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並列世界大戦――陽炎記――
mission 02 clash 5
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「悠希、フォーメーションを変えたいんだけど、いい?」
「もう、僕に実戦指揮権はないんだから、好きにするといい」
小隊員たちが囲むテーブルをわざわざ回り込んでやって来て相談するアデライトに、悠希の態度は素っ気なかった。昨日、実戦指揮権を悠希は取り上げられ、アデライトに移った。微妙な力関係が支配するブリーフィングルーム内は、このところぐずつく時季外れの激しい雨が降りしきる屋外同様、じとっとした重たい空気が満ちていた。可憐な面を陰らせるアデライトは小ぶりな唇を開きかけ、だが、言葉が発せられるより先に威圧的なメゾソプラノが先んじる。
「ちょっと付き合え、悠希」
〈あら? 昔みたいに、悠希を締めるつもり?〉
「人聞きが悪いな、コノカ。あたしは、そんなことしたことないぞ。気分転換だ。来い」
形のいい顎をしゃくる寧々には、都会的に洗練された野性味から命令するような態度に、逆らいがたい性的魅力と混ぜになった強制力があった。悠希は、仕方なさそうに立ち上がった。
「分かったよ」
寧々が向かったのは、シミュレーションルームだった。挑発する寧々の声が頭に響く。
〈本気で来いよ、悠希。たまには、愉しませてくれ〉
「煩いよ」
短く答えつつ仮想のグラディエーターに悠希はアフターバーナー推力を叩き込み、寧々のアーチャーへ向け空を疾駆させた。いつになく慎重な声音で、コノカはアルトを響かせる。
〈どうするの? 綾咲さんに悠希は負け越してるけど?〉
「厄介だよな、予知者っていうのは。敵の砲撃は、喰らったことなんてないのに」
コックピットを擬したシミュレーターに座る悠希へ、囁きと同時、砲撃予測線がAR認識処理され赤い筋を伸ばした。咄嗟に、悠希はグラディエーターをバウンドさせた。荷電粒子砲と違い斥力散開による拡散は、実体弾を撃ち出す電磁投射砲には通用しない。電磁気力により超速で撃ち出される砲弾は、一撃で致命傷を与える。機体の直近を超速の砲弾が通り過ぎ、呻きが悠希から漏れる。
「くっ――」
渾身の制御をグラディエーターに課した瞬間、衝撃に襲われた。可笑しそうな笑い声が、小鳥のようにさえずる。
〈悠希君、間抜けー。きゃはは〉
〈はー、呆気ない。これで、わたしはミオにまた、偉そうにされるのね〉
「連敗だ。予知で寧々は、一射目で僕がどう動くのか知ってる。回避と同時に次弾を撃ってくるから、対応する間もなくやられる。コノカが呈示するランダムな機動パターンを使っても」
してやられたと悔しく思いぼやく悠希に、寧々は口調を柔らかくし評価を口にする。
〈ちょっと、次の動きに入るのが遅かったな。寸毫だけど。今回も、あたしの勝ちだ〉
「撃墜王に認定されても、これだ。撃破数こそ寧々より多いけど、一対一だと厳しい」
〈ブレイン・エクスパンス・エボリューション。システムの可能性を探り、異能者を生み出す研究。その成功例、予知を司る者。あたしの両親は、罪を犯してしまった。あたしは、その贖罪。本当に小さな頃、施設に送られた。予知者として、開発されるために。でも、あたしは出来損ないさ。未来を感覚で知るだけ。正確な意味は、読み取れない。だから、あたしはこうして自由にしていられる〉
不満げな悠希に、おもむろに自身を寧々は語り出した。予知を恨めしく思っていた悠希は、はっとする。この同い年の少女が持つ哲学的雰囲気が、その過去に由来していることを意識した。悠希の過去を聞き出した交換として予知者であることは聞かされていたが、その経緯までは知らなかった。寧々の本意を、悠希は察する。
「別に悲劇の主人公を気取るつもりはないよ」
〈過去を背負ってるのは、悠希だけじゃないって言いたかった。きっと、アデライトだって〉
「お説教は嫌いだけど、ありがとう寧々。話してくれて。でもまだ、僕は――」
〈悠希! 出撃命令よ〉
〈横浜戦区緩衝地帯外の警戒エリアに、敵二軍団が侵入ですって〉
悠希が言いかけたとき、コノカとミオの声が遮った。急ぎ、繭のようにずらりと並ぶシミュレーターの一つから悠希は出た。隣から寧々も。駆け出そうと悠希がしたとき、お尻をぽんと叩かれる。
「腐るなよ、悠希」
耳元で囁くと寧々は、悠希を抜き去り走り出した。刹那の慈しみを振り払うように、悠希も強化樹脂の床を蹴り後を追った。
巡航する守啓第二連隊が陣容を整えたところで、園香の滑らかで涼やかな声が響く。
〈未確認機が確認された。アデライトの意見では、新型の参謀機ではないかとのことだ。連隊各位、用心するように。推力ミリタリー。状況を開始する〉
豪雨に装甲を叩かれ機械兵二二五機が一つの機械のように、背後に青白い電離気体を引き一斉に速度を増した。少し離れた場所で珠玖第三連隊も。今回は様子見もあるのか、通常どおり敵とあたるようだ。間もなく敵と会敵、双方砲撃で数を減らした。凜とした園香の声が響く。
〈エンゲージ〉
激突。アデライトのレガトゥスの左翼に位置取る悠希は、彼女の指揮の下戦う。
――アデライトに従うのは癪だけど、うまく切り抜けないと――
マンダリンオレンジ色の厚い装甲と覗き見える白いフレームからなる、重量級の支援型チャリオットを沈めたところで、悠希は異変に気付いた。戦闘支援エッジコンピューティングを通して流れ込むアデライトの思念に警戒が滲み、コノカが警告を発する。
〈敵の動きが、早いわ。何これ。二軍団が、一つの軍団のように連動して〉
「馬鹿な。まだ、ぶつかったばかりだ」
焦燥を悠希も声に帯びさせた。あり得ない、と。さっと敵が動き、現実世界軍の攻撃の隙を突いた。銀鈴の声が戦慄を帯びる。
