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並列世界大戦――陽炎記――
mission 03 clash 3
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「なべて世はこともなし、か」
独りごちる錦を横目に、朝のブリーフィングを終えた悠希は椅子に凭れかかり寛いだ。一昨日降り始めた時季外れの雨は夜には上がり、今は爽やかな陽光が窓から差し込み室内を照らし出していた。悠希が小隊長となり、アデライトが入埜第三小隊に所属し何ごともなく二日が過ぎた。その平穏を壊す知らせが、小隊への通達で届く。テーブルに投影された回転する地球のオブジェが消え、ホログラムウィンドウが三つ現れる。
「連隊長より以下小隊へ。峰時第一小隊、唐沢第二小隊、入埜第三小隊は、一時間後模擬戦を執り行う。準備されたし」
人の姿が現れぬ〝sound only〟と表示されたウィンドウから、立体音響でしっとりした女性の声が響いた。園香の副官業務も務めるサポートAIのイオだ。剣呑な声が響く。
「入埜、編入したレガトゥス共々、ぼこぼこにしてやるよ」
ウィンドウの一つに、目つきの鋭い唐沢小隊長が映し出されていた。撃墜王である第二小隊の隊長は、新兵のくせに群を抜いた戦績を叩き出す悠希を面白く感じておらず、前々から突っかかっていたのだ。受けて立つように、挑発を悠希は口調に滲ませる。
「やれるの? 第二小隊に」
――模擬戦に勝って、ここ数日の鬱憤を晴らしたい――
都市防壁外へ入埜第三小隊の面々と機械兵を駆り発進した悠希は、心の内で闘志を燃やしていた。アデライトのことで募っていた不満を、すっきりさせたかった。模擬戦とはいえフィジカルな戦闘で、悠希が小隊長となって初めての。小隊長の勤めは様々あるが、やはり戦闘での指揮こそが重要だ。慣れたいし、自分ができることを証明したい。これまで絢人に任せきりだったが、これからは己の戦いにのみ専念することはできない。
目の前にAR認識処理されウィンドウが二つ現れ、園香と芽生が映し出された。滑らかで涼やかな声が告げる。
〈特別技術顧問の久留美川博士から、本模擬戦の立案及び要請があった〉
「博士から?」
わざわざ連隊長である園香がたかだか小隊規模の模擬戦を監督してくるのは、やはりアデライトが目的かと悠希は不満を覚えた。ウィンドウ越しの芽生が、ぺこりと頭を下げる。
〈突然、申し訳ありません〉
〈大げさだ。アデライトは、もうモニターしてるんだろう? 普通に指示すればいいだけだ〉
〈それだけ重要だということだ、狙撃の女王。東京ガイア防衛軍統合本部及び南方軍は、久留美川博士の提案を非常に有効で緊急性のあるものと判断、これを早急に実施するものとする〉
〈……ごめんなさい、隊長さん〉
目を逸らし銀縁の眼鏡越しに覗く色彩の薄い瞳に曖昧なものを浮かべる芽生に、悠希は小首を傾げた。園香の声が、凜と鳴る。
〈本模擬戦の設定を伝える。横浜戦区と川崎戦区から敵が侵攻してくると仮定。入埜第三小隊には、主戦場を設定しないこととする〉
〈つまり、好きにやれと〉
〈意外と、アバウトっすね、連隊長〉
玲一と錦は、肩すかしを喰らわされたような口調だ。卓越した作戦立案能力で知られる園香にしては、芸が少ないと感じたのだろう。精緻な美貌に園香は、透き通る笑みを浮かべる。
〈自由な裁量を見てみたいんだ。では、開始する〉
号令と共に戦闘支援エッジコンピューティングを通して、仮想的である二小隊がAR認識処理で右上に表示された戦場マップが縮小し赤い輝点として現れた。警戒エリアに敷設されたセンサが捕捉し、現時点での仮想敵の位置は推定のものが。コノカのアルトが、呼びかける。
