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並列世界大戦――陽炎記――
mission 03 mercy 4
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「アデライトちゃん。せっかくみんなで集まってるんだし、会話に参加しようよ」
遠慮がちにいかにも恐る恐るといった様子でこちらを窺うように、錦がブリーフィングルームの中央に置かれたテーブルに腰を下ろす自分に話しかけてきた。アデライトは苛つく。
――何がアデライトちゃん? 二枚目気取りの軽薄男――
心中、アデライトは罵った。その無理に笑みを貼り付けた面を向けてくる錦をひっぱたいてやりたいくらい、今のアデライトは機嫌が悪い。この姿もあってサービスでコーヒーを煎れていたのだがそのような甲斐甲斐しさは鳴りを潜め、五月の午後の明るい陽射しに満ちた室内に似合わぬ、ぶすりとした顔をしていた。無言でヒューマノイドの表情を動かし、睨み付ける。
「……」
「コミュニケーションは、大事ですよ~。おーい、聞こえてますかー」
ダウナーなオーラを機械のボディである筈なのに撒き散らすアデライトに錦は近づけず、遠くから普段にはない謙虚さを発揮し慎み深く呼びかけた。錦から視線を外すと、アデライトは思考に沈み直す。
――悠希は、要塞都市横浜出身。その故郷を血に塗れさせたのは、わたし。生き残った者のことは、考えていなかった。いるとは、思っていなかったから――
迷路のような思考を途中迷いそうになりながら彷徨うアデライトの耳に、苛立たしげな舌打ちが飛び込んだ。振り向くと、錦が鋭い視線を向けていた。普段のおちゃらけた雰囲気が微塵もない、獰猛な声。
「入埜、アデライトちゃん、いつまでも甘えてんじゃねーよ」
視線を悠希に向け、錦は露骨にゲスな口調で詰る。
「死にたくなかったから、ガイア軍学校で偵察型を志望した。つえー入埜が隊に入ってラッキーって思ってたのに。アデライトちゃんだってすげー頼りにしてたのに、投げ出すし」
「勝手なこと言うな。年上のくせに、他人に頼ってばかり。恥ずかしくないのか?」
むっとした表情で悠希は、口調に怒気を滲ませた。さすがにアデライトも、突然の態度の豹変に戸惑ったものの、その我が儘さに腹が立った。クールさを感じさせる不思議な甘い声音を冷たくし、侮蔑を口にする。
「誰もが命をかけているというのに、我が身可愛さばかり……臆病者!」
「言ったな。なら、小隊長と実戦指揮官の役目を果たせよ。それが、けじめってものだろう」
投げつけるように捨て台詞を吐くと、錦は席を立ちブリーフィングルームを後にした。気遣うように芽生が、悠希に呼びかける。
「隊長さん」
「何です、久留美川博士」
振り向いた悠希は、面から険しさを消し去り頑なにポーカーフェイスを保った。そんな悠希を見ると、自分とは全くの他人だとアデライトは思う。まるきり別の世界に生きている。
電子音が鳴りテーブルに投影された回転する地球のオブジェが消え、〝sound only〟と表示されたウィンドウが現れた。立体音響で、しっとりとした女性の声が響く。
「守啓連隊長から、入埜第三小隊に業務連絡。入埜小隊長、わたしと付き合って欲しい、と園香から通達です」
園香の副官業務も務めるサポートAIのイオが要件を告げ、芽生がわたわたと尋ねる。
「な、何ですか、愛の告白ですか? 小隊員が聞いてる前で、大胆ですね」
「天然だな。さすがにそれはないだろう」
「ま、五寧が今いないから、誰かがボケをかましてくれて助かるけどな」
クールさを美人顔に寧々は浮かべメゾソプラノを哲学的にし、肩を玲一は竦め奥深さを感じさせる声に苦笑を滲ませた。再びイオの声が響く。
「グラディエーターの装備を模擬戦仕様にし、速やかに都市防壁外のAー三訓練エリアに向かってください」
「そんなことだろうと、思ったよ」
ふっと息を吐くように、悠希はやれやれと首を振った。席を立ちやや中性的で端正な面を引き締め、短く告げる。
「行ってくる」
都市防壁外のAー三訓練エリアの一角、二機のグラディエーターが対峙していた。コックピットシートに身を預ける悠希は、呼び出した相手――園香に尋ねる。