〈半包囲される。こんな真似をするのは〉
〈やはり、新型機か。これまでにない、巧みで素早い敵の機動戦術。一つの軍団だけでなく、全体に何者かが影響を及ぼしている〉
独り言のようなアデライトの言葉に、彼女を把握しておきたかったのだろう入埜第三小隊と通信状態にしていたらしい園香が、所見を述べ続ける。
〈手を打たねば、手遅れになる。常磐大隊長、指揮を引き継ぎこの場を死守。わたし直下の第一大隊、糠加第五大隊で敵右翼の突破を図る。続け〉
園香の行動は、素早かった。頭部形状が若干異なる連隊長機仕様のグラディエーターが、連隊を突っ切った。それに、お呼びのかかった大隊が続いた。疾風迅雷の園香の動きに、悠希はさすがと感心した。決断が早い。自機を加速させる悠希は、縦把手を握り絞めた。アデライトの思念が、マンマシーン・リンケージ・サイバニクスシステムを介して届く。
〉寧々機のパルスキャノンで牽制後、悠希機は指示機を撃破し敵軍に突入。啓開せよ
モニタに表示されるアイリス色をした背に大きなドームを背負った、後ろに引き延ばされたような頭部が特徴的な、自律意志搭載機偵察型機械兵スクタリィにマーカーがつく。戦場にイオン・パルスの紫電が走り抜けた。破壊する威力こそあまりないものの、数瞬敵数機のシステムに遅延が生じた。指示に従い、その隙に悠希は敵の目を荷電粒子砲を連射し潰し、包囲網をほぼ完成させた右翼の敵陣列へ突入した。暫し解き放たれた獣のように、縦横無尽に暴れ回り指示どおり敵軍に出血を強い道を切り開いた。
アデライトのレガトゥスと玲一のグラディエーターが悠希の穿った穴に突入し、その後ろにぴたりと寧々のアーチャーと錦のスカウトがつけた。楔となり悠希が作った突破口を、アデライトが指揮する第三小隊が更に広げ、続々と後続機が続いた。再び届くアデライトの指示。
〉座標、Xー二三、Yー04、Zー一五へ移動。三時二三分水平方向へ射撃
悠希の攻撃に追い立てられた三機が、玲一と錦が敷く十字砲火で撃破された。
〉敵砲撃を躱し、正面の支援型へ接近
電磁投射砲の超速の砲弾を回避し迫る悠希のグラディエーターに気を取られ、後方に纏まって陣取る初動の遅れたチャリオットが、寧々の砲撃に次々と沈んだ。
アデライトの出す指示は、第三小隊全機が連動したもので全てに意味があった。個が勇を誇るものではなく、小隊が一つの戦闘ユニットとなったような。淡々と指示をこなしながら悠希は、上がる戦果に戦慄した。連携時、悠希とアデライトは主に囮と牽制を担当し、撃破するのは寧々、玲一、錦の役目だ。無駄がまるでなかった。唇を悠希は噛みしめる。
――何が、アデライトだって使ってみせる、だ。違いすぎる、何もかも――
そんなこと、こんなのを見せられたら言える言葉ではない。小隊長となって抱いた決意が、挫けそうだった。常はクールさが目立つ声音に感動を帯びさせた、園香の声が響く。
〈凄い活躍だな、入埜第三小隊。こちらも便乗させてもらう〉
園香率いる第一・第五大隊が、敵右翼を突破した。このまま敵の後方につけ味方と挟撃、そうなる筈だった。が、囁きの予感と共に赤い砲撃予測線が突然表示され、電磁投射砲の火線が下方から走り抜け二つの大隊に損害を出した。咄嗟に回避した悠希は、視線をモニタ、AR認識処理で表示された各種情報に走らせつつ、巧みな機動戦術の兵威とアデライトの亡命時を彷彿とさせる支援型の運用から、これまでと何かが違う電脳世界軍に嫌な予感を覚える。
「下? 伏兵?」
〈廃墟から、敵二個大隊が急速上昇〉
コノカが応えるのと同時、敵から荷電粒子砲の火線が伸びた。遅れて味方から。グラディエーターを下に向けつつ、悠希は叫ぶ。
「こんなところで、味方を足止めさせるわけにはいかない!」
〈悠希、勝っては許さないわ。これまでは、その実力で切り抜けてこられたのでしょうけど、今この隊を指揮してるのはわたし。一人では駄目よ〉
思わずかっとなり悠希は無視しようとしたが、先程のアデライトが見せた指揮ぶりが思い出された。敵は二個大隊。牽制の攻撃を、悠希は踏みとどまった。アデライトの思念が伝わる。
〉悠希機、ミサイルの処理
――悔しいけど、連携すべきだ。敵二個大隊を、少しでも早くどうにかしないと――
指示に従い飛来するミサイルを、大隊の前へ出て悠希はグラディエーターを機動させつつ、右腕の盾裏に装備された荷電粒子砲で狙い撃った。計三〇発のミサイルを、胸部のガトリングガンも使い、それでも六発ほどは通り過ぎた。接敵。青い光を刃に宿す光粒子ブレードで、赤い刃を受け止めた。間近に豪雨で煙る敵機を見た悠希は、目を見張る。
「え? この機体は!」
〈悠希、注意して。参謀機、アイギスよ〉
悠希のグラディエーターと相対するのは、スチールグレー色をした、細身のシャープなデザインの初めて見る機体。神秘的な響きを持つボーイソプラノが、オープン量子通信で届く。
〈二三、出ていたのか。下等な猿どものために、その力を用いるなど〉
その声と同時、パワー負けする前に悠希は光粒子ブレードの角度を変えて赤い刃を流し、機体を回り込ませようとした瞬間、囁きに咄嗟の反応を返した。グラディエーターがあった場所を、荷電粒子砲の中性子ビームが走り抜けた。隙を突いてきた機体も、また新型だった。海老の甲殻のような二段重ねの装甲と胸部まで下がったアイセンサが光る頭部を有し、全体的に個性を殺し機械的な雰囲気が全面に出た、紅緑色をした機体。
現実世界仕様に光粒子ブレードの発光スペクトルを変更したレガトゥスが、高速で飛来。悠希のグラディエーターを囲む数機を荷電粒子砲で牽制し、アデライトは銀鈴を切迫させる。
〈注意して。参謀機アイギスは、思念体を搭載しない新型の従属型機械兵ヴァレットを、管制制御し最大大隊規模で使用可能よ。ヴァレットは、特化型AIを搭載していて親機アイギスの指示で半自律稼働する子機。有人半自律制御機や自律意志搭載機とは別の、新たに創出された機械兵カテゴリ――補完自律制御機〉
