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刻の唄――ゼロ・クロニクル―― 第一部
第1章 惑星ファル地表拠点奪還戦 3
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汎用コミュニケーター・オルタナ・デバイスが作り出すヴァーチャル音響で響くジャズが奏でる音色が、昼下がりの気怠さがある午後に溶け込む。いっとき店内に漂う空気に身を委ねていると、嬋媛として閑雅な佳音が零の意識を引き戻した。バーの中央でジャズを奏でていたバンドのホログラムがいつの間にか、一人の歌姫に変わっていた。
ブレイズから、ほっと憩うような声音が漏れ出る。
「永遠の歌姫ユー・クライドか。銀河に広がる七つの教えのシンボル、ユー・クライド。相変わらずいい声だな。この宇宙で輪廻の狭間を旅する信徒を越えた人類に慰めと希望の唄を届ける、創造世界にある刻の境界で十万年を生きる人類のイコン」
「ええ。今のわたくしの境遇だと、まるで旅路を照らしていただけたように感じます。偶然このような場所で永遠の歌姫の歌声を聞けたことは行幸。彼女の唄を記録することは御法度。基本、ライブですから。幸先がいいです」
「わたしもこの歌姫の唄は好きです。聞いていて落ち着く」
優しげな眼差しを向けるブレイズ、胸の十字架に手を添え儚き身が届ける仮初めの音色に清らかな面に安らぎを浮かべるルナ=マリー、目を閉じ歌声に心地よさげに身を委ねるヘザーを皮肉に感じながら、零の口調にはどことなく憤るようなものが混じる。
「物好きだよな。他人のために、半分死んだような状態で半永久的に生き歌い続けるなんて。自己陶酔の極みだ。信徒だろうとなかろうと、人間なんて突き詰めれば只己の欲を満たすためにだけ生きてるっていうのに。その歌姫にしたって……
」
穏やかだった零たちが陣取るカウンターの隅の空気がぴきりと凍り付き、呆気に取られたブレイズ、ヘザー、ルナ=マリーの三人は少しの間何も言えず、だが、次の瞬間堰を切ったように言葉を弾き出す。
「不信心だな、おまえ。猊下の前で。旅の巡礼者なんだろう。もちっと、らしいこと言えねーのかよ。献身の聖女様に罰当たりだな。あー、すんません、ユー・クライド様」
こっそりルナ=マリーを窺いつつ零を窘めるブレイズは、永遠の歌姫のホログラムに手を合わせ胸の前で聖印を切った。
その後を継ぐヘザーの口調は、辛辣だ。
「オーガスアイランド号ではいかにも旅の巡礼者らしい素振りを見せておきながら、なんて言い草なの。あなた、よくそれで七道信徒などと名乗れますね。ある意味人類の良心の象徴とも言うべきユー・クライドを批判するとは」
厳しい口調のヘザーの後を継いだルナ=マリーは、スツールの上で腰を回し零を真っ正面に見て居住まいを正す。
「零さん。一つお聞きしますが、信仰をどのように捉えているのでしょう? それに、そもそもわたくしは疑問だったのです。どうして、零さんのような方が巡礼の旅をしているのか。巡礼者としてどのように零さんが振る舞っていたのかわたくしは分かりかねますが、わたくしが知る零さんは戦士の心を持ったとても強いキャバリアーです」
「あー、だから嫌なんですよ。戦えば嫌でも悪い癖が蘇る。俺は、ソルダとしての生き方を捨てるため旅の巡礼者となりました。信仰という現実逃避によって現実から乖離するのに、旅の巡礼者はうってつけです。戦いなんて馬鹿げたこととは、無縁でいられますから」
吐息を一つ落としさすがにルナ=マリーへ向き直った零は、麗貌に不機嫌さを滲ませ、それでも大きくもないくせによく通る声を真剣にした。
零の夜空を映し出したような瞳を見詰めるルナ=マリーの菫色の瞳が焦点を失い、世襲ではない七道教の大主教=アークビショップとして選出され責務をこなす怜悧な思考がフリーズしたように、呆然と艶やかな珊瑚色の唇が戯言めいた言葉を紡ぎ出す。
「……現実逃避……乖離……」
暫し呆然としたルナ=マリーは、はっとなり立ち直った。決然とした表情を清らかな面に浮かべ黎明の瞳に瞋恚めいたものを宿し零を見据え、人差し指を立てつつ七道教のアークビショップとしてだけではない一聖職者としていかにも慣れた説教口調へと変じる。
「零さん、あなたは七道の信徒としてかなり問題のある方ですね。信仰心もかなり怪しい。確かに戦いは忌むべきものです。ですが、戦わねばならぬときもあるのです。その証拠に、七道教も聖霊と契約した聖職者のソルダによるクレリック・キャバリアーからなる兵団群ををいくつか有しております。現に今だって亜空間航路を封鎖され先へ進めず、誰かが戦って納めていただけなければ、戦いから逃れたいだけの零さんではいつになったら先へ進めるか分かりませんよ。ただ、無責任なだけですね。信仰とは逃避でも現実との乖離でもないのですよ。お分かりですか、零さん?」
