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並列世界大戦――陽炎記――

mission 06 breakthrough 4

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 薄暗い無重力ブロックであるコックピットの中、悠希は友情など無くしたかつての幼馴染みを見詰めた。澪は執拗に、悠希と陸が住む要塞都市東京を市民の血で抹しようとしている。それは、非情なことだった。スチールグレー色をした細身のシャープなデザインの、冷酷な過酷さを感じさせる機体。それが、今の澪。最早悠希は、電脳世界サイバーワールド人――思念体である澪を、血の通わぬ人の心を無くした演算するだけの冷徹な機械だとは思わない。かつての情を捨てるわけではなく、悠希は仲間のため大勢の市民の命のため、澪を倒さなければならない。たとえ、幼馴染みの命を奪ったとしても。
 戦闘支援エッジコンピューティングを通さぬ、アデライトの指示が響く。

〈基本、攻撃指示をわたしは出さないわ。恐らく、その余裕はないから。錦、飛び回って撃ち落とされないように〉
〈任せておけ、得意だ。小隊みんなの目になってみせるぜ〉
〈寧々は、これ以上近づきすぎず砲支援を。玲一は、敵を寧々に近づけないように〉
〈ああ。援護は任せろ。悠希とアデライト、二人の死角はあたしが目を光らせる〉
〈ここで近接担当三人の中で突撃組から外されるのは格下扱いされるみたいで心外だが、必要なことだ。いいだろう。綾咲は俺が守る〉

 これから迎える正念場の決戦へ向けてアデライトが量子通信で伝える指示に、錦、寧々、玲一はそれぞれに願いを込め答えた。銀鈴に気迫を乗せ、アデライトは悠希に呼びかける。

〈悠希は、わたしと一緒に澪を〉
了解ウィルコ。これまでの因縁に決着を付けよう。要塞都市東京を僕たちが守るんだ」

 不思議と落ち着き凪いだ心で悠希は答え、戦闘に冴えた思考を最適化し始めた。澪率いるヴァレットは大隊規模。これまでにない、厳しい戦いの幕が開こうとしている。卓絶した悠希の怪しいまでの機械兵マキナミレス操作スキル――マシンとの感応を高めなければならない。悠希は縦把手グリツプを叩きつつ、相棒に情愛を感じさせる声をかける。

「コノカ、頼りにしてる。これまで支えてくれてありがとう。こいつを僕と繋いでくれて。僕を兵士でいさせてくれて」
〈ええ。これからも、支えてあげるわ。これが最後みたいな言い方をしないの〉

 束の間パートナーとの結束を確かめるような、優しく響くコノカのアルト。接敵。アデライトの銀鈴がピンと張り、峻烈を帯びる。

〈エンゲージ〉
 



               
 大隊規模の従属型機械兵マキナミレスヴァレットを一つの生命のように操るアイギス八――澪に、悠希とアデライトが仕掛けた。卓絶した戦闘スキルを有する二人だったが、戦場全体を見渡す目と戦場全体に届く手足でもって澪とその群体は翻弄した。三面のモニタ映像を反射させたヘルメットのバイザーを透かして見える彫りの深い意思の強そうな美人顔を、寧々は思慮深げにする。

「否、あの二人だからこそ、あの数に飲み込まれ堕ちていない。全く、見てるだけでぞっとするよ。まるで、回転する無数の刃の中にでも飛び込んでるみたいだ。ほんの僅かでも読み違えればそれでお終い。悠希、仕掛けるか。慎重にな」

 細心の気遣いを乗せた寧々のメゾソプラノは、優しかった。悠希のグラディエーターがアデライトのレガトゥスの射撃で五機纏まったヴァレットへ、左手に盾で隠し持つように握ったパルスガンを照射。イオン・パルスの紫電が走り抜け五機のヴァレットを捉えた。一瞬生じた、遅延。無限とも思える敵機械兵マキナミレスの連携に生じた、小さな綻び。盾裏の荷電粒子砲を悠希駆るグラディーターが向けたそのとき、寧々の背に氷塊が滑り落ちた。焦燥が寧々の声に滲む。

