刻の唄――ゼロ・クロニクル――

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刻の唄――ゼロ・クロニクル―― 第一部

プロローグ 旅の巡礼者 1

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 わたしは、永劫を星々の海原を彷徨う。目的もなく生の実感を得られぬまま。
                                                                
 ――戦場の執行者の唄






 ――レイ……ゼロ……この名前同様、わたしには何もない。だからずっと変わらない。強かったのだろう昔であろうと、弱くなった今であろうと、本当は先を進むのが怖かった。この無限に広がる星々に放り出されてみれば、本当に取るに足らない存在……。

 レイ・リクゴウ、それが彼の名前だ。古い言葉で、れい六合りくごうという字を当てる。零は、遙かなる祖先を強引に辿った母国語でゼロという意味を持つ。その零が艦内通路を足早に進みながら、少し前に聞いた知らせに心をざわつかせた。それは、零が避けている、と言うより逃げている物事だったから。

 目深に被ったフードから覗く口元に苛立たしげな舌打ちを刻み、切り替えるように憤りを大きくもないのによく通る独特の抑揚のある声に乗せる。
「全く、つまんないことを考えて。亜空間航路をトルキア帝国軍が封鎖とか、国境惑星で足止めなんて冗談じゃない! これでは、ボルニア帝国領内に入れないじゃないか」
 一片氷心の隙の無い身ごなしからローブ越しで性別は分かりづらいが容姿に優れていると見る者に予感させる零は、声からかろうじて男性と判別できるまだ成り立ての青年だった。

 足音高く懐古主義めいた意匠が凝らされた廊下を進み、再び呪詛を零は紡ぎ出す。
「せめて宇宙港にドッキングできれば惑星に降りられないまでも別の国境惑星へ、この惑星の軍事拠点を制圧しているトルキア帝国軍の戦時管制下にある監視の目をかいくぐり、密出国する船が見つかるかも知れない。遠回りにはなるけど、封鎖されていない亜空間航路からボルニア帝国領内へ入ることができるのに」
 口調にやるせなさを滲ませる零は、先を急いでいた。そのちょっとした仕草に雅やかさが滲み、ローブ姿であるのに人目を引くのが零だ。今、零が抱える問題とは。

 亜空間航路が使用できなければ、ワープバブルを使用し超光速航法FTLNを実現する乗艦しているこの恒星船も、ただの航宙船だ。近くの恒星系へ向かうだけで例え亜光速で進んでも、何年否何十年もの時間を要する。ここは、広大な宇宙空間なのだ。零の脳裏と耳に――耳たぶに付けたピアス状の汎用コミュニケーター・オルタナを利用したヴァーチャル音響システムと船内放送の、聞き心地のいい女性のアナウンスが二重に流れ込んだ。

「繰り返しお伝えします。ボルニア帝国内で勃発した内乱の影響で前皇帝の要請で同国に入国したたトルキア帝国軍と新皇帝軍が交戦状態に突入し、国境亜空間航路管制惑星ファルの航路管制システムが設置されたファラル城塞がトルキア帝国軍に占拠され、亜空間航路が封鎖されております。乗客の皆様には、船内にて状況が落ち着くまで待機を願います」
「前の惑星を出港したときには、ボルニアの内乱なんてニュースはなかった。情報の伝達には時間がかかる。情報運搬超光速艇ICFTLBと入れ違いになったか。ま、ボルニア帝国前皇帝は放蕩の限りを尽くし興味本位の外交や政策で国を迷走させ傾かせた張本人。帝国人からの恨みや反感は多かった。だからこうなっても不思議はなかったけど、皇子が居ない老齢な皇帝が寿命を迎えるのを待ちきれなかった大公のいずれかが仕掛けたか?」

