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並列世界大戦――陽炎記――
mission 01 encounter 8
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重厚なマホガニーの机には、連隊長の園香が端座していた。その右後方に真怜が立ち、反対の左側に二人の男女の姿があった。場所は連隊長の夜明け前の闇が深まった執務室。呼び出されたのが、糠加大隊長の執務室でないことを悠希は訝った。通常、連隊長は雲の上の存在で、中隊小隊への辞令などの伝達は大隊単位で行われる。正面の園香が珊瑚色の唇を開き、滑らかで涼やかな声を紡ぎ出す。
「入埜小隊長、先程はご苦労だった。悪の魔の手から逃れんとする窮地の姫君を救い出し、まさに獅子奮迅の戦いぶりだったな」
「好きで助けたわけではありません。守啓連隊長。って、え? 小隊長?」
抗議する悠希は、園香が口にした自分の呼び方に気付き首を傾げた。答えず園香は、指先で何かを前に弾く仕草をした。悠希の目の前に、文書がAR認識処理され表示される。
辞令 入埜悠希殿。本日、地球暦〇〇二七年五月一五日付をもって、要塞都市東京ガイア防衛軍南方軍基地所属第二連隊第五大隊第二中隊第三小隊隊長に任命する。
悠希の左右に立つ寧々と錦から、同様の文書を見たのか「当然」「だよな」と納得の声が漏れた。それを承諾と見なし園香は辞令を儀式的にはせず、自分の右後方にちらりと目を遣る。
「入埜第三小隊への新入隊員を紹介する。芭蕉宮玲一」
「ご紹介どうも、守啓連隊長殿。そいつが隊長ねー。大丈夫なのか?」
「どういう意味だ? 僕が隊長で不満そうだけど」
眼鏡の奥の冷たさと熱さが同居した瞳に品定めするような色を浮かべる青年――玲一にカチンときた悠希が散らしかけた火花を、園香が何ごともないような口調で制する。
「レクリエーションは後でやれ。こんな時間に呼び出す緊急性を考えろ。もう一名紹介する」
玲一の隣の女性に悠希は視線を送るが、軽く眉を顰めた。軍服姿でない白衣を着た銀縁の眼鏡が似合う二〇歳前の女性は、どう見ても軍人に見えない。
涼しげな目元に園香は不思議な愉悦を一瞬滲ませ、告げる。
「亡命者のたっての希望で、アデライト・ラーゲルクヴィストを入埜第三小隊に加える」
「なっ――! 電脳世界人と馴れ合うなんて、できません」
悠希の反対を請け合わず園香は、白衣の女性に視線を送る。
「決定事項だ、入埜小隊長。思うところはあるだろうが、これは重要な任務でもある。こちらは、サカキロボティクスから出向いていただいた久留美川博士。マサチューセッツ工科大学を主席で卒業した逸材だ。今後、彼女を入埜第三小隊の特別技術顧問とする」
「ど、どうも。ご紹介、いただいた久留美川芽生です」
三つ編みを揺らし、芽生がややおどおどしながら頭をぺこりと下げた。園香が後を継ぐ。
「今回の電脳世界人の亡命といった事態を受け、要塞都市間同盟ガイアの要請で南方軍基地に赴任された。今後、入埜第三小隊に対する権限は、入埜小隊長よりも優先される」
その言葉に悠希は顔を顰めたが、小動物のように怖々する芽生を見て怒る気は失せた。
天然の木材をふんだんに使用した落ち着いた趣のあるカウンターを備えた店内を、天井から火屋付きのランプを擬した照明器具が温かい光で照らし出す。気分がハイになるノンアルコールの疑似的な飲み物を出す基地内にある二四時間営業のバーのスツールに、連隊長の執務室を後にした悠希は寧々と並んで軽食とカクテルを前に腰掛けていた。抱える憤りを口にする。
「僕の小隊に、電脳世界人が加わるなんて。よりにもよって〝青き妖精〟がっ! それが僕にとって許せないことだって、寧々は分かるだろう」
