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並列世界大戦――陽炎記――
mission 03 mercy 5
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休日明けの今日は、すっきりと晴れ渡った空が夏を意識させてくる晴天だった。昨日は夕方近くまで園香に付き合い、連隊長としての園香しか知らなかった悠希は、軍人ではない少女としての彼女を知ることができ新鮮だった。お陰で鬱憤から少しは解放され、課せられたシミュレーション訓練を終え廊下を歩いていると、耳慣れた声を後ろからかけられる。
「よう、悠希」
立ち止まり振り返ると、野性的でありながら都会的に洗練されたルックスを有した寧々が歩いてきた。片手を上げ悠希は廊下を戻り、寧々と互いの傍で立ち止まる。
「寧々。今日は、これから待機任務だな。どうする?」
「これといって、することはないかな。ところでさ、悠希。あたしは、悠希を嫌な奴だとは思いたくないんだ」
「いきなり、何言い出すんだ。僕は、嫌な奴なのか?」
用心しつつ、悠希は探りを入れた。昔からの付き合いで、寧々が脈絡なく話題を変えるときには、予想外に切り込まれ悠希は精神を苛立たせられてきたからだ。彫りの深い意思の強そうな美人顔に、人の悪い笑みを寧々は浮かべる。
「アデライトから指揮権を取り上げるために、自分の感情をぶつけたわけじゃないってこと」
「久留美川博士から、聞いたのか?」
自分の研究が一番大事と、敵意を向けてくる芽生を思い出し悠希は嘆息する。
「寧々が言うとおり狙って僕がやったんだとしたら、我ながら大したものだと思うよ」
「茶化すな、悠希」
声を厳しくする寧々に、悠希はあのときの炎を否定した。そんなつもりで、言ったのではない。あれは、どうしようもない悠希の本心だ。断じて、打算などから生じた言葉ではない。
「ごめん。そりゃ、僕は電脳世界人――思念体が嫌いさ。その一つ、アデライトの指揮なんて冗談じゃないと思う。けど、そんな真似はしたくない。後味が悪い」
思慮の深みがある瞳で悠希を見詰めてくる寧々は、納得を面に浮かべる。
「上の方へ歩いて行くのを見た」
「え?」
「アデライトさ。話しておいた方がいいんじゃないか?」
別に話などしたくない悠希は、冗談じゃないと思う。嫌そうな顔を、悠希は寧々へ向ける。
「僕に行けって?」
「それが仕事だろう、隊長さん」
パシッと勢いよく、寧々は悠希の背中を叩いた。
〈悠希、アデライトに指揮をお願いするのよ。命令じゃなくて〉
〈どうして僕が、そんな真似をしなくちゃならないのさ? 別に僕は、どうしても指揮して欲しいわけじゃない〉
〈誠意が必要だわ。悠希は、アデライトを認めるって〉
〈は? どうしてそんな嘘をつかなきゃならないんだ〉
〈別に、アデライトの過去を許すとか、受け入れろって言ってるわけじゃないのよ〉
〈同じことさ。煩いから、切るよ〉
コノカとの接続を悠希は一方的に切断し、ちょうどエレベーターの扉が開き外へと出た。最上階は三角形の屋根を持つ塔屋となっていて、少し先に屋上への入り口があった。自動ドアを出て屋外へ出ると、強化ガラスの柵で囲まれた、緑とベンチに東屋や自動販売機などがあるちょっとした公園といった趣の、強めの陽射しに照らされた屋上へと出た。夜間の使用も考慮され、ナイター設備を備えている。さっと視線を、悠希は走らせる。
「いた」
周囲をランニングなどに使用できる広いトラックが囲む、屋上中央に位置する広い池。その畔。一人ベンチに座るメイド服姿の年少の少女。吹き渡る心地よい風がハーフツインテールにした金髪を揺らし、衣装等から全体的に小悪魔的な雰囲気を宿す少女を清らかに見せた。それがヒューマノイドと知りつつも、悠希は束の間見とれてしまう。段差に足音が鳴る。