〈どっちを先に相手する? 敵は、二つの戦区に分散しているわ〉
「横浜戦区だ。入埜第三小隊、目標横浜戦区の仮想的。推力ミリタリー。状況を開始する」
〈〈〈〈了解〉〉〉〉
入埜第三小隊五機が、一斉に背の複合推進システムから青白い電離気体を引き、高速で空を駆けた。銀鈴が響く。
〈どうして、横浜戦区? この情報からでは、仮想敵の本命は分からないわ。合流する可能性だってあるし。敵の動きを見定めてから動くべきでは?〉
慣れてきたロリータメイドのクールさを持つ甘い声ではなく、最初悠希はそれがアデライトだと認識できなかった。アデライト――レガトゥスは破損箇所の修理を含め、現実世界軍仕様に改修を受けていた。悠希のグラディエーターの左側を飛行する、銀色の流麗な機械兵は外見上変化は見られない。メゾソプラノに潜考を、寧々は滲ませる。
〈確かに。この模擬戦の作戦行動が不明だから、何でもありな状況だ〉
〈どう動けばいいんだか。あの園香ちゃんだから、いざやらされると……喰えないよな〉
〈おまえ連隊長を……。だが、実戦的だ。敵の動きを見て、対処を部隊のトップが考える〉
錦は軽薄そうな声に面倒そうな響きを帯びさせ、玲一は奥深そうな声に面白そうな響きを帯びさせた。悠希は、咄嗟の作戦を説明する。
「だから、敵の動きを作り出す必要がある。仮想敵は東京に辿り着けば勝利だから、もたもたしてたら負ける。けど、こちらが先に動けば、空白の戦区に合流する可能性が高まる」
〈陽動によって、仮想敵の動きを掣肘するということね。横浜戦区へわたしたちが向かえば、仮想敵は川崎戦区を狙ってくる〉
「そうだ。仮想敵が川崎戦区へ向かい始めたら、急転進し同戦区で敵を撃退する。五寧」
〈おうよ。ちょっくら行ってくるぜ。見張るのは、横浜だな〉
戦場状況を確実にするため、エッジサーバも兼ねる錦の偵察型スカウトが先行した。精度が増した戦闘支援エッジコンピューティングの情報から、横浜戦区の仮想敵は途中まで割り当てられた戦区を飛行していたが、入埜第三小隊の動きを見て川崎戦区へ進路を変える様が伝えられた。あと少しで合流するというとき、悠希は指示を出す。
「転進。目標川崎戦区の仮想敵! アフターバーナー推力で亜音速になり次第ラムジェット推進に切り替え」
隊から離れているスカウトを除く四機が、戦域を切り裂くように猛然と進んだ。途中錦のスカウトが合流し、みるみる仮想敵との距離が詰まっていく。コノカのアルトが告げる。
〈電磁投射砲・初弾命中可能距離〉
「減速。寧々。砲撃!」
命令に〈了解、悠希〉と答えると重量級のアーチャーが軌条のような砲身を右肩に構え、砲撃を開始した。二機撃破判定。その間に敵との距離が食い尽くされ、悠希は気迫を迸らせる。
「開戦!」
敵味方が激突した。敵アーチャーに模擬戦用の光粒子ブレードを突き入れ、悠希は最初の接触と共に一機撃破扱いにした。と、そのとき落ち着きのある声が頭に響く。
〈アデライトさん、好きにやってみてください。小隊も自由に使って〉
〈勝手な! それじゃ、部隊を動かせない〉
ウィンドウに映る面を硬くした芽生のその言葉に、悠希は反発した。思いつきのように何を言い出すのだと更に反論しようとする悠希を、園香の悪びれもしない冷ややかな声が制した。
〈済まないな、入埜小隊長。久留美川博士の第三小隊に対する権限は、君よりも優先される。今回の模擬戦の主役はアデライトなの。アデライト、自分がやりやすいように、使えるものは何でも使って。要塞都市間同盟ガイアの為、あなたのポテンシャルを見せて〉