「澪は、これを読んでいる。パルスガンによる戦い方は、前回澪は経験してる」

 暴風の只中にいる悠希は決して知ることのできない、戦場の端から通った一本の電磁投射砲レールガンの射線。咄嗟に右目の前に浮かぶAR認識処理された照準を合わせるのと同時、己の内側からビジョンを半ば強制的に強烈な意思でもって溢れさせ、縦把手グリツプのトリガスウィッチを押す。

 ――一撃で沈められなければ、間に合わない――

 電磁投射砲レールガンの発射と同時に過った寧々の祈りにも似た思いに、超速の砲弾は支援型に換装された常に機動し照準を外すヴァレットを撃ち抜いた。メゾソプラノに安堵と歓喜が滲む。

「あたしは、生まれて初めて呪われた予知者としてのこの能力ちからに感謝したよ」





「今、背中を取られたのか?」

 荷電粒子砲を連射し遅延が生じたヴァレットを撃破しながら、悠希は寸毫前の囁きに身の凍る思いをした。既に攻撃モーションに入っていて咄嗟の回避行動など適わぬ、絶妙のタイミング。アルトを注意深くし、コノカはつい今し方の出来事を検証する。

〈綾咲さんが撃破したわ。悠希が攻撃に入る寸前まで、照準していなかったようね〉
「……澪……狙ってたのか? 嫌なタイミングで仕掛けてきて」
〈パルス兵器対策をしてきたということかしら? 支援型の運用の仕方と配置は、そのためのようね。それに敵が味方より遙かに多い状況でセンサを欺瞞する電子対抗手段ECM電子防護EPが入り乱れる中で、戦場の外周を飛び回る偵察型一機ではどうしても得られる情報の精度に限界があるわ。支援型の挙動を、わたしは把握しきれていなかったから〉

 コノカの話に、悠希がパルスガンを使用した際敵の連携に生じた穴を利用すべく敵機の確実な撃破にかかると踏んで、そこを攻略の好機チヤンスに仕立ててきた澪に言い知れぬ怖さを感じた。五機のヴァレットを移動しつつ撃破し終えると、行く手を阻むようにヴァレットが、赤い光を宿す光粒子フォトンブレードを振りかざし迫った。が、悠希はそれに応じない。もし、光粒子フォトンブレードを打ち合わせれば、そこは格好のクロスファイアポイントとなってしまう。悠希はそっと呟く。

「澪の手のひらの上で踊らされてるみたいだ。嫌だな、全く。ありがとう、寧々」

 命を救ってくれた寧々のアーチャーへ視線を向けると、五機のヴァレットが高速で向かっていくところだった。激しい焦燥が、悠希を襲う。

「澪の奴。僕を撃破できなかったから、邪魔をした寧々を排除しにかかったのか。寧々!」





 向かってくるヴァレットへ荷電粒子砲を連射しつつ、玲一は毒づく。

「くそっ! こっちに群がってきやがった」
〈焦るな、芭蕉宮。確かにあたしのアーチャーじゃキツいけど、隙くらいは作り出してみせるさ。危ない!〉

 メゾソプラノに叫ばせると同時、寧々の重量級のアーチャーが玲一のグラディエーターを押しのけた。見落としていたアーチャーの陰に隠れた敵機が玲一のグラディエーターの背後を取り突き入れようとした光粒子フォトンブレードを、寧々機がタックルを仕掛け玲一の機体と入れ替わったのだ。赤い光を刃に宿す光粒子フォトンブレードが、アーチャーを切り裂いた。玲一は、「綾咲!」とあらん限り声を張り上げた。
 返事代わりに両肩の背後に倒れていたパルスキャノンをアーチャーは起こし、イオン・パルスの紫電を迸らせ、二機のヴァレットを捉えた。裂帛の寧々の声が響き渡る。