「……入埜小隊長」
物音にはっとなり可憐な面を振り向けアデライトは、青い瞳に悠希の姿を捉え無感情に呟くと、再び小ぶりな唇を開き語調を幾分挑発的にする。
「どうして、ここに?」
「綾咲が、煩くてさ。アデライトと、仲直りしろって」
口調に感情を込めぬ悠希の声は、ややもすると他人ごとだった。続ける。
「わかり合えるとは思っていない。けど、このまま小隊の戦闘指揮をアデライトが執ってくれないと、要塞都市間同盟ガイアとしては困ることになる。僕も軍人の端くれだから、やるべきことはしなくちゃいけない」
「嫌々ね、入埜小隊長。どうせ、分かり合う気もないんでしょう」
青い瞳を鋭くし声に怒気を乗せるアデライトに、悠希はむっとなる。
「アデライトが我が儘だから、こうして僕が今ここで説得してるんじゃないか」
「何よ、それ。悠希は、わたしに冷たいわ。壁がある。決して心を開こうとしない。悠希は、軍人としての義務をわたしに課しているだけ」
「仕方がないだろう」
拗ねたようなアデライトに互いの関係は分かっているんだから割り切れよ、と悠希は苛立った。アデライトは声音を激しくする。
「故郷を奪ったわたしを、悠希は許せない。それは、仕方がないとわたしも思う。だって、決して償えないことだから。けど、それで心を閉ざしたままでいないで欲しい。わたしは、悠希とも分かり合いたいの」
可憐な面を険しくし、アデライトは感情をぶつけてきた。この前から悠希の中で燻っていたチロつく炎が、勢いを強める。
「まるで人間気取りじゃないか? 僕を騙そうとするな。そんなふうに振る舞うな。電脳世界人は、血の通わぬ人の心を無くした演算するだけの冷徹な機械だ。人間じゃない。人間みたいに、傷ついた振りをするな」
「わたしは、人間よ! 悠希」
「嘘を吐くな!」
撥ね付けるようなアデライトの苛烈を込めた叫びに、悠希は隠さぬ本音を叩き付けた。射貫くような青い瞳を悠希に向け、アデライトは睨み付ける。
「わたしは、電脳世界と現実世界の共存を望んで亡命した。悠希だって、本心ではそれを望んでいる筈だわ。わたしと悠希で分かり合えないのに、そんなこと夢物語……。だから、悠希。わたしたちは、このままではいけない筈だわ」
「分からない? 僕は電脳世界を憎んでるんだ。滅ぼしたいって思ってる。アデライトたちのような、自分を人間だと思い込んでる機械を消し去りたいんだ。僕は、君のような夢物語めいたおめでたいことを望んだりしない」
拒絶を顕わにする悠希にアデライトは痛切さを表情に湛え暫し無言でいたが、再び口を開くときには表情を聡慧なものに切り替える。
「やっぱり、入埜小隊長と澪――アイギス八は似ているわ。互いを滅ぼさない限り、この戦争は終えられないって。互いを認められない限り、未来を掴むことはできないのよ」
「認めるも何も、電脳世界は偽物。そこの住人は、人間の振りをした犠牲。感情さえも演算で作り出された機械。そんなものと、どうやって分かり合えって?」
「そう。それが、入埜小隊長の考えなのね。これでは、話にもならないわ。過去の贖罪のためにも、わたしは優しい未来を勝ち取らなければならない。わたしは、そのためにここにやって来た」
「何だよ、過去の贖罪のためって。アデライは、僕がいるからそんな言い訳がましいことを言い始めたんだろう」
「仕方がないじゃない。過去は消えないんだから」
ヒューマノイドの作り物とは思えない強い意志を湛える瞳に瞋恚を宿すアデライトに、悠希は素っ気なく言い放つ。