「え、ええ。猊下の頼みがなかったとしても、募兵に応じていたでしょうね。先へ進めなければ、旅を続けられませんから。でなければ、過去に追いつかれてしまう。……もう戻りたくないんです」
最後の言葉を口にするとき面と口調に怒りを滲ませるルナ=マリーに零はややたじろぎ、そもそも自身の信仰心など問い詰められれば言葉に窮する始末だったが、それでもそれ以上突っ込まれないためにも、どこかで戦いを渇望してしまう心の隙間につけ込まれぬためにも、自身の嘘とは言えない曖昧な態度を貫き通した。
背後から響くやや剣呑さのある声に零が振り返ると、ブレイズの値踏みするような視線とぶつかる。
「なぁ、何だってそんなんで巡礼の旅なんてやってんだ。猊下じゃないが、おまえ向いてねーだろう。旅を続けられないなら、このままボルニアに仕えればいいじゃないか。何があったのか知らないが、あれだけ腕が立つのに勿体ない。話聞いてると、零、おまえ熱心な信徒ってわけでもなさそーだし。今のボルニアは好機だぜ。何しろ、セントルマの大国ボルニアだ。手柄を立てれば、それなりの地位だって手に入る」
「話聞いてたか、ブレイズ。俺は。ソルダとして生きる道を捨てたくて巡礼の旅をしている」
「何と言いますか、零の場合はただの逃げですね。戦士としての心が凍てつくことはときにはあるでしょう。けれど、それで何もかも打ち捨てては生きているとは言えません」
ブレイズに涼やかな眉を顰める零を、端に座るヘザーが身を反らせ零へ視線を送り青い瞳を厳しくした。
反論しようとした零に先んじて、ルナ=マリーが言葉を継ぐ。
「ヘザーさんの言うとおりです。ブレイズさんの意見も欲得塗れに聞こえますが、それも一つの道ですね。零さんが正しく宇宙の律動に導かれるためにも、七道の信徒として世俗に残る方がいいのかも知れません」
「欲得塗れって……」
さらりと酷いことを言われたブレイズはショックに端正な面を引き攣らせ、決してルナ=マリーに悪意があるわけではないことは承知しているようで、苦笑を浮かべ零へと視線を戻す。
「世捨て人なんて。俺より若いのにもったいねー。これからじゃないか」
ブレイズの言葉を振り払うように煩わしげに髪を払いのけかけたが結んで左肩に垂らしているため手が止まり、零はそれを手で弄びうんざりしたように内心を吐露する。
「戦いに、意味なんてないんだよ。戦いは、何も解決したりはしない。その内、敗れて終わるだけさ。世の中には、逆らってはならないもの、決して抗えないものが存在する。昔の俺は、それが分かっていなかった。だから、向こう見ずに粋がってた。お陰で失敗をしでかして、実家からは縁を切られたし」
「ま、そういうこともあるだろうけどさ。一度や二度の失敗で、おまえ、そんなこと言ったら俺なんて、生きていられないぜ。いい機会だ。考え直せよ。どうせ、学校で強い奴にコテンパンにされたりとかだろう。上級校を出たばかりの歳だものな。そいつはここにはいねーんだ」
精悍さのある端正な面を勇ましげにするブレイズに、零は気色ばんだ。
「馬鹿にするな。そんなんじゃない。どこか別の場所なら消えてくれるような、代物じゃないんだ。それに、これまでの柵も煩わしくてさ。巡礼の旅をしていれば、そいつとも無縁でいられる。ボルニアに仕えるってことは、俺が今捨てようとしているものをまた背負い込むってことなんだ」
一片氷心の佇まいをした零だったが、それに反して投げやりな感じが零に違和感を与えていた。本来の彼に、何かが突き刺さり動きを阻害しているように。事実、零は話ながら苛立っていた。
ルナ=マリーは片手で額を押さえ、ヘザーは精緻に整った面を憮然とさせ、ブレイズはやれやれと首を振る。
「何ともはや、わたくしの言葉などまるで響いていないような」
「重傷ですね」
「絶対テメーの考えを変える気なんてねーな。ま、それならそれでいいさ。おまえの道だからな。じゃ、目の前の話をしようぜ。ソルダとしての生き方を捨てたいからって、亜空間航路封鎖を何とかしようって募兵に応じたんだから嫌な道だって投げ出せない。で、おまえさん、得物は? 全くの手ぶらじゃねーだろうな」
諦めムードの空気に、先へ進みそうにない話題からブレイズは切り替えた。
周囲を無視しリキュールを愉しんでいた零は少し得意げな表情を面に掠めさせ、話し出すと同時に強化繊維の布鎧のベストの奥に手を入れたと思ったら、次の瞬間顔の前に軍用ナイフを垂直に翳す。
「今、手元にあるのはこいつだけだ。あのハイジャック犯共、碌な得物を持ってなかったんでな。紫電ブレードも悪くはないけど、悪目立ちしそうなんで遠慮しておいた。便利だけど、錬技の模造品以外の使い道もないし」
その手練に僅かに目を見開き、だが、ブレイズは声を呆れさせる。
「賊かよ、おまえ。敵からぶんどって、使うとか。そいつも戦利品なのか?」
