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並列世界大戦――陽炎記――
mission 01 encounter 5
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「入埜。今日も電脳世界の屑鉄どもを大領にスクラップにして、ご機嫌か?」
陸のアパートから戻り、早く夕食を食べて自室で寛ぎたい悠希は大食堂へ廊下を急いで歩いていたが、呼び止められ振り向き「五寧」と呟き立ち止まった。悠希の視線の先には、茶色に染めた髪をロングにしたなりきれない二枚目といった軽薄は顔立ちをした痩身の背の高い青年が、今悠希がいるT字となった側面の廊下から歩いてくる姿があった。五寧錦。二〇歳。悠希と同じく求衛第三小隊所属で、有人半自律制御機偵察型機械兵スカウトのパイロット。
錦が傍で立ち止まると、悠希はにやりと笑う。
「品がないな。スクラップだなんて。僕は個人の戦功よりも、現実世界全体の勝利を願って戦ってるから、機嫌はいいかも知れないけど撃破するだけじゃご機嫌にならないのさ」
「はっ! 戦場の亡霊に取り憑かれたように敵を壊しまくる入埜が、何言いやがる」
早く大食堂へ向かいたいとやきもきする悠希が一緒にと誘うか思案していると、片眉を軽く錦は持ち上げ空中にある何かに触れる仕草をした。聞き心地のいいアルトが、頭に響く。
〈今晩は、五寧さん。常々申し上げていますが、悠希との会話を改めていただけませんか? 悠希が、五寧さんのような軽薄男になってしまったらどうしてくれるんです?〉
「酷いな、コノカちゃんは。俺は、同じ隊の新兵の入埜が早く兵士の世界に慣れるように、こうして流儀を教えてるんじゃないか」
話の花を咲かし始めたコノカと錦に悠希が困っていると、背後から巌のような重々しい声がかけられる。
「五寧、入埜。馬鹿話は、ほどほどにしておけ。遠くまで聞こえてきたぞ」
硬いまっすぐな髪をショートカットにした、精悍な顔立ちの高身長で鍛えられていることが分かる全身をガイア軍の軍服で包んだ、二〇代後半の青年が廊下の先から歩いてきた。この戦う男の雰囲気が溢れた人物は、糠加真怜。悠希がいる小隊が属する糠加第五大隊の隊長だ。そして、背後に淑やかそうな少女。
錦から、何故かやましそうな声が漏れる。
「げ、大隊長と一緒にいるのは守啓連隊長」
従うように歩いてきた少女は、悠希たちのところで真怜が立ち止まると一歩前へ出た。絹のように滑らかで涼やかな声を、紡ぎ出す。
「二人とも、今日はご苦労だった」
年の割に偉そうな口調の少女は、悠希たち二二五名からなる守啓第二連隊に所属する兵士を統べる連隊指揮官だ。守啓園香。一四歳。ロブにしたさらさらの黒髪と目元に涼しげな雰囲気を漂わせた精緻な美貌を有し、細身の肉付きの全身は少女と大人の間を揺れ動いている。隊長の位を示す一~三の線ではない、銀のアートじみた徽章がついたミディ丈の女性用ガイア軍の制服を、隙なく着こなしていた。湖面を思わせる智の宿りのある瞳が、悠希を捉える。
「確か、入埜悠希だったな。話してみたいと前から思っていたけど、思いがけなく叶ってよかった。糠加第五大隊最高の撃墜王殿。今日は、〝青き妖精〟をよく抑えてくれた。お陰で、ことが順調に運んだ」
「いいえ。求衛小隊長からは、やや独断が過ぎるとお叱りを受けました」
初めて話す連隊長の園香を相手にやや緊張しつつ、悠希は言葉を選んだ。真怜が、精悍な面に放胆な笑みを刻む。
「まぁ、そうだが。あの場では瑣事だ。〝青き妖精〟は戦況を覆せるだけの力を持っている」