「指揮を執りたくないんなら、それでいいさ。元々、僕はアデライとを部下としてうまく使っていくつもりだった。例え、機械であっても。僕が、小隊のみんなを生き残らせてみせる」
言いつつ悠希の脳裏に、「学べばいいと思うぞ」との陸の言葉が蘇った。腹立たしげなアデライトの声が、悠希の耳を通り過ぎる。
「何よ、それ」
「よう、悠希」
立ち止まり振り返ると、野性的でありながら都会的に洗練されたルックスを有した寧々が歩いてきた。片手を上げ悠希は廊下を戻り、寧々と互いの傍で立ち止まる。
「寧々。今日は、これから待機任務だな。どうする?」
「これといって、することはないかな。ところでさ、悠希。あたしは、悠希を嫌な奴だとは思いたくないんだ」
「いきなり、何言い出すんだ。僕は、嫌な奴なのか?」
用心しつつ、悠希は探りを入れた。昔からの付き合いで、寧々が脈絡なく話題を変えるときには、予想外に切り込まれ悠希は精神を苛立たせられてきたからだ。彫りの深い意思の強そうな美人顔に、人の悪い笑みを寧々は浮かべる。
「アデライトから指揮権を取り上げるために、自分の感情をぶつけたわけじゃないってこと」
「久留美川博士から、聞いたのか?」
自分の研究が一番大事と、敵意を向けてくる芽生を思い出し悠希は嘆息する。
「寧々が言うとおり狙って僕がやったんだとしたら、我ながら大したものだと思うよ」
「茶化すな、悠希」
声を厳しくする寧々に、悠希はあのときの炎を否定した。そんなつもりで、言ったのではない。あれは、どうしようもない悠希の本心だ。断じて、打算などから生じた言葉ではない。
「ごめん。そりゃ、僕は電脳世界人――思念体が嫌いさ。その一つ、アデライトの指揮なんて冗談じゃないと思う。けど、そんな真似はしたくない。後味が悪い」
思慮の深みがある瞳で悠希を見詰めてくる寧々は、納得を面に浮かべる。
「上の方へ歩いて行くのを見た」
「え?」
「アデライトさ。話しておいた方がいいんじゃないか?」
別に話などしたくない悠希は、冗談じゃないと思う。嫌そうな顔を、悠希は寧々へ向ける。
「僕に行けって?」
「それが仕事だろう、隊長さん」
パシッと勢いよく、寧々は悠希の背中を叩いた。
〈悠希、アデライトに指揮をお願いするのよ。命令じゃなくて〉
〈どうして僕が、そんな真似をしなくちゃならないのさ? 別に僕は、どうしても指揮して欲しいわけじゃない〉
〈誠意が必要だわ。悠希は、アデライトを認めるって〉
〈は? どうしてそんな嘘をつかなきゃならないんだ〉
〈別に、アデライトの過去を許すとか、受け入れろって言ってるわけじゃないのよ〉
〈同じことさ。煩いから、切るよ〉
コノカとの接続を悠希は一方的に切断し、ちょうどエレベーターの扉が開き外へと出た。最上階は三角形の屋根を持つ塔屋となっていて、少し先に屋上への入り口があった。自動ドアを出て屋外へ出ると、強化ガラスの柵で囲まれた、緑とベンチに東屋や自動販売機などがあるちょっとした公園といった趣の、強めの陽射しに照らされた屋上へと出た。夜間の使用も考慮され、ナイター設備を備えている。さっと視線を、悠希は走らせる。
「いた」
周囲をランニングなどに使用できる広いトラックが囲む、屋上中央に位置する広い池。その畔。一人ベンチに座るメイド服姿の年少の少女。吹き渡る心地よい風がハーフツインテールにした金髪を揺らし、衣装等から全体的に小悪魔的な雰囲気を宿す少女を清らかに見せた。それがヒューマノイドと知りつつも、悠希は束の間見とれてしまう。段差に足音が鳴る。
「……入埜小隊長」
物音にはっとなり可憐な面を振り向けアデライトは、青い瞳に悠希の姿を捉え無感情に呟くと、再び小ぶりな唇を開き語調を幾分挑発的にする。
「どうして、ここに?」
「綾咲が、煩くてさ。アデライトと、仲直りしろって」