ナイフの腹をさすりながら、零はにやりと笑った。それは、奥底に凶暴さを秘めたもの。
「ああ。前立ち寄った惑星で手に入れたんだ。不正をやってる奴がいてさ。困ってる奴の足下見てつけ込もうとしてた、中央のキャバリアー様だ。そいつから奪った。やることはアレだけど、いい趣味してる。ダマスカス鋼で作るには味気ないこいつを、鍛えさせたんだから。それなりの業物だ」
刃の反対側がソードブレーカーとなった量産品のような軍用ナイフを、零は夜空を映し出したような瞳に怪しげな熱を込め見詰めた。その零を見詰めるルナ=マリーは菫色の瞳を不安に揺らし、ブレイズは藍色の瞳を胡乱なものとし、ヘザーは青色の瞳を吟味するよう深めた。
三人が何か言いかけたそのとき、精強さを感じさせる声を掛けられる。
「おまえたち、デュポン司令が出した募兵に応じたのか?」
声の方へ振り向くと紺色を基調としたボルニア帝国軍の戦闘服を纏った三人が、零たちへと歩み寄ってきた。三人ともハイメタル製の光粒子エッジを提げ、剣と盾を組み合わせたキャバリアーに叙任されたことを示す徽章を付けていた。惑星ファル駐留軍臨時本部である宇宙港に敵襲も考慮し待機しているためか、勤務時間は通常ではなく交代なのだろう。まだ正規の軍務が終わる時間ではなかったが、店内には戦闘服姿の者たちの姿も多い。
零よりもキャバリアーたちに近いブレイズが、応じつつ問いかける。
「ああ、そうだけど……あんたら、惑星ファル駐留軍の?」
三人の内で年嵩の中年になりかかった無精ひげのあるがっちりとした体付きをした、キャバリアーとして経験を積んでいることが窺える男がフランクに笑う。
「そうだ。声をかけたのは、ついてないなと思ってな。勘違いするな。俺たちは、おまえさんたちを歓迎しているんだ。だからこその、忠告さ。女帝軍が出してる募兵ならよかったんだろうけど、厄介ごとに巻き込まれたなと思ってな。勇んで来たんだろうが、あいにくここじゃ手柄を立てようもない」
「それはどういうことなんだ?」
「ブレイズ、三人にこいつを」
怪訝な顔で中年になりかけのキャバリアーの話を聞いていたブレイズに、零はグラスを振ってみせた。
途端にブレイズは、冗談じゃないと噛み付く。
「はぁ? なんで俺が」
「先輩方と親睦を深めようっていうのに、失礼だろう。ほら、さっさと頼めよ」
「だから、なんで俺なんだ? 言い出した零が頼めよ」
「ただ酒を人にたかっておいて、さもしい奴だな。そんな狭量じゃ、この先おまえのうだつの上がらなさが目に浮かぶようだ。俺から愉しみを引き出したんだ。喜んで分かち合えよ」
「わ、分かったよ」
「場所を移そう。募兵に応じたのは、俺とこのブレイズ。この二人は、知り合いでね」
零は先輩キャバリアーにブレイズを示し、フードを目深に被り直したルナ=マリーとヘザーに目配せすると席を立った。正体を隠したいルナ=マリーと自主的に護衛をしているヘザーを残し五人で丸テーブルを囲むと、綺麗な若い女性の姿をしたヒューマノイドのウェイトレスが注文の品を運んできた。
ブレイズに零が奢らせたヴァイオレット色をしたファーサという地酒をそれぞれ取り、乾杯と同時零は切り出す。
「さて、早速親睦を深めましょうか、先輩方。どうして、手柄の立てようがないんです?」
奢りの一杯を満喫した様子の先輩キャバリアー達は、先ほどよりも舌が滑らかだ。
「ああ、それは惑星ファルにある駐留軍の本拠地ファラル城塞を占拠しているのが、トルキアの第一エクエス・ボーアを中核とする兵団群だからだ」
「辺境域といってもここは国境惑星。その上、今は戦時。主力から遠ざけたくない一国の第一戦力を投入してでも、ボルニアの味方を招き入れたくないわけか」
それまで先輩キャバリアーの話にピンときていなかった様子のブレイズが、傍観者面だった精悍さのある端正な面に深刻な表情を浮かべた。それは、零も同様で寝耳に水だった。
こう言っては先輩キャバリアー方に失礼だが、敵の侵攻を常に考慮しなければならない重要拠点ならともかく、航路上に敵国と言っていい敵国がない惑星ファルに駐留する兵団群相手であれば通常戦力で十分だった。そこへ、第一エクエスとは。
第一エクエス――一国が雇う強弱を示す満遍ない様々なソルダ位階にある十万人に一人が、その最精鋭たる実力にあると言われ、それを基準に各国は適正人数を割り出し国の顔とも言うべき第一エクエスを編成する。また、逆に第一エクエスの規模が分かれば、自ずとその国の主力及び全兵力の推測が可能となる。
第一エクエスがどれほど貴重であるかは、現役のソルダ発生率を知ることで自ずと分かる。現役のソルダは、人口一億人に対し約一千名ほどしか存在しない。この時代の主戦力たるソルダそのものが貴重であるのに、一国の最精鋭部隊に任ぜられる者は、人口百億人の中でたった一人なのだ。
零も先輩キャバリアーの話に、意識が戦人のそれに気付かず切り替わる。
