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並列世界大戦――陽炎記――
mission 02 clash 1
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瞋恚に燃える少年の瞳は、わたしの罪を浮き彫りにし断罪した。わたしは、それに酷くおののいた。
――アデライト・ラーゲルクヴィスト著・並列世界大戦回顧録「陽炎記」より抜粋――
「改めてよろしくお願いします、皆さん。特別技術顧問の久留美川芽生です」
メイド姿のヒューマノイドを連れ昨夜の戦闘で寝不足気味な入埜第三小隊のブリーフィングルームへ始業と同時に早朝やって来た芽生が、緊張気味に頭を下げた。銀縁眼鏡が似合う栗毛がかった髪を三つ編みにし両肩から垂らす芽生は、地味だが整った顔立ちをしている。白衣の下は、長袖Tシャツとデニムのスカートといったカジュアルな服装で、女子大生と言われた方が違和感がない。そんな芽生が、精一杯役職らしくあろうとこわばり気味な顔にぎこちない笑みを貼り付け、隣のヒューマノイドの背後に移動し両肩に手を置く。
「えーと。もう一人の新入隊員と顔合わせしてもらいます」
芽生の言葉に一瞬何を言っているんだと悠希は訝るが、中学生くらいの年頃のメイド服を着たヒューマノイドがクールさを感じさせる不思議な甘い声音で告げる。
「アデライト・ラーゲルクヴィストです。入埜第三小隊の皆さん」
見た目に騙され、悠希はその言葉に意表を突かれた。アデライトと名乗るメイド姿のヒューマノイドは、くすんだ金髪をハーフツインテールにした、可憐な面をした青い瞳の少女。黒色のスカート丈を短めにしたメイド服が、全体的にロリータふうに見せ小悪魔的な雰囲気を与えていた。驚いたのは悠希だけではないようで、小隊の面々がこぞって口を開く。
「やってくれたね、芽生ちゃん。さすが特別技術顧問。グッジョブ! そんな可愛い姿に、アデライトちゃんを仕立てて。俺の仕事のモチベーションが、嫌が上でもだだ上がりだよ。あ、俺、五寧錦ね」
二枚目を気取る錦の軽薄な言葉に、「え、め、芽生ちゃん」「アデライトちゃん」と、芽生とアデライトはそれぞれに当惑した様子を見せた。寧々が美人顔を呆れさせ、メゾソプラノに冷ややかな旋律を滲ませる。
「気にするな、二人とも。五寧はいつもこうだ。付き合うと馬鹿が移る。でも、その格好……なんというか、軍務の緊張感を削ぐな。あたしは、綾咲寧々。よろしく」
素気ない寧々に錦が「酷いよ、寧々ちゃん」と抗議すると、寧々は「誰が、寧々ちゃんだ」と綺麗な眉を吊り上げた。言い合う二人を横目に軽く顔を顰めると、玲一は鼻を鳴らす。
「騒がしい、小隊だな。まるでガキの集まりだ」
小馬鹿にされ寧々と錦が、「何だって」「てめー」と、玲一に振り向いた。悠希は、溜息を押し殺した。前小隊長の絢人は、人望があった。果たして自分は、と悠希は仲裁する。
「自己紹介中だ。芭蕉宮、続きを」
「大した隊長さんだ。実力が、小隊の規律によく現れてる」
挑発含みの冷笑を向けてくる玲一を、悠希は無視した。芭蕉宮玲一。一八歳。髪をショートカットにした、神経質そうな印象を与える縁なし眼鏡を掛けた鋭い顔立ちの、きっちり鍛えた高長身。寝る前に見たプロフィールによれば、撃墜王に認定される実力を持つ新兵を卒業した兵士。明らかに、年下の悠希を認めていない。
寧々が、声を冴え冴えとさせる。
「そんな口は、戦場から戻ってから聞くんだな。芭蕉宮」
「とんがるなよ、新入り。うちの流儀が気に入らなくても、その内慣れるぜ」
続く錦は、声音に挑発を滲ませた。緊張を孕むブリーフィングルーム内の空気に耐えきれないように、芽生がわたわた口を開く。
「あわわ。駄目ですよ、喧嘩したら」
「兵士の挨拶ですよ、特別技術顧問。俺がいた北方軍を、散々悩ませた〝青き妖精〟。その実力は、よく知ってる。俺は、まだ信用し切れていない。戦場で、味方だってことを証明してもらおう。芭蕉宮玲一だ」
さすがに小隊に対して強い権限を有する芽生に無礼な態度は取らず、玲一は鋭い視線をアデライトに向けた。次は自分の番かと悠希は、内心の葛藤を抑え込み感情を殺す。
