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並列世界大戦――陽炎記――
mission 06 breakthrough 3
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〈中央軍基地の連隊長方は、敵前衛部隊を塹壕に見立てた浸透戦術を行おうとしてるみたい〉
「アーチャーを後列に中隊規模で幾つも纏めて、電磁投射砲の集中運用」
遊撃を園香から任された入埜第三小隊がアデライトの指揮の下戦闘をこなす合間、交わされるコノカとの会話。敵五軍団の前衛に、あちこち穴が開き始めている。縋るような思いで悠希は、口調にそれを滲ませる。
「うまくいけば、戦力差を縮められる。せめて互角の戦いに持ち込めれば」
〈けど、指揮を執っているのは、あの澪よ〉
冷静なコノカの指摘に、淡い期待が萎むのを悠希は感じた。コノカの言うとおり、あの澪が無策でいる筈はないのだ。それでも、穿たれた敵前衛の穴に現実世界軍の機械兵部隊が次々と入り込み軍勢を押し上げていく様を見ると、どうしても期待してしまう。もしかしたら、と。このままうまくいくのでは、と。だが、次の瞬間その光景に悠希は呆気にとられる。
「え? 何だよ、それは」
まるで敵五軍団は、それが一つの軍団であるかのように、その身体を収縮させ前衛を一気に下がらせたのだ。敵の前衛に入り込みその点を繋ごうとした矢先、前衛そのものが消失し味方の主力三連隊の目の前に新たな前衛が構築され出現した。
囁きに悠希はグラディエーターを機動させ、伸びたAR認識処理された黄色と赤色の射撃・砲撃予測線を直撃から外し、至近を中性子ビームと超速の砲弾とが通り過ぎた。戦闘支援エッジコンピューティングを介した、アデライトの指示が届く。
〉座標、Xー二六、Yー四八、Zー一七へ移動。一一時五〇分、俯角六度へ射撃
敵味方主力の息を飲む攻防が繰り広げられようと、入埜第三小隊のみならず園香率いる守啓第二連隊の五小隊も遊撃を行っているため、自分たちの戦いがなくなるわけではない。悠希は指示どおり荷電粒子砲を連射し、敵小隊を誘導した。敵部隊は回避途中で射撃・砲撃に左右、上下から遭遇し次々に被弾。一機また一機と堕ちていった。鋭いコノカのアルトが注意を喚起する。
〈悠希、敵軍に動きがあるわ〉
電脳世界軍五軍団は上下左右へと、素早く陣形を展開させた。現実世界軍三連隊を半包囲しようとしているのだ。中央軍基地からの援軍である連隊長たちはすぐさま反応したが、個別に対処しようとしたのがいけなかった。もどかしげに悠希は、声を苛立たせる。
「そんなやり方じゃ、みすみす澪の思う壺だ」
〈方面軍参謀機である澪が指揮する敵軍は、軍団が多数あろうと一つのユニットとして機能する。あれでは、好きに料理してくださいと言わんばかりだわ〉
焦燥を孕んだ悠希の懸念に、コノカも同意した。現実世界軍は、いかにも連隊間の連携が取れておらず対応も鈍い。迫った近接型機械兵三機に対処しつつ、悠希の意識は目の前の戦闘よりも主力同士の戦いに引っ張られ、三面ある内の右側のモニタに映し出される映像を目縁の端に捉え、その動きを注視していた。一気に動いた。呻きのような声を、悠希は上げる。
「くっ……このままじゃ……」
ばらばらに対処する三連隊の隙を突き、上下左右に展開していた軍団が急襲。現実世界軍主力は、少なからぬ損耗を被った。そして、動きの鈍った三連隊を尻目に半包囲を成功させた。鮮やかな手際だった。この危機的状況に、園香が第三小隊に繋いでくる。