「どうして急に模擬戦を? もしかして、アデライトのことで久留美川博士から、何か意見がありましたか?」
〈隠してもしょうがないな。それもある。だが、ガイア軍学校東京のシミュレーションで、悠希は歴代四位。九位のわたしは、いつか手合わせいただけないかとかねがね思っていた〉
滑らかで涼やかな声をフランクに砕けさせ、園香は興味をちらつかせた。純粋に腕試しを愉しむつもりらしい園香に、悠希は対抗意識を刺激されやや低めの声をわざと丁寧にする。
「配属されてからの年数は、連隊長の方が上です。だから、僕より上かも知れません」
〈嫌な言い方だな。まるで、わたしが年上みたいじゃないか。それに、その言い方は意地が悪いぞ。今日は、胸を貸してくれ〉
幾分口調をむっとさせる園香に、悠希は苦笑した。園香の合図で、二機は飛び立った。互いに離れたところで、仕掛けたのは園香だった。斥力散開を発生させた盾を頭の上に構え機体を水平にし、砲身が向くようにときおり盾の角度を変え荷電粒子砲を放ち突進してきた。その創意に満ちた戦闘スタイルに、思わず悠希から感嘆の声が漏れる。
「うまい。応じづらいことを、やってくる」
火線に晒されることを嫌った悠希は、機体を急上昇させ園香のグラディエーターに合わせる角度でアフターバーナー推力で下降させた。目の前に浮かび上がるAR認識処理された照準を園香機に合わせ、縦把手のトリガスウィッチを押した。背の推進システムから伸びたX字型をした可変推進デバイスを動かし、さっと園香機が躱した。アルトに賞賛をコノカが乗せる。
〈そつがないわ。圧倒的な強さで押してくるタイプではなく、的確な判断力で戦うタイプ〉
肩の装甲が動き現れた推進器と向こう脛のそれで急制動をグラディエーターに悠希は課しつつ、向こう脛と脹ら脛部分の推力偏向ノズルを激しく動かし、空中をキックするように鋭角に曲がり、園香機の背後につけ既に右手に握られた模擬戦用のブレードを振り抜いた。園香のグラディエーターは躱すが、左脚にヒット判定。涼やかな声音を弾ませ、園香は賛辞を送る。
〈さすがに強い。人間としてなら、連隊で一,二を争うな〉
「第二大隊の常磐大隊長がいますから、僕は二位ですね。僕の目指す人たちの一人。要塞都市東京に六人いる撃墜王を超える超撃墜王。なので、連隊長には悪いと思いますが、勝たせてもらうつもりでした」
〈先程は殊勝なことを言っていたくせに、大きく出たな。ま、わたしに勝つのは仕方がない。だが、変だな。自分は二位と言い切れるとは? もしかしたら、三番手かも知れないぞ?〉
「どういうことです? 人間なら、って連隊長は言っていました。僕は認めませんが、思念体を人間としてカウントしたとしても、僕はアデライトに負けるつもりはありません」
揶揄するような口調の園香に、悠希は何を言われているのか理解し腹立たしかった。その感情が悠希が駆るグラディエーターを乱し、模擬剣を突き入れるタイミングが僅かに早まった。コノカの警告に、鋭い園香の声。
〈何をしているの、悠希〉
〈甘い〉
機体のモデリングが表示され、損傷判定箇所が赤くなった。盾で刺突を逸らし園香機が放った斬撃が、悠希のグラディエーターの右肩に損傷を与えたのだ。油圧シリンダーが一部破損と判定された結果、右腕の出力が二〇パーセントダウン。凜と、声を園香は響かせる。
〈油断大敵だな、悠希。自負は分かるが、昨日の件もある。わたしたちは、有り様を変えなければならないのかも知れない〉
「分かりませんね。強い新型が出てきただけでしょう?」
〈アイギス八は、悠希の幼馴染みなのだろう? 澪と呼んでいたな。どうだった? 久しぶりに出会った幼馴染みが、強くて驚かなかったか?〉
「……はい。強敵だったとは思います。でも、裏切り者です。故郷の要塞都市横浜で起きた悲劇を知りながら、当たり前に現れてくるんですから。澪にしろ、アデライトにしろ、人間ではありません。思念体は、血の通わぬ人の心を無くした演算するだけの冷徹な機械です。彼らを人間扱いするのは、止めてください」
はっきり言って悠希は、澪に一人では手も足も出なかった。悔しさが込み上げ、でも、相手は最早自分の知るよく遊んだ澪ではないと、悠希は思い直した。園香は、声音を厳しくする。
