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並列世界大戦――陽炎記――

mission 01 encounter 6

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 カーテンの隙間から、戦時中であることを忘れそうな都会の夜の街明かりが差し込み、宿舎の個室を照らし出す。兵士の心理を考慮しインテリアに凝った室内は、焼きレンガの壁と木材を使用したクローゼットにウォールナットの床と相まって温かみを感じさせた。

 いかにも軍隊といったヘビーデューティーな実用性重視のベッドではない、セミダブルベッドに悠希は横になり眠りにつこうとしていた。が、様々な思いが過りなかなか眠れない。寧々は、電脳世界サイバーワールドに親友がいる。陸は、聡明であんな目に遭っても電脳世界サイバーワールドを憎めない。悠希の願望と、摩擦を生じさせた。そして、今日戦った〝青き妖精〟。戦場で出会うことをあれほど希っていた相手だというのに、無様だった。怒りと絶望の混沌へ堕ちようとしたとき、接続許可のダイアログボックスがAR認識処理され目の前に現れると強制接続された。

〈出撃よ、悠希。敵三軍団が川崎戦区緩衝地帯外の警戒エリアに侵入したわ〉
「三軍団……僕が配属されてから初めての大軍。南方軍総出か」

 気を引き締めると午前中あった戦いの疲れを消し去り、悠希はベッドから飛び出した。





 黒色のバイザー付きヘルメットを被り、強化繊維でできた薄青色のジャケットと黒色のレギンスを纏った悠希は、宿舎から直接移動用リニアで駆けつけ今はグラディエーターのコックピットシートに身体を預けていた。乗機グラディエーターは、僅かなグラビトンエンジン独特の低いサウンドを奏でる以外は無言で眠りの中にあった。悠希は、園香との会話を反芻する。

「さっき、守啓連隊長が言っていたのはこのことか」

 朝戦って、その日の内の夜だ。考えなしに攻め入ったのでは、あるまいと思う。聞き心地のいいアルトが、悠希の頭に響く。

〈用意はいい? 悠希、話しかけるわよ〉
〈いつでも〉

 コノカに答えると、己が膨大な情報の海へ溶け込む錯覚が生じた。ブレイン・エクスパンスシステムを機械兵マキナミレス制御、戦闘用に進化発展させた、マンマシーン・リンケージ・サイバニクスシステムが、悠希と同調したのだ。コノカを通してグラディエーターと繋がる。機械と人間の狭間へと、悠希は堕ちていった。知覚が広がり、それまで認識されていなかった大きなものが己の一部として捉えられた。グラディエーターのサイバニクスが目覚め行く。認識力と反応速度の平均八〇パーセントが上昇し、囁きと言われる脳への情報投影によりセンサなどの情報を勘のように感じ取る。コックピットブロックが僅かに浮き身体にかかる重力が失われ、コノカの声が幾分機械的に響く。

〈グラディエーター、起動最終シークエンス完了。オールグリーン。コックピットブロック、重力加速度〇m/2S。各種武装禁制解除。戦闘支援エッジコンピューティング接続良好〉

 グラディエーターを固定するハンガーが、高速で移動を開始した。
 小隊長の絢人けんとが、よく通る声で呼びかける。

〈連戦となるが、各員、気を引き締めるように〉

 バイザー越しの悠希の静けさを宿す瞳に、鋭さが宿った。出撃カタパルトへ移動しハンガーが止まり、ゴンと音が響き抱えた機体を解放した。悠希から見た三面を覆うモニタの右側に、鉄灰色をした流線形のハンサムなグラディエーターが二機、鈍色をした厚い装甲に覆われた重量級のアーチャー、反対の端に空色をした鋭角的な頭部と背に大きなドームを有したスカウトが見えた。自機を入れ、近接型三機、支援型一機、偵察型一機の計五機で一小隊を形成する。

 再び響く絢人の声が、気合いと気迫を迸らせる。

〈求衛第三小隊全機、出撃準備完了を確認。出撃!〉

 五機同時に背の複合推進システムから伸びるX字型をした可変推進デバイスが電離気体を盛大に吐き出し、同時に電磁カタパルトが高速に機械兵マキナミレスを打ちだした。グラビトンエンジンの重力制御が働き、加速を殺さず五機を藍色の夜空へと飛び立たせた。





 先程要塞都市東京から飛来した足止めの長距離地対空ミサイル群を抜けた味方三軍団は、敵三連隊と激突した。アデライト率いる大隊は、戦場から離れた超高空を定刻となりアフターバーナー推力を全機に課し落下するように飛行していた。要塞都市東京への突破口を開き、関東総力戦が産んだ要塞都市の廃墟から発せられる電磁妨害ジヤミングが入り乱れる敵索敵範囲外に隠れたアイギス八率いる五軍団を、招き入れる命を受けたアデライトは策を実行に移した。

 ――今朝戦った敵の戦法に、悪いけどアレンジさせてもらったわ――

 自軍団の自律意志搭載機ウォルンタース支援型機械兵マキナミレスチャリオット四五機を、電磁迷彩弾頭を搭載したミサイルでEC粒子を纏わせ可能な限りセンサ欺瞞の電磁妨害ジヤミングを作りだし、先行する三軍団に同行させ一〇年戦争で荒廃した街の瓦礫に紛れるよう想定された戦闘ポイントに埋伏させていた。

 己の肉体というべきチタニウムカーボン複合装甲に覆われた一五・四メートルの巨人――細かな銀色のパーツで構成された流麗なレガトゥスそのもと化すアデライトは、戦場に近づくにつれさながら己が機械マシーンとなった感覚に支配されていく。