 バロック風の意匠に合わせたレトロ感を出したいのだろう、クリスタルを模した発光体が放つ紫光を目深に被ったフードの奥に覗く瞳に零は怪しく反射させた。
 続く女性のアナウンスの声に――といっても本物の人間である筈もなく貨物船に強引な増設で格安の客船としての機能を付け足した巨大な恒星船の正副いずれかの制御用汎用人工知能AGIが作り出している疑似的な声に過ぎないが――零は耳を再び傾ける。

「お急ぎの乗客の方に、当星域にある他の恒星船への移乗を賜っております。希望されるお客様の目的地と合致する恒星船が見つかった場合、速やかに手配させていただきます。移乗希望には、恒星船探索料金が成功不成功にかかわらず発生しますのでご注意ください。尚、移乗には交渉手数料よ中継航宙船の航行料金が必要となります。他の恒星船へ移乗された場合、当恒星船へ支払われたクルーズ料金は返還されません。移乗された恒星船の利用には別途クルーズ料金が必要となります」
「ぼったくる気満々じゃないか。この怪しげな格安客船もどきの巨大貨物船に乗らなきゃならないような奴に、そんな大金あるわけないだろう」

 毒づきつつ零は、付け足された客室エリアを眺めた。汚くはないが先進さの欠片もないダークブラウンのよく聖導教会に見られるような、バロック様式で統一されたどこか張りぼてめいた金を惜しんだことが分かる紛い物のような船内。この天の川銀河で最も信徒数の多いその教えを信じる者は多く、長く亜空間を航行しなければならない客たちへの配慮だろう。が、家畜の檻と思っているこの船を運営する者たちの心底が、荘厳になりきらず安っぽさが目立つ客室エリアに見え透いているが。

 ――先を急ぎたい。でも、さすがに金が……。別にこの船に払った料金を捨てるくらいは構わない。けど、自由に恒星船を探せないこの状況で、恒星船探索費用と交渉手数料に中継航宙船の料金を、どれだけふっかけられるか。ただの乗り換えだというのに……。

 溜息を一つ、零は落とした。人為的に幾つも枝分かれした亜空間航路が合流するボルニア帝国辺境国境惑星ファルと帝国側の数光年の周辺域には亜空間航行管理システムが敷設され、一度惑星ファルに降り立ち船のトランスポンダーキーと乗員の通行証を得なければ帝国領内には入国できない。亜空間を進もうとしても、発生させたワープバブルが解除されてしまいワープアウトするからだ。遮断された距離を亜光速航行で進み亜空間航路に膨大な月日をかけて入る手もあるが、それでは入国手続きをしていないため、入港を何らかの手法で果たしても認証システムにその船の乗員は検知されてしまい、不法入国者であることがばれてしまうため文明に近づくこともできない。それでも不法入国先で行動したければ、違法に手を染め認証を掻い潜る必要がある。尤もそのようなことをする者たちが、一般人である筈もないが。

 ワープバブルを用いた亜空間航行はかつては万能に近いものだったが、それを統べる術を人類が発見すれば途端窮屈なものとなった。現在は、天の川銀河の各所に亜空間航行遮断システムが敷設され、道のように制限された亜空間航路が生まれた。国境ともなれば、通常亜空間航路は遮断されていて、一定間隔で国境地帯に存在する国境亜空間航路管制惑星を通過する以外他国へ入る術はない。だから、惑星ファルを正規の手続きで通過するか、別の国境惑星へ向かい遠回りするしかボルニア帝国へ入国する手立てはなかった。果たして、この恒星貨物船オーガスアイランド号がどうするのか、方針を聞こうと零は二十キロ離れた管制エリアへ向かっていた。