〈詭弁だな。澪は、悠希に親しげに話しかけてきたじゃないか? 思念体を人間ではない、と言う者は今は戦時中で多い。が、悠希は本気でそう思っているのか? 君の過去を知り、傷ついたアデライトを見てどう思った? どうして、アデライトを認められない?〉
挑発じみた園香の言葉に、悠希の中でどす黒い炎が燃え盛った。連隊長である園香に、悠希は上官に対する言葉遣いを忘れ、怒りを叩き付ける。
「煩い! 電脳世界《サイバーワールド》の奴らは、血の通わぬ機械だ! 僕は、あの世界を消し去りたいんだ」
〈馬鹿! 戦いの最中に、我を見失ってどうするの?〉
互いに追う形で飛行していた園香機へコノカの声を無視し、悠希はグラディエーターを一瞬空中で静止するようにぐるりと角度を強引に変え突進しようとした。が、無理矢理な軌道変更は、悠希の期待通りにはならなかった。ほんの少し流されてしまった。が、それは十分に園香にとっての隙だった。直撃判定。冷厳に園香の声が鳴る。
〈悪いな、悠希。わたしの勝ちだ。模擬戦にかこつけてお話ししようとしていたけれど、悠希があまりに正直だから、勝負に利用させてもらった。冷静でいるべきだな。挑発に乗って、乱されていては困る。今後、戦場で澪と出くわすだろうし、アデライトのことで思うところもあるだろう〉
――負けた。完敗だ。連隊長の頭脳戦に。僕は、何をやってるんだ――
「いいように、やられてたじゃないか? 隊長。相手は連隊長とはいえ、年下。情けない」
模擬戦を終え格納庫を出た悠希を待ち構えるように出入り口に立っていた玲一が、皮肉な笑みを鋭さのある整った面に浮かべ嘲笑した。それは悠希を侮蔑するためのものではなく、どちらかと言えば親しみを感じさせるもの。悠希もやや中性的で端正な面に悪い表情を浮かべ、挑戦的に言い返す。
「簡単に言うな。守啓連隊長は、ガイア軍学校東京のシミュレーションで歴代九位の実力者。弱敵じゃないんだよ。ちょっとした切欠で、負けもする。ま、さっきのは、連隊長の挑発に乗ったのが敗因だ」
「本当は、僕の方が実力が上だけど、油断して負けましたって?」
冷笑する玲一に、悠希は頬を掻きやや弁解じみた言い訳をする。
「そうは言わないけど、連隊長の頭脳戦勝ちだな」
「なんだ、負け惜しみか」
格納庫に背を向け歩き出す玲一に、悠希は並んだ。機体の収納やら着替えやらで時間を取られている間に、窓の外は日が雲に閉ざされ陰っていた。玲一との関係は、この前の戦闘から微妙に変化していた。表面上は対立しているように見えるが、悠希自身その遣り取りで玲一から悪意を感じない。悠希は皮肉る。
「それで、芭蕉宮はわざわざ僕のお出迎え? 意外と面倒見がいいんだな」
「は、冗談言うな。ただ、連隊長との差しの模擬戦なんて、気になるじゃないか。才媛として知られる守啓園香は、連隊の長としての実力は申し分ない。その賢女の個人戦闘の実力のほどは、果たしていかほどか。結果は先の通り、見事実力を証明したってわけさ」
「ふん。嫌な奴だな」
むっとなり悠希は、玲一を軽く睨んだ。が、真に腹を立てたわけではない。これが、玲一のコミュニケーションなのだと理解し始めていた。悠希を見返した玲一は前に向き直り、雰囲気を引き締める。
「俺は、これでも上を目指してるんだぜ。連隊指揮官の部隊統制、実力者の戦闘は日頃から研究してるんだ。前の北方軍時代は、上官の指揮が不満で意見を言ったら口論になってな。それ以来、日陰者だった。南方軍で大量に補充人員がいることになって、急遽配属されたんだ」
「おおよそは、知ってる。役職柄、隊員のプロフィールには目を通すから」
「だから、俺は隊長が気に入らない。俺より年下で、上の階梯に既に進んでる。けど、個人的には嫌いじゃないぜ」
「そりゃどうも。こっちこそ、態度が悪い隊員は気に入らない。けど、芭蕉宮に絡まれるのは嫌いじゃない」
端正な面をにやりとさせ、悠希はやや低めの声に笑みを滲ませる。
「これからも、頼むよ。そっちは、兵士としての先輩なんだ。色々、指導して欲しい」
「しおらしいじゃないか。いいぜ。気が向いたときに、な」
-----------------------------------------