 ――この子と一体化していく度に、わたしは人間としての感覚を喪失していく。わたしが、この子そのもののような――

 それは、アデライトが機械兵マキナミレスの自律制御コンピューターへと、ロボットに組み込まれたパーツへ化するということだ。肉体から高度な情報の海にアップロードされ進化した人類――思念体となった筈が、機械の一部へと堕していくこの様に、背筋に悪寒すら走らず鳥肌も立たないアデライトは、体感できない恐怖を覚える。その感覚すらも、超伝導量子回路による演算。

 ――わたしは、一体自分が何者なのか分からない。けれど、それは現実世界リアルワールドにいたときも同じ……意思とはイデアが作り出すという考えと、意思とは複数の思考の統合により生じる錯覚という異なった考えがある。二つの世界を言い表したような観念のどちらが本当なのかは、分からない。電脳世界サイバーワールドのアプローチだって、長い人類の歴史には必要な課程なのかも知れない。いつかは滅びが待つ世界。今のままの人類では、その先へ行くための技術もそれを活かすセンスも得られない――

 夜闇を高速で飛行するレガトゥスの中、アデライトは深い思考に束の間沈む。

 ――けど、どちらが本当でも、電脳世界サイバーワールドでも現実世界リアルワールドでも、人の有り様に変わりはない。人は、明日を求めている。わたしは、傲慢だ――

 量子ビットで構成されたアデライトの思考が、ふっと笑むように揺らぐ。

 ――わたしは、この並列する二つの世界、どちらも好き。人類の進化を求める電脳世界サイバーワールド。肉体を持った本来の人のまま進化を探る現実世界リアルワールド。だから、どちらかが滅ぶべきだなんて思えない。アイギス八のようには。だから、手を取り合ってもらおうと思う。そして、わたしはもう死神になるのはごめんだ。あのときのように、大勢の人の命を刈り取るのは! ――

 決意が奔流のように、レガトゥスに搭載された思念体用の量子コンピューターを駆け巡る。自律意志搭載機ウォルンタース偵察型機械兵マキナミレススクタリィのセンサが下方で集中した砲火を捉えたことを、情報を共有するアデライトは知った。刹那の思考を消し去り、思念を大隊にアデライトは伝える。

 〉チャリオットの砲撃を確認。ラムジェット推進オンライン

 大隊に音速を超えた加速を、アデライトは命じた。機械兵マキナミレス三六機が、闇を突き抜け敵味方が激突する戦場を真下に捉えた。思考パルスを、アデライトは迸らせる。

 〉急減速。エンゲージ

 電脳世界サイバーワールド軍三軍団と戦う現実世界リアルワールド軍三連隊に、五つの大隊に分割されたアデライトの猛禽のごとき軍団が、上下左右後方から高速で襲いかかった。





 戦闘中、突然横合いから電磁投射砲レールガンによる火線が走り、この予期せぬ攻撃により現実世界リアルワールド軍の機械兵マキナミレスに少なからず損害が出た。味方が混乱する中、悠希は声に焦燥を帯びさせる。

「コノカ! 今のは?」
〈弾道計算から、地上からの攻撃よ〉
「地上からだって? 一体、え? ――なっ――」

 警告アラートが発せられAR認識処理された緊急表示が、上下左右後方に感ありを示し悠希の目の前を真っ赤に染め上げ、システムの故障かと疑う間もなく左側から敵機械兵マキナミレスがまるで忽然と現れるのを囁きに咄嗟に反応し目にしたとき、悠希は爆発的な反応で交戦中の敵機を振り切り、グラディエーターに急激な機動を叩き込んだ。次の瞬間、赤い光を宿すを光粒子フォトンブレードが走り抜けた。あちこちで、味方機が撃破された火球が夜空を染める。悲鳴のようなコノカの声。

〈中央の音羽第一連隊、真上と斜め下からの奇襲を受け被害甚大。守啓第二連隊と珠玖しゅく第三連隊側面後方からも敵の奇襲〉

 報告を受けている間に、先程躱したアッシュローズ色をした先鋭なデザインの隊長機ケントゥリオが荷電粒子砲を撃ってきた。既に射撃予測線上に盾を構えていた悠希は突進し、盾表面に発生させた斥力散開フィールドで中性子ビームを拡散させ、ケントゥリオをすれ違い様刃に青い光を宿す光粒子フォトンブレードで切り裂いた。艶っぽいメゾソプラノに悲痛を滲ませ、寧々の声が響く。

〈悠希! 求衛小隊長が、やられた。甲堂こうどうも〉
「な――っ!」

 絶句を悠希は漏らした。恐らく先程の奇襲時。悲しみが込み上げそうになり、悠希はここが戦場であることを思いだしハッとなった。鉄槌を打ち付けられた現実世界リアルワールドの三連隊は、穴を穿たれ混乱し敵に惰弱を晒していた。声を鋭くし、悠希は小隊員に呼びかける。

「綾咲、五寧、峰時みねとき中隊長の小隊に合流するんだ。正面の敵がなだれ込んでくる! 近接型二機を失った第三小隊では、踏み潰されてしまう」
〈悠希は?〉
「僕は、この場に残る。まるまる第三小隊が、穴を開けてしまうわけにはいかないから。アーチャーとスカウトを一機でカバーしながら、戦えない。だからっ!」
〈分かった。悠希、死ぬな〉
〈悪い入埜。甘えさせてもらう。無事、生きて帰れたら、ホットな映像をプレゼントするぜ〉
〈変なもの、悠希に見せるな!〉

 寧々が錦に噛み付きつつアーチャーとスカウトが離れていくのと同時、正面の軍団がじわりと加える圧力を増した。あちこちで現実世界リアルワールド軍の陣列が綻んだ。群がり来る敵に、悠希はグラディエーターを獰猛な獣と化させ闘争の泥沼へと沈んでいった。
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