――俺一人でも城門をこじ開けて先へ進むつもりでいたけれど、方針を変えなければいけないか……。
沈思に沈もうとする零の意識を、ミディアムの金髪をおかっぱにした青年のキャバリアーが引き戻す。
「尤も三軍団三千いたボーアの連中の大半は、ファラル城塞占拠とともにここを発っていて残りは連隊規模の百ってところだ。だが、駐留軍の残存兵団群二万じゃキャバリアーもグラディアートも最精鋭と一国が予算度外視で作り上げた最高性能の機体相手で、数の上ではたかだか百に勝てるかどうか。その百に通常の兵団群三万がついているから、手出しができないのさ」
肩を竦める青年キャバリアーに、ブレイズは顎に手をやり声に苦渋を滲ませる。
「第一エクエス……それは、厳しいな。十二国時代の到来、それまでの無人システム全盛を覆したのが、人間をベースに改良を施し創造された種族兵士。その子孫が俺達だ。その中でもその時代に生み出されたオリジナルのソルダに近しい存在が、国の総兵力十万分の一ほどしか存在しない最精鋭第一エクエス。グラディアートもファントムも最高のものを用いており、その強さは圧倒的だ」
「数に百倍以上の開きがあっても、まともにやり合えば普通に負けるからな。その上三万か。なるほど。厄介ごとだな」
ブレイズの話を引き取るように続けた零は、夜空色の瞳を鋭くし手にしていたグラスを揺らし氷のぶつかる音に耳を傾け、その音律で現実から隔たるように己の奥底の意識を無自覚に探った。
年嵩のキャバリアーが、眉を持ち上げ顔に済まなそうな表情を浮かべる。
「そうだ。だから、手柄なんて立てようがないのさ。女帝陛下は、惑星ファルの亜空間航路封鎖をご存じだろうが、何しろ東の玄関口の一つとはいえ戦の大局とはあまり関係のない辺境。すぐに行動を起こされたとしても、亜光速航行で向かって数ヶ月は要する。もしかしたら、封鎖が解けるのは内乱が終えた後なんてことになりかねない」
ぼやきにも似た年嵩のキャバリアーに応じる零は、大きくもないのによく通る声を微妙に剣呑にする。
「それは、困る。ここで、足止めされたくないから募兵に応じたんだから」
「せっかく仮とはいえボルニアに仕官できたのに、戦が終われば浦島太郎なんて困るぞ」
零に同調したブレイズは、空にしたグラスを卓に叩き付けた。
年嵩の男もグラスを空けると、立ち上がり忠告めいた慰めを口にする。
「諦めな。亜空間航路管制システムが置かれたファラル城塞は、ボーア・エクエスに襲撃され放棄、その後トルキアの奴らが分捕った。デュポン司令は臆病なのではなく、勝ち目がなかった戦だったから賢明な判断さ。徹底抗戦をしていたら、駐留軍は全滅していた。が、お陰で二万も生き残れた。済まないか、俺たちは助けが来るまで気ままに待つ気でいるのさ」
他の二人もグラスを空け立ち上がり、それぞれ零とブレイズに済まなそうな視線を向ける。
「じゃあな、お二人さん。酒、うまかったぜ」
「お気の毒にな。せっかく仕官したっていうのに、幸先が明るくないな」
去った三人が他のテーブルに移動したのを確認すると、零はおとがいに拳を作った人差し指の関節を宛がい思案顔をした。
そこへ、ヘザーとフードを目深に被ったルナ=マリーがやって来る。
「先輩方は、何と?」
「やはり、厳しい状況なのでしょうか?」
二人に席を手で示しながら、零は真剣な表情を麗貌に浮かべる。
「不味いですね。トルキアの連隊規模の第一エクエスが、亜空間航路管制システムが置かれたファラル城塞にる。惑星ファル駐留軍司令デュポン殿に従っていたら、先へ進めるのが一体いつになることか……」
「第一エクエスが? 確かボーアだったな」
「それでは、ファラル城塞奪還は……」
思案顔をヘザーが精緻に整った面に浮かべ、屈託のない美貌をルナ=マリーは曇らせた。
そこへ、斜向かいに座るブレイズのぶつぶつ呟く独り言が流れ込む。
「手柄が……手柄が……俺の人生設計が……」
冷ややかにブレイズを見遣りつつ発する零の声は、どうでもよさそうだ。
「おまえ、そこまでこの仕官に入れ込んでたのか?」
「ったりめーだろ。この先、ボルニアほどの大国に仕官できる見込みなんてねーんだよ。この好機をものにできなきゃ、俺は一生うだつの上がらないままなんだ!」
叩き付けるように噛み付いてくるブレイズに、零は涼やかな眉を持ち上げる。
「ブレイズの出世はともかく、募兵に応じたのは失敗だったかな。敵の――」
嘆息気味に零は言い止し、麗貌に何かが閃き呟きを落とす。
「否」
「どうしました、零さん?」
怪訝な表情を屈託のない清らかな美貌に浮かべるルナ=マリーに、零は喜色を浮かべる。
「お喜びください、アレクシア猊下。どうやら目処が立ちそうです」
「本当、零?」
「ああ」
ルナ=マリーに代わるように問うたヘザーへ短く答えると零はブレイズへと身を乗り出し、凶暴では決してないが見る者にどことなく凶悪なイメージを湧かせる笑みを向ける。