銀色に煌めく〝青き妖精〟のレガトゥスは一度そのままパスし、代わるように第三小隊の他の三機が、新型に加勢するようになだれ込んできた敵大隊と、交戦を始めた。メゾソプラノに寧々は、思慮を滲ませる。
〈ヴァレット、ラテン語か……スレイブと言うわけか。厄介だな〉
〈ただ厄介な敵であればいいがな〉
〈どういうことですか? 守啓連隊長〉
〈いや。ちょっと、わたしの頭が愉快なだけさ。何しろ、夢見がちなお年の女の子だから〉
〈うまいっすね、園香ちゃん〉
〈……園香ちゃん……配属されてから初めて呼ばれたな。ほう、五寧錦か。名前は覚えた〉
暫し呆気にとられたような間を開け園香は、滑らかで涼やかな声を不思議な音律で愉しげにし、だが、脅しとも取れる内容の言葉を口にした。小さく、〈馬鹿〉と寧々が錦を罵った。
レガトゥスも加わった悠希を除く第三小隊は、大隊の一部を駆逐していった。第一・第五大隊も、敵二個大隊と本格的に交戦を開始。悠希が駆るグラディエターは、ヴァレットの攻撃を躱しつつアイギスとドッグファイトを繰り広げた。斥力散開を発生させた盾で中性子ビームを拡散させつつ、疑念が悠希に過る。
「人工知能工学四原則は、セーフなのか? 人工知能は、人間に自らの意思で危害を加えてはならない。ヴァレットは、人どころか思念体も搭載していない、人工知能そのものだ」
〈有人半自律制御機と同じ理屈よ。あくまで人が――思念体が管理下に置き制御しているヴァレットは、人工知能が判断しているわけではないから矛盾は起こらない〉
「機械が機械を動かしてるだけじゃないか。一〇年戦争の悪夢が再び起こらないために鉄壁にした筈の禁則事項が、破られたとしか思えない。チッ!」
アデライトの言葉に小声で毒づき、アイギスに光粒子ブレードを叩き込もうとグラディエーターを突進させたとき、三方向から火線が走り機体を上昇させ逃れた。そこへ、ヴァレット二機が刃を赤く輝かせ光粒子ブレードで斬撃を放ってきた。呻きが、悠希の口から漏れる。
「く――っ!」
細心にシビアな制御を悠希はグラディエーターに課し、一つの斬撃を機動で躱し、もう一つの斬撃を光粒子ブレードで逃しつつ、ヴァレットにピタリと張り付くように回り込ませた。周囲にはすぐヴァレットが集まり、荷電粒子砲が、光粒子ブレードが狙ってくる。敵機を盾代わりにして、僅かな立て直しの時間を得悠希は隙を窺った。
新型と交戦を開始してから、悠希は一機も堕とせていない。こんなことは、これまで初めてだった。悠希は、戦慄を覚えながら独りごちる。
「これじゃ、まるでアデライトが率いる僕たちだ。緻密で完璧な連携。それだけじゃない。堕とそうと思っても、他の機体が邪魔をする」
敵大隊の一つと第一大隊を率い交戦する園香は、戦闘支援エッジコンピューティングを通してスカウトからの情報を、ウィンドウにAR認識処理で左側に表示し、戦闘をこなしつつ敵新型機を観察していた。滑らかで涼やかな声に、微かな苛立ちを滲ませる。
「入埜悠希が、防戦一方か。厄介だな。ここでグズグズしていられないというのに」
だが、と高水準の眼識を有する園香は思い直す。
「違うな。悠希だからこそ、まだ墜とされていないとみるべきだ。あの隙のない攻撃に、一機で命を繋いでいるのは、それだけ悠希の技量が優れているということ。なら」
瞬時に決断を、園香は下す。
「糠加大隊長、入埜第三小隊の戦闘を他隊で引き継いでくれ。同小隊を大隊から外し、入埜小隊長に合流させアデライトの自由な裁量の元、新型に当たらせる。その分、第五大隊の戦力は低下するが、こちらでなんとかする。分からない敵に掻き回されれば、時間切れになる」
〈了解しました、連隊長〉
〈済まないな。アデライト、第五大隊の指揮下から外れ、入埜第三小隊は敵新型機に当たれ。増援は当てにするなよ〉
〈了解。入埜第三小隊各位、他隊に現戦闘を引き渡し、悠希と合流し敵新型機に当たる〉
〉悠希機、座標、Xー三四、Yー一七、Zー二二へ移動
苦戦を強いられる悠希にアデライトの思念が再び届き、ホッとした自分に苛立った。レガトゥス他第三小隊が、戦闘に参加した。移動を終えようとする悠希に、思念による指示。
〉三時四二分方向俯角五度へ射撃
アデライトの指揮が面白くなかろうとも、悠希は指示に従った。中性子ビームを避けたヴァレットは左に流れ、そこへ玲一が荷電粒子砲を放ち撃破となる筈が違った。玲一の機体に火線が伸び、回避を余儀なくされ連係攻撃は失敗した。寧々と錦が、罵声を上げる。
〈くっ、敵に邪魔されてこれじゃ撃てない〉
〈何だよ、こいつら。うまいこと連携して、攻撃タイミングをずらしやがって〉
敵新型機一〇機は、巧みな連携でアデライトの戦場を見渡す緻密な指揮を覆した。忌々しそうに、玲一が吐き捨てる。
〈アデライト同様、敵味方が見えてるってことだな。それにあの新型の連携、速い。俺たち人間と違って、指示を受けて行動に移すまでのタイムラグがまるでない。数は、向こうが上だ〉
苦戦を入埜第三小隊は、強いられた。アデライトによって作り出される小隊の攻撃は、ことごとく失敗に終わった。それどころか、敵の攻撃に次第に苦戦しだした。このままでは、負けは時間の問題。悠希はグラディエーターを、加速させる。
「結局、最後にものをいうのは強さだ。こいつらは、ただの人形。頭を潰せば終わる」
〈一機では、やられるわ〉
流線形の頭部を振り向け、レガトゥスも後を追った。アイギスへ疾駆する自機に集中する火線を悠希はくぐり抜け、放った荷電粒子砲を相手が盾で防ぐ間に、接敵。光粒子ブレードを振り抜いた。アイギスは、右肘から突き出た光粒子ブレードをスライドさせ、右手に握り打ち合わせた。一瞬動きの止まった自機に伸びるヴァレットの火線に、悠希のグラディエーターは急速後退。追い打ちをかけようとするアイギスの光粒子ブレードを、交代するようにアデライトのレガトゥスが受け止めた。神秘的な響きを持つボーイソプラノが、響く。