せっかくの休日だったが、悠希は特に何をする当てもなかった。昼食を外で済ませると、空の天蓋を覆った蒼穹の元基地を出て近くの街をぶらついた。街路樹が植わった歩道を歩きウィンドーショッピングをしていると、視線の先に見知った姿を見かけた。守啓園香だ。園香は、一軒の店の軒先で窓の中を熱心に覗いていた。歩み寄り悠希は、声をかける。
「こんにちは、守啓連隊長」
声をかけられ飛び上がり、常の園香らしからぬ慌てふためいた態度を見せて、絹のように滑らかで涼やかな声をどもらせる。
「い、い、入埜、小隊長。奇遇だな。休日、偶然、外で会うとは」
明らかに、園香は挙動不審だ。一体何を見ていたのか知りたい悠希は、華奢な身体越しに知ろうとしたが、両手を広げ園香は妨害する。
「こ、これ……は、悠希には関係のないものだ」
回り込もうとする悠希を妨害する園香は、必死な形相をややあどけなさを残す清楚な美貌に浮かべた。それを見て、悠希はちょっと面白くなった。普段の連隊指揮官としての園香にはあり得ない、年齢相応の姿だったから。悪戯心で悠希は園香のブロックをかいくぐろうとした。それを、必死で園香は妨げる。
「ちょ、ちょっと、悠希。だ、駄目だったら。み、見たら、駄目っ」
「いいじゃないですか? 減るものでもないですし」
俊敏な身体能力を活かし園香の身体をかいくぐり、悠希は大きなガラス張りの窓越しに陳列されている商品を盗み見た。そこに並ぶのは、数々のファンシーな品々。目を引くのは、大きな熊のぬいぐるみ。顔を真っ赤にし園香は、羞恥に身体を震わせる。
「み、見た……のね。くっ――」
一旦俯けた顔を上げると園香は、悠希のシャツに取り縋る。
「こ、このことは内緒にして。お願い。口止め料に、パフェを奢るから!」
「別に、そんなことしてもらわなくても。わざわざ言いふらしたりしませんよ。でも、意外でした。守啓連隊長の趣味が、こんな可愛いなんて」
にやりと笑う悠希に、園香は精緻な美貌に怒りを滲ませ涼やかな声を熱くする。
「だから、お願い。取引に応じてちょうだい。でなきゃ、わたし安心できないの」
「はいはい、分かりました。それで、納得するなら」
遠慮がちにいかにも恐る恐るといった様子でこちらを窺うように、錦がブリーフィングルームの中央に置かれたテーブルに腰を下ろす自分に話しかけてきた。アデライトは苛つく。
――何がアデライトちゃん? 二枚目気取りの軽薄男――
心中、アデライトは罵った。その無理に笑みを貼り付けた面を向けてくる錦をひっぱたいてやりたいくらい、今のアデライトは機嫌が悪い。この姿もあってサービスでコーヒーを煎れていたのだがそのような甲斐甲斐しさは鳴りを潜め、五月の午後の明るい陽射しに満ちた室内に似合わぬ、ぶすりとした顔をしていた。無言でヒューマノイドの表情を動かし、睨み付ける。
「……」
「コミュニケーションは、大事ですよ~。おーい、聞こえてますかー」
ダウナーなオーラを機械のボディである筈なのに撒き散らすアデライトに錦は近づけず、遠くから普段にはない謙虚さを発揮し慎み深く呼びかけた。錦から視線を外すと、アデライトは思考に沈み直す。
――悠希は、要塞都市横浜出身。その故郷を血に塗れさせたのは、わたし。生き残った者のことは、考えていなかった。いるとは、思っていなかったから――
迷路のような思考を途中迷いそうになりながら彷徨うアデライトの耳に、苛立たしげな舌打ちが飛び込んだ。振り向くと、錦が鋭い視線を向けていた。普段のおちゃらけた雰囲気が微塵もない、獰猛な声。
「入埜、アデライトちゃん、いつまでも甘えてんじゃねーよ」
視線を悠希に向け、錦は露骨にゲスな口調で詰る。
「死にたくなかったから、ガイア軍学校で偵察型を志望した。つえー入埜が隊に入ってラッキーって思ってたのに。アデライトちゃんだってすげー頼りにしてたのに、投げ出すし」
「勝手なこと言うな。年上のくせに、他人に頼ってばかり。恥ずかしくないのか?」
むっとした表情で悠希は、口調に怒気を滲ませた。さすがにアデライトも、突然の態度の豹変に戸惑ったものの、その我が儘さに腹が立った。クールさを感じさせる不思議な甘い声音を冷たくし、侮蔑を口にする。
「誰もが命をかけているというのに、我が身可愛さばかり……臆病者!」
「言ったな。なら、小隊長と実戦指揮官の役目を果たせよ。それが、けじめってものだろう」
投げつけるように捨て台詞を吐くと、錦は席を立ちブリーフィングルームを後にした。気遣うように芽生が、悠希に呼びかける。