「なぁ、ブレイズ。一枚噛まないか? 俺たちは共に募兵に応じ、似たような境遇だ。立てさせてやるよ、手柄をさ」
「それでは零さん、ファラル城塞攻略は?」
「はい。どうにかなるかと」
きょとんとした顔で問いかけるルナ=マリーに、零はちょっとだけ誇らしげにしてみせた。
ブレイズから、ほっと憩うような声音が漏れ出る。
「永遠の歌姫ユー・クライドか。銀河に広がる七つの教えのシンボル、ユー・クライド。相変わらずいい声だな。この宇宙で輪廻の狭間を旅する信徒を越えた人類に慰めと希望の唄を届ける、創造世界にある刻の境界で十万年を生きる人類のイコン」
「ええ。今のわたくしの境遇だと、まるで旅路を照らしていただけたように感じます。偶然このような場所で永遠の歌姫の歌声を聞けたことは行幸。彼女の唄を記録することは御法度。基本、ライブですから。幸先がいいです」
「わたしもこの歌姫の唄は好きです。聞いていて落ち着く」
優しげな眼差しを向けるブレイズ、胸の十字架に手を添え儚き身が届ける仮初めの音色に清らかな面に安らぎを浮かべるルナ=マリー、目を閉じ歌声に心地よさげに身を委ねるヘザーを皮肉に感じながら、零の口調にはどことなく憤るようなものが混じる。
「物好きだよな。他人のために、半分死んだような状態で半永久的に生き歌い続けるなんて。自己陶酔の極みだ。信徒だろうとなかろうと、人間なんて突き詰めれば只己の欲を満たすためにだけ生きてるっていうのに。その歌姫にしたって……
」
穏やかだった零たちが陣取るカウンターの隅の空気がぴきりと凍り付き、呆気に取られたブレイズ、ヘザー、ルナ=マリーの三人は少しの間何も言えず、だが、次の瞬間堰を切ったように言葉を弾き出す。
「不信心だな、おまえ。猊下の前で。旅の巡礼者なんだろう。もちっと、らしいこと言えねーのかよ。献身の聖女様に罰当たりだな。あー、すんません、ユー・クライド様」
こっそりルナ=マリーを窺いつつ零を窘めるブレイズは、永遠の歌姫のホログラムに手を合わせ胸の前で聖印を切った。
その後を継ぐヘザーの口調は、辛辣だ。
「オーガスアイランド号ではいかにも旅の巡礼者らしい素振りを見せておきながら、なんて言い草なの。あなた、よくそれで七道信徒などと名乗れますね。ある意味人類の良心の象徴とも言うべきユー・クライドを批判するとは」
厳しい口調のヘザーの後を継いだルナ=マリーは、スツールの上で腰を回し零を真っ正面に見て居住まいを正す。
「零さん。一つお聞きしますが、信仰をどのように捉えているのでしょう? それに、そもそもわたくしは疑問だったのです。どうして、零さんのような方が巡礼の旅をしているのか。巡礼者としてどのように零さんが振る舞っていたのかわたくしは分かりかねますが、わたくしが知る零さんは戦士の心を持ったとても強いキャバリアーです」
「あー、だから嫌なんですよ。戦えば嫌でも悪い癖が蘇る。俺は、ソルダとしての生き方を捨てるため旅の巡礼者となりました。信仰という現実逃避によって現実から乖離するのに、旅の巡礼者はうってつけです。戦いなんて馬鹿げたこととは、無縁でいられますから」
吐息を一つ落としさすがにルナ=マリーへ向き直った零は、麗貌に不機嫌さを滲ませ、それでも大きくもないくせによく通る声を真剣にした。
零の夜空を映し出したような瞳を見詰めるルナ=マリーの菫色の瞳が焦点を失い、世襲ではない七道教の大主教=アークビショップとして選出され責務をこなす怜悧な思考がフリーズしたように、呆然と艶やかな珊瑚色の唇が戯言めいた言葉を紡ぎ出す。
「……現実逃避……乖離……」
暫し呆然としたルナ=マリーは、はっとなり立ち直った。決然とした表情を清らかな面に浮かべ黎明の瞳に瞋恚めいたものを宿し零を見据え、人差し指を立てつつ七道教のアークビショップとしてだけではない一聖職者としていかにも慣れた説教口調へと変じる。
「零さん、あなたは七道の信徒としてかなり問題のある方ですね。信仰心もかなり怪しい。確かに戦いは忌むべきものです。ですが、戦わねばならぬときもあるのです。その証拠に、七道教も聖霊と契約した聖職者のソルダによるクレリック・キャバリアーからなる兵団群ををいくつか有しております。現に今だって亜空間航路を封鎖され先へ進めず、誰かが戦って納めていただけなければ、戦いから逃れたいだけの零さんではいつになったら先へ進めるか分かりませんよ。ただ、無責任なだけですね。信仰とは逃避でも現実との乖離でもないのですよ。お分かりですか、零さん?」
「え、ええ。猊下の頼みがなかったとしても、募兵に応じていたでしょうね。先へ進めなければ、旅を続けられませんから。でなければ、過去に追いつかれてしまう。……もう戻りたくないんです」
最後の言葉を口にするとき面と口調に怒りを滲ませるルナ=マリーに零はややたじろぎ、そもそも自身の信仰心など問い詰められれば言葉に窮する始末だったが、それでもそれ以上突っ込まれないためにも、どこかで戦いを渇望してしまう心の隙間につけ込まれぬためにも、自身の嘘とは言えない曖昧な態度を貫き通した。
