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並列世界大戦――陽炎記――

mission 04 repose 2

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 AR認識処理された照準の向こう、悠希のグラディエーターにケントゥリオと二機のアクィラが追い立てられた。己の内側から湧き上がるビジョンに従い、ヘルメットのバイザー越しの美人顔と口元をキュッと引き締め、寧々はトリガスウィッチを押した。軌条のような砲身にプラズマが迸り電磁気力ローレンツ力で打ち出された超速の砲弾が、過たずアデライトに指定された敵機を次々と撃破していった。定期的な電脳世界サイバーワールド軍側の侵攻で、敵一軍団に対して、こちらは一連隊。
 鈍色の厚い装甲に覆われた重量級のアーチャーを寧々は煽り、戦闘支援エッジコンピューティングを介して伝えられるアデライトが指示した座標へと機体の位置を変更した。小鳥のさえずるようなソプラノが、寧々を優しくくすぐる。

〈さすがよね、アデライト。彼女が指揮を執ると、第三小隊の動きが全く違うわ〉
「全くだ。敵を、あのアイギスと率いるスレイブを思い出すけどな。戦場全体を見渡し、攻撃を組み立てる。人間には、不可能な芸当だ。次」

 話しつつ敵機を照準した寧々は、湧き上がる未来のビジョンに従い葬った。既に、寧々一人のために電脳世界サイバーワールド機械兵マキナミレスは、二〇機以上撃破されている。普段にも増して、アデライトの指揮により寧々の活躍は際だった。絹のように滑らかで涼やかな声が、寧々の意識を束の間戦闘から解放する。

撃墜王エース顔負けのご活躍だな、狙撃の女王スナイパークイーン。綾咲が連隊にいてくれて頼もしいよ〉

 入埜第三小隊が所属する連隊指揮官がいきなり繋いできて、やや寧々は驚いたものの返答に適度な節度を織り込みながら、内心の葛藤に目を背けつつ答える。

「ありがとうございます、守啓連隊長。そう言われると、照れますね。ですが、あたしがこうして砲撃に専念していられるのも、指揮を執るアデライトと小隊員の実力があってこそです」
〈謙遜か? まぁ、いい。引き続き戦闘に専念してくれ〉

 通信を園香が切ると、寧々は面に硬い表情を纏い直した。





「みんなが褒めてくれるけど、これはあたしの実力じゃない。被験者として、人工的に作り出されたものだ。だから、辛い」

 野性味を都会的洗練に化粧させた婀娜っぽい美しい面に思慮の彩りを浮かべ、寧々は憂いの溜息を零した。打ちっぱなしの壁にウッディーなカウンターが特徴的な、よく利用する基地内に五カ所あるカフェに戦闘から戻った悠希と寧々はいた。寧々らしいと、悠希は思う。彼女に冠せられた異名〝狙撃の女王スナイパークイーン〟に恥じぬ戦闘技量を讃えられれば讃えられるほど、寧々は深い苦しみに沈むのだ。吐息を、悠希は一つ落とす。

「前からずっと言っていることだけど、予知者としての異能は、もう寧々のものなんだよ。だってそれは、寧々から切り離せないものなんだから。受け入れなければ、寧々は寧々ではいられない。負った傷は、命が終わるまで自分のものだ。それが、自分を証明してくれる」
「言うようになったじゃないか、悠希。否、悠希だからそう思えるのか。決して、悠希は要塞都市横浜で過去起こった悲劇を、心から消すことはできない。消してしまえば、もうそれは悠希ではないんだから。その上で、生きて行かなければならないんだ」

 哲学的な智の宿りを瞳に浮かべ、寧々は美人顔を深く穏やかにした。悠希は、頷く。

「そう。それが、僕。どうしたって、僕の中の復讐心は消せはしない。なくなれば、僕は僕でなくなる。けど、それでも、行き先は変えることができる」
「悠希は、変わったな。自分の未来の可能性を考え始めたってことか」
「よく分からないけど。悲劇を生み出す電脳世界サイバーワールドを滅ぼしたいって、今でも思うよ。けど、違うやり方もあるのかもって思っただけ」