〈二三、いや、アデライト。戻ってくるんだ。君の居場所は、そこじゃない。滅び行く世界では、ね〉
〈アイギス八、滅んでいい世界なんてないのよ。踏みにじっていい命も〉
清廉さの滲む銀鈴で紡がれるアデライトの言葉に、悠希の意識が白熱する。
「どの口で、そんなことを。踏みにじっていい命はない? アデライト、おまえは自分がしてきたことを忘れたのか!」
〈駄目、悠希!〉
叫びつつレガトゥスを押しのけアイギスへ斬撃を加える悠希に、アデライトは呼びかけた。ボーイソプラノにアイギス八は、意外そうな響きを帯びさせる。
〈悠希? それに気になってたその声……まさかとは思うけど、入埜悠希か?〉
「どうして、僕の名を知ってる?」
〈ははははは。そうか、やっぱり悠希か。アデライトへ向ける、その憎しみ。なるほど。懐かしいな、昔はよく一緒に遊んだな。それにしても、よくもまぁ生き延びたものだ。要塞都市横浜に、生き残りがいるとは思っていなかった〉
〈え? 悠希が追われた故郷って……要塞都市横浜……そんな……〉
過去が、アデライトに追い縋った。超伝導量子回路が、凍てついた。
「澪、か……まさか、敵として僕の前に現れるなんて」
参謀機アイギス八が、かつて陸とともに過ごした加々美澪であると、悠希は理解した。怒気が、静かな悠希の声に塗される。
「どうして、おまえがここにいる。故郷を、要塞都市横浜を陥落させたアデライトと一緒にいた? まるで仲間みたいに、呼びかけて」
〈それは、仲間だからさ。同じ電脳世界人。原始的な現実世界人から進化した同胞だからだ〉
冷ややかに応じる澪に、悠希は声を押し殺す。
「関東総力戦で、陥落した要塞都市は八つあった。防衛は困難で、そこで暮らす市民は事前に避難した。けれど、例外が一つだけ。要塞都市横浜。要塞都市東京の橋頭堡として狙われていた横浜の防衛戦は、盤石だった。決して突破は不可能と思われていた。けど、アデライトが率いる大隊が防衛戦に穴を開け、敵軍を招き入れた。市民の避難が行われていなかった横浜は、殺戮の巷と化した。澪と無関係じゃない友だちだって、一杯殺された。なのに、澪」
〈言っているだろう。進化に失敗した連中は、同胞じゃないんだよ〉
「進化? 機械になっただけだろう。血の通わぬ冷徹な演算するだけの」
〈悠希、ぼさっとするな!〉
怒りを声に滲ませ叫ぶ悠希に、寧々が注意を喚起した。
重量級のアーチャーを寧々は、強引に機動させヴァレットを振り切り一瞬の時間を作り出した。悠希のグラディエーターの隙を突き、一機のヴァレットが照準しているのだ。素早くAR認識処理された照準をヴァレットに合わせ、縦把手のトリガスウィッチを己の内側から溢れるビジョンに従い押した。回避される寸前、照準を僅かずらしもう一射を放とうとしたとき、衝撃が機体を襲った。振り切った敵機が放った荷電粒子砲を喰らったのだ。悠希の叫びが響く。
〈寧々っ!〉
「アデライトの思念が止んだ。綾咲のアーチャーは被弾した。どうしたらいい? え? 隊長さんよ」
連携する二機と交戦しつつ、玲一が叫んだ。
「畜生、畜生、畜生――どうしちまったんだよ、アデライトちゃん――やられちまう」
まるで出鱈目にスカウトを飛行させ、錦は死が迫るこの状況を呪った。
脚部VLSから六発のミサイルを、寧々のアーチャーに迫ろうとするヴァレットに発射し、荷電粒子砲を悠希は乱れ撃った。落ち着いたメゾソプラノが、響く。
〈慌てるな、悠希。大丈夫だ。右脚に喰らっただけだ。それよりも、どうする? アデライトは、動けない〉
〈悠希、敵に連携の隙を作らなくては、どうにもできないわ〉
「そうか。ありがとうコノカ。五寧、僕と一緒に敵を追い立てるんだ。寧々、パルスキャノンを追い込んだ敵機に。芭蕉宮は、その敵機を僕と協力して撃破。一矢でも報いるぞ」
悠希の命令に、〈分かった〉、〈くそったれ〉、〈頼むぜ〉と返事が返った。動きを止めたレガトゥスは、当てもなくまっすぐ飛行し戦場から遠ざかっていく。両肩の背後に倒れたパルスキャノンを寧々のアーチャーが起こし、ヴァレット三機が悠希と錦の攻撃で纏まった瞬間イオン・パルスの紫電を迸らせた。広域に放射されるそれを喰らった三機に、遅延が生じる。
「芭蕉宮、あの三機は撃破したい」
〈任せろ。後れを取るなよ〉
交差する火線を斥力散開を発生させた盾で拡散させ防御した悠希のグラディエーターと、バウンドするような機動で火線を回避した玲一のグラディエーターが、荷電粒子砲を連射しヴァレット三機に生じた連携の隙を突き撃破。玲一が奥深さを感じさせる声を、面白そうにした。
〈ふん。ちょっと強いからって粋がっているだけの小僧かと思っていたが、案外頼りになる〉
「そりゃどうも。そっちだって、さすが撃墜王だよ。よく僕についてきてる」
ヘルメットのバイザー越しの端正な面を、悠希はにやりとさせた。返す玲一の口調に、笑みが刻まれる。
〈生意気言うな。だが、貴様に言われるのはそう悪い気はしない〉
戦闘中に生まれた奇妙な絆。初対面から対立気味だった悠希は、玲一を少しだけ理解できた気がした。ボーイソプラノに、澪はつまらなそうな音色を滲ませる。
〈時間切れだ。悠希たちと遊びすぎたよ。連れてた二大隊は突破され、電脳世界軍主力は挟撃されてしまった。やれやれ。無理に不利を覆すのは、僕の趣味じゃない〉
アイギス八が、残りのヴァレットが、背を向け離脱し、敵二軍団も撤退を始めた。
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〈悠希、どうした? まだ、軍務中だろう〉