背後から響くやや剣呑さのある声に零が振り返ると、ブレイズの値踏みするような視線とぶつかる。
「なぁ、何だってそんなんで巡礼の旅なんてやってんだ。猊下じゃないが、おまえ向いてねーだろう。旅を続けられないなら、このままボルニアに仕えればいいじゃないか。何があったのか知らないが、あれだけ腕が立つのに勿体ない。話聞いてると、零、おまえ熱心な信徒ってわけでもなさそーだし。今のボルニアは好機だぜ。何しろ、セントルマの大国ボルニアだ。手柄を立てれば、それなりの地位だって手に入る」
「話聞いてたか、ブレイズ。俺は。ソルダとして生きる道を捨てたくて巡礼の旅をしている」
「何と言いますか、零の場合はただの逃げですね。戦士としての心が凍てつくことはときにはあるでしょう。けれど、それで何もかも打ち捨てては生きているとは言えません」
ブレイズに涼やかな眉を顰める零を、端に座るヘザーが身を反らせ零へ視線を送り青い瞳を厳しくした。
反論しようとした零に先んじて、ルナ=マリーが言葉を継ぐ。
「ヘザーさんの言うとおりです。ブレイズさんの意見も欲得塗れに聞こえますが、それも一つの道ですね。零さんが正しく宇宙の律動に導かれるためにも、七道の信徒として世俗に残る方がいいのかも知れません」
「欲得塗れって……」
さらりと酷いことを言われたブレイズはショックに端正な面を引き攣らせ、決してルナ=マリーに悪意があるわけではないことは承知しているようで、苦笑を浮かべ零へと視線を戻す。
「世捨て人なんて。俺より若いのにもったいねー。これからじゃないか」
ブレイズの言葉を振り払うように煩わしげに髪を払いのけかけたが結んで左肩に垂らしているため手が止まり、零はそれを手で弄びうんざりしたように内心を吐露する。
「戦いに、意味なんてないんだよ。戦いは、何も解決したりはしない。その内、敗れて終わるだけさ。世の中には、逆らってはならないもの、決して抗えないものが存在する。昔の俺は、それが分かっていなかった。だから、向こう見ずに粋がってた。お陰で失敗をしでかして、実家からは縁を切られたし」
「ま、そういうこともあるだろうけどさ。一度や二度の失敗で、おまえ、そんなこと言ったら俺なんて、生きていられないぜ。いい機会だ。考え直せよ。どうせ、学校で強い奴にコテンパンにされたりとかだろう。上級校を出たばかりの歳だものな。そいつはここにはいねーんだ」
精悍さのある端正な面を勇ましげにするブレイズに、零は気色ばんだ。
「馬鹿にするな。そんなんじゃない。どこか別の場所なら消えてくれるような、代物じゃないんだ。それに、これまでの柵も煩わしくてさ。巡礼の旅をしていれば、そいつとも無縁でいられる。ボルニアに仕えるってことは、俺が今捨てようとしているものをまた背負い込むってことなんだ」
一片氷心の佇まいをした零だったが、それに反して投げやりな感じが零に違和感を与えていた。本来の彼に、何かが突き刺さり動きを阻害しているように。事実、零は話ながら苛立っていた。
ルナ=マリーは片手で額を押さえ、ヘザーは精緻に整った面を憮然とさせ、ブレイズはやれやれと首を振る。
「何ともはや、わたくしの言葉などまるで響いていないような」
「重傷ですね」
「絶対テメーの考えを変える気なんてねーな。ま、それならそれでいいさ。おまえの道だからな。じゃ、目の前の話をしようぜ。ソルダとしての生き方を捨てたいからって、亜空間航路封鎖を何とかしようって募兵に応じたんだから嫌な道だって投げ出せない。で、おまえさん、得物は? 全くの手ぶらじゃねーだろうな」
諦めムードの空気に、先へ進みそうにない話題からブレイズは切り替えた。
周囲を無視しリキュールを愉しんでいた零は少し得意げな表情を面に掠めさせ、話し出すと同時に強化繊維の布鎧のベストの奥に手を入れたと思ったら、次の瞬間顔の前に軍用ナイフを垂直に翳す。
「今、手元にあるのはこいつだけだ。あのハイジャック犯共、碌な得物を持ってなかったんでな。紫電ブレードも悪くはないけど、悪目立ちしそうなんで遠慮しておいた。便利だけど、錬技の模造品以外の使い道もないし」
その手練に僅かに目を見開き、だが、ブレイズは声を呆れさせる。
「賊かよ、おまえ。敵からぶんどって、使うとか。そいつも戦利品なのか?」
ナイフの腹をさすりながら、零はにやりと笑った。それは、奥底に凶暴さを秘めたもの。
「ああ。前立ち寄った惑星で手に入れたんだ。不正をやってる奴がいてさ。困ってる奴の足下見てつけ込もうとしてた、中央のキャバリアー様だ。そいつから奪った。やることはアレだけど、いい趣味してる。ダマスカス鋼で作るには味気ないこいつを、鍛えさせたんだから。それなりの業物だ」