 汎用コミュニケーター・オルタナのヴァーチャル音響システムをARデスクトップを操作して遮断し、更に気持ちを落ち込ませる内容を伝える船内放送を振り払うように、船内移動用リニアステーションへと零は吸い込まれていった。ステーション内は、旧時代のレトロ感と現在の先進さが混在した混沌が不思議な味わいを見せていた。シャトル便となっているリニアは手前と奥のリニアガイドで交互に長大な船内を往復しており、ちょうど手前に車両が停車し乗客を乗せるためステーションが気密されたことを示す表示が灯り扉が開いていた。零が乗り込むと、車内には亜空間航路封鎖の知らせに対応するためだろう、多数の乗客の姿があった。零の姿を認めると、乗客の幾人かが胸の前で旅の加護を受けた巡礼者に祝福を受けるため聖印を切った。零も一瞬足を止めそれを返すと、空いている席に座った。零は、旅の巡礼者だった。

 どうして零が巡礼者だと乗客が分かったかといえば、それを示す七道しちどう教によって定められた灰色のローブを身に纏い、宇宙の中心を象徴する真ん中に聖なる青い火がちろつく青玉を填めた十字架を首から提げているからだ。七道教は、最もメジャーな聖導教を始めとする銀河全土に広がる七つの七道と称される宗教の枠を越えた、信徒に便宜を図る目的で設立された自治的宗教だ。七つの宗教は、同様の宇宙を存在させる神のハーモニー――律動を信仰の対象とするため、縄張り的な対立は全くないとは言えないが統合的組織の存在を可能にしていた。一つには、それは七道教が七つの宗教の補佐的立場を取っているからでもある。その七道と呼ばれる七つの宗教を助ける立場から、七道一助と呼称される。

 通常、七つの宗教のいずこかに属し七道教聖導教派などと名乗るが、同じ信仰対象を持つのに垣根を作りたくない者など、七道教そのものの信徒も数多くいる。零などのように、それまでいずれの信徒でもなかった者が何らかの理由で巡礼に旅立ちたいと考えたとき、七道教のみに属し旅立つ者も多い。通常巡礼の旅は、七道教から庇護を受けその者が巡礼者であると保証されなければ、徒人が銀河各地を巡るため様々な国の入国許可を簡単に得ることとは難しく、免税等の優遇を受けられなければ多額の金がかかる旅を続けることは難しい。どこの国で認証を受けたとしても、巡礼の旅に出る一ヶ月前を準備期間とし教会で信徒が奉仕する間に各地へ送り出した情報運搬超光速艇ICFTLBが運んだ名前と生体情報が、銀河各地に拠点を持つ七道教のデータベースに記録されなければその者が旅の巡礼者と保証されることはない。だが記録さえされれば、どこの誰かと問われることは決してない。

「次の巡礼地はボルニア帝国帝星エクス・ガイヤルドの帝都エクス・ガイヤにあるエクス・ガイヤ大聖堂。巡礼を始めた場所で巡る巡礼地の順番は決まっているから、飛ばすことはできない。全てこの十字架と七道教のデータベースに記録される」
 胸の簡素な飾り気のない十字架を綺麗な指先でそっとなぞる零の夜空を映したような瞳に、茶色とスモークブルー色の惑星とその向こうに煌めく惑星の光線照射量調整のための巨大な水晶原石めいたミラーが大きく飛び込んだ。その遙か遠方にリング状の、恒星系内移動リングゲートが浮かんでいた。天体規模の直径を持つ恒星系内各所に設置した同様のリングゲートは、リンク設定がなされればリング同士でワームホールが形成され、通常の超光速航法を有しない航宙船が使用すれば通常数ヶ月以上かかる距離をリングを潜るだけで瞬時に移動できる。

 客室エリアから船外へとリニアが出たのだ。突然、オブジェ空間へと投げ出されたみたいだった。リニアガイドに沿って走る車両は、上半分は展望がきく透過素材となっていた。この恒星間を単独で移動可能な恒星貨物船オーガスアイランド号は、まるで表面が複雑な建造物であるかのように凹凸があり、どこかの都市の上空かと錯覚させるほどの巨船だ。二十キロメートル以上にも及ぶ、全長。