「隊長さん」
「何です、久留美川博士」
振り向いた悠希は、面から険しさを消し去り頑なにポーカーフェイスを保った。そんな悠希を見ると、自分とは全くの他人だとアデライトは思う。まるきり別の世界に生きている。
電子音が鳴りテーブルに投影された回転する地球のオブジェが消え、〝sound only〟と表示されたウィンドウが現れた。立体音響で、しっとりとした女性の声が響く。
「守啓連隊長から、入埜第三小隊に業務連絡。入埜小隊長、わたしと付き合って欲しい、と園香から通達です」
園香の副官業務も務めるサポートAIのイオが要件を告げ、芽生がわたわたと尋ねる。
「な、何ですか、愛の告白ですか? 小隊員が聞いてる前で、大胆ですね」
「天然だな。さすがにそれはないだろう」
「ま、五寧が今いないから、誰かがボケをかましてくれて助かるけどな」
クールさを美人顔に寧々は浮かべメゾソプラノを哲学的にし、肩を玲一は竦め奥深さを感じさせる声に苦笑を滲ませた。再びイオの声が響く。
「グラディエーターの装備を模擬戦仕様にし、速やかに都市防壁外のAー三訓練エリアに向かってください」
「そんなことだろうと、思ったよ」
ふっと息を吐くように、悠希はやれやれと首を振った。席を立ちやや中性的で端正な面を引き締め、短く告げる。
「行ってくる」
都市防壁外のAー三訓練エリアの一角、二機のグラディエーターが対峙していた。コックピットシートに身を預ける悠希は、呼び出した相手――園香に尋ねる。
「どうして急に模擬戦を? もしかして、アデライトのことで久留美川博士から、何か意見がありましたか?」
〈隠してもしょうがないな。それもある。だが、ガイア軍学校東京のシミュレーションで、悠希は歴代四位。九位のわたしは、いつか手合わせいただけないかとかねがね思っていた〉
滑らかで涼やかな声をフランクに砕けさせ、園香は興味をちらつかせた。純粋に腕試しを愉しむつもりらしい園香に、悠希は対抗意識を刺激されやや低めの声をわざと丁寧にする。
「配属されてからの年数は、連隊長の方が上です。だから、僕より上かも知れません」
〈嫌な言い方だな。まるで、わたしが年上みたいじゃないか。それに、その言い方は意地が悪いぞ。今日は、胸を貸してくれ〉
幾分口調をむっとさせる園香に、悠希は苦笑した。園香の合図で、二機は飛び立った。互いに離れたところで、仕掛けたのは園香だった。斥力散開を発生させた盾を頭の上に構え機体を水平にし、砲身が向くようにときおり盾の角度を変え荷電粒子砲を放ち突進してきた。その創意に満ちた戦闘スタイルに、思わず悠希から感嘆の声が漏れる。
「うまい。応じづらいことを、やってくる」
火線に晒されることを嫌った悠希は、機体を急上昇させ園香のグラディエーターに合わせる角度でアフターバーナー推力で下降させた。目の前に浮かび上がるAR認識処理された照準を園香機に合わせ、縦把手のトリガスウィッチを押した。背の推進システムから伸びたX字型をした可変推進デバイスを動かし、さっと園香機が躱した。アルトに賞賛をコノカが乗せる。
〈そつがないわ。圧倒的な強さで押してくるタイプではなく、的確な判断力で戦うタイプ〉
肩の装甲が動き現れた推進器と向こう脛のそれで急制動をグラディエーターに悠希は課しつつ、向こう脛と脹ら脛部分の推力偏向ノズルを激しく動かし、空中をキックするように鋭角に曲がり、園香機の背後につけ既に右手に握られた模擬戦用のブレードを振り抜いた。園香のグラディエーターは躱すが、左脚にヒット判定。涼やかな声音を弾ませ、園香は賛辞を送る。
〈さすがに強い。人間としてなら、連隊で一,二を争うな〉
「第二大隊の常磐大隊長がいますから、僕は二位ですね。僕の目指す人たちの一人。要塞都市東京に六人いる撃墜王を超える超撃墜王。なので、連隊長には悪いと思いますが、勝たせてもらうつもりでした」
〈先程は殊勝なことを言っていたくせに、大きく出たな。ま、わたしに勝つのは仕方がない。だが、変だな。自分は二位と言い切れるとは? もしかしたら、三番手かも知れないぞ?〉
「どういうことです? 人間なら、って連隊長は言っていました。僕は認めませんが、思念体を人間としてカウントしたとしても、僕はアデライトに負けるつもりはありません」