「陸、澪と会ったよ。戦場で。あいつは、敵として僕の前に現れた」
〈なっ……戦えるのか、澪と〉
「ああ。それが僕の仕事だ」
「もう、僕に実戦指揮権はないんだから、好きにするといい」
小隊員たちが囲むテーブルをわざわざ回り込んでやって来て相談するアデライトに、悠希の態度は素っ気なかった。昨日、実戦指揮権を悠希は取り上げられ、アデライトに移った。微妙な力関係が支配するブリーフィングルーム内は、このところぐずつく時季外れの激しい雨が降りしきる屋外同様、じとっとした重たい空気が満ちていた。可憐な面を陰らせるアデライトは小ぶりな唇を開きかけ、だが、言葉が発せられるより先に威圧的なメゾソプラノが先んじる。
「ちょっと付き合え、悠希」
〈あら? 昔みたいに、悠希を締めるつもり?〉
「人聞きが悪いな、コノカ。あたしは、そんなことしたことないぞ。気分転換だ。来い」
形のいい顎をしゃくる寧々には、都会的に洗練された野性味から命令するような態度に、逆らいがたい性的魅力と混ぜになった強制力があった。悠希は、仕方なさそうに立ち上がった。
「分かったよ」
寧々が向かったのは、シミュレーションルームだった。挑発する寧々の声が頭に響く。
〈本気で来いよ、悠希。たまには、愉しませてくれ〉
「煩いよ」
短く答えつつ仮想のグラディエーターに悠希はアフターバーナー推力を叩き込み、寧々のアーチャーへ向け空を疾駆させた。いつになく慎重な声音で、コノカはアルトを響かせる。
〈どうするの? 綾咲さんに悠希は負け越してるけど?〉
「厄介だよな、予知者っていうのは。敵の砲撃は、喰らったことなんてないのに」
コックピットを擬したシミュレーターに座る悠希へ、囁きと同時、砲撃予測線がAR認識処理され赤い筋を伸ばした。咄嗟に、悠希はグラディエーターをバウンドさせた。荷電粒子砲と違い斥力散開による拡散は、実体弾を撃ち出す電磁投射砲には通用しない。電磁気力により超速で撃ち出される砲弾は、一撃で致命傷を与える。機体の直近を超速の砲弾が通り過ぎ、呻きが悠希から漏れる。
「くっ――」
渾身の制御をグラディエーターに課した瞬間、衝撃に襲われた。可笑しそうな笑い声が、小鳥のようにさえずる。
〈悠希君、間抜けー。きゃはは〉
〈はー、呆気ない。これで、わたしはミオにまた、偉そうにされるのね〉
「連敗だ。予知で寧々は、一射目で僕がどう動くのか知ってる。回避と同時に次弾を撃ってくるから、対応する間もなくやられる。コノカが呈示するランダムな機動パターンを使っても」
してやられたと悔しく思いぼやく悠希に、寧々は口調を柔らかくし評価を口にする。
〈ちょっと、次の動きに入るのが遅かったな。寸毫だけど。今回も、あたしの勝ちだ〉
「撃墜王に認定されても、これだ。撃破数こそ寧々より多いけど、一対一だと厳しい」
〈ブレイン・エクスパンス・エボリューション。システムの可能性を探り、異能者を生み出す研究。その成功例、予知を司る者。あたしの両親は、罪を犯してしまった。あたしは、その贖罪。本当に小さな頃、施設に送られた。予知者として、開発されるために。でも、あたしは出来損ないさ。未来を感覚で知るだけ。正確な意味は、読み取れない。だから、あたしはこうして自由にしていられる〉
不満げな悠希に、おもむろに自身を寧々は語り出した。予知を恨めしく思っていた悠希は、はっとする。この同い年の少女が持つ哲学的雰囲気が、その過去に由来していることを意識した。悠希の過去を聞き出した交換として予知者であることは聞かされていたが、その経緯までは知らなかった。寧々の本意を、悠希は察する。
「別に悲劇の主人公を気取るつもりはないよ」
〈過去を背負ってるのは、悠希だけじゃないって言いたかった。きっと、アデライトだって〉
「お説教は嫌いだけど、ありがとう寧々。話してくれて。でもまだ、僕は――」
〈悠希! 出撃命令よ〉
〈横浜戦区緩衝地帯外の警戒エリアに、敵二軍団が侵入ですって〉
悠希が言いかけたとき、コノカとミオの声が遮った。急ぎ、繭のようにずらりと並ぶシミュレーターの一つから悠希は出た。隣から寧々も。駆け出そうと悠希がしたとき、お尻をぽんと叩かれる。
「腐るなよ、悠希」
耳元で囁くと寧々は、悠希を抜き去り走り出した。刹那の慈しみを振り払うように、悠希も強化樹脂の床を蹴り後を追った。
巡航する守啓第二連隊が陣容を整えたところで、園香の滑らかで涼やかな声が響く。
〈未確認機が確認された。アデライトの意見では、新型の参謀機ではないかとのことだ。連隊各位、用心するように。推力ミリタリー。状況を開始する〉
豪雨に装甲を叩かれ機械兵二二五機が一つの機械のように、背後に青白い電離気体を引き一斉に速度を増した。少し離れた場所で珠玖第三連隊も。今回は様子見もあるのか、通常どおり敵とあたるようだ。間もなく敵と会敵、双方砲撃で数を減らした。凜とした園香の声が響く。
〈エンゲージ〉
激突。アデライトのレガトゥスの左翼に位置取る悠希は、彼女の指揮の下戦う。
――アデライトに従うのは癪だけど、うまく切り抜けないと――
マンダリンオレンジ色の厚い装甲と覗き見える白いフレームからなる、重量級の支援型チャリオットを沈めたところで、悠希は異変に気付いた。戦闘支援エッジコンピューティングを通して流れ込むアデライトの思念に警戒が滲み、コノカが警告を発する。
〈敵の動きが、早いわ。何これ。二軍団が、一つの軍団のように連動して〉
「馬鹿な。まだ、ぶつかったばかりだ」
焦燥を悠希も声に帯びさせた。あり得ない、と。さっと敵が動き、現実世界軍の攻撃の隙を突いた。銀鈴の声が戦慄を帯びる。
〈半包囲される。こんな真似をするのは〉
〈やはり、新型機か。これまでにない、巧みで素早い敵の機動戦術。一つの軍団だけでなく、全体に何者かが影響を及ぼしている〉