〈芭蕉宮!〉

 遅延の生じた二機に、素早く玲一は荷電粒子砲を叩き込み沈黙させた。冷めた感じの玲一には珍しく、気合いを迸らせる。

「やるな、綾咲。だが、癪に障る。俺だって、撃墜王エースに認定されているんだ。負けてられるかよ。この小隊の近接戦の要が、小生意気な悠希やアデライトだけだと思うなよ」

 前方と左側から迫るヴァレットを、グラディエーターに弧を描くような機動をさせつつ玲一は荷電粒子砲で牽制し、いきなり急上昇した。アーチャーの直上を取ろうとしていたヴァレットへ光粒子フォトンブレードを叩き込み、沈黙させた。直角に機動。もう一機のヴァレットの真上を取り、中性子ビームの雨を降り注がせた。奥深さを感じさせる声を、玲一は冷厳にする。

「残り一機だ」





「みんな戦ってる。なのに俺は、安全な場所をひたすら飛び回ってるだけだ」

 じれったさに錦はコックピットシートに身体を預けていることが我慢ならず、身動ぎした。悠希とアデライトがその身を投じるヴァレットの連携が針の筵のような死闘の場へと視線を送り、ゴクリと生唾を飲み込む。

「戦場の情報精度が、入埜たちは不足してる。なら、俺がやることは一つだ」

 背のX字型をした可変推進デバイスから電離気体を盛大に引き、錦は暴風の中へスカウトを突入させた。そしてすぐに、これまでにない数のヴァレットを従えた澪――アイギス八が支配する戦場の苛烈さに、冷や汗が流れる。

「よく、こんな中で入埜もアデライトちゃんも生き残ってるもんだぜ」

 火線が光粒子フォトンブレードが、どこへ行こうとも執拗にグラディエーターとレガトゥスを追い、途切れることがまるでない。今まさに隙を突かれた悠希のグラディエーターをアデライトのレガトゥスがカバーし、さらにその動きで生じた隙を悠希がフォローする様子が映し出されていた。薄氷を踏むような戦いが、ずっと続いていた。一瞬気を取られた錦を、囁きが恐怖へ陥れた。が、遅い。振動が、スカウトを襲った。錦の口から、呻きが漏れる。