 まるで遮るものがない見事な光景に、零は溜息混じりに忌々しく呟きを落とす。
「目と鼻の先なのにな」
 恨めしげな零の視線が、惑星ファルの衛星軌道上に浮かぶ巨大なクラゲのようなキロメートル級艦船用の宇宙港を眺めた。その周囲には燐光のような汎用亜光速推進機関の光が、ぼうっと無数に宇宙の闇に浮かび上がっていた。オーガスアイランド号同様、幾千隻もの航宙船が足止めを喰らっているらしかった。リニアは客室エリアをあっという間に置き去りにして、高速で船外を移動していった。

 不安げな囁きが、零の耳朶をくすぐった。この予期せぬ事態に今後の船旅をどうするか、乗客が言葉を交わしているのだ。皆、管制エリアに向かいこの貨物船の船長を含む主要な航宙士と話をし、解決しようとしている。一方的な通達で、納得できるものではない。この周辺域に船が止まれば、亜空間航路封鎖が解けるまで動けない。その間生活の費用がかさむし、旅人の目的地への到着は遅れることになる。

 零は表には出さぬがもどかしく内心苛々していると、しわがれた声が近くで響き零に注意を喚起する。
「もし、巡礼のお方。難儀なことじゃ。儂は、孫の顔を見に出かけておったんだが、帰りがけこうなるとはの。ま、いずれ内乱が起きると思うておったが。まさか、留守している間に起こるとは。ベルジュラック大公が仕掛けたのかの? 放送では新皇帝軍と言っておった。つまりは、恣意逆が成功し儂が知る皇帝陛下は前皇帝となられたということじゃな。ま、何にせよ皇帝陛下が代わられるなら、誰であっても増しじゃから構わぬがの」

 随分な言いように、零はボルニア帝国民の前皇帝への感情と人望が自分の推察と大差ないと分かった。誰が謀反を起こしたのであれ、前皇帝に取って代われば歓迎されるような状況だということだ。だが、口に出しては旅の巡礼者としての手前、零は取り澄ます。
「いずれにせよ、この内乱で多数の命が失われるということです。死者たちが、宇宙の律動の御許に」
 胸の十字架を手に取り祈りを捧げる零に、顔に刻まれた皺から高齢であることが分かる好々爺然とした老人は微妙に笑みを曖昧にした。話しかけてきた六百歳に届こうかという老人は、通路を挟んで零の隣に座っていた。痩せた中背。こざっぱりした、この地域特有の遙か古代の中世ヨーロッパを意識しつつ現代にアレンジした衣服に身を包んでいた。

 じっとねめつけるように、老人は零に視線を向ける。
「殊勝じゃの。ま、ボルニア帝国人でなければこの思いは分からぬか。十万年前十二国時代を終焉に導いた反乱軍の中心地偉大なる二千万諸国からなる銀河の中原セントルマ地方。そこの一国たる歴史ある由緒正しき大国ボルニアを、ああも低迷させたのじゃ。帝国民なら、前皇帝は仇も同然じゃ」
「お気持ちは分からなくもないけど、巡礼者が世俗的なことを喋りすぎるのは困りものだ」

 答えたのは零ではなく老人の隣に座る、科学兵装を腰に帯びた女性だった。黒いゴシック風の上着とミニ丈のスカートに誂えられた強化繊維の布鎧クロスアーマーの肩からケープを羽織り、胸に身体のラインにフィットした華奢なデザインのプロテクターを付け足下を膝上のブーツで固めた、傭兵か何かを生業とするさすらいの戦士のように見えるまだ若い女性。後ろで束ね流した金髪が縁取る面は、キリッとしながら精緻に整っていて、女性としてやや背の高い全身は均整が取れていた。

 ゴシックスタイルの淑女の青い瞳が零のそれと合うと軽く会釈し、淑やかな声を響かせる。
「失礼。耳に入ってしまったもので、差し出口をつい」
「いやいや、構いませんぞえ。こちらこそ、失念しておった。旅の巡礼者が、口汚くては格好がつかん」
 頭に手をやり相好を女戦士相手に崩すと、老人は零へ視線を戻す。