独り言のようなアデライトの言葉に、彼女を把握しておきたかったのだろう入埜第三小隊と通信状態にしていたらしい園香が、所見を述べ続ける。
〈手を打たねば、手遅れになる。常磐大隊長、指揮を引き継ぎこの場を死守。わたし直下の第一大隊、糠加第五大隊で敵右翼の突破を図る。続け〉
園香の行動は、素早かった。頭部形状が若干異なる連隊長機仕様のグラディエーターが、連隊を突っ切った。それに、お呼びのかかった大隊が続いた。疾風迅雷の園香の動きに、悠希はさすがと感心した。決断が早い。自機を加速させる悠希は、縦把手を握り絞めた。アデライトの思念が、マンマシーン・リンケージ・サイバニクスシステムを介して届く。
〉寧々機のパルスキャノンで牽制後、悠希機は指示機を撃破し敵軍に突入。啓開せよ
モニタに表示されるアイリス色をした背に大きなドームを背負った、後ろに引き延ばされたような頭部が特徴的な、自律意志搭載機偵察型機械兵スクタリィにマーカーがつく。戦場にイオン・パルスの紫電が走り抜けた。破壊する威力こそあまりないものの、数瞬敵数機のシステムに遅延が生じた。指示に従い、その隙に悠希は敵の目を荷電粒子砲を連射し潰し、包囲網をほぼ完成させた右翼の敵陣列へ突入した。暫し解き放たれた獣のように、縦横無尽に暴れ回り指示どおり敵軍に出血を強い道を切り開いた。
アデライトのレガトゥスと玲一のグラディエーターが悠希の穿った穴に突入し、その後ろにぴたりと寧々のアーチャーと錦のスカウトがつけた。楔となり悠希が作った突破口を、アデライトが指揮する第三小隊が更に広げ、続々と後続機が続いた。再び届くアデライトの指示。
〉座標、Xー二三、Yー04、Zー一五へ移動。三時二三分水平方向へ射撃
悠希の攻撃に追い立てられた三機が、玲一と錦が敷く十字砲火で撃破された。
〉敵砲撃を躱し、正面の支援型へ接近
電磁投射砲の超速の砲弾を回避し迫る悠希のグラディエーターに気を取られ、後方に纏まって陣取る初動の遅れたチャリオットが、寧々の砲撃に次々と沈んだ。
アデライトの出す指示は、第三小隊全機が連動したもので全てに意味があった。個が勇を誇るものではなく、小隊が一つの戦闘ユニットとなったような。淡々と指示をこなしながら悠希は、上がる戦果に戦慄した。連携時、悠希とアデライトは主に囮と牽制を担当し、撃破するのは寧々、玲一、錦の役目だ。無駄がまるでなかった。唇を悠希は噛みしめる。
――何が、アデライトだって使ってみせる、だ。違いすぎる、何もかも――
そんなこと、こんなのを見せられたら言える言葉ではない。小隊長となって抱いた決意が、挫けそうだった。常はクールさが目立つ声音に感動を帯びさせた、園香の声が響く。
〈凄い活躍だな、入埜第三小隊。こちらも便乗させてもらう〉
園香率いる第一・第五大隊が、敵右翼を突破した。このまま敵の後方につけ味方と挟撃、そうなる筈だった。が、囁きの予感と共に赤い砲撃予測線が突然表示され、電磁投射砲の火線が下方から走り抜け二つの大隊に損害を出した。咄嗟に回避した悠希は、視線をモニタ、AR認識処理で表示された各種情報に走らせつつ、巧みな機動戦術の兵威とアデライトの亡命時を彷彿とさせる支援型の運用から、これまでと何かが違う電脳世界軍に嫌な予感を覚える。
「下? 伏兵?」
〈廃墟から、敵二個大隊が急速上昇〉
コノカが応えるのと同時、敵から荷電粒子砲の火線が伸びた。遅れて味方から。グラディエーターを下に向けつつ、悠希は叫ぶ。
「こんなところで、味方を足止めさせるわけにはいかない!」
〈悠希、勝っては許さないわ。これまでは、その実力で切り抜けてこられたのでしょうけど、今この隊を指揮してるのはわたし。一人では駄目よ〉
思わずかっとなり悠希は無視しようとしたが、先程のアデライトが見せた指揮ぶりが思い出された。敵は二個大隊。牽制の攻撃を、悠希は踏みとどまった。アデライトの思念が伝わる。
〉悠希機、ミサイルの処理
――悔しいけど、連携すべきだ。敵二個大隊を、少しでも早くどうにかしないと――
指示に従い飛来するミサイルを、大隊の前へ出て悠希はグラディエーターを機動させつつ、右腕の盾裏に装備された荷電粒子砲で狙い撃った。計三〇発のミサイルを、胸部のガトリングガンも使い、それでも六発ほどは通り過ぎた。接敵。青い光を刃に宿す光粒子ブレードで、赤い刃を受け止めた。間近に豪雨で煙る敵機を見た悠希は、目を見張る。
「え? この機体は!」
〈悠希、注意して。参謀機、アイギスよ〉
悠希のグラディエーターと相対するのは、スチールグレー色をした、細身のシャープなデザインの初めて見る機体。神秘的な響きを持つボーイソプラノが、オープン量子通信で届く。
〈二三、出ていたのか。下等な猿どものために、その力を用いるなど〉
その声と同時、パワー負けする前に悠希は光粒子ブレードの角度を変えて赤い刃を流し、機体を回り込ませようとした瞬間、囁きに咄嗟の反応を返した。グラディエーターがあった場所を、荷電粒子砲の中性子ビームが走り抜けた。隙を突いてきた機体も、また新型だった。海老の甲殻のような二段重ねの装甲と胸部まで下がったアイセンサが光る頭部を有し、全体的に個性を殺し機械的な雰囲気が全面に出た、紅緑色をした機体。
現実世界仕様に光粒子ブレードの発光スペクトルを変更したレガトゥスが、高速で飛来。悠希のグラディエーターを囲む数機を荷電粒子砲で牽制し、アデライトは銀鈴を切迫させる。
〈注意して。参謀機アイギスは、思念体を搭載しない新型の従属型機械兵ヴァレットを、管制制御し最大大隊規模で使用可能よ。ヴァレットは、特化型AIを搭載していて親機アイギスの指示で半自律稼働する子機。有人半自律制御機や自律意志搭載機とは別の、新たに創出された機械兵カテゴリ――補完自律制御機〉