〈やられた。さすがは、アイギス八。つけ込む隙がない〉
悔しげな口調の園香に、悠希は同情を覚えた。もし園香が小隊の寄せ集めではなく正規の連隊を指揮していれば、ここまでの敵の快進撃を許さなかっただろう。だが、これが現実だ。この現実に対処できなければ、要塞都市東京に明日はない。涼やかな声を、園香は慎重にする。
〈ここから、どう挽回するか……可能なのか? 連隊を率いていないわたしの意見を、中央の連隊長方は聞くだろうか?〉
抑えようとしても一四歳といった年齢らしいもどかしさが口調に滲む園香に、アデライトが銀鈴を難しげにする。
〈ですが、よほど思い切った手を打たなければ、この状況を打開するのは難しいでしょう。澪は、抜け目のない人物ですから。正直、厳しい〉
「けど、どうにかしなければ要塞都市東京は蹂躙され、大勢の市民たちの命が無残踏みにじられる。無理だろうと、僕たちは電脳世界軍を、澪を撃退しなくちゃならないんだ」
荷電粒子砲の火線にアクィラを沈めつつ悠希は、激情を激しく燃え盛らせた。躊躇うようにアデライトは、悲しげに声を響かせる。
〈……悠希……わたしは、悠希の故郷を業火に沈めた。わたしは、あれ以来死神だった。あんなこと、二度とあってはならないわ。悠希の言うとおり、弱気になるわけにはいかない〉
〈アデライト、悠希に釣られるな。感情論で覆るほどこの状況は簡単じゃない。アデライトの持ち味は、奇抜で緻密な戦術。理性的に対処すべきだ〉
「寧々、僕を脳筋みたいに言うな。でも、アデライトは元軍団長。守啓連隊長は、柔軟で機知に富んだ戦術を得意とする。二人とも指揮官として傑出してる。協力し合えば、何か打開策が見つかるんじゃ」
むっとしつつも悠希は寧々の言葉に思い当たり、一縷の希望を口にした。涼やかな声を面白そうにしながら、園香は口調に好奇を滲ませる。
〈だ、そうだ。アデライト、何か策はあるか?〉
〈策と言えるほど明確なものは。ですが、やはり敵の核は澪〉
〈わたしもそう思う。敵の軍団の巧妙な連携は、参謀機である澪がいなければあり得ない。同格の軍団長同士では、現実世界軍同様誰かを主将に据えたとしても軍団同士の連携に齟齬が生じる。裏を返せば、軍勢を手足にできる格上の澪さえいなければつけいる隙が出てくる〉
甚だシビアな状況に置かれ連隊長である園香は、小隊長の悠希が抱く焦燥とは別種の緊張を強いられているに違いなく、息抜きをするように分かりきった核心を明るい口調で話した。
――そう。澪さえ退場させることができれば、この戦局を覆せる――
戦場で再会した幼馴染みは、主義にせよ戦いにせよことごとく悠希の道を塞いできた。連隊長である園香に対して、遠慮のない口調と言葉遣いで錦が反論を口にする。
〈でもよー。それが、一番難題なんじゃねーか。できてれば、こんな状況になっていない〉
〈そんなこと、守啓連隊長が分からないわけがないだろう。分かっていて、この状況の原因を口にすることで、別の角度からの切り口を探っているんだ〉
〈擁護ありがとう、芭蕉宮。ま、そういうことだ五寧。妙案がなかなか浮かばないから、発想を変えてみたかったんだ。唯一残る手はあるにはあるが、わたし好みではないんだ。結局、個人の勇頼みになってしまうからっ!〉
半包囲した電脳世界軍がじわりと圧力を加えてきて、応戦した園香から気合いが迸った。上下、左側、正面から迫る機械兵の陣列に、悠希もグラディエーターに苛烈な機動を叩き込み、一個の獰猛な戦闘機械へと堕していった。あちこちで、現実世界軍の機械兵が脱落していく。このままでは、電脳世界軍に飲み込まれてしまうのも時間の問題だった。