刃の反対側がソードブレーカーとなった量産品のような軍用ナイフを、零は夜空を映し出したような瞳に怪しげな熱を込め見詰めた。その零を見詰めるルナ=マリーは菫色の瞳を不安に揺らし、ブレイズは藍色の瞳を胡乱なものとし、ヘザーは青色の瞳を吟味するよう深めた。
三人が何か言いかけたそのとき、精強さを感じさせる声を掛けられる。
「おまえたち、デュポン司令が出した募兵に応じたのか?」
声の方へ振り向くと紺色を基調としたボルニア帝国軍の戦闘服を纏った三人が、零たちへと歩み寄ってきた。三人ともハイメタル製の光粒子エッジを提げ、剣と盾を組み合わせたキャバリアーに叙任されたことを示す徽章を付けていた。惑星ファル駐留軍臨時本部である宇宙港に敵襲も考慮し待機しているためか、勤務時間は通常ではなく交代なのだろう。まだ正規の軍務が終わる時間ではなかったが、店内には戦闘服姿の者たちの姿も多い。
零よりもキャバリアーたちに近いブレイズが、応じつつ問いかける。
「ああ、そうだけど……あんたら、惑星ファル駐留軍の?」
三人の内で年嵩の中年になりかかった無精ひげのあるがっちりとした体付きをした、キャバリアーとして経験を積んでいることが窺える男がフランクに笑う。
「そうだ。声をかけたのは、ついてないなと思ってな。勘違いするな。俺たちは、おまえさんたちを歓迎しているんだ。だからこその、忠告さ。女帝軍が出してる募兵ならよかったんだろうけど、厄介ごとに巻き込まれたなと思ってな。勇んで来たんだろうが、あいにくここじゃ手柄を立てようもない」
「それはどういうことなんだ?」
「ブレイズ、三人にこいつを」
怪訝な顔で中年になりかけのキャバリアーの話を聞いていたブレイズに、零はグラスを振ってみせた。
途端にブレイズは、冗談じゃないと噛み付く。
「はぁ? なんで俺が」
「先輩方と親睦を深めようっていうのに、失礼だろう。ほら、さっさと頼めよ」
「だから、なんで俺なんだ? 言い出した零が頼めよ」
「ただ酒を人にたかっておいて、さもしい奴だな。そんな狭量じゃ、この先おまえのうだつの上がらなさが目に浮かぶようだ。俺から愉しみを引き出したんだ。喜んで分かち合えよ」
「わ、分かったよ」
「場所を移そう。募兵に応じたのは、俺とこのブレイズ。この二人は、知り合いでね」
零は先輩キャバリアーにブレイズを示し、フードを目深に被り直したルナ=マリーとヘザーに目配せすると席を立った。正体を隠したいルナ=マリーと自主的に護衛をしているヘザーを残し五人で丸テーブルを囲むと、綺麗な若い女性の姿をしたヒューマノイドのウェイトレスが注文の品を運んできた。
ブレイズに零が奢らせたヴァイオレット色をしたファーサという地酒をそれぞれ取り、乾杯と同時零は切り出す。
「さて、早速親睦を深めましょうか、先輩方。どうして、手柄の立てようがないんです?」
奢りの一杯を満喫した様子の先輩キャバリアー達は、先ほどよりも舌が滑らかだ。
「ああ、それは惑星ファルにある駐留軍の本拠地ファラル城塞を占拠しているのが、トルキアの第一エクエス・ボーアを中核とする兵団群だからだ」
「辺境域といってもここは国境惑星。その上、今は戦時。主力から遠ざけたくない一国の第一戦力を投入してでも、ボルニアの味方を招き入れたくないわけか」
それまで先輩キャバリアーの話にピンときていなかった様子のブレイズが、傍観者面だった精悍さのある端正な面に深刻な表情を浮かべた。それは、零も同様で寝耳に水だった。
こう言っては先輩キャバリアー方に失礼だが、敵の侵攻を常に考慮しなければならない重要拠点ならともかく、航路上に敵国と言っていい敵国がない惑星ファルに駐留する兵団群相手であれば通常戦力で十分だった。そこへ、第一エクエスとは。
第一エクエス――一国が雇う強弱を示す満遍ない様々なソルダ位階にある十万人に一人が、その最精鋭たる実力にあると言われ、それを基準に各国は適正人数を割り出し国の顔とも言うべき第一エクエスを編成する。また、逆に第一エクエスの規模が分かれば、自ずとその国の主力及び全兵力の推測が可能となる。
第一エクエスがどれほど貴重であるかは、現役のソルダ発生率を知ることで自ずと分かる。現役のソルダは、人口一億人に対し約一千名ほどしか存在しない。この時代の主戦力たるソルダそのものが貴重であるのに、一国の最精鋭部隊に任ぜられる者は、人口百億人の中でたった一人なのだ。
零も先輩キャバリアーの話に、意識が戦人のそれに気付かず切り替わる。
――俺一人でも城門をこじ開けて先へ進むつもりでいたけれど、方針を変えなければいけないか……。
沈思に沈もうとする零の意識を、ミディアムの金髪をおかっぱにした青年のキャバリアーが引き戻す。
「尤も三軍団三千いたボーアの連中の大半は、ファラル城塞占拠とともにここを発っていて残りは連隊規模の百ってところだ。だが、駐留軍の残存兵団群二万じゃキャバリアーもグラディアートも最精鋭と一国が予算度外視で作り上げた最高性能の機体相手で、数の上ではたかだか百に勝てるかどうか。その百に通常の兵団群三万がついているから、手出しができないのさ」