揶揄するような口調の園香に、悠希は何を言われているのか理解し腹立たしかった。その感情が悠希が駆るグラディエーターを乱し、模擬剣を突き入れるタイミングが僅かに早まった。コノカの警告に、鋭い園香の声。
〈何をしているの、悠希〉
〈甘い〉
機体のモデリングが表示され、損傷判定箇所が赤くなった。盾で刺突を逸らし園香機が放った斬撃が、悠希のグラディエーターの右肩に損傷を与えたのだ。油圧シリンダーが一部破損と判定された結果、右腕の出力が二〇パーセントダウン。凜と、声を園香は響かせる。
〈油断大敵だな、悠希。自負は分かるが、昨日の件もある。わたしたちは、有り様を変えなければならないのかも知れない〉
「分かりませんね。強い新型が出てきただけでしょう?」
〈アイギス八は、悠希の幼馴染みなのだろう? 澪と呼んでいたな。どうだった? 久しぶりに出会った幼馴染みが、強くて驚かなかったか?〉
「……はい。強敵だったとは思います。でも、裏切り者です。故郷の要塞都市横浜で起きた悲劇を知りながら、当たり前に現れてくるんですから。澪にしろ、アデライトにしろ、人間ではありません。思念体は、血の通わぬ人の心を無くした演算するだけの冷徹な機械です。彼らを人間扱いするのは、止めてください」
はっきり言って悠希は、澪に一人では手も足も出なかった。悔しさが込み上げ、でも、相手は最早自分の知るよく遊んだ澪ではないと、悠希は思い直した。園香は、声音を厳しくする。
〈詭弁だな。澪は、悠希に親しげに話しかけてきたじゃないか? 思念体を人間ではない、と言う者は今は戦時中で多い。が、悠希は本気でそう思っているのか? 君の過去を知り、傷ついたアデライトを見てどう思った? どうして、アデライトを認められない?〉
挑発じみた園香の言葉に、悠希の中でどす黒い炎が燃え盛った。連隊長である園香に、悠希は上官に対する言葉遣いを忘れ、怒りを叩き付ける。
「煩い! 電脳世界《サイバーワールド》の奴らは、血の通わぬ機械だ! 僕は、あの世界を消し去りたいんだ」
〈馬鹿! 戦いの最中に、我を見失ってどうするの?〉
互いに追う形で飛行していた園香機へコノカの声を無視し、悠希はグラディエーターを一瞬空中で静止するようにぐるりと角度を強引に変え突進しようとした。が、無理矢理な軌道変更は、悠希の期待通りにはならなかった。ほんの少し流されてしまった。が、それは十分に園香にとっての隙だった。直撃判定。冷厳に園香の声が鳴る。
〈悪いな、悠希。わたしの勝ちだ。模擬戦にかこつけてお話ししようとしていたけれど、悠希があまりに正直だから、勝負に利用させてもらった。冷静でいるべきだな。挑発に乗って、乱されていては困る。今後、戦場で澪と出くわすだろうし、アデライトのことで思うところもあるだろう〉
――負けた。完敗だ。連隊長の頭脳戦に。僕は、何をやってるんだ――
「いいように、やられてたじゃないか? 隊長。相手は連隊長とはいえ、年下。情けない」
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「簡単に言うな。守啓連隊長は、ガイア軍学校東京のシミュレーションで歴代九位の実力者。弱敵じゃないんだよ。ちょっとした切欠で、負けもする。ま、さっきのは、連隊長の挑発に乗ったのが敗因だ」
「本当は、僕の方が実力が上だけど、油断して負けましたって?」
冷笑する玲一に、悠希は頬を掻きやや弁解じみた言い訳をする。
「そうは言わないけど、連隊長の頭脳戦勝ちだな」
「なんだ、負け惜しみか」
格納庫に背を向け歩き出す玲一に、悠希は並んだ。機体の収納やら着替えやらで時間を取られている間に、窓の外は日が雲に閉ざされ陰っていた。玲一との関係は、この前の戦闘から微妙に変化していた。表面上は対立しているように見えるが、悠希自身その遣り取りで玲一から悪意を感じない。悠希は皮肉る。
「それで、芭蕉宮はわざわざ僕のお出迎え? 意外と面倒見がいいんだな」
「は、冗談言うな。ただ、連隊長との差しの模擬戦なんて、気になるじゃないか。才媛として知られる守啓園香は、連隊の長としての実力は申し分ない。その賢女の個人戦闘の実力のほどは、果たしていかほどか。結果は先の通り、見事実力を証明したってわけさ」