AR認識処理によって空中に浮かぶウィンドウに映し出された芽生が、急に慌ただしくしだすと報告する。
〈中央軍基地から入電。空中巡航艦七隻が南方に向けて出撃準備を整えているそうです〉
〈うひょっ! ちゃちとはいえ、超大口径電磁投射砲を備えた空中艦が七隻か〉
〈電脳世界軍の空中艦には性能で大分水をあけられているが、それだけの火力があればこの状況だって何とかなる〉
〈さすがに中央軍基地からの増援の旗色が悪く、虎の子の空中艦を出さずにはいられないか〉
奇声と共に錦が歓声を上げ、ほっとした口調で寧々に喜色が滲み、やや意地悪く玲一が喜んだ。懸念を悠希が口にする。
〈けど、電脳世界軍の連中、現実世界軍にべったり張り付いてる。このままじゃ、電磁投射砲を撃てない〉
〈防衛システムの復旧は勿論、澪はそのことも考慮に入れて包囲してるんだわ〉
悠希の指摘をアデライトが肯定し、園香が涼やかな声音を凜と響かせる。
〈頃合いだ。残る手を実行に移す。打開策は、アイギス八を倒すことだ。わたし――〉
言い差したそのとき、園香の言葉を遮るように通信が入る。
〈守啓第二連隊所属、アデライト・ラーゲルクヴィストに中央軍基地への帰還を命じる。要塞都市間同盟ガイアは、貴官を必要としている。命令に従わない場足は、演算凍結処理を行いこちらでコントロールし帰投させる〉
その通信と同時AR認識処理されたウィンドウに、芽生が声を張り上げ激しく何ものかに抵抗する様子が映し出された。
突然の通信と共にブリーフィングルームの扉が開き、各都市の軍を管理する要塞都市間同盟ガイア直轄軍アトラスの青い制服を着た男女三人が入出し、壮年の男性が告げる。
「久留美川博士、レガトゥスの遠隔操作キーを渡してください。アデライト・ラーゲルクヴィストは、我々が引き継ぎます。博士も、我々と一緒に退避を」
「要塞都市東京を見捨てるんですか!」
白衣を翻し芽生は椅子から立ち上がり、頭二つ分も高いアトラスの軍人にくってかかった。壮年の軍人は動じない。
「ご理解ください。この状況は覆せないとのガイア軍上層部の判断です。電脳世界からの亡命者アデライト・ラーゲルクヴィストをガイア軍上層部は、非情に重要視しています」
「それは、アデライトさんにまだ利用価値があるから。ですが、彼女はただ情報収集されるために現実世界に亡命したんじゃありません!」
「博士は、これまでどおり次世代機械兵開発を継続できます」
若い女性の軍人が、そう提案した。芽生の地味だが整った面が紅潮し銀色フレームの眼鏡越しに目が、闘志に燃えた。白衣のポケットに手を忍ばせ、普段のややおどおどした雰囲気を芽生はかなぐり捨てる。
「わたしは、確かに自分の研究が第一です。けど、今はそれどころじゃないんです」
ポケットから抜いた右手に出撃前園香から渡された拳銃が握られ、壮年の軍人を照準する。
「出て行ってください」
「久留美川博士、あなたは軍人じゃありません。そんなものあなたには使えない」
「素人の方が、怖いですよ。怖くて引き金、引いちゃいそうです」
銃声が鳴り響き、壮年の軍人の顔すれすれを弾丸が通り過ぎた。罵声が響く。
「民間人とはいえ、ただでは済まないぞ」
三人のアトラス軍人は脅しを口にしつつ、ブリーフィングルームから出て行った。すぐさま芽生は、扉をロックした。焦燥を帯びた問いかける悠希の声が、スピーカーから聞こえる。
「久留美川博士、無事ですか?」