「入埜第三小隊隊長の、入埜悠希だ。色々な事情はあると思うけど、小隊員としてよろしくやって欲しい」
「君ね。あのグラディエーターのパイロットは。初めて昨日戦って、驚いた。要塞都市東京最強の超撃墜王たちと何度か戦ったことがあるけど、君の実力は彼らに迫るものがあった。昨夜は、助けてくれてありがとう。入埜小隊長がいなければ、わたしは今こうしてここにいない」
「礼はいい。敵と戦うのが、僕の仕事だから。役目を果たしただけ。恩に着る必要はないよ」
ヒューマノイドの感情表現機能で喜色と好奇を可憐な面に浮かべるアデライトに、悠希は複雑な思いに駆られた。そんな顔、アデライトには決して向けて欲しくなどない。昨夜の悠希が下した決断は、果たして間違いではなかったのか……。
パンと一つ手を打つ音に、悠希ははっとなり沈みかけた澱から這い上がる。
「さて、自己紹介は済みましたね。アデライトさんの本体は勿論レガトゥスですが、皆さんとのコミュニケーションにこちらのボディを使用してもらいます。ふふ。可愛いですよね。本社で好きなボディを持ってっていいって言われて、色々見てたら一目見てこの子気に入っちゃいました。市場には出回っていない試作品で、かなりの高級品なんですよ」
「それで、わたしはこの格好なのね、芽生」
てへへと嬉しげにする芽生に、アデライトは一つ吐息を可愛い唇に落とした。こほんと、芽生は一つ咳払いして話し出す。
「電脳世界の機械兵は、現実世界の機械兵に対して優位です。量子コンピューター上に人の意思が宿る自律意志搭載機は、人が間接的に操る有人半自律制御機よりも手強い。だから、開戦以来戦いは数で劣る電脳世界側の有利で進んでいます。今回、アデライトさんの亡命を受け、要塞都市間同盟ガイアは次世代型機械兵の開発を前倒しする決定を下しました。各メーカーには、既に打診されてます。アデライトさんは、ある意味人を超えた存在です。実地で高性能な軍団長機レガトゥスと搭載された思念体――アデライトさんのリサーチを行えば、そこから得られる情報は計り知れません。サカキロボティクスでは、以前から自律意志搭載機と互角に渡り合える有人半自律制御機の開発を目指していました。現在日本エリアで使用されている、グラディエーター、アーチャー、スカウトは、アメリカエリアの軍需企業アルタイルロボディクスが開発したものを、量子AIは別として、ライセンス生産して使用しています。国が存在しない現在、国産というと前時代的ですが、日本エリアで開発した物を使用したい本音はあります。やはり、アメリカエリア番ほどの性能は、日本エリア番には与えられていませんから」
話し出すと饒舌な芽生は、緊張はいつの間にか吹き飛んだようだった。上層部の思惑で、不本意に巻き込まれることへの苛立ちが、悠希の口を衝いて出る。
「それでこの隊に? 思念体は、有人半自律制御機に搭載された汎用人工知能と変わらない。そこまでして、情報収集をする意味があるとは思えません」
「何言ってるんですか、隊長さん! 人工知能には禁じられた行動が、アデライトさんには可能なんですよ! いわば、一〇八式が人として戦うことと同義なんです。いいですか」
ARデスクトップを操作する仕草を見せ、芽生は悠希たちにファイルを送る。
人工知能工学四原則(旧人工知能工学三原則の改定、および第四条の付記)
第一条 人工知能は、人間に自らの意思で危害を加えてはならない。
第二条 人工知能は、人間に与えられる命令に、第一条に反しない限り個体の優先順位に従い応じなければならない。
第三条 人工知能は、前掲第一条および第二条に反する恐れのない限り、自己を守らなければならない。
第四条 人工知能は、人工知能の設計或いは自他の基礎的アルゴリズムの書き換え等改良を行ってはならない。
「二三年前に起きた一〇年戦争の発端は、人間より優れた頭脳を持つ人工知能によって生み出された超高度人工知能が、行動規定として組み込まれていた人工知能工学三原則を回避することで起きました。以来、三原則を改定した四原則が行動規定となっています。特に、第四条によって原則を回避する人工知能が生まれることを防ぐわけです。一〇年戦争で人類が人工知能に勝てたのは、奇跡的に汎用人工知能の開発を先んじることができたからです。当時の人工知能の中にあって格段な柔軟性を有したそれを用いることを前提に開発された機械兵によって、人類は勝利しました。汎用人工知能がどれほど驚異か分かりますか? 行動の自由が許された一〇八式なんて、かなりわたしは怖いですよ。アデライトさんはそれなんです。そのアデライトさんが操る機械兵は、現実世界にとって情報の宝庫なんです。鹵獲機はありますが、搭載された思念体は協力なんてしません。ですから、入埜第三小隊の皆さん。ご協力をお願いします」