途中から口調を少女のそれにして、湖面を思わせる智の宿りのある瞳を抑えられない好奇に園香は輝かせた。量子通信に瞬間ノイズのようなものが混じり、決意が滲む銀鈴が響く。
〈了解。ごめん、悠希〉
隊の左翼からレガトゥスが外れ、仮想敵に突進して行った。軽く悠希は舌打ちし、追おうとしたが脳がマンマシーン・リンケージ・サイバニクスシステムによって知覚する情報に、それを押しとどめられた。戦闘支援エッジコンピューティングを通した、指示が伝わる。
「アデライトの奴、エッジコンピューティングに割り込んだのか?」
〈そのようね。ハッキングしたみたい。悠希、指示に従う?〉
「悔しいけど、今回の模擬戦の主役は僕じゃない。アデライトだ。これも兵士としての職務。従ってやるさ!」
吐き捨てつつ、グラディエーターを悠希は降下させた。玲一のそれは、別の方向へ。寧々のアーチャーは、後退しつつ電磁投射砲による砲撃を加えた。錦のスカウトも回り込み、左腕の盾裏に装備した荷電粒子砲を撃ち始めた。
一見バラバラな小隊の動きに見えるが、連動していた。アデライトは、電子の目で知覚し敵味方全てを認識していた。指示される移動場所、接敵タイミング、使用兵装。全てを指示してくる。人間では到底不可能な芸当。汎用人工知能とリンクシステムを介して接続を行っても。
七機残っていた第一第二小隊の機体が、見る間に数を減らしていった。まともな戦闘ではなかった。数が劣る入埜第三小隊が、一方的に蹂躙していく。唐沢小隊長との件など、どこかへ行ってしまった。知らぬ間に退場していた。悠希が指揮していても、彼自身の戦闘能力と小隊員の実力によって勝てただろう。が、こうも鮮やかに短時間では戦闘を終えられなかった。犠牲も出さずに。これが思念体かと、悠希は痛感する。その中でも、アデライトは別格だ。
銀鈴の声が、機械的に響く。
〈状況、終了〉
機体を降りキャットウォークに立つ悠希たちの元へ、芽生を連れた園香が近づいてくる。
「入埜小隊長、今後第三小隊の実戦指揮は、アデライトが執るものとする。不満かな?」
表情に出たらしい悠希の内心の怒りに、園香は小首を傾げ背後の芽生はびくりとした。何も言えずにいる悠希に、園香は続ける。
「君に、悠希に、わたしも博士も含むところはないんだ。これは、要塞都市間同盟ガイアの意向と捉えてくれれば助かる。今後もある。悠希とは摩擦を作りたくない」
「僕も軍人です。命令には従います。それと、気を遣っていただいて恐縮です」
名前で呼び親しみを見せる年下の園香に、悔しいが悠希はせめてもの矜持を保った。湖面を思わせる瞳を、園香は和ませる。
「畏まるな。入埜小隊長には、今後とも小隊の監督を頼む。それとな、中央軍基地の時読がアデライトの亡命前に予知をしていたらしい。新たな星が輝きだした、とな。案外曖昧だな」
「僕は、その恒星の輝きに照らし出される惑星だって、ことですね」
「さあ。でも、仕方がない。アデライトが現実世界軍にもたらすものを考えれば、わたしたちはそのおこぼれに預かるだけだからな」
抑えていてもやはり表に出てしまう悠希の不満に、園香はくすりと笑った。園香はアデライトがいる奥に、芽生と向かって行った。
揶揄するような玲一の声が、悠希の耳朶を打つ。
「入埜小隊長殿、就任三日目でまさかのお飾りになった気分はいかがです?」
「何が言いたいのさ、芭蕉宮」
剣呑さが悠希の静けさを宿す瞳に、ちらついた。縁なし眼鏡のブリッジに、玲一は触れる。
