことになるなんて。巻き込んでしまったエレノアのこともある。これは、生き残りをかけなければならないか……。
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割とガッツリ性描写は書いてますので、苦手な方は気をつけて!
♡つきの話は性描写ありです!
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