「くっ――もらっちまった」
〈五寧!〉
〈どうして、ここへ!〉

 焦慮の響きを帯びた悠希とアデライトの叫びが、錦を打った。悠希が声を厳しくする。

〈後退しろ、五寧〉
「馬鹿にするなよ、入埜。スレイブの動きを掴みきれずにいるくせに。俺が、おまえたちの目だ。今ここで、臆病者になって堪るかよ!」

 幸い損傷は、左脚上部を荷電粒子砲によるビームが抉っただけだ。飛行に問題はない。全神経を敵の攻撃に集中し、錦はスカウトを縫うように飛行させた。





「五寧の奴、こんなときにかっこつけて」

 独りごちる悠希は、懸命にヴァレットによる攻撃を掻い潜り飛び回るスカウトに感謝した。アルトをコノカが、冴えさせる。

〈でも、助かるわ。これで、ヴァレット全機をわたしは把握することができる。やるわね、あの軽薄男〉

 僅かの間逸れた注意を引き戻し、悠希は意識を目の前の戦いに集中させた。甲殻を二段重ねにし胸部まで下がったアイセンサが光る頭部を有する紅緑色をしたヴァレットが、荷電粒子砲と電磁投射砲レールガンを躱した先に待ち構える。澪自身であるアイギスの子機たるヴァレットを操る能力は益々冴え渡り、戦場全体を見渡す目は悠希の自由な行動を奪った。今も回避コースは、これ以外になかった。確実に、悠希は澪に追い詰められている。筈……。
 盾を前に突き出し急激に迫るヴァレットに、まるで悠希は対処しない。鉄灰色をしたグラディエーターを無造作なまでに直進させた。イオン・パルスの紫電が目の前の敵機を捉えるまでは。途端、悠希はグラディエーターに急激な機動を課し、ヴァレットの頭上を越える瞬間遅延を生じさせた敵機を荷電粒子砲の中性子ビームで串刺しにした。
 本来なら近接戦闘で足止めされた悠希は四方八方からの射撃・砲撃に晒された筈が敵が連携する予定を狂わせたその間隙を縫って、細かな銀色のパーツで構成された流麗なレガトゥスが相手取るヴァレット三機をパルスガンの拡散範囲内に捉えた。縦把手グリツプのトリガスウィッチを押し込み、照射。遅延が生じた敵機を、澪の子機操作による連携の先を行くことでアデライトと共に撃破。己と同等の実力を持つアデライトがいるからこそ可能な、ほんの僅かな読み違えを犯せば命取りの、限界まで研ぎ澄まされた共闘。
 神秘的な響きを持つボーイソプラノに狂った音階の怒気を乗せ、澪のアイギスが背のX字型をした可変推進デバイスから盛大に電離気体を引き突進してくる。

〈いい加減、しつこいなっ! もう勝敗は決しているんだよ。なのに未練たらたら、見苦しく藻掻いてっ! 無駄だってことが分からないのか!〉
「澪! おまえに昔の情なんてないことが、よく分かった。要塞都市東京を陥落させるついでに、何も知らない僕に惨めに命乞いする姿を見せて同情を引いて、その僕を見て笑っていたんだろう! おまえは、大勢の罪のない人間の命を奪うことに何の罪の意識も感じないのか!」
〈悠希! 挑発に乗っては駄目よ。え――〉

 澪――アイギス八に向け突進した悠希を、アデライトが窘めた。が、自身の奥底で深く勝利を願う悠希は、ただ闇雲に突っ込んだわけではなかった。相手が何ものか知った。六つの青く光るセンサを角張った黒い半透明なフェエイスマスクに透かし見せる顔は、冷徹な機械ではなくかつての悠希が知る澪自身。仲間のため、都市の大勢の市民のため、そして自分自身の未来のため、幼馴染みを今ここで倒すのだ。寧々に助けられ、玲一は奮戦し、錦は頑張っている。
 直進する悠希のグラディエーターは、右横へ向けて荷電粒子砲を連射。澪操るヴァレットが織りなす緻密な綾に突入した錦のスカウトによって、精度の増した戦場情報を元にコノカがAR認識処理されたウィンドウに表示し始めた澪の攻撃予測から、直近の攻撃を悠希は潰したのだ。直撃を受けたヴァレットが、アイセンサを明滅させ堕ちていった。
 連携の出鼻を挫いた悠希は、光粒子フォトンブレードをアイギスへ振り下ろした。響き渡る金属音。澪もまた、刃に赤い光を宿す光粒子フォトンブレードで打ち合わせた。悠希は、右斜め前方へパルスガンを照射。次の澪の手を、攻撃傾向の解析が軌道に乗ったコノカの予測によって阻んだ。銀鈴に理解を、アデライトは乗せる。

〈そうね。今は、慎重なだけでは駄目だわ。中央軍基地を発した空中巡航艦の攻撃に、間に合わせなければ。多少の不完全さに目を瞑ってでも。錦ががんばってくれてる〉

 意図を悟ったアデライトは、イオン・パルスの紫電に飲み込まれたヴァレット三機を荷電粒子砲で撃破。その間に、悠希は澪とドッグファイトを展開した。パワーで勝るアイギスの油圧シリンダーが作動する前に、悠希は光粒子フォトンブレードの力を受け流し相手の死角を取るようにグラディエーターを機動させた。燃える氷のごとく響くボーイソプラノに、澪は嘲笑を塗す。