「じゃが、おまえさんも災難じゃ。巡礼の旅は、金の工面が何かと大変じゃ。巡礼地から巡礼地へ向かう期限も定められておる。足止めなんぞ、災難以外の何ものでもない」
「全くです。どうしようかと、思いあぐんでいます」
「腰を据えるしかない。わたしもそうだが、焦ってもいいことはない」
「確かにの。迂回しようにも、さっきの放送じゃと、幾ら分捕られるか分からん」
 女戦士の言葉に老人は頷き、零は身動きが取れないこの状況を憂える。
「ええ。かといって、この船に止まれば、どれほどの間足止めを喰らうか」

 定められた期間内に次の巡礼地に辿り着けなければ、巡礼者としての庇護を失うのだ。尤も七道教も大昔の計算機が運営しているのではないのだから、この時代の一般的な高度AI同様柔軟性のある対応はしてもらえるだろう。いわゆる、よんどころない理由というものがあるのだから。それでも、一時的にせよ零は巡礼者としての資格を失効することになり、再び資格を与えられるまで旅を中断しなければならなくなる。新皇帝軍がファラル城塞を奪還しこの国境惑星を抜けるのに数ヶ月+七道教の拠点に理由を説明し資格の再交付に数ヶ月。その間の生活だってあった。

 ――内乱がいつ収まるか。国境惑星ファルが管理する亜空間航路を使用する気なら、数ヶ月で済むなど楽観的だ。周辺国に銀河で百位内に入る大国ボルニアが敗れる筈もない。なら、新皇帝軍とやらが惑星ファルを奪還するまで封鎖は解かれはしないだろう。奪還群の到着には、急いでも航路が封鎖された今通常空間で一年以上、別の国境惑星経由で国外へ出て迂回し数ヶ月はかかってしまう。それも、ただ到着するだけ。奪還できるかは、分かりやしない。

 通路を挟んだ二人から視線を切ると、零は物思いに沈み思考の迷路を彷徨いだした。
 ――わたしは、もう元の世界には戻れない。だから、旅を続けなければいけないのに。
 もどかしさを零の心に乗せたまま、リニアは再び船内に潜り管制エリアに到着した。扉が開き、乗客が吐き出される。

 零が立ち上がると、廊下を挟んだ隣席の老人がハンチングのツバを摘まみ軽く持ち上げ片目を瞑り笑みを、女戦士が巡礼者への聖印を切り慰め顔を、零へと向ける。
「幸運を祈るぞえ。旅の巡礼者。おぬしの旅路に、幸があらんことを」
「その内、ツキは回ってくる」
「宇宙の律動が、あなたがたを満たしますように」
 二人の挨拶に零は、聖印だけの略式ではなく正式な巡礼者の祝福で応えた。

 ステーションを出ると、大規模ショッピングモールかと錯覚するような広大で多層的なな管制エリアが広がっていた。やや離れた場所に先に着いた乗客の人集りができており、船長と思しき壮年の男に詰め寄っていた。
「積み荷がある。惑星ファル管制の亜空間航路を使用するのが、アダマンタイン創製用核鉱物を目的地の大型兵器用武器工廠へ運ぶには一番近道なんだ。このデカ物の航行には、必要物資や諸手続の費用がかかるんだ。おいそれと、別の国境惑星へ向かってボルニアに入国なんてできないんだよ。こっちだって、商売なんだ」
「だからって、いつ封鎖が解かれるか分からないのに待つなんて。クルーズ中の費用もかさむし、こちらにも予定があるんだ」
「クルーズだなんて、お上品だな。まるで、オーガスアイランド号が豪華客船みたいじゃないか。別ルートを通りたいなら、この周辺域で足止めを喰らってる他の恒星船と話を付けるしかないな。その斡旋はしてやろうと言っている」
「有料で、な」
 およそ巡礼者らしからぬ揶揄を含んだ口調で、零はまるで有益さとは無縁の議論に割って入った。

