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並列世界大戦――陽炎記――
mission 02 clash 2
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主人のいなくなった部屋は、どこか閑散としていてもの寂しい。入埜第三小隊の面々は、昨日の戦いで戦死した隊員の遺品整理をしていた。死者を悼むようにとうとう雨が降り出し、外は濡れていた。求衛絢人が使っていた宿舎の部屋には、メイドの姿があった。二手に分かれ、寧々、錦、玲一は、甲堂隼人の部屋を片付けていた。今、悠希はアデライトと二人きりだ。
先程の光景が、悠希の頭を過った。アデライトを中心に人の輪ができて、悠希は疎外感を感じた。そのとき湧き上がった暗い情念に、悠希はこの先大丈夫かと漠然とした不安を覚える。アデライトを部下として使っていかなければならない。彼女への思いをいつまで隠せるだろうか?
クローゼットの中身を出す手だけは動かし、けれど仄暗い情念の中にいた悠希は、クールさを喚起される甘い声音に混沌とした意識の井戸から引きずり出される。
「入埜小隊長、ううん、悠希って名前で呼ばせてもらっていいかしら? 他の隊員たちのことも、そうするから。今の見た目はこうでも、わたしは二〇歳のお姉さんなんだし」
小悪魔的な外見をしたロリータ少女を、迷いから這い出たばかりの悠希は刹那感覚が麻痺していて、それがアデライトであると認識するのに数秒時間を要した。虚言を吐く。
「あ、ああ。構わない。僕だけ名前で呼ばれなかったら、仲間外れみたいで嫌だから」
「そう、よかった。悠希は、どうして兵士に?」
「故郷を戦争で失ったんだ。関東総力戦のとき」
「――っ! わたし、無神経なことを聞いたわ。ごめんなさい、悠希」
机の中身を段ボール箱に移していたアデライトは、びくっと硬直し僅か固まった後、謝罪を口にした。表現の多彩な高級品といえども、感情の表出には限界がある。フリーズ時何を思ったのか……悠希は鋭い痛みを胸に感じつつ軍服に隠れたペンダントを握り、それでも偽った。
「いや。あのとき、八つの要塞都市が陥落した。僕と似たような境遇の奴は多いよ。大概の都市は、駄目って分かっていて避難が間に合ったから」
「……そうね……あの大攻勢で、故郷の要塞都市を追われた人は多かったでしょうね」
それまでの砕けたアデライトの口調が、慎重になった。顔色は分からないが、張り詰めたようなものを雰囲気を伝えぬ機械のボディから、悠希は感じた。アデライトは片付けを再開しながら、声音に憂いを乗せる。
「戦死された二人には、済まないと思ってるわ。昨日の戦いを主導したのは、わたしだもの。現実世界軍と接触した状態でなければ、亡命は不可能だった。かといって、手を抜けば後方で控えていた方面軍参謀に疑われる。現実世界に帰ろうとした、わたしの身勝手」
「二人の死は、アデライトの亡命には関係なかったってことだ。亡命しなくても、あの戦法をとってたってことだから。もし、アデライトが亡命しなければ、要塞都市東京は危なかった。四軍団が突破口を開き控えていた五軍団がなだれ込む予定だったって、大隊長に聞かされた。亡命時の混乱に、守啓連隊長がつけ込めなければ今こうしていられたか」
責めはしないが、悠希はアデライトのせいでないとは言わなかった。視線を送ると、可憐な面の細い眉が僅かに動いたことから、アデライトは悠希が微妙に話の筋をずらしたことに気づいたようだった。が、それを善意と解釈したらしく、アデライトは可愛い唇を開く。
「戦争で人は死ぬわ。現実世界でも電脳世界でも。この愚かな行為を人類は、ずっと捨てられず続けている。誰の意思で始まったのかも分からない戦いで、死んでいく。したいことだってあるのに。戦死した二人が安らかであらんことを」
「求衛小隊長。優秀でいい隊長だったよ。面倒見のいい人で、リーダーになることが気質的に身についてる人だった。暑苦しかったけど真面目な甲堂も、悪い奴じゃなかった。二人とも、あんな呆気なく死んでいい人たちじゃない」
感情を抑えている悠希は、戦死者を悼むアデライトに釣られ相手が誰であるか忘れ答えてしまい、そのあまりに自然な流れに戸惑いを覚えた。
――悪い人間じゃないって思った。厄介だな。機械のボディといっても、人に似すぎてる。〝青き妖精〟だってことも忘れて、人間のように錯覚してしまう――
写真立てに入った集合写真を見詰めるアデライトから視線を外し、悠希は止まっていた手を再び動かす。
――騙されるな、悠希。彼女は、人間の振りをしているだけ。コノカと同じだ。コノカと接していて、僕は彼女が量子AIであることを忘れてしまう。けれど、コノカは超伝導量子回路で構成された、汎用人工知能だ。アデライトは、人の心を持たない機械だ――
先程の光景が、悠希の頭を過った。アデライトを中心に人の輪ができて、悠希は疎外感を感じた。そのとき湧き上がった暗い情念に、悠希はこの先大丈夫かと漠然とした不安を覚える。アデライトを部下として使っていかなければならない。彼女への思いをいつまで隠せるだろうか?