「わたしは、平気です。アデライトさんの遠隔操作キーは、わたしが死守します。ですので、皆さんは必ず生きて帰ってきてください」
「済まない、久留美川博士」
ヘルメットのバイザー越しの精緻な美貌に真摯さを漂わせ、園香は礼を述べた。三面のモニタを透かすように各種戦域・戦場の状況を示す映像が、AR認識処理されウィンドウ表示でずらりと並ぶ。コックピットシートに端座する園香は、強化繊維でできた薄青色のジャケットと黒色のレギンスといった出で立ちをしたパイロットスーツに細身の身体を包み、一つ大きく息を吸い込んだ。湖面を思わせる智の宿りがある瞳を見開き、苛烈な彩りに染める。
「入埜第三小隊各位。わたしが、五小隊を率いて、後方のアイギス八の戦力を引きつける。その隙に、アイギス八を、澪を倒してもらいたい」
〈ラムジェット推進オンライン〉
サポートAIであるイオが告げると同時、グラディエーターが亜音速を越え加速した。園香率いる五つの小隊は現実世界軍の後方を迂回し、ラムジェット推進に切り替え電脳世界軍左翼の軍団を一気に抜き去り敵軍後方へと出た。モニタに映し出された一点を園香が注視すると、AR認識処理でウィンドウが現れ拡大表示された。涼やかな目元に園香は、笑みを浮かべる。
〈いた〉
現実世界軍三連隊の正面に位置する軍団の後方に、直属の大隊を従え周囲を従属型機械兵ヴァレットで固めた参謀機アイギスが。珊瑚色の唇を、園香は軽く舌で湿す。
「この戦いを生き残れば、新たな可能性の芽が生まれる。電脳世界の亡命者、アデライトを迎えた現実世界が新たな道を歩む可能性が。悠希が変わったように。それを今ここで、摘ませるわけにはいかないんだ。うまく釣られてくれよ、アイギス八、いや、澪」
連隊長機仕様の頭部形状が若干異なるグラディエーターに率いられた五つの小隊は、アイギスへと向かった。直属の大隊が動き、向かってきた。涼やかな声に、園香は思いを込める。
「うまくいった。後はよろしく頼むぞ、悠希、アデライト」
「アーチャーを後列に中隊規模で幾つも纏めて、電磁投射砲の集中運用」
遊撃を園香から任された入埜第三小隊がアデライトの指揮の下戦闘をこなす合間、交わされるコノカとの会話。敵五軍団の前衛に、あちこち穴が開き始めている。縋るような思いで悠希は、口調にそれを滲ませる。
「うまくいけば、戦力差を縮められる。せめて互角の戦いに持ち込めれば」
〈けど、指揮を執っているのは、あの澪よ〉
冷静なコノカの指摘に、淡い期待が萎むのを悠希は感じた。コノカの言うとおり、あの澪が無策でいる筈はないのだ。それでも、穿たれた敵前衛の穴に現実世界軍の機械兵部隊が次々と入り込み軍勢を押し上げていく様を見ると、どうしても期待してしまう。もしかしたら、と。このままうまくいくのでは、と。だが、次の瞬間その光景に悠希は呆気にとられる。
「え? 何だよ、それは」
まるで敵五軍団は、それが一つの軍団であるかのように、その身体を収縮させ前衛を一気に下がらせたのだ。敵の前衛に入り込みその点を繋ごうとした矢先、前衛そのものが消失し味方の主力三連隊の目の前に新たな前衛が構築され出現した。
囁きに悠希はグラディエーターを機動させ、伸びたAR認識処理された黄色と赤色の射撃・砲撃予測線を直撃から外し、至近を中性子ビームと超速の砲弾とが通り過ぎた。戦闘支援エッジコンピューティングを介した、アデライトの指示が届く。
〉座標、Xー二六、Yー四八、Zー一七へ移動。一一時五〇分、俯角六度へ射撃