銀色に煌めく〝青き妖精〟のレガトゥスは一度そのままパスし、代わるように第三小隊の他の三機が、新型に加勢するようになだれ込んできた敵大隊と、交戦を始めた。メゾソプラノに寧々は、思慮を滲ませる。
〈ヴァレット、ラテン語か……スレイブと言うわけか。厄介だな〉
〈ただ厄介な敵であればいいがな〉
〈どういうことですか? 守啓連隊長〉
〈いや。ちょっと、わたしの頭が愉快なだけさ。何しろ、夢見がちなお年の女の子だから〉
〈うまいっすね、園香ちゃん〉
〈……園香ちゃん……配属されてから初めて呼ばれたな。ほう、五寧錦か。名前は覚えた〉
暫し呆気にとられたような間を開け園香は、滑らかで涼やかな声を不思議な音律で愉しげにし、だが、脅しとも取れる内容の言葉を口にした。小さく、〈馬鹿〉と寧々が錦を罵った。
レガトゥスも加わった悠希を除く第三小隊は、大隊の一部を駆逐していった。第一・第五大隊も、敵二個大隊と本格的に交戦を開始。悠希が駆るグラディエターは、ヴァレットの攻撃を躱しつつアイギスとドッグファイトを繰り広げた。斥力散開を発生させた盾で中性子ビームを拡散させつつ、疑念が悠希に過る。
「人工知能工学四原則は、セーフなのか? 人工知能は、人間に自らの意思で危害を加えてはならない。ヴァレットは、人どころか思念体も搭載していない、人工知能そのものだ」
〈有人半自律制御機と同じ理屈よ。あくまで人が――思念体が管理下に置き制御しているヴァレットは、人工知能が判断しているわけではないから矛盾は起こらない〉
「機械が機械を動かしてるだけじゃないか。一〇年戦争の悪夢が再び起こらないために鉄壁にした筈の禁則事項が、破られたとしか思えない。チッ!」
アデライトの言葉に小声で毒づき、アイギスに光粒子ブレードを叩き込もうとグラディエーターを突進させたとき、三方向から火線が走り機体を上昇させ逃れた。そこへ、ヴァレット二機が刃を赤く輝かせ光粒子ブレードで斬撃を放ってきた。呻きが、悠希の口から漏れる。
「く――っ!」
細心にシビアな制御を悠希はグラディエーターに課し、一つの斬撃を機動で躱し、もう一つの斬撃を光粒子ブレードで逃しつつ、ヴァレットにピタリと張り付くように回り込ませた。周囲にはすぐヴァレットが集まり、荷電粒子砲が、光粒子ブレードが狙ってくる。敵機を盾代わりにして、僅かな立て直しの時間を得悠希は隙を窺った。
新型と交戦を開始してから、悠希は一機も堕とせていない。こんなことは、これまで初めてだった。悠希は、戦慄を覚えながら独りごちる。
「これじゃ、まるでアデライトが率いる僕たちだ。緻密で完璧な連携。それだけじゃない。堕とそうと思っても、他の機体が邪魔をする」
敵大隊の一つと第一大隊を率い交戦する園香は、戦闘支援エッジコンピューティングを通してスカウトからの情報を、ウィンドウにAR認識処理で左側に表示し、戦闘をこなしつつ敵新型機を観察していた。滑らかで涼やかな声に、微かな苛立ちを滲ませる。
「入埜悠希が、防戦一方か。厄介だな。ここでグズグズしていられないというのに」
だが、と高水準の眼識を有する園香は思い直す。
「違うな。悠希だからこそ、まだ墜とされていないとみるべきだ。あの隙のない攻撃に、一機で命を繋いでいるのは、それだけ悠希の技量が優れているということ。なら」
瞬時に決断を、園香は下す。
「糠加大隊長、入埜第三小隊の戦闘を他隊で引き継いでくれ。同小隊を大隊から外し、入埜小隊長に合流させアデライトの自由な裁量の元、新型に当たらせる。その分、第五大隊の戦力は低下するが、こちらでなんとかする。分からない敵に掻き回されれば、時間切れになる」
〈了解しました、連隊長〉
〈済まないな。アデライト、第五大隊の指揮下から外れ、入埜第三小隊は敵新型機に当たれ。増援は当てにするなよ〉
〈了解。入埜第三小隊各位、他隊に現戦闘を引き渡し、悠希と合流し敵新型機に当たる〉
〉悠希機、座標、Xー三四、Yー一七、Zー二二へ移動
苦戦を強いられる悠希にアデライトの思念が再び届き、ホッとした自分に苛立った。レガトゥス他第三小隊が、戦闘に参加した。移動を終えようとする悠希に、思念による指示。
〉三時四二分方向俯角五度へ射撃
アデライトの指揮が面白くなかろうとも、悠希は指示に従った。中性子ビームを避けたヴァレットは左に流れ、そこへ玲一が荷電粒子砲を放ち撃破となる筈が違った。玲一の機体に火線が伸び、回避を余儀なくされ連係攻撃は失敗した。寧々と錦が、罵声を上げる。
〈くっ、敵に邪魔されてこれじゃ撃てない〉
〈何だよ、こいつら。うまいこと連携して、攻撃タイミングをずらしやがって〉
敵新型機一〇機は、巧みな連携でアデライトの戦場を見渡す緻密な指揮を覆した。忌々しそうに、玲一が吐き捨てる。
〈アデライト同様、敵味方が見えてるってことだな。それにあの新型の連携、速い。俺たち人間と違って、指示を受けて行動に移すまでのタイムラグがまるでない。数は、向こうが上だ〉
苦戦を入埜第三小隊は、強いられた。アデライトによって作り出される小隊の攻撃は、ことごとく失敗に終わった。それどころか、敵の攻撃に次第に苦戦しだした。このままでは、負けは時間の問題。悠希はグラディエーターを、加速させる。
「結局、最後にものをいうのは強さだ。こいつらは、ただの人形。頭を潰せば終わる」
〈一機では、やられるわ〉
流線形の頭部を振り向け、レガトゥスも後を追った。アイギスへ疾駆する自機に集中する火線を悠希はくぐり抜け、放った荷電粒子砲を相手が盾で防ぐ間に、接敵。光粒子ブレードを振り抜いた。アイギスは、右肘から突き出た光粒子ブレードをスライドさせ、右手に握り打ち合わせた。一瞬動きの止まった自機に伸びるヴァレットの火線に、悠希のグラディエーターは急速後退。追い打ちをかけようとするアイギスの光粒子ブレードを、交代するようにアデライトのレガトゥスが受け止めた。神秘的な響きを持つボーイソプラノが、響く。