「そう言っていただけると助かります、糠加大隊長」
答えつつ悠希は、ついていないと失礼なことを思ってしまった。疲れているから早く自室で休みたいが、せっかくだから園香らとの話に専念することにした。処女雪のような肌をうっすら上気させそれまで浮かべていた好奇心を表情から消し、園香は精緻な美貌を聡くする。
「昼間は、簡単すぎた。入埜はどう思う?」
「僕もそう思います。同隊の綾咲も同意見です。あんな呆気ない筈はない、と」
「あの、狙撃の女王もか。ふむ」
寧々のことを知っているらしい園香が、ほっそりしたおとがいに人差し指の甲を宛がい何ごとか迷う様子を見せた。何かを振り切るように園香は、珊瑚色の唇を開く。
「南方軍基地の予知者がおかしなことを言っていた。転機が来る、と」
「どういう意味です?」
「さぁ。何しろ予知者の言うことだから、抽象的だ。中央軍基地にいる、抜群の的中率を誇る時読ならともかく、あまり当てにはならないしな」
意味不明と眉を潜める悠希に軽く園香は肩を竦めると、涼やかな声を凜とさせる。
「ともかく、両名とも気を引き締めてくれ。何かがあるということは確かだろう」
そう言い残すと、園香は「ではな」と真怜共々立ち去っていった。園香の端正な後ろ姿を見送る悠希の耳に、普段の軽薄な錦にはない畏怖が滲む声が流れ入る。
「天才ってのはいるもんだよな。一四歳で階級=役職の合理的な現在の軍で連隊長なんてな。しかも、連隊長連中の中で、頭一つ、いや二つ三つ飛び抜けてやがる。柔軟な指揮と、非凡な作戦立案能力。この連隊にいれば、生き残れる目が増えるってもんだ」
陸のアパートから戻り、早く夕食を食べて自室で寛ぎたい悠希は大食堂へ廊下を急いで歩いていたが、呼び止められ振り向き「五寧」と呟き立ち止まった。悠希の視線の先には、茶色に染めた髪をロングにしたなりきれない二枚目といった軽薄は顔立ちをした痩身の背の高い青年が、今悠希がいるT字となった側面の廊下から歩いてくる姿があった。五寧錦。二〇歳。悠希と同じく求衛第三小隊所属で、有人半自律制御機偵察型機械兵スカウトのパイロット。
錦が傍で立ち止まると、悠希はにやりと笑う。
「品がないな。スクラップだなんて。僕は個人の戦功よりも、現実世界全体の勝利を願って戦ってるから、機嫌はいいかも知れないけど撃破するだけじゃご機嫌にならないのさ」
「はっ! 戦場の亡霊に取り憑かれたように敵を壊しまくる入埜が、何言いやがる」
早く大食堂へ向かいたいとやきもきする悠希が一緒にと誘うか思案していると、片眉を軽く錦は持ち上げ空中にある何かに触れる仕草をした。聞き心地のいいアルトが、頭に響く。
〈今晩は、五寧さん。常々申し上げていますが、悠希との会話を改めていただけませんか? 悠希が、五寧さんのような軽薄男になってしまったらどうしてくれるんです?〉
「酷いな、コノカちゃんは。俺は、同じ隊の新兵の入埜が早く兵士の世界に慣れるように、こうして流儀を教えてるんじゃないか」
話の花を咲かし始めたコノカと錦に悠希が困っていると、背後から巌のような重々しい声がかけられる。
「五寧、入埜。馬鹿話は、ほどほどにしておけ。遠くまで聞こえてきたぞ」
硬いまっすぐな髪をショートカットにした、精悍な顔立ちの高身長で鍛えられていることが分かる全身をガイア軍の軍服で包んだ、二〇代後半の青年が廊下の先から歩いてきた。この戦う男の雰囲気が溢れた人物は、糠加真怜。悠希がいる小隊が属する糠加第五大隊の隊長だ。そして、背後に淑やかそうな少女。
錦から、何故かやましそうな声が漏れる。
「