「ふん。嫌な奴だな」
むっとなり悠希は、玲一を軽く睨んだ。が、真に腹を立てたわけではない。これが、玲一のコミュニケーションなのだと理解し始めていた。悠希を見返した玲一は前に向き直り、雰囲気を引き締める。
「俺は、これでも上を目指してるんだぜ。連隊指揮官の部隊統制、実力者の戦闘は日頃から研究してるんだ。前の北方軍時代は、上官の指揮が不満で意見を言ったら口論になってな。それ以来、日陰者だった。南方軍で大量に補充人員がいることになって、急遽配属されたんだ」
「おおよそは、知ってる。役職柄、隊員のプロフィールには目を通すから」
「だから、俺は隊長が気に入らない。俺より年下で、上の階梯に既に進んでる。けど、個人的には嫌いじゃないぜ」
「そりゃどうも。こっちこそ、態度が悪い隊員は気に入らない。けど、芭蕉宮に絡まれるのは嫌いじゃない」
端正な面をにやりとさせ、悠希はやや低めの声に笑みを滲ませる。
「これからも、頼むよ。そっちは、兵士としての先輩なんだ。色々、指導して欲しい」
「しおらしいじゃないか。いいぜ。気が向いたときに、な」
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せっかくの休日だったが、悠希は特に何をする当てもなかった。昼食を外で済ませると、空の天蓋を覆った蒼穹の元基地を出て近くの街をぶらついた。街路樹が植わった歩道を歩きウィンドーショッピングをしていると、視線の先に見知った姿を見かけた。守啓園香だ。園香は、一軒の店の軒先で窓の中を熱心に覗いていた。歩み寄り悠希は、声をかける。
「こんにちは、守啓連隊長」
声をかけられ飛び上がり、常の園香らしからぬ慌てふためいた態度を見せて、絹のように滑らかで涼やかな声をどもらせる。
「い、い、入埜、小隊長。奇遇だな。休日、偶然、外で会うとは」
明らかに、園香は挙動不審だ。一体何を見ていたのか知りたい悠希は、華奢な身体越しに知ろうとしたが、両手を広げ園香は妨害する。
「こ、これ……は、悠希には関係のないものだ」
回り込もうとする悠希を妨害する園香は、必死な形相をややあどけなさを残す清楚な美貌に浮かべた。それを見て、悠希はちょっと面白くなった。普段の連隊指揮官としての園香にはあり得ない、年齢相応の姿だったから。悪戯心で悠希は園香のブロックをかいくぐろうとした。それを、必死で園香は妨げる。
「ちょ、ちょっと、悠希。だ、駄目だったら。み、見たら、駄目っ」
「いいじゃないですか? 減るものでもないですし」
俊敏な身体能力を活かし園香の身体をかいくぐり、悠希は大きなガラス張りの窓越しに陳列されている商品を盗み見た。そこに並ぶのは、数々のファンシーな品々。目を引くのは、大きな熊のぬいぐるみ。顔を真っ赤にし園香は、羞恥に身体を震わせる。
「み、見た……のね。くっ――」
一旦俯けた顔を上げると園香は、悠希のシャツに取り縋る。
「こ、このことは内緒にして。お願い。口止め料に、パフェを奢るから!」
「別に、そんなことしてもらわなくても。わざわざ言いふらしたりしませんよ。でも、意外でした。守啓連隊長の趣味が、こんな可愛いなんて」
にやりと笑う悠希に、園香は精緻な美貌に怒りを滲ませ涼やかな声を熱くする。
「だから、お願い。取引に応じてちょうだい。でなきゃ、わたし安心できないの」
「はいはい、分かりました。それで、納得するなら」
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そして大きく変化する時代に巻き込まれていく。
それぞれの正義がぶつかり合うなかで徐々にその才能を開花させていき次々と大きな戦果を挙げていくが……。
新たな歴史が始まる。
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小説家になろう様、カクヨム様でも連載しております。
投降は当分の間毎日22時ごろを予定しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
呆然自失のアンドロイドドール
ショー・ケン
SF