敵味方主力の息を飲む攻防が繰り広げられようと、入埜第三小隊のみならず園香率いる守啓第二連隊の五小隊も遊撃を行っているため、自分たちの戦いがなくなるわけではない。悠希は指示どおり荷電粒子砲を連射し、敵小隊を誘導した。敵部隊は回避途中で射撃・砲撃に左右、上下から遭遇し次々に被弾。一機また一機と堕ちていった。鋭いコノカのアルトが注意を喚起する。
〈悠希、敵軍に動きがあるわ〉
電脳世界軍五軍団は上下左右へと、素早く陣形を展開させた。現実世界軍三連隊を半包囲しようとしているのだ。中央軍基地からの援軍である連隊長たちはすぐさま反応したが、個別に対処しようとしたのがいけなかった。もどかしげに悠希は、声を苛立たせる。
「そんなやり方じゃ、みすみす澪の思う壺だ」
〈方面軍参謀機である澪が指揮する敵軍は、軍団が多数あろうと一つのユニットとして機能する。あれでは、好きに料理してくださいと言わんばかりだわ〉
焦燥を孕んだ悠希の懸念に、コノカも同意した。現実世界軍は、いかにも連隊間の連携が取れておらず対応も鈍い。迫った近接型機械兵三機に対処しつつ、悠希の意識は目の前の戦闘よりも主力同士の戦いに引っ張られ、三面ある内の右側のモニタに映し出される映像を目縁の端に捉え、その動きを注視していた。一気に動いた。呻きのような声を、悠希は上げる。
「くっ……このままじゃ……」
ばらばらに対処する三連隊の隙を突き、上下左右に展開していた軍団が急襲。現実世界軍主力は、少なからぬ損耗を被った。そして、動きの鈍った三連隊を尻目に半包囲を成功させた。鮮やかな手際だった。この危機的状況に、園香が第三小隊に繋いでくる。
〈やられた。さすがは、アイギス八。つけ込む隙がない〉
悔しげな口調の園香に、悠希は同情を覚えた。もし園香が小隊の寄せ集めではなく正規の連隊を指揮していれば、ここまでの敵の快進撃を許さなかっただろう。だが、これが現実だ。この現実に対処できなければ、要塞都市東京に明日はない。涼やかな声を、園香は慎重にする。
〈ここから、どう挽回するか……可能なのか? 連隊を率いていないわたしの意見を、中央の連隊長方は聞くだろうか?〉
抑えようとしても一四歳といった年齢らしいもどかしさが口調に滲む園香に、アデライトが銀鈴を難しげにする。
〈ですが、よほど思い切った手を打たなければ、この状況を打開するのは難しいでしょう。澪は、抜け目のない人物ですから。正直、厳しい〉
「けど、どうにかしなければ要塞都市東京は蹂躙され、大勢の市民たちの命が無残踏みにじられる。無理だろうと、僕たちは電脳世界軍を、澪を撃退しなくちゃならないんだ」
荷電粒子砲の火線にアクィラを沈めつつ悠希は、激情を激しく燃え盛らせた。躊躇うようにアデライトは、悲しげに声を響かせる。
〈……悠希……わたしは、悠希の故郷を業火に沈めた。わたしは、あれ以来死神だった。あんなこと、二度とあってはならないわ。悠希の言うとおり、弱気になるわけにはいかない〉
〈アデライト、悠希に釣られるな。感情論で覆るほどこの状況は簡単じゃない。アデライトの持ち味は、奇抜で緻密な戦術。理性的に対処すべきだ〉
「寧々、僕を脳筋みたいに言うな。でも、アデライトは元軍団長。守啓連隊長は、柔軟で機知に富んだ戦術を得意とする。二人とも指揮官として傑出してる。協力し合えば、何か打開策が見つかるんじゃ」
むっとしつつも悠希は寧々の言葉に思い当たり、一縷の希望を口にした。涼やかな声を面白そうにしながら、園香は口調に好奇を滲ませる。
〈だ、そうだ。アデライト、何か策はあるか?〉
〈策と言えるほど明確なものは。ですが、やはり敵の核は澪〉