肩を竦める青年キャバリアーに、ブレイズは顎に手をやり声に苦渋を滲ませる。
「第一エクエス……それは、厳しいな。十二国時代の到来、それまでの無人システム全盛を覆したのが、人間をベースに改良を施し創造された種族兵士。その子孫が俺達だ。その中でもその時代に生み出されたオリジナルのソルダに近しい存在が、国の総兵力十万分の一ほどしか存在しない最精鋭第一エクエス。グラディアートもファントムも最高のものを用いており、その強さは圧倒的だ」
「数に百倍以上の開きがあっても、まともにやり合えば普通に負けるからな。その上三万か。なるほど。厄介ごとだな」
ブレイズの話を引き取るように続けた零は、夜空色の瞳を鋭くし手にしていたグラスを揺らし氷のぶつかる音に耳を傾け、その音律で現実から隔たるように己の奥底の意識を無自覚に探った。
年嵩のキャバリアーが、眉を持ち上げ顔に済まなそうな表情を浮かべる。
「そうだ。だから、手柄なんて立てようがないのさ。女帝陛下は、惑星ファルの亜空間航路封鎖をご存じだろうが、何しろ東の玄関口の一つとはいえ戦の大局とはあまり関係のない辺境。すぐに行動を起こされたとしても、亜光速航行で向かって数ヶ月は要する。もしかしたら、封鎖が解けるのは内乱が終えた後なんてことになりかねない」
ぼやきにも似た年嵩のキャバリアーに応じる零は、大きくもないのによく通る声を微妙に剣呑にする。
「それは、困る。ここで、足止めされたくないから募兵に応じたんだから」
「せっかく仮とはいえボルニアに仕官できたのに、戦が終われば浦島太郎なんて困るぞ」
零に同調したブレイズは、空にしたグラスを卓に叩き付けた。
年嵩の男もグラスを空けると、立ち上がり忠告めいた慰めを口にする。
「諦めな。亜空間航路管制システムが置かれたファラル城塞は、ボーア・エクエスに襲撃され放棄、その後トルキアの奴らが分捕った。デュポン司令は臆病なのではなく、勝ち目がなかった戦だったから賢明な判断さ。徹底抗戦をしていたら、駐留軍は全滅していた。が、お陰で二万も生き残れた。済まないか、俺たちは助けが来るまで気ままに待つ気でいるのさ」
他の二人もグラスを空け立ち上がり、それぞれ零とブレイズに済まなそうな視線を向ける。
「じゃあな、お二人さん。酒、うまかったぜ」
「お気の毒にな。せっかく仕官したっていうのに、幸先が明るくないな」
去った三人が他のテーブルに移動したのを確認すると、零はおとがいに拳を作った人差し指の関節を宛がい思案顔をした。
そこへ、ヘザーとフードを目深に被ったルナ=マリーがやって来る。
「先輩方は、何と?」
「やはり、厳しい状況なのでしょうか?」
二人に席を手で示しながら、零は真剣な表情を麗貌に浮かべる。
「不味いですね。トルキアの連隊規模の第一エクエスが、亜空間航路管制システムが置かれたファラル城塞にる。惑星ファル駐留軍司令デュポン殿に従っていたら、先へ進めるのが一体いつになることか……」
「第一エクエスが? 確かボーアだったな」
「それでは、ファラル城塞奪還は……」
思案顔をヘザーが精緻に整った面に浮かべ、屈託のない美貌をルナ=マリーは曇らせた。
そこへ、斜向かいに座るブレイズのぶつぶつ呟く独り言が流れ込む。
「手柄が……手柄が……俺の人生設計が……」
冷ややかにブレイズを見遣りつつ発する零の声は、どうでもよさそうだ。
「おまえ、そこまでこの仕官に入れ込んでたのか?」
「ったりめーだろ。この先、ボルニアほどの大国に仕官できる見込みなんてねーんだよ。この好機をものにできなきゃ、俺は一生うだつの上がらないままなんだ!」
叩き付けるように噛み付いてくるブレイズに、零は涼やかな眉を持ち上げる。
「ブレイズの出世はともかく、募兵に応じたのは失敗だったかな。敵の――」
嘆息気味に零は言い止し、麗貌に何かが閃き呟きを落とす。
「否」
「どうしました、零さん?」
怪訝な表情を屈託のない清らかな美貌に浮かべるルナ=マリーに、零は喜色を浮かべる。
「お喜びください、アレクシア猊下。どうやら目処が立ちそうです」
「本当、零?」
「ああ」
ルナ=マリーに代わるように問うたヘザーへ短く答えると零はブレイズへと身を乗り出し、凶暴では決してないが見る者にどことなく凶悪なイメージを湧かせる笑みを向ける。
「なぁ、ブレイズ。一枚噛まないか? 俺たちは共に募兵に応じ、似たような境遇だ。立てさせてやるよ、手柄をさ」
「それでは零さん、ファラル城塞攻略は?」
「はい。どうにかなるかと」
きょとんとした顔で問いかけるルナ=マリーに、零はちょっとだけ誇らしげにしてみせた。
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