そのアンドロイドは、いかにも人間らしくなく、~人形みたいね~といわれることもあった、それは記憶を取り戻せなかったから。 ある人間の記憶を持つアンドロイドが人間らしさを取り戻そうともがくものがたり。
トライアルズアンドエラーズ
中谷干
SF
「シンギュラリティ」という言葉が陳腐になるほどにはAIが進化した、遠からぬ未来。
特別な頭脳を持つ少女ナオは、アンドロイド破壊事件の調査をきっかけに、様々な人の願いや試行に巻き込まれていく。
未来社会で起こる多様な事件に、彼女はどう対峙し、何に挑み、どこへ向かうのか――
※少々残酷なシーンがありますので苦手な方はご注意ください。
※この小説は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、エブリスタ、novelup、novel days、nola novelで同時公開されています。
関西訛りな人工生命体の少女がお母さんを探して旅するお話。
虎柄トラ
SF
あるところに誰もがうらやむ才能を持った科学者がいた。
科学者は天賦の才を得た代償なのか、天涯孤独の身で愛する家族も頼れる友人もいなかった。
愛情に飢えた科学者は存在しないのであれば、創造すればいいじゃないかという発想に至る。
そして試行錯誤の末、科学者はありとあらゆる癖を詰め込んだ最高傑作を完成させた。
科学者は人工生命体にリアムと名付け、それはもうドン引きするぐらい溺愛した。
そして月日は経ち、可憐な少女に成長したリアムは二度目の誕生日を迎えようとしていた。
誕生日プレゼントを手に入れるため科学者は、リアムに留守番をお願いすると家を出て行った。
それからいくつも季節が通り過ぎたが、科学者が家に帰ってくることはなかった。
科学者が帰宅しないのは迷子になっているからだと、推察をしたリアムはある行動を起こした。
「お母さん待っててな、リアムがいま迎えに行くから!」
一度も外に出たことがない関西訛りな箱入り娘による壮大な母親探しの旅がいまはじまる。
ラウンドライフ
会津ほまれ
SF
自らの身体をオートメーションするのが普通になった近未来。技術だけが発達し、過度に高スペックな"カラダ"の使用料を払うためにほとんどの人間は自分の寿命を課金して返済に当てている。
環境が崩壊した世界で人間に残されている道は、オートメーションのカラダを捨てて、慎ましく辺境の地で暮らすか古いモデルのカラダを節約して生きながらえるしかなかった。
世界を牛耳るのはオートメーション連合政府と彼らのサービスシステムを担うメーカー企業団体。政治や教育すら彼らに支配された社会の中で、人間は限られた世界でしか生きていけない生物となった。
一人の天才科学者が秘匿に作ったオートメーションがある日盗難に合う。運命の中で、その体を手に入れる少年。
辺境の地で暮らすことに飽きた少女は外の世界に飛び出していく。
2つの世界が混ざり合うことから世界が少しづつ動いていく。
❤️レムールアーナ人の遺産❤️
apusuking
SF
アランは、神代記の伝説〈宇宙が誕生してから40億年後に始めての知性体が誕生し、更に20億年の時を経てから知性体は宇宙に進出を始める。
神々の申し子で有るレムルアーナ人は、数億年を掛けて宇宙の至る所にレムルアーナ人の文明を築き上げて宇宙は人々で溢れ平和で共存共栄で発展を続ける。
時を経てレムルアーナ文明は予知せぬ謎の種族の襲来を受け、宇宙を二分する戦いとなる。戦争終焉頃にはレムルアーナ人は誕生星系を除いて衰退し滅亡するが、レムルアーナ人は後世の為に科学的資産と数々の奇跡的な遺産を残した。
レムールアーナ人に代わり3大種族が台頭して、やがてレムルアーナ人は伝説となり宇宙に蔓延する。
宇宙の彼方の隠蔽された星系に、レムルアーナ文明の輝かしい遺産が眠る。其の遺産を手にした者は宇宙を征するで有ろ。但し、辿り付くには3つの鍵と7つの試練を乗り越えねばならない。
3つの鍵は心の中に眠り、開けるには心の目を開いて真実を見よ。心の鍵は3つ有り、3つの鍵を開けて真実の鍵が開く〉を知り、其の神代記時代のレムールアーナ人が残した遺産を残した場所が暗示されていると悟るが、闇の勢力の陰謀に巻き込まれゴーストリアンが破壊さ
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