〈わたしもそう思う。敵の軍団の巧妙な連携は、参謀機である澪がいなければあり得ない。同格の軍団長同士では、現実世界軍同様誰かを主将に据えたとしても軍団同士の連携に齟齬が生じる。裏を返せば、軍勢を手足にできる格上の澪さえいなければつけいる隙が出てくる〉
甚だシビアな状況に置かれ連隊長である園香は、小隊長の悠希が抱く焦燥とは別種の緊張を強いられているに違いなく、息抜きをするように分かりきった核心を明るい口調で話した。
――そう。澪さえ退場させることができれば、この戦局を覆せる――
戦場で再会した幼馴染みは、主義にせよ戦いにせよことごとく悠希の道を塞いできた。連隊長である園香に対して、遠慮のない口調と言葉遣いで錦が反論を口にする。
〈でもよー。それが、一番難題なんじゃねーか。できてれば、こんな状況になっていない〉
〈そんなこと、守啓連隊長が分からないわけがないだろう。分かっていて、この状況の原因を口にすることで、別の角度からの切り口を探っているんだ〉
〈擁護ありがとう、芭蕉宮。ま、そういうことだ五寧。妙案がなかなか浮かばないから、発想を変えてみたかったんだ。唯一残る手はあるにはあるが、わたし好みではないんだ。結局、個人の勇頼みになってしまうからっ!〉
半包囲した電脳世界軍がじわりと圧力を加えてきて、応戦した園香から気合いが迸った。上下、左側、正面から迫る機械兵の陣列に、悠希もグラディエーターに苛烈な機動を叩き込み、一個の獰猛な戦闘機械へと堕していった。あちこちで、現実世界軍の機械兵が脱落していく。このままでは、電脳世界軍に飲み込まれてしまうのも時間の問題だった。
AR認識処理によって空中に浮かぶウィンドウに映し出された芽生が、急に慌ただしくしだすと報告する。
〈中央軍基地から入電。空中巡航艦七隻が南方に向けて出撃準備を整えているそうです〉
〈うひょっ! ちゃちとはいえ、超大口径電磁投射砲を備えた空中艦が七隻か〉
〈電脳世界軍の空中艦には性能で大分水をあけられているが、それだけの火力があればこの状況だって何とかなる〉
〈さすがに中央軍基地からの増援の旗色が悪く、虎の子の空中艦を出さずにはいられないか〉
奇声と共に錦が歓声を上げ、ほっとした口調で寧々に喜色が滲み、やや意地悪く玲一が喜んだ。懸念を悠希が口にする。
〈けど、電脳世界軍の連中、現実世界軍にべったり張り付いてる。このままじゃ、電磁投射砲を撃てない〉
〈防衛システムの復旧は勿論、澪はそのことも考慮に入れて包囲してるんだわ〉
悠希の指摘をアデライトが肯定し、園香が涼やかな声音を凜と響かせる。
〈頃合いだ。残る手を実行に移す。打開策は、アイギス八を倒すことだ。わたし――〉
言い差したそのとき、園香の言葉を遮るように通信が入る。
〈守啓第二連隊所属、アデライト・ラーゲルクヴィストに中央軍基地への帰還を命じる。要塞都市間同盟ガイアは、貴官を必要としている。命令に従わない場足は、演算凍結処理を行いこちらでコントロールし帰投させる〉
その通信と同時AR認識処理されたウィンドウに、芽生が声を張り上げ激しく何ものかに抵抗する様子が映し出された。
突然の通信と共にブリーフィングルームの扉が開き、各都市の軍を管理する要塞都市間同盟ガイア直轄軍アトラスの青い制服を着た男女三人が入出し、壮年の男性が告げる。
「久留美川博士、レガトゥスの遠隔操作キーを渡してください。アデライト・ラーゲルクヴィストは、我々が引き継ぎます。博士も、我々と一緒に退避を」
「要塞都市東京を見捨てるんですか!」
白衣を翻し芽生は椅子から立ち上がり、頭二つ分も高いアトラスの軍人にくってかかった。壮年の軍人は動じない。