「否、何。別に大層なことを言いたいわけじゃない。腕は立つみたいだが、俺より年下。明らかに、戦場経験は不足している。見た目も頼りがいがありそうには見えない。実際、弱っちく見える。そんなおまえなんかが、隊長ってのはどうかなって。こっちは命を預けるんだ」
「喧嘩をふっかけてるわけ?」
挑発する玲一に、悠希は気色ばんだ。園香の前で保った理性が色褪せていき、悠希は足音高く踏み出すと玲一に近づいた。対する玲一は身体の力を抜き、両腕をだらりとさせた。一触即発の空気が二人の間に満ち、コノカが声を厳しく響かせる。
〈駄目よ、悠希〉
が、それを悠希は無視しようとした。科学文明が進歩し人は確かにお上品になったが、根本的な部分は決して変わっていない。洗練された現在において野生が今だ残る軍の中にあって、蛮行を二人は行おうとしていた。
それを止めたのは、軽薄なおどけた声。
「まぁまぁ、ご両人」
錦は、悠希の肩に手を回した。片目を瞑りウィンクする錦に、声を悠希は苛立たせる。
「放せよ、五寧」
「そうだ。余計な真似をするな。連隊長がアデライトに実戦指揮を任せるって言ったとき、五寧も綾咲も反論がなかった。つまり、さっきの模擬戦で身に染みてるのさ。アデライトがこの隊の指揮を執れば、俺たちの生き残る目が増えるってね。正直俺も、模擬戦の最中ふざけるなって思った。だが、あの戦いで俺の背筋は凍ったよ。人間に、こんな真似ができるかってね」
神経質さを感じさせる鋭い面に、玲一はやるせなさに似たものを浮かべた。そうか、と悠希は思う。以前の北方軍の連隊を上官と対立し追い出された、自己に立脚する玲一にしたところで、先程のことはショックなのだ。
艶っぽいメゾソプラノを、寧々は注意深くする。
「悠希の気持ちは分かるつもりだ。実力も申し分なく、決して愚かではない。小隊長として、十分悠希はやって行けただろう。けどれ、あれを体感させられてしまったあたしは、今回の上層部の決定に逆らうことはできない」
どこか済まなそうにする寧々に、悠希はどうしようもない悔しさが蟠った。
独りごちる錦を横目に、朝のブリーフィングを終えた悠希は椅子に凭れかかり寛いだ。一昨日降り始めた時季外れの雨は夜には上がり、今は爽やかな陽光が窓から差し込み室内を照らし出していた。悠希が小隊長となり、アデライトが入埜第三小隊に所属し何ごともなく二日が過ぎた。その平穏を壊す知らせが、小隊への通達で届く。テーブルに投影された回転する地球のオブジェが消え、ホログラムウィンドウが三つ現れる。
「連隊長より以下小隊へ。峰時第一小隊、唐沢第二小隊、入埜第三小隊は、一時間後模擬戦を執り行う。準備されたし」
人の姿が現れぬ〝sound only〟と表示されたウィンドウから、立体音響でしっとりした女性の声が響いた。園香の副官業務も務めるサポートAIのイオだ。剣呑な声が響く。
「入埜、編入したレガトゥス共々、ぼこぼこにしてやるよ」
ウィンドウの一つに、目つきの鋭い唐沢小隊長が映し出されていた。撃墜王である第二小隊の隊長は、新兵のくせに群を抜いた戦績を叩き出す悠希を面白く感じておらず、前々から突っかかっていたのだ。受けて立つように、挑発を悠希は口調に滲ませる。
「やれるの? 第二小隊に」
――模擬戦に勝って、ここ数日の鬱憤を晴らしたい――
都市防壁外へ入埜第三小隊の面々と機械兵を駆り発進した悠希は、心の内で闘志を燃やしていた。アデライトのことで募っていた不満を、すっきりさせたかった。模擬戦とはいえフィジカルな戦闘で、悠希が小隊長となって初めての。小隊長の勤めは様々あるが、やはり戦闘での指揮こそが重要だ。慣れたいし、自分ができることを証明したい。これまで絢人に任せきりだったが、これからは己の戦いにのみ専念することはできない。