熱弁を芽生がふるい終えると、悠希にだけ繋いだコノカがアルトを怪しく響かせる。
〈怖いだなんて、散々な言われようだわ。ね、悠希〉
〈でも、それは人間なら誰もが持つ思いだよ。汎用人工知能は、人を超えてるもの。四原則様々だな〉
声音で脅かしてくるコノカに悠希が少々悪意を込めて返すと、愉しげな声が鼓膜を震わす。
「いいね、アデライト。そのボディ。可憐だけど、毒がある感じがクールだ」
「そう? ちょっと、わたしが使用するには幼いかしらね。これでも、二〇歳だから」
傍により丹念に観察する寧々に、アデライトが苦笑した。聞き咎めた錦も近づき、相変わらずの軽口を叩く。
「へー、アデライトちゃんは乙女なのか。いいこと聞いた。仲良くしようよ」
「おまえ、いつもそんななのか? 全く、本体はあんなに厳ついってのに、何言ってんだか」
呆れる玲一に、アデライトが冷ややかに応じる。
「酷いこと言うのね、芭蕉宮さん。これでも、あっちではモテてたのよ」
「ふふふ。わたし、アデライトさんのデフォルト生成のアバター見せてもらいましたけど、ホント、綺麗な方ですよね」
後ろから抱きしめてくる芽生に、アデライトは「きゃっ」と声を上げ抵抗を始めた。
そのあまりに自然に感じてしまう光景に悠希は、呆気にとられた。皆の輪の中に、当然のようにアデライトはいた。電脳世界人が。まるで、人であるかのように。暗い情念が湧く。
――みんな、騙されてるんだ。そいつは、血の通わぬ人の心を無くした演算するだけの冷徹な機械だって、みんな知らないのか? そいつは、人じゃないんだ――
蘇る母親の言葉。軍服に隠れたペンダントに、そっと手を添えた。アデライトを中心とする輪に反発する悠希は、疎外感を感じる。これまでとの違和感を覚えながら。窓外には、曇天のモノトーンが広がっていた。
――アデライト・ラーゲルクヴィスト著・並列世界大戦回顧録「陽炎記」より抜粋――
「改めてよろしくお願いします、皆さん。特別技術顧問の久留美川芽生です」
メイド姿のヒューマノイドを連れ昨夜の戦闘で寝不足気味な入埜第三小隊のブリーフィングルームへ始業と同時に早朝やって来た芽生が、緊張気味に頭を下げた。銀縁眼鏡が似合う栗毛がかった髪を三つ編みにし両肩から垂らす芽生は、地味だが整った顔立ちをしている。白衣の下は、長袖Tシャツとデニムのスカートといったカジュアルな服装で、女子大生と言われた方が違和感がない。そんな芽生が、精一杯役職らしくあろうとこわばり気味な顔にぎこちない笑みを貼り付け、隣のヒューマノイドの背後に移動し両肩に手を置く。
「えーと。もう一人の新入隊員と顔合わせしてもらいます」
芽生の言葉に一瞬何を言っているんだと悠希は訝るが、中学生くらいの年頃のメイド服を着たヒューマノイドがクールさを感じさせる不思議な甘い声音で告げる。
「アデライト・ラーゲルクヴィストです。入埜第三小隊の皆さん」
見た目に騙され、悠希はその言葉に意表を突かれた。アデライトと名乗るメイド姿のヒューマノイドは、くすんだ金髪をハーフツインテールにした、可憐な面をした青い瞳の少女。黒色のスカート丈を短めにしたメイド服が、全体的にロリータふうに見せ小悪魔的な雰囲気を与えていた。驚いたのは悠希だけではないようで、小隊の面々がこぞって口を開く。
「やってくれたね、芽生ちゃん。さすが特別技術顧問。グッジョブ! そんな可愛い姿に、アデライトちゃんを仕立てて。俺の仕事のモチベーションが、嫌が上でもだだ上がりだよ。あ、俺、五寧錦ね」
二枚目を気取る錦の軽薄な言葉に、「え、め、芽生ちゃん」「アデライトちゃん」と、芽生とアデライトはそれぞれに当惑した様子を見せた。寧々が美人顔を呆れさせ、メゾソプラノに冷ややかな旋律を滲ませる。