「新入隊員の名は、アデライトだ。試練という奴だな、入埜小隊長。度量が試される。あたしから見て悠希には、どうしようもない闇がある。そのままではおけない、な」
美人顔に人の悪い笑みを浮かべ面白がる寧々に悠希は、中性的で端正な面をむっとさせる。
「アデライトを戦力として用いるのは間違ってる。わかり合える筈もないし、第一信用なんてできない。アデライトは、血の通わぬ人の心を無くした演算するだけの冷徹な機械だ」
「軍団長機レガトゥス。現実世界側としては、得たいデータは山ほどある。だから、久留美川博士が小隊付になった。そのためには、実戦がうってつけなんだろう。それに、悠希は上層部にとっての保険なんだ。悠希の小隊にアデライトがいれば、もしものときにってね」
「僕は、首輪か……僕が小隊長だなんて……」
そうなった経緯に思いを馳せ心を沈ませる悠希へと寧々は軽く寄りかかり、艶っぽいメゾソプラノに悲哀を滲ませる。
「求衛小隊長と甲堂が死んだ。こんな戦いが続いたら、いつかあたしたちだって……」
哲学的で透徹したところがある寧々には珍しく、弱々しかった。悠希の心が揺れる。身近な者の死は、それを間近に感じさせる。悠希は、軽く寧々の反対側の肩に手を置いた。寧々は、抵抗する素振りを見せなかった。悠希は、心の内を探り言葉へ乗せる。
「それは、僕も同じだよ。僕だって、死ぬのは怖い。その不安は、油断をすれば顔を出す」
「うん。あたしは、それを忘れることで必死だ。悠希は、どうやってそれを忘れる?」
「知ってるだろ。僕は寧々がいつも言うように、復讐心で心を塗りつぶしてるだけさ」
「そうだな。それは、心の強さじゃない。偽りだ」
綺麗な眉を鋭くすると、寧々は肩にかけられた悠希の手を掴みやんわり引き離した。勿体ないような心持ちで悠希は右手を見詰め、調子を取り戻した寧々に合わせるように、小隊長として自分に考え得る限りを口にする。寧々や責任のある者たちに、悲嘆を味合わせないために。
「安心していいよ。僕は、寧々を、小隊の皆を無駄死になんてさせない。アデライトだって使ってみせる。そしていつか、悲しみを生み出す元凶の電脳世界を僕の手で滅ぼして見せる」
悠希を見詰める寧々の目には、不安な揺らめきがあった。
「入埜小隊長、先程はご苦労だった。悪の魔の手から逃れんとする窮地の姫君を救い出し、まさに獅子奮迅の戦いぶりだったな」
「好きで助けたわけではありません。守啓連隊長。って、え? 小隊長?」
抗議する悠希は、園香が口にした自分の呼び方に気付き首を傾げた。答えず園香は、指先で何かを前に弾く仕草をした。悠希の目の前に、文書がAR認識処理され表示される。
辞令 入埜悠希殿。本日、地球暦〇〇二七年五月一五日付をもって、要塞都市東京ガイア防衛軍南方軍基地所属第二連隊第五大隊第二中隊第三小隊隊長に任命する。
悠希の左右に立つ寧々と錦から、同様の文書を見たのか「当然」「だよな」と納得の声が漏れた。それを承諾と見なし園香は辞令を儀式的にはせず、自分の右後方にちらりと目を遣る。
「入埜第三小隊への新入隊員を紹介する。芭蕉宮玲一」
「ご紹介どうも、守啓連隊長殿。そいつが隊長ねー。大丈夫なのか?」
「どういう意味だ? 僕が隊長で不満そうだけど」
眼鏡の奥の冷たさと熱さが同居した瞳に品定めするような色を浮かべる青年――玲一にカチンときた悠希が散らしかけた火花を、園香が何ごともないような口調で制する。
「レクリエーションは後でやれ。こんな時間に呼び出す緊急性を考えろ。もう一名紹介する」
玲一の隣の女性に悠希は視線を送るが、軽く眉を顰めた。軍服姿でない白衣を着た銀縁の眼鏡が似合う二〇歳前の女性は、どう見ても軍人に見えない。
涼しげな目元に園香は不思議な愉悦を一瞬滲ませ、告げる。
「亡命者のたっての希望で、アデライト・ラーゲルクヴィストを入埜第三小隊に加える」