目の前にAR認識処理されウィンドウが二つ現れ、園香と芽生が映し出された。滑らかで涼やかな声が告げる。
〈特別技術顧問の久留美川博士から、本模擬戦の立案及び要請があった〉
「博士から?」
わざわざ連隊長である園香がたかだか小隊規模の模擬戦を監督してくるのは、やはりアデライトが目的かと悠希は不満を覚えた。ウィンドウ越しの芽生が、ぺこりと頭を下げる。
〈突然、申し訳ありません〉
〈大げさだ。アデライトは、もうモニターしてるんだろう? 普通に指示すればいいだけだ〉
〈それだけ重要だということだ、狙撃の女王。東京ガイア防衛軍統合本部及び南方軍は、久留美川博士の提案を非常に有効で緊急性のあるものと判断、これを早急に実施するものとする〉
〈……ごめんなさい、隊長さん〉
目を逸らし銀縁の眼鏡越しに覗く色彩の薄い瞳に曖昧なものを浮かべる芽生に、悠希は小首を傾げた。園香の声が、凜と鳴る。
〈本模擬戦の設定を伝える。横浜戦区と川崎戦区から敵が侵攻してくると仮定。入埜第三小隊には、主戦場を設定しないこととする〉
〈つまり、好きにやれと〉
〈意外と、アバウトっすね、連隊長〉
玲一と錦は、肩すかしを喰らわされたような口調だ。卓越した作戦立案能力で知られる園香にしては、芸が少ないと感じたのだろう。精緻な美貌に園香は、透き通る笑みを浮かべる。
〈自由な裁量を見てみたいんだ。では、開始する〉
号令と共に戦闘支援エッジコンピューティングを通して、仮想的である二小隊がAR認識処理で右上に表示された戦場マップが縮小し赤い輝点として現れた。警戒エリアに敷設されたセンサが捕捉し、現時点での仮想敵の位置は推定のものが。コノカのアルトが、呼びかける。
〈どっちを先に相手する? 敵は、二つの戦区に分散しているわ〉
「横浜戦区だ。入埜第三小隊、目標横浜戦区の仮想的。推力ミリタリー。状況を開始する」
〈〈〈〈了解〉〉〉〉
入埜第三小隊五機が、一斉に背の複合推進システムから青白い電離気体を引き、高速で空を駆けた。銀鈴が響く。
〈どうして、横浜戦区? この情報からでは、仮想敵の本命は分からないわ。合流する可能性だってあるし。敵の動きを見定めてから動くべきでは?〉
慣れてきたロリータメイドのクールさを持つ甘い声ではなく、最初悠希はそれがアデライトだと認識できなかった。アデライト――レガトゥスは破損箇所の修理を含め、現実世界軍仕様に改修を受けていた。悠希のグラディエーターの左側を飛行する、銀色の流麗な機械兵は外見上変化は見られない。メゾソプラノに潜考を、寧々は滲ませる。
〈確かに。この模擬戦の作戦行動が不明だから、何でもありな状況だ〉
〈どう動けばいいんだか。あの園香ちゃんだから、いざやらされると……喰えないよな〉
〈おまえ連隊長を……。だが、実戦的だ。敵の動きを見て、対処を部隊のトップが考える〉
錦は軽薄そうな声に面倒そうな響きを帯びさせ、玲一は奥深そうな声に面白そうな響きを帯びさせた。悠希は、咄嗟の作戦を説明する。
「だから、敵の動きを作り出す必要がある。仮想敵は東京に辿り着けば勝利だから、もたもたしてたら負ける。けど、こちらが先に動けば、空白の戦区に合流する可能性が高まる」
〈陽動によって、仮想敵の動きを掣肘するということね。横浜戦区へわたしたちが向かえば、仮想敵は川崎戦区を狙ってくる〉
「そうだ。仮想敵が川崎戦区へ向かい始めたら、急転進し同戦区で敵を撃退する。五寧」
〈おうよ。ちょっくら行ってくるぜ。見張るのは、横浜だな〉