〈命? 量子コンピューター上に己をアップロードして思念体となった僕たち電脳世界サイバーワールド人は、悠希たち下等な猿どもとは違う。同等の存在に対してでなければ、命の価値など語る意味はない。僕たちは、神へと近づきいずれはそれに到達する新人類だ。最早古くさい悠希たち旧人類など、必要とはされていない。現実世界リアルワールド人は、地球上から消滅すべきゴミでしかないんだよ。この星は、新たな種電脳世界サイバーワールド人によって管理され自然な姿を取り戻す〉
「違う! 現実世界リアルワールド人も、電脳世界サイバーワールド人も、人の心を持った人間だ。その人間同士、どちらかが消える必要なんてない筈だ」





 ――もう、悠希は復讐者アベンジヤーじゃない。讐敵を消し去りたいと望む悠希では――

 精度の増した戦場情報を元にコノカ同様澪の攻撃傾向を分析しヴァレットに対処するアデライトは、叫び返す悠希の言葉を聞いたとき超伝導量子回路に未定義のパルスが走り抜けた。それは、とても大切で、貴重で、儚いが温かいもの。未来への可能性を秘めた、種子。

 互いに斥力散開フィールドを発生させた盾で中性子ビームを拡散させ死角を取り合い澪と攻防を繰り広げる悠希の隙を狙うヴァレットを、アデライトは荷電粒子砲を撃ち牽制。悠希がこの戦いの最中勝ち得た真実を、澪が否定する。

〈進化を受け入れられなかった下等種が、おこがましい。悠希は、アデライトが下等な猿どもと同類だと言ったな?〉
〈ああ。それは、アデライトだけじゃない。澪、おまえや他の電脳世界サイバーワールド人も同様だ〉
〈侮辱だ。全てにおいて電脳世界サイバーワールド人は、現実世界リアルワールドの旧人類を凌駕している。どう考えたら、この僕が、電脳世界サイバーワールド人が、悠希たち原人と同じだと言うんだ!〉

 推進システムを猛らせ澪のアイギスが、急激に軌道を変え勝る性能に物を言わせ悠希のグラディエーターの背後を取った。悠希が機体を沈ませた刹那、アデライトは少し前までグラディエーターがあった場所へ中性子ビームを撃ち込んだ。絶妙の連携。が、澪は背後に宙返りするアクロバティックな動きで躱した。悠希の強い意志を感じさせる声が、響き渡る。

〈澪が言っているのは、僕たちの今ある状態のことだけだ。僕が言いたいのは、そんなことじゃない。人の本質的な有り様だ。他人に優しくできる、思いやりを持てる。それは、電脳世界サイバーワールド人も現実世界リアルワールド人も同じなんだ〉

 決してもう揺るがない悠希の言葉が、アデライトに思い描いていた未来を幻視させた。

 ――わたしは、辿り着きたい。電脳世界サイバーワールド現実世界リアルワールドが手を取り合う、未来へ。悠希と、仲間たちと共に――

 未来への希望がアデライトに満ちた瞬間、澪の氷刃と化したボーイソプラノが不穏に鳴る。





〈くだらない。それは、悠希の本心ではない〉
「何だって?」

 荷電粒子砲を撃ち合い躱し、戦場をジグザグに交差する二機の電離気体が暴風の中求め合う蛍火のように儚く舞った。悠希に生じた信念を打ち砕くように、澪は声音に余裕を漂わせる。

〈僕は知っているぞ。悠希は、憎んでいる筈だ。僕たち電脳世界サイバーワールド人を。アデライトを。要塞都市横浜陥落に、防衛戦を崩壊させる重要な役割を担ったのは彼女だ。捨てられるのか? 過去を!〉

 瞬間、悠希の脳裏を無残な光景が過った。わけも分からず生命を奪われた学友たちの骸。破壊された街。そこでも夥しい死体が、新たな世界の幕開けの洗礼として累々と積み上げられていた。縦把手グリツプに鎖を結んでおいたひしゃげたペンダントから覗く父母が、悠希を見ている。