「ご理解ください。この状況は覆せないとのガイア軍上層部の判断です。電脳世界からの亡命者アデライト・ラーゲルクヴィストをガイア軍上層部は、非情に重要視しています」
「それは、アデライトさんにまだ利用価値があるから。ですが、彼女はただ情報収集されるために現実世界に亡命したんじゃありません!」
「博士は、これまでどおり次世代機械兵開発を継続できます」
若い女性の軍人が、そう提案した。芽生の地味だが整った面が紅潮し銀色フレームの眼鏡越しに目が、闘志に燃えた。白衣のポケットに手を忍ばせ、普段のややおどおどした雰囲気を芽生はかなぐり捨てる。
「わたしは、確かに自分の研究が第一です。けど、今はそれどころじゃないんです」
ポケットから抜いた右手に出撃前園香から渡された拳銃が握られ、壮年の軍人を照準する。
「出て行ってください」
「久留美川博士、あなたは軍人じゃありません。そんなものあなたには使えない」
「素人の方が、怖いですよ。怖くて引き金、引いちゃいそうです」
銃声が鳴り響き、壮年の軍人の顔すれすれを弾丸が通り過ぎた。罵声が響く。
「民間人とはいえ、ただでは済まないぞ」
三人のアトラス軍人は脅しを口にしつつ、ブリーフィングルームから出て行った。すぐさま芽生は、扉をロックした。焦燥を帯びた問いかける悠希の声が、スピーカーから聞こえる。
「久留美川博士、無事ですか?」
「わたしは、平気です。アデライトさんの遠隔操作キーは、わたしが死守します。ですので、皆さんは必ず生きて帰ってきてください」
「済まない、久留美川博士」
ヘルメットのバイザー越しの精緻な美貌に真摯さを漂わせ、園香は礼を述べた。三面のモニタを透かすように各種戦域・戦場の状況を示す映像が、AR認識処理されウィンドウ表示でずらりと並ぶ。コックピットシートに端座する園香は、強化繊維でできた薄青色のジャケットと黒色のレギンスといった出で立ちをしたパイロットスーツに細身の身体を包み、一つ大きく息を吸い込んだ。湖面を思わせる智の宿りがある瞳を見開き、苛烈な彩りに染める。
「入埜第三小隊各位。わたしが、五小隊を率いて、後方のアイギス八の戦力を引きつける。その隙に、アイギス八を、澪を倒してもらいたい」
〈ラムジェット推進オンライン〉
サポートAIであるイオが告げると同時、グラディエーターが亜音速を越え加速した。園香率いる五つの小隊は現実世界軍の後方を迂回し、ラムジェット推進に切り替え電脳世界軍左翼の軍団を一気に抜き去り敵軍後方へと出た。モニタに映し出された一点を園香が注視すると、AR認識処理でウィンドウが現れ拡大表示された。涼やかな目元に園香は、笑みを浮かべる。
〈いた〉
現実世界軍三連隊の正面に位置する軍団の後方に、直属の大隊を従え周囲を従属型機械兵ヴァレットで固めた参謀機アイギスが。珊瑚色の唇を、園香は軽く舌で湿す。
「この戦いを生き残れば、新たな可能性の芽が生まれる。電脳世界の亡命者、アデライトを迎えた現実世界が新たな道を歩む可能性が。悠希が変わったように。それを今ここで、摘ませるわけにはいかないんだ。うまく釣られてくれよ、アイギス八、いや、澪」
連隊長機仕様の頭部形状が若干異なるグラディエーターに率いられた五つの小隊は、アイギスへと向かった。直属の大隊が動き、向かってきた。涼やかな声に、園香は思いを込める。
「うまくいった。後はよろしく頼むぞ、悠希、アデライト」
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