戦場状況を確実にするため、エッジサーバも兼ねる錦の偵察型スカウトが先行した。精度が増した戦闘支援エッジコンピューティングの情報から、横浜戦区の仮想敵は途中まで割り当てられた戦区を飛行していたが、入埜第三小隊の動きを見て川崎戦区へ進路を変える様が伝えられた。あと少しで合流するというとき、悠希は指示を出す。
「転進。目標川崎戦区の仮想敵! アフターバーナー推力で亜音速になり次第ラムジェット推進に切り替え」
隊から離れているスカウトを除く四機が、戦域を切り裂くように猛然と進んだ。途中錦のスカウトが合流し、みるみる仮想敵との距離が詰まっていく。コノカのアルトが告げる。
〈電磁投射砲・初弾命中可能距離〉
「減速。寧々。砲撃!」
命令に〈了解、悠希〉と答えると重量級のアーチャーが軌条のような砲身を右肩に構え、砲撃を開始した。二機撃破判定。その間に敵との距離が食い尽くされ、悠希は気迫を迸らせる。
「開戦!」
敵味方が激突した。敵アーチャーに模擬戦用の光粒子ブレードを突き入れ、悠希は最初の接触と共に一機撃破扱いにした。と、そのとき落ち着きのある声が頭に響く。
〈アデライトさん、好きにやってみてください。小隊も自由に使って〉
〈勝手な! それじゃ、部隊を動かせない〉
ウィンドウに映る面を硬くした芽生のその言葉に、悠希は反発した。思いつきのように何を言い出すのだと更に反論しようとする悠希を、園香の悪びれもしない冷ややかな声が制した。
〈済まないな、入埜小隊長。久留美川博士の第三小隊に対する権限は、君よりも優先される。今回の模擬戦の主役はアデライトなの。アデライト、自分がやりやすいように、使えるものは何でも使って。要塞都市間同盟ガイアの為、あなたのポテンシャルを見せて〉
途中から口調を少女のそれにして、湖面を思わせる智の宿りのある瞳を抑えられない好奇に園香は輝かせた。量子通信に瞬間ノイズのようなものが混じり、決意が滲む銀鈴が響く。
〈了解。ごめん、悠希〉
隊の左翼からレガトゥスが外れ、仮想敵に突進して行った。軽く悠希は舌打ちし、追おうとしたが脳がマンマシーン・リンケージ・サイバニクスシステムによって知覚する情報に、それを押しとどめられた。戦闘支援エッジコンピューティングを通した、指示が伝わる。
「アデライトの奴、エッジコンピューティングに割り込んだのか?」
〈そのようね。ハッキングしたみたい。悠希、指示に従う?〉
「悔しいけど、今回の模擬戦の主役は僕じゃない。アデライトだ。これも兵士としての職務。従ってやるさ!」
吐き捨てつつ、グラディエーターを悠希は降下させた。玲一のそれは、別の方向へ。寧々のアーチャーは、後退しつつ電磁投射砲による砲撃を加えた。錦のスカウトも回り込み、左腕の盾裏に装備した荷電粒子砲を撃ち始めた。
一見バラバラな小隊の動きに見えるが、連動していた。アデライトは、電子の目で知覚し敵味方全てを認識していた。指示される移動場所、接敵タイミング、使用兵装。全てを指示してくる。人間では到底不可能な芸当。汎用人工知能とリンクシステムを介して接続を行っても。
七機残っていた第一第二小隊の機体が、見る間に数を減らしていった。まともな戦闘ではなかった。数が劣る入埜第三小隊が、一方的に蹂躙していく。唐沢小隊長との件など、どこかへ行ってしまった。知らぬ間に退場していた。悠希が指揮していても、彼自身の戦闘能力と小隊員の実力によって勝てただろう。が、こうも鮮やかに短時間では戦闘を終えられなかった。犠牲も出さずに。これが思念体かと、悠希は痛感する。その中でも、アデライトは別格だ。
銀鈴の声が、機械的に響く。
〈状況、終了〉
機体を降りキャットウォークに立つ悠希たちの元へ、芽生を連れた園香が近づいてくる。