 声のした方を向くが、壮年の船長はきょろきょろ見回した。踏み出しながら、零は独特のどことなく好戦的な抑揚のある挑発が滲む口調で続ける。
「足下を見すぎじゃないか。この客船もどきの怪しい貨物船に乗った俺たちは、積み荷のついでか? 客を取るなら、最低限責任を果たせよ。俺たちは、水も持たずに砂漠を歩かされてるようなものだ。水の管理をしてるそっちの言いなりだな。どんな暴利だってまかり通る」
「そんな金があったら、こんな怪しげな船に乗るものか」
「こっちは、金がないからこの船に乗ってるんだ。何しろ、あり得ない格安料金だったから」

 零の言葉に呼応して、集まった乗客たちから口々に抗議の声が上がった。船長は、近くに来た零の胸ぐらを掴み厳めしい顔をずいと近づける。
「てめー、煽る気か! 巡礼者の癖して、口の減らねー」
「そんなつもりはない。ただ、誠意を見せて欲しいと言っている。金の亡者だな」
「悪いか。あくまで客はおまけ。巨船だからな。小遣い稼ぎのスペースには事欠かない。優先するのは、信用がかかった積み荷の方さ。おまけが、がたがた騒ぐなよ。あんな金額で、恒星間を運んでくれる船なんてねーんだ。それなりのリスクって奴は、覚悟してたんだろう?」

 狡そうな笑みを厳めしい顔に刻む船長は、悪びれた様子もなかった。船長が背後に視線を送ると、粗暴な雰囲気のある統一性のない個別の強化繊維の布鎧クロスアーマーで身を固めた二十名近い男女が進み出た。すっと零の目が細まり、右手が癖のようにローブに隠れたそれに触れた。

 ――キャバリアー……否、聖地から叙任された奴が貨物船の用心棒なんてするわけがない。ソルダ、か。使用している得物もハイメタル製の光粒子フォトンエッジ。秘超理力スーパーフォースに頼りも左右されることもない武器だ。秘超理力スーパーフォースに自信がないのだろう、大したことは無いか。否、一人ダマスカス鋼製のバスターソードを提げてる奴がいるが、強く見せたいだけのこけおどしか? アクセサリーのようなブレスレット、全員光学系シールド以外の盾は持っていない。
 素早く観察する視線を一九名の男女に走らせると、零は瞬時に戦力を分析した。そう、まるでこの時代の戦士である兵士ソルダであるかのように。

 真ん中の粘つくような色香を漂わせる女盛りのどこか蓮っ葉さのある用心棒――零の見たところ盗賊あがりに見える――が、威嚇的に低めの声を響かせる。
「あんたら、さ。ここで騒ぎを起こそうって気かい?」
 腰から外した柄とブレードの境で曲がり直線的な反りを付けた光粒子フォトンエッジを、ポンポンと左手に当てるように弄びながら女用心棒は乗客たちを睨めつける。
「いくら心の広いあたいだって、あまりにだだをこねるようならあんま優しくしてあげられないかも」
「いいかー、おまえらー」

 一九名の中では最も若い、他の用心棒と比べれば外見的な暴力的要素に乏しい青年が頭目と思しき女用心棒の隣に進み出て、やや気のない棒読みで不出来な腰巾着を始める。
「姉さんを怒らせない方がいいぞぉ。何しろこのお方はなー、っと、かの帝領国大包囲網で勃発した二度の大戦のうち、二度目の第二次アビス戦役に参戦し国が降伏しても落ち延び生き延びた猛者。帝領国の死神アートレータ共と渡り合ったんだぞ!」
 途中女頭目に横目で睨まれ、青年は気張ったように語調を変えた。

 瞬間、零の中で無くしたと思っていた苛烈な意思が灼熱した。
 ――嘘を吐くな。アートレータと戦ったなんて。だったら、生き延びて自由の身でいられるわけがない。何しろ、アートレータと渡り合えたら、そいつは精鋭中の精鋭だ。捕らえられ、恭順を迫られただろう。間違っても、こんな場末で用心棒なんてするか。