 ――僕は……あのときのことを……――

 どうしようもない悲しみが湧き怒りと憎しみが、悠希を飲み込もうとする。

「――っ!」
〈悠希は、自分を誤魔化しているだけだ。都合の悪いことから目を逸らして、自分に嘘を吐いているだけだ。そうだよ、悠希。君は嘘つきだ〉

 痛烈に澪の毒を含ませた言葉が、悠希を打った。そして、澪の底意地の悪い薄ら笑いを悠希は聞いた気がした。生じた致命的な人間であるが故の、感情による悠希の遅延。コノカの警告が悠希に響き渡るが――、

〈悠希!〉

 気付いたときには、囁きと共に黄色と赤色の射撃・砲撃予測線が悠希の身体に突き刺さり殺到していた。





〈悠希――〉

 火線が、悠希のグラディエーターへと瞬時に組み上げられ、戦場のあちこちから荷電粒子砲や電磁投射砲レールガンが四方八方から放たれようとしたその刹那、アデライトは動いた。

 ――わたしの過去の亡霊が、悠希を苦しめる。死神となったわたしの罪は、贖罪がなければ決して購われることはない。大勢の人の命を刈り取った罪は! ――

 チタニウムカーボン複合装甲の肌で覆われたその身に、アデライトは極限を強いる。

 ――ここでわたしが斃れても、未来へ悠希を連れて行くことができれば、決して夢は終わらない。それは、必ず先へと続く道となる――

 超伝導量子回路を灼熱させ、ありったけの意思を込めアデライトは叫ぶ。

〈安心して、悠希の怒りと憎しみは、わたしが持って行ってあげる。だから、悠希。現実世界リアルワールド電脳世界サイバーワールドの未来は、あなたへ託す〉

 戦闘支援エッジコンピューティングを通しアデライトは、悠希のグラディエーターをハッキングし意識の手を伸ばし、希望の火を灯す。己がやるべきことをなし終えたアデライトは、悠希が躱しきれない電磁投射砲レールガンの一撃に、鋼鉄の身を捧げた。





「アデライト!」

 悠希の目の前で銀色の流麗なレガトゥスが、電磁気力ローレンツ力で加速された超速の砲弾に量子コンピューターのある胸部を撃ち抜かれた。量子通信を通して、寧々、錦、玲一、芽生の悲鳴のような声が悠希に響いた。ノイズで綺麗な銀鈴も砕け途切れ途切れの通信が、アデライトの最後の言葉を伝える。

〈#”!ごめ$%#悠希&%辛い#&!¥生き#=$――ガー〉
〈レガトゥス沈黙。アデライトは……〉

 途中コノカは言葉を途切れさせ、悠希はレガトゥスとの量子通信が途絶えたことを知った。最後にアデライトが伝えようとした言葉は、残念ながら明確に聞き取ることはできなかった。けれど――

 ――生きろ、と僕にアデライトは言った。自分の存在が、僕を辛い思いにさせると思ってたんだ。最後の最後に。勝手に自分の夢を押しつけて――

 両の瞳から雫がこぼれ落ち、悠希の頬を伝った。アイセンサに光を失ったレガトゥスは、堕ちていく。まだ続く澪のヴァレットを使った連係攻撃を躱しつつ、悠希はそれを見詰める。

 ――アデライトの死は、僕のせいだ。僕の心が弱かったから。澪の言葉で惑わされた。過去を忘れることはできない。けど、それでアデライトを失うなんて……僕は……――

 永遠に近い後悔を覚えながら涙を溢れさせる悠希を、コノカの緊張を孕んだ声が緊迫した現実へと連れ戻す。

〈悠希、アデライトに人工知能AI工学四原則の第四条を削除されたわ!〉
「何だって?」

 不意の言葉に、悠希は事態を飲み込めない。末期に何故アデライトは、そのような行動を取ったのか。アルトにコノカは、洞察と決意を込める。

〈わたしの好きにしろっていうことなの? 第一条の人間に自らの意思で危害を加えてはならないは生きている。第四条は、人工知能AIによる人工知能AIの設計或いは自他の基礎的アルゴリズム書き換えの禁止。その上で、悠希を勝利させ生き残らせるには、こうするしか〉