クローゼットの中身を出す手だけは動かし、けれど仄暗い情念の中にいた悠希は、クールさを喚起される甘い声音に混沌とした意識の井戸から引きずり出される。
「入埜小隊長、ううん、悠希って名前で呼ばせてもらっていいかしら? 他の隊員たちのことも、そうするから。今の見た目はこうでも、わたしは二〇歳のお姉さんなんだし」
小悪魔的な外見をしたロリータ少女を、迷いから這い出たばかりの悠希は刹那感覚が麻痺していて、それがアデライトであると認識するのに数秒時間を要した。虚言を吐く。
「あ、ああ。構わない。僕だけ名前で呼ばれなかったら、仲間外れみたいで嫌だから」
「そう、よかった。悠希は、どうして兵士に?」
「故郷を戦争で失ったんだ。関東総力戦のとき」
「――っ! わたし、無神経なことを聞いたわ。ごめんなさい、悠希」
机の中身を段ボール箱に移していたアデライトは、びくっと硬直し僅か固まった後、謝罪を口にした。表現の多彩な高級品といえども、感情の表出には限界がある。フリーズ時何を思ったのか……悠希は鋭い痛みを胸に感じつつ軍服に隠れたペンダントを握り、それでも偽った。
「いや。あのとき、八つの要塞都市が陥落した。僕と似たような境遇の奴は多いよ。大概の都市は、駄目って分かっていて避難が間に合ったから」
「……そうね……あの大攻勢で、故郷の要塞都市を追われた人は多かったでしょうね」
それまでの砕けたアデライトの口調が、慎重になった。顔色は分からないが、張り詰めたようなものを雰囲気を伝えぬ機械のボディから、悠希は感じた。アデライトは片付けを再開しながら、声音に憂いを乗せる。
「戦死された二人には、済まないと思ってるわ。昨日の戦いを主導したのは、わたしだもの。現実世界軍と接触した状態でなければ、亡命は不可能だった。かといって、手を抜けば後方で控えていた方面軍参謀に疑われる。現実世界に帰ろうとした、わたしの身勝手」
「二人の死は、アデライトの亡命には関係なかったってことだ。亡命しなくても、あの戦法をとってたってことだから。もし、アデライトが亡命しなければ、要塞都市東京は危なかった。四軍団が突破口を開き控えていた五軍団がなだれ込む予定だったって、大隊長に聞かされた。亡命時の混乱に、守啓連隊長がつけ込めなければ今こうしていられたか」
責めはしないが、悠希はアデライトのせいでないとは言わなかった。視線を送ると、可憐な面の細い眉が僅かに動いたことから、アデライトは悠希が微妙に話の筋をずらしたことに気づいたようだった。が、それを善意と解釈したらしく、アデライトは可愛い唇を開く。
「戦争で人は死ぬわ。現実世界でも電脳世界でも。この愚かな行為を人類は、ずっと捨てられず続けている。誰の意思で始まったのかも分からない戦いで、死んでいく。したいことだってあるのに。戦死した二人が安らかであらんことを」
「求衛小隊長。優秀でいい隊長だったよ。面倒見のいい人で、リーダーになることが気質的に身についてる人だった。暑苦しかったけど真面目な甲堂も、悪い奴じゃなかった。二人とも、あんな呆気なく死んでいい人たちじゃない」
感情を抑えている悠希は、戦死者を悼むアデライトに釣られ相手が誰であるか忘れ答えてしまい、そのあまりに自然な流れに戸惑いを覚えた。
――悪い人間じゃないって思った。厄介だな。機械のボディといっても、人に似すぎてる。〝青き妖精〟だってことも忘れて、人間のように錯覚してしまう――
写真立てに入った集合写真を見詰めるアデライトから視線を外し、悠希は止まっていた手を再び動かす。
――騙されるな、悠希。彼女は、人間の振りをしているだけ。コノカと同じだ。コノカと接していて、僕は彼女が量子AIであることを忘れてしまう。けれど、コノカは超伝導量子回路で構成された、汎用人工知能だ。アデライトは、人の心を持たない機械だ――
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