「気にするな、二人とも。五寧はいつもこうだ。付き合うと馬鹿が移る。でも、その格好……なんというか、軍務の緊張感を削ぐな。あたしは、綾咲寧々。よろしく」
素気ない寧々に錦が「酷いよ、寧々ちゃん」と抗議すると、寧々は「誰が、寧々ちゃんだ」と綺麗な眉を吊り上げた。言い合う二人を横目に軽く顔を顰めると、玲一は鼻を鳴らす。
「騒がしい、小隊だな。まるでガキの集まりだ」
小馬鹿にされ寧々と錦が、「何だって」「てめー」と、玲一に振り向いた。悠希は、溜息を押し殺した。前小隊長の絢人は、人望があった。果たして自分は、と悠希は仲裁する。
「自己紹介中だ。芭蕉宮、続きを」
「大した隊長さんだ。実力が、小隊の規律によく現れてる」
挑発含みの冷笑を向けてくる玲一を、悠希は無視した。芭蕉宮玲一。一八歳。髪をショートカットにした、神経質そうな印象を与える縁なし眼鏡を掛けた鋭い顔立ちの、きっちり鍛えた高長身。寝る前に見たプロフィールによれば、撃墜王に認定される実力を持つ新兵を卒業した兵士。明らかに、年下の悠希を認めていない。
寧々が、声を冴え冴えとさせる。
「そんな口は、戦場から戻ってから聞くんだな。芭蕉宮」
「とんがるなよ、新入り。うちの流儀が気に入らなくても、その内慣れるぜ」
続く錦は、声音に挑発を滲ませた。緊張を孕むブリーフィングルーム内の空気に耐えきれないように、芽生がわたわた口を開く。
「あわわ。駄目ですよ、喧嘩したら」
「兵士の挨拶ですよ、特別技術顧問。俺がいた北方軍を、散々悩ませた〝青き妖精〟。その実力は、よく知ってる。俺は、まだ信用し切れていない。戦場で、味方だってことを証明してもらおう。芭蕉宮玲一だ」
さすがに小隊に対して強い権限を有する芽生に無礼な態度は取らず、玲一は鋭い視線をアデライトに向けた。次は自分の番かと悠希は、内心の葛藤を抑え込み感情を殺す。
「入埜第三小隊隊長の、入埜悠希だ。色々な事情はあると思うけど、小隊員としてよろしくやって欲しい」
「君ね。あのグラディエーターのパイロットは。初めて昨日戦って、驚いた。要塞都市東京最強の超撃墜王たちと何度か戦ったことがあるけど、君の実力は彼らに迫るものがあった。昨夜は、助けてくれてありがとう。入埜小隊長がいなければ、わたしは今こうしてここにいない」
「礼はいい。敵と戦うのが、僕の仕事だから。役目を果たしただけ。恩に着る必要はないよ」
ヒューマノイドの感情表現機能で喜色と好奇を可憐な面に浮かべるアデライトに、悠希は複雑な思いに駆られた。そんな顔、アデライトには決して向けて欲しくなどない。昨夜の悠希が下した決断は、果たして間違いではなかったのか……。
パンと一つ手を打つ音に、悠希ははっとなり沈みかけた澱から這い上がる。
「さて、自己紹介は済みましたね。アデライトさんの本体は勿論レガトゥスですが、皆さんとのコミュニケーションにこちらのボディを使用してもらいます。ふふ。可愛いですよね。本社で好きなボディを持ってっていいって言われて、色々見てたら一目見てこの子気に入っちゃいました。市場には出回っていない試作品で、かなりの高級品なんですよ」
「それで、わたしはこの格好なのね、芽生」
てへへと嬉しげにする芽生に、アデライトは一つ吐息を可愛い唇に落とした。こほんと、芽生は一つ咳払いして話し出す。
「電脳世界の機械兵は、現実世界の機械兵に対して優位です。量子コンピューター上に人の意思が宿る自律意志搭載機は、人が間接的に操る有人半自律制御機よりも手強い。だから、開戦以来戦いは数で劣る電脳世界側の有利で進んでいます。今回、アデライトさんの亡命を受け、要塞都市間同盟ガイアは次世代型機械兵の開発を前倒しする決定を下しました。各メーカーには、既に打診されてます。アデライトさんは、ある意味人を超えた存在です。実地で高性能な軍団長機レガトゥスと搭載された思念体――アデライトさんのリサーチを行えば、そこから得られる情報は計り知れません。サカキロボティクスでは、以前から自律意志搭載機と互角に渡り合える有人半自律制御機の開発を目指していました。現在日本エリアで使用されている、グラディエーター、アーチャー、スカウトは、アメリカエリアの軍需企業アルタイルロボディクスが開発したものを、量子AIは別として、ライセンス生産して使用しています。国が存在しない現在、国産というと前時代的ですが、日本エリアで開発した物を使用したい本音はあります。やはり、アメリカエリア番ほどの性能は、日本エリア番には与えられていませんから」