〈二三、いや、アデライト。戻ってくるんだ。君の居場所は、そこじゃない。滅び行く世界では、ね〉
〈アイギス八、滅んでいい世界なんてないのよ。踏みにじっていい命も〉
清廉さの滲む銀鈴で紡がれるアデライトの言葉に、悠希の意識が白熱する。
「どの口で、そんなことを。踏みにじっていい命はない? アデライト、おまえは自分がしてきたことを忘れたのか!」
〈駄目、悠希!〉
叫びつつレガトゥスを押しのけアイギスへ斬撃を加える悠希に、アデライトは呼びかけた。ボーイソプラノにアイギス八は、意外そうな響きを帯びさせる。
〈悠希? それに気になってたその声……まさかとは思うけど、入埜悠希か?〉
「どうして、僕の名を知ってる?」
〈ははははは。そうか、やっぱり悠希か。アデライトへ向ける、その憎しみ。なるほど。懐かしいな、昔はよく一緒に遊んだな。それにしても、よくもまぁ生き延びたものだ。要塞都市横浜に、生き残りがいるとは思っていなかった〉
〈え? 悠希が追われた故郷って……要塞都市横浜……そんな……〉
過去が、アデライトに追い縋った。超伝導量子回路が、凍てついた。
「澪、か……まさか、敵として僕の前に現れるなんて」
参謀機アイギス八が、かつて陸とともに過ごした加々美澪であると、悠希は理解した。怒気が、静かな悠希の声に塗される。
「どうして、おまえがここにいる。故郷を、要塞都市横浜を陥落させたアデライトと一緒にいた? まるで仲間みたいに、呼びかけて」
〈それは、仲間だからさ。同じ電脳世界人。原始的な現実世界人から進化した同胞だからだ〉
冷ややかに応じる澪に、悠希は声を押し殺す。
「関東総力戦で、陥落した要塞都市は八つあった。防衛は困難で、そこで暮らす市民は事前に避難した。けれど、例外が一つだけ。要塞都市横浜。要塞都市東京の橋頭堡として狙われていた横浜の防衛戦は、盤石だった。決して突破は不可能と思われていた。けど、アデライトが率いる大隊が防衛戦に穴を開け、敵軍を招き入れた。市民の避難が行われていなかった横浜は、殺戮の巷と化した。澪と無関係じゃない友だちだって、一杯殺された。なのに、澪」
〈言っているだろう。進化に失敗した連中は、同胞じゃないんだよ〉
「進化? 機械になっただけだろう。血の通わぬ冷徹な演算するだけの」
〈悠希、ぼさっとするな!〉
怒りを声に滲ませ叫ぶ悠希に、寧々が注意を喚起した。
重量級のアーチャーを寧々は、強引に機動させヴァレットを振り切り一瞬の時間を作り出した。悠希のグラディエーターの隙を突き、一機のヴァレットが照準しているのだ。素早くAR認識処理された照準をヴァレットに合わせ、縦把手のトリガスウィッチを己の内側から溢れるビジョンに従い押した。回避される寸前、照準を僅かずらしもう一射を放とうとしたとき、衝撃が機体を襲った。振り切った敵機が放った荷電粒子砲を喰らったのだ。悠希の叫びが響く。
〈寧々っ!〉
「アデライトの思念が止んだ。綾咲のアーチャーは被弾した。どうしたらいい? え? 隊長さんよ」
連携する二機と交戦しつつ、玲一が叫んだ。
「畜生、畜生、畜生――どうしちまったんだよ、アデライトちゃん――やられちまう」
まるで出鱈目にスカウトを飛行させ、錦は死が迫るこの状況を呪った。
脚部VLSから六発のミサイルを、寧々のアーチャーに迫ろうとするヴァレットに発射し、荷電粒子砲を悠希は乱れ撃った。落ち着いたメゾソプラノが、響く。
〈慌てるな、悠希。大丈夫だ。右脚に喰らっただけだ。それよりも、どうする? アデライトは、動けない〉
〈悠希、敵に連携の隙を作らなくては、どうにもできないわ〉
「そうか。ありがとうコノカ。五寧、僕と一緒に敵を追い立てるんだ。寧々、パルスキャノンを追い込んだ敵機に。芭蕉宮は、その敵機を僕と協力して撃破。一矢でも報いるぞ」
悠希の命令に、〈分かった〉、〈くそったれ〉、〈頼むぜ〉と返事が返った。動きを止めたレガトゥスは、当てもなくまっすぐ飛行し戦場から遠ざかっていく。両肩の背後に倒れたパルスキャノンを寧々のアーチャーが起こし、ヴァレット三機が悠希と錦の攻撃で纏まった瞬間イオン・パルスの紫電を迸らせた。広域に放射されるそれを喰らった三機に、遅延が生じる。
「芭蕉宮、あの三機は撃破したい」
〈任せろ。後れを取るなよ〉
交差する火線を斥力散開を発生させた盾で拡散させ防御した悠希のグラディエーターと、バウンドするような機動で火線を回避した玲一のグラディエーターが、荷電粒子砲を連射しヴァレット三機に生じた連携の隙を突き撃破。玲一が奥深さを感じさせる声を、面白そうにした。
〈ふん。ちょっと強いからって粋がっているだけの小僧かと思っていたが、案外頼りになる〉
「そりゃどうも。そっちだって、さすが撃墜王だよ。よく僕についてきてる」
ヘルメットのバイザー越しの端正な面を、悠希はにやりとさせた。返す玲一の口調に、笑みが刻まれる。
〈生意気言うな。だが、貴様に言われるのはそう悪い気はしない〉
戦闘中に生まれた奇妙な絆。初対面から対立気味だった悠希は、玲一を少しだけ理解できた気がした。ボーイソプラノに、澪はつまらなそうな音色を滲ませる。
〈時間切れだ。悠希たちと遊びすぎたよ。連れてた二大隊は突破され、電脳世界軍主力は挟撃されてしまった。やれやれ。無理に不利を覆すのは、僕の趣味じゃない〉
アイギス八が、残りのヴァレットが、背を向け離脱し、敵二軍団も撤退を始めた。
---------------------------
〈悠希、どうした? まだ、軍務中だろう〉
「陸、澪と会ったよ。戦場で。あいつは、敵として僕の前に現れた」
〈なっ……戦えるのか、澪と〉
「ああ。それが僕の仕事だ」
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