 心中毒づきつつ、太鼓持ちをする青年をギロリと零は睨んだ。秘超理力スーパーフォースの伝導率が高く高級武器素材として使用される、かつて人類が一惑星の表面で相争っていた時代に使用された有数の鋼に因んで名付けられた創製金属、ダマスカス鋼製のバスターソードを腰から提げたあの青年だ。なかなかの男前だが、そこはかと漂うこの手の仕事に手を染めて日の浅い雰囲気が、この船に雇われた他の用心棒等の中でも弱者であるかのように印象づけ、強者である近年銀河で勃発した最大級の戦役に参戦した生き残りという女頭目に取り入るような行動を自然に感じさせた。

 青年が、虎の威を借るかのように女頭目の隣に並び、取って付けたような威嚇的な態度で零たち乗客を威圧する。
「宇宙の航海は、常に死と隣り合わせだ。超光速航法FTLNが開発されてから、二十万年の時を経て錬磨された技術が当たり前のこのご時世じゃ実感はないかも知れないけどな。それもこれも、この長い船齢を持つオーガスアイランド号と経験豊富な船長のお陰だ。その、この船の統治者ともいうべき船長が下された判断に、ずぶの素人が四の五の言うな。おまえたちは、ただ黙って従っていればいいんだ。なのに、この有様。いいか? これは、立派な反乱だ。巨船といっても広大な宇宙空間では、この船もちっぽけな密封容器に過ぎない。外は、人間が生身で放り出されたら十秒足らずで死んじまう過酷な環境だ。そんな中で争って、この船に何かあれば全員命取りだ。鎮圧されたって文句は言えねーな。なぁ、おい」

 バスターソードを青年は抜き放つと、切っ先を零たち乗客へと向けた。木目状の模様が浮かび上がった汚れ一つない刀身が――その名を有した鋼鉄が存在した時代にはあり得ないテクノロジーでもって戦いのために生み出された創世金属――その神秘の微細に秘めたポテンシャルを物語るように、船内の照明を光の雫のように煌めかせ溢した。その得も言われぬ威圧に、向けられた鋭い切っ先に、乗客たちは響めき怯み後ずさった。

 それでもその暴圧に飲まれぬ幾人かは、屈せずに抗う。
「横暴だ!」
「この船は、ただの貨物船だ。軍艦じゃないんだ」
 軽く目を見開くと青年は気を悪くしたふうもなく凄んだ顔を柔らかくし、声音をわざとらしく優しげにする。

「よーく、考えてみろ。この恒星貨物船オーガスアイランド号は、積み荷を狙う宇宙海賊共やこうした事態に備えて俺たちのような人間を雇っている。どのみちテメーらの意見なんざ、聞き入れらんねーんだ。客を乗せるのは、船長の言うとおりどうせ積み荷を運ぶんだから余ったスペースを使って少しでも足しにしてーからだ。この巨船を航宙させるには、何しろ金がかかる。維持費だってな。別ルートへ向かえば、テメーらが払った金なんぞではとても埋め合わせらんねーほど金がぶっ飛ぶんだ。ホントはそこんとこ分かってたよな。怪しいって分かってても、通常の恒星旅客船に乗れる金はねー。だから、この船に乗った。だったら、うだうだ言うんじゃねーよ。時間はかかろうと、約束どおりの目的地にこの船は向かうんだからよ」
「そうだ。いいこと言うじゃねーか、新入り。テメー等、この船で俺に逆らうんじゃねーぞ」
「こいつの言うとおりさ。騒ぎなんざ起こさなきゃ、ことは穏便に――」
 船長が用心棒の背後から笠に着るように賛同し女頭目が言いさしたそのとき、地の底から湧き起こる地震のような振動が船体を震わせた。
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