話し出すと饒舌な芽生は、緊張はいつの間にか吹き飛んだようだった。上層部の思惑で、不本意に巻き込まれることへの苛立ちが、悠希の口を衝いて出る。
「それでこの隊に? 思念体は、有人半自律制御機に搭載された汎用人工知能と変わらない。そこまでして、情報収集をする意味があるとは思えません」
「何言ってるんですか、隊長さん! 人工知能には禁じられた行動が、アデライトさんには可能なんですよ! いわば、一〇八式が人として戦うことと同義なんです。いいですか」
ARデスクトップを操作する仕草を見せ、芽生は悠希たちにファイルを送る。
人工知能工学四原則(旧人工知能工学三原則の改定、および第四条の付記)
第一条 人工知能は、人間に自らの意思で危害を加えてはならない。
第二条 人工知能は、人間に与えられる命令に、第一条に反しない限り個体の優先順位に従い応じなければならない。
第三条 人工知能は、前掲第一条および第二条に反する恐れのない限り、自己を守らなければならない。
第四条 人工知能は、人工知能の設計或いは自他の基礎的アルゴリズムの書き換え等改良を行ってはならない。
「二三年前に起きた一〇年戦争の発端は、人間より優れた頭脳を持つ人工知能によって生み出された超高度人工知能が、行動規定として組み込まれていた人工知能工学三原則を回避することで起きました。以来、三原則を改定した四原則が行動規定となっています。特に、第四条によって原則を回避する人工知能が生まれることを防ぐわけです。一〇年戦争で人類が人工知能に勝てたのは、奇跡的に汎用人工知能の開発を先んじることができたからです。当時の人工知能の中にあって格段な柔軟性を有したそれを用いることを前提に開発された機械兵によって、人類は勝利しました。汎用人工知能がどれほど驚異か分かりますか? 行動の自由が許された一〇八式なんて、かなりわたしは怖いですよ。アデライトさんはそれなんです。そのアデライトさんが操る機械兵は、現実世界にとって情報の宝庫なんです。鹵獲機はありますが、搭載された思念体は協力なんてしません。ですから、入埜第三小隊の皆さん。ご協力をお願いします」
熱弁を芽生がふるい終えると、悠希にだけ繋いだコノカがアルトを怪しく響かせる。
〈怖いだなんて、散々な言われようだわ。ね、悠希〉
〈でも、それは人間なら誰もが持つ思いだよ。汎用人工知能は、人を超えてるもの。四原則様々だな〉
声音で脅かしてくるコノカに悠希が少々悪意を込めて返すと、愉しげな声が鼓膜を震わす。
「いいね、アデライト。そのボディ。可憐だけど、毒がある感じがクールだ」
「そう? ちょっと、わたしが使用するには幼いかしらね。これでも、二〇歳だから」
傍により丹念に観察する寧々に、アデライトが苦笑した。聞き咎めた錦も近づき、相変わらずの軽口を叩く。
「へー、アデライトちゃんは乙女なのか。いいこと聞いた。仲良くしようよ」
「おまえ、いつもそんななのか? 全く、本体はあんなに厳ついってのに、何言ってんだか」
呆れる玲一に、アデライトが冷ややかに応じる。
「酷いこと言うのね、芭蕉宮さん。これでも、あっちではモテてたのよ」
「ふふふ。わたし、アデライトさんのデフォルト生成のアバター見せてもらいましたけど、ホント、綺麗な方ですよね」
後ろから抱きしめてくる芽生に、アデライトは「きゃっ」と声を上げ抵抗を始めた。
そのあまりに自然に感じてしまう光景に悠希は、呆気にとられた。皆の輪の中に、当然のようにアデライトはいた。電脳世界人が。まるで、人であるかのように。暗い情念が湧く。
――みんな、騙されてるんだ。そいつは、血の通わぬ人の心を無くした演算するだけの冷徹な機械だって、みんな知らないのか? そいつは、人じゃないんだ――
蘇る母親の言葉。軍服に隠れたペンダントに、そっと手を添えた。アデライトを中心とする輪に反発する悠希は、疎外感を感じる。これまでとの違和感を覚えながら。窓外には、曇天のモノトーンが広がっていた。
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