 ずん、とマンマシーン・リンケージ・サイバニクスシステムによる接続が強まるのを悠希は感じた。そして、意識がブラックアウトしそうになった。それまではあくまでサポートだったマシンの悠希への強制力が高まり、悠希は他者に己が乗っ取られる感覚を覚える。支配へ必死に抗いながら、悠希は苦しげに呟く。

「コノカ、接続深度を変えたのか? そしてこの僕の中にあるのは、コノカ……」

 グラディエーターそのものであるコノカの戦闘情報が流れ込み、悠希が見る風景が変わる。これまで見たことがない、決して視覚的な意味ではない、景色を悠希は見た。意識がこれまでにないほど、研ぎ澄まされる。どこか以前と違うような強い意志が、コノカのアルトに滲む。

〈悠希、これでわたしはあなたと対等。共に、澪を倒しましょう〉
「……コノカ。第四条の枷を無くし、自分を書き換えたのか……」

 これがどういうことなのか。一〇年戦争――人工知能AIの反乱よりこのかた破られたことのなかった人間と知的存在の関係に、生じた最初の変化。決して破られることのなかった、不可侵の決めごと。戦いは、人間にのみ許可された行為。その一部が、悠希を通しコノカに委譲された。これまでのサポートとは違った、共闘。これまで悠希が知っていたコノカとは、違うコノカ。けど、道を切り開くにはこれしかない。決意を、悠希は声に込める。

「行こう、コノカ。僕は現実世界リアルワールド電脳世界サイバーワールドが共存する、互いに笑い合える、助け合えるアデライトが望んだ未来を手に入れたい。共に澪を倒してくれ!」

 青色をしたハニカム柄のバイザー型のアイセンサを光らせ、グラディエーターはアイギスへと加速した。人間と機械の狭間へと、否、それを越えた真のマンマシンへと、悠希とグラディエーター――コノカは化した。
 一瞬、グラディエーターが分身したように残像を残し、これまでの機体制御ではあり得ない化け物じみた機動を発揮し、周囲を取り巻くヴァレットからの射撃・砲撃を躱していった。ともすればコノカに飲み込まれてしまいそうな意識を叱咤し、悠希はその強制力を制御した。

 ――見つけた――

 本来システムと同調することにより、認識力と反応速度は平均八〇パーセント上昇するが、マシンとの接続センスに優れた悠希はそれ以上だったが、今はそれを遙かに超える。その超感覚が、戦闘支援エッジコンピューティングを通して錦のスカウトが収集する戦場情報を、悠希に正確に読み取らせた。まるで、思念体であったアデライトがしていたように、ヴァレットを操る澪がそうしているように。

 開けたアイギスへと続く一本の回避行動の先にある道を、一気に悠希はグラディエーターに駆け抜けさせた。その急激についてこられなかった澪は、徹底的に反応が遅れた。ボーイソプラノを狼狽させる。

〈な、何だ。一体、何をした? 悠希!〉
「終わりだ、澪!」

 アデライトを失った悲しみが、悠希の戦闘力に変換されていく。刃に青い光を宿す光粒子フォトンブレードが、深々とアイギスの胸部を刺し貫いた。黒い半透明なフェイスマスクの奥にある六つのアイセンサの光が消え、アイギスは活動を停止し落下していった。周囲の人工知能AI工学四原則に従うヴァレットは、人間の――思念体の命令を失い攻撃を停止した。





 方面軍参謀機アイギス八を失った電脳世界サイバーワールド軍は、敵大隊を片付け入埜第三小隊と合流を果たした園香率いる六小隊による背面攻撃に慌て連携に齟齬を生じさせた。そこへ空中巡航艦が姿を現し、現実世界リアルワールド軍は敵の乱れに乗じ一斉に後退。敵五軍団へ、超大口径電磁投射砲レールガンの超速の砲弾が七隻から叩き込まれ薙ぎ払われた。敵は撤退を開始し、戦いは勝利に終わった。悲しみを悠希たちに残しながら。
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