「なっ――! 電脳世界人と馴れ合うなんて、できません」
悠希の反対を請け合わず園香は、白衣の女性に視線を送る。
「決定事項だ、入埜小隊長。思うところはあるだろうが、これは重要な任務でもある。こちらは、サカキロボティクスから出向いていただいた久留美川博士。マサチューセッツ工科大学を主席で卒業した逸材だ。今後、彼女を入埜第三小隊の特別技術顧問とする」
「ど、どうも。ご紹介、いただいた久留美川芽生です」
三つ編みを揺らし、芽生がややおどおどしながら頭をぺこりと下げた。園香が後を継ぐ。
「今回の電脳世界人の亡命といった事態を受け、要塞都市間同盟ガイアの要請で南方軍基地に赴任された。今後、入埜第三小隊に対する権限は、入埜小隊長よりも優先される」
その言葉に悠希は顔を顰めたが、小動物のように怖々する芽生を見て怒る気は失せた。
天然の木材をふんだんに使用した落ち着いた趣のあるカウンターを備えた店内を、天井から火屋付きのランプを擬した照明器具が温かい光で照らし出す。気分がハイになるノンアルコールの疑似的な飲み物を出す基地内にある二四時間営業のバーのスツールに、連隊長の執務室を後にした悠希は寧々と並んで軽食とカクテルを前に腰掛けていた。抱える憤りを口にする。
「僕の小隊に、電脳世界人が加わるなんて。よりにもよって〝青き妖精〟がっ! それが僕にとって許せないことだって、寧々は分かるだろう」
「新入隊員の名は、アデライトだ。試練という奴だな、入埜小隊長。度量が試される。あたしから見て悠希には、どうしようもない闇がある。そのままではおけない、な」
美人顔に人の悪い笑みを浮かべ面白がる寧々に悠希は、中性的で端正な面をむっとさせる。
「アデライトを戦力として用いるのは間違ってる。わかり合える筈もないし、第一信用なんてできない。アデライトは、血の通わぬ人の心を無くした演算するだけの冷徹な機械だ」
「軍団長機レガトゥス。現実世界側としては、得たいデータは山ほどある。だから、久留美川博士が小隊付になった。そのためには、実戦がうってつけなんだろう。それに、悠希は上層部にとっての保険なんだ。悠希の小隊にアデライトがいれば、もしものときにってね」
「僕は、首輪か……僕が小隊長だなんて……」
そうなった経緯に思いを馳せ心を沈ませる悠希へと寧々は軽く寄りかかり、艶っぽいメゾソプラノに悲哀を滲ませる。
「求衛小隊長と甲堂が死んだ。こんな戦いが続いたら、いつかあたしたちだって……」
哲学的で透徹したところがある寧々には珍しく、弱々しかった。悠希の心が揺れる。身近な者の死は、それを間近に感じさせる。悠希は、軽く寧々の反対側の肩に手を置いた。寧々は、抵抗する素振りを見せなかった。悠希は、心の内を探り言葉へ乗せる。
「それは、僕も同じだよ。僕だって、死ぬのは怖い。その不安は、油断をすれば顔を出す」
「うん。あたしは、それを忘れることで必死だ。悠希は、どうやってそれを忘れる?」
「知ってるだろ。僕は寧々がいつも言うように、復讐心で心を塗りつぶしてるだけさ」
「そうだな。それは、心の強さじゃない。偽りだ」
綺麗な眉を鋭くすると、寧々は肩にかけられた悠希の手を掴みやんわり引き離した。勿体ないような心持ちで悠希は右手を見詰め、調子を取り戻した寧々に合わせるように、小隊長として自分に考え得る限りを口にする。寧々や責任のある者たちに、悲嘆を味合わせないために。
「安心していいよ。僕は、寧々を、小隊の皆を無駄死になんてさせない。アデライトだって使ってみせる。そしていつか、悲しみを生み出す元凶の電脳世界を僕の手で滅ぼして見せる」
悠希を見詰める寧々の目には、不安な揺らめきがあった。
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