「入埜小隊長、今後第三小隊の実戦指揮は、アデライトが執るものとする。不満かな?」
表情に出たらしい悠希の内心の怒りに、園香は小首を傾げ背後の芽生はびくりとした。何も言えずにいる悠希に、園香は続ける。
「君に、悠希に、わたしも博士も含むところはないんだ。これは、要塞都市間同盟ガイアの意向と捉えてくれれば助かる。今後もある。悠希とは摩擦を作りたくない」
「僕も軍人です。命令には従います。それと、気を遣っていただいて恐縮です」
名前で呼び親しみを見せる年下の園香に、悔しいが悠希はせめてもの矜持を保った。湖面を思わせる瞳を、園香は和ませる。
「畏まるな。入埜小隊長には、今後とも小隊の監督を頼む。それとな、中央軍基地の時読がアデライトの亡命前に予知をしていたらしい。新たな星が輝きだした、とな。案外曖昧だな」
「僕は、その恒星の輝きに照らし出される惑星だって、ことですね」
「さあ。でも、仕方がない。アデライトが現実世界軍にもたらすものを考えれば、わたしたちはそのおこぼれに預かるだけだからな」
抑えていてもやはり表に出てしまう悠希の不満に、園香はくすりと笑った。園香はアデライトがいる奥に、芽生と向かって行った。
揶揄するような玲一の声が、悠希の耳朶を打つ。
「入埜小隊長殿、就任三日目でまさかのお飾りになった気分はいかがです?」
「何が言いたいのさ、芭蕉宮」
剣呑さが悠希の静けさを宿す瞳に、ちらついた。縁なし眼鏡のブリッジに、玲一は触れる。
「否、何。別に大層なことを言いたいわけじゃない。腕は立つみたいだが、俺より年下。明らかに、戦場経験は不足している。見た目も頼りがいがありそうには見えない。実際、弱っちく見える。そんなおまえなんかが、隊長ってのはどうかなって。こっちは命を預けるんだ」
「喧嘩をふっかけてるわけ?」
挑発する玲一に、悠希は気色ばんだ。園香の前で保った理性が色褪せていき、悠希は足音高く踏み出すと玲一に近づいた。対する玲一は身体の力を抜き、両腕をだらりとさせた。一触即発の空気が二人の間に満ち、コノカが声を厳しく響かせる。
〈駄目よ、悠希〉
が、それを悠希は無視しようとした。科学文明が進歩し人は確かにお上品になったが、根本的な部分は決して変わっていない。洗練された現在において野生が今だ残る軍の中にあって、蛮行を二人は行おうとしていた。
それを止めたのは、軽薄なおどけた声。
「まぁまぁ、ご両人」
錦は、悠希の肩に手を回した。片目を瞑りウィンクする錦に、声を悠希は苛立たせる。
「放せよ、五寧」
「そうだ。余計な真似をするな。連隊長がアデライトに実戦指揮を任せるって言ったとき、五寧も綾咲も反論がなかった。つまり、さっきの模擬戦で身に染みてるのさ。アデライトがこの隊の指揮を執れば、俺たちの生き残る目が増えるってね。正直俺も、模擬戦の最中ふざけるなって思った。だが、あの戦いで俺の背筋は凍ったよ。人間に、こんな真似ができるかってね」
神経質さを感じさせる鋭い面に、玲一はやるせなさに似たものを浮かべた。そうか、と悠希は思う。以前の北方軍の連隊を上官と対立し追い出された、自己に立脚する玲一にしたところで、先程のことはショックなのだ。
艶っぽいメゾソプラノを、寧々は注意深くする。
「悠希の気持ちは分かるつもりだ。実力も申し分なく、決して愚かではない。小隊長として、十分悠希はやって行けただろう。けどれ、あれを体感させられてしまったあたしは、今回の上層部の決定に逆らうことはできない」
どこか済まなそうにする寧々に、悠希はどうしようもない悔しさが蟠った。
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