 今の悠希自身の生きる目的は、曖昧としていた。以前のように己を突き動かす、激しい復讐心が自分を支えきれなくなったから。だから、迷っているというのが正直なところだ。アデライトが希望するような未来を否定しきるつもりはないし、そのまま受け入れるつもりもない。答は、悠希自身で出さなければならないことだから。だって、これは自分が自分である限り悠希の物語だからだ。ふっと笑みを、寧々は美人顔に閃かせる。

「それを、変わったって言うんだよ。自分の願望だけが、自分の中の正義でなくなったから。可能性が、悠希に生まれたんだ。それを、大事にして行くんだな。完璧なものなんて、この世界にはないんだ」

 ふっと笑むと寧々は、カフェに流れるジャズに耳を傾けるように目を閉じた。悠希もそれに倣い、何年ぶりだろう落ち着いた気持ちに心と身を委ねた。





 軍務を終え悠希は、夕食を取ろうと大食堂へ向かっていたが途中威圧的な声をかけられる。

「ちょっと、付き合え。入埜小隊長」
「俺たちと一緒に、お出かけすんべ」

 乱暴な物言いにぎょっとなり振り向いた先には、意外な取り合わせの二人が立っていた。玲一と錦だ。首を傾げつつ、悠希は尋ねる。

「何の用? 夕食にしようと思っていたんだけど」
「街へ繰り出すぞ、入埜」
「この前の休み、隊長の私服姿を見たがあれじゃな」
「いきなり、何言い出すのさ。どうしたの? 二人ともちょっと変だよ」

 不意の言葉に何を言われているのか分からない悠希は、年相応のきょとんとした表情で二人に疑問の視線を投げた。錦と玲一は一瞬視線を交わし、にやりとする。

「明日、アデライトちゃんとデートすんだろう? 心優しくいけてる俺たち先輩二人が、入埜の服を見立ててやる。入埜は、そういうことに関心ねーもんな」
「レディーに恥を掻かせるわけにはいかない。アデライトにとって、明日は大事な一日だ。こちらに戻って、初めて戦争から離れた世界を見るんだ。それに、兵士であることだけが、悠希の人生じゃない。この前、先輩として指導して欲しいって言ってだだろう」
「けど、入埜に戦いのイロハを教えるのも今更だからな。だから、俺たちは入埜に人生の楽しみ方を教えてやろうってわけだ。餓鬼っぽい愉しみ方を覚えろよ」

 断ろうとする悠希の腕を引き、玲一と錦は強引に引っ張っていった。どうやら二人は相談していたらしい。いつの間にと、悠希はお節介に感じた。
 一旦宿舎に戻り私服に着替え、悠希と錦に玲一は呼んでおいた自走車に乗り込み南方軍基地を離れた。三人が降りたのは、様々な店が軒を連ねる瀟洒な一角。夜の帳が降りたそこは、明かりが煌めく宝石のようだった。錦と玲一が悠希を連れ向かったのは、男性用のブティック。居心地の悪さに、悠希は抗議を口にする。

「何か、恥ずかしいよ。僕、こういうところ来たことないし」
「お上りさんみたいなことを、言ってんじゃねーよ。もう餓鬼じゃねーだろう。慣れとけ」
「その通りだ。今から見た目にも気を遣っていかないと、先が心配だ」

 抵抗する悠希に流行のファッションで身を固める錦と玲一は、普段とは違った軍人ではない別の顔を見せた。それは、悠希が知らなかったプライベートな年上の二人。戦いなら自信のある悠希だったが、これは勝手が違う。ここでは、悠希は二人の隊長ではなかった。降参する。

「はー。こんなことになるなんて。分かったよ」

 しょうがないと、悠希は盛大に深い溜息を吐いた。二人は面倒見がよく、似合う組み合わせを見つけるまであれやこれやと悠希を着せ替えた。たっぷり一時間以上そうすると、ようやく玲一と錦人は満足げに頷く。

「悪くない。アデライトに恥を掻かせることはないだろう」
「ま、こんなもんだろう。軍人には見えねー。いかにも、街にいる若者だな」
「こういうのって着慣れなくて、落ち着かない。確かに、僕の雰囲気は随分変わるけど」
「慣れろ。それから、明日は愉しんでこい。現実世界リアルワールドに亡命して、アデライトが基地の外を見る初めての機会だ」
「そうそう。戦争のことなんて忘れちまえよ。明日の入埜は、入埜第三小隊の小隊長入埜悠希じゃねー」
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