口調に感情を込めぬ悠希の声は、ややもすると他人ごとだった。続ける。
「わかり合えるとは思っていない。けど、このまま小隊の戦闘指揮をアデライトが執ってくれないと、要塞都市間同盟ガイアとしては困ることになる。僕も軍人の端くれだから、やるべきことはしなくちゃいけない」
「嫌々ね、入埜小隊長。どうせ、分かり合う気もないんでしょう」
青い瞳を鋭くし声に怒気を乗せるアデライトに、悠希はむっとなる。
「アデライトが我が儘だから、こうして僕が今ここで説得してるんじゃないか」
「何よ、それ。悠希は、わたしに冷たいわ。壁がある。決して心を開こうとしない。悠希は、軍人としての義務をわたしに課しているだけ」
「仕方がないだろう」
拗ねたようなアデライトに互いの関係は分かっているんだから割り切れよ、と悠希は苛立った。アデライトは声音を激しくする。
「故郷を奪ったわたしを、悠希は許せない。それは、仕方がないとわたしも思う。だって、決して償えないことだから。けど、それで心を閉ざしたままでいないで欲しい。わたしは、悠希とも分かり合いたいの」
可憐な面を険しくし、アデライトは感情をぶつけてきた。この前から悠希の中で燻っていたチロつく炎が、勢いを強める。
「まるで人間気取りじゃないか? 僕を騙そうとするな。そんなふうに振る舞うな。電脳世界人は、血の通わぬ人の心を無くした演算するだけの冷徹な機械だ。人間じゃない。人間みたいに、傷ついた振りをするな」
「わたしは、人間よ! 悠希」
「嘘を吐くな!」
撥ね付けるようなアデライトの苛烈を込めた叫びに、悠希は隠さぬ本音を叩き付けた。射貫くような青い瞳を悠希に向け、アデライトは睨み付ける。
「わたしは、電脳世界と現実世界の共存を望んで亡命した。悠希だって、本心ではそれを望んでいる筈だわ。わたしと悠希で分かり合えないのに、そんなこと夢物語……。だから、悠希。わたしたちは、このままではいけない筈だわ」
「分からない? 僕は電脳世界を憎んでるんだ。滅ぼしたいって思ってる。アデライトたちのような、自分を人間だと思い込んでる機械を消し去りたいんだ。僕は、君のような夢物語めいたおめでたいことを望んだりしない」
拒絶を顕わにする悠希にアデライトは痛切さを表情に湛え暫し無言でいたが、再び口を開くときには表情を聡慧なものに切り替える。
「やっぱり、入埜小隊長と澪――アイギス八は似ているわ。互いを滅ぼさない限り、この戦争は終えられないって。互いを認められない限り、未来を掴むことはできないのよ」
「認めるも何も、電脳世界は偽物。そこの住人は、人間の振りをした犠牲。感情さえも演算で作り出された機械。そんなものと、どうやって分かり合えって?」
「そう。それが、入埜小隊長の考えなのね。これでは、話にもならないわ。過去の贖罪のためにも、わたしは優しい未来を勝ち取らなければならない。わたしは、そのためにここにやって来た」
「何だよ、過去の贖罪のためって。アデライは、僕がいるからそんな言い訳がましいことを言い始めたんだろう」
「仕方がないじゃない。過去は消えないんだから」
ヒューマノイドの作り物とは思えない強い意志を湛える瞳に瞋恚を宿すアデライトに、悠希は素っ気なく言い放つ。
「指揮を執りたくないんなら、それでいいさ。元々、僕はアデライとを部下としてうまく使っていくつもりだった。例え、機械であっても。僕が、小隊のみんなを生き残らせてみせる」
言いつつ悠希の脳裏に、「学べばいいと思うぞ」との陸の言葉が蘇った。腹立たしげなアデライトの声が、悠希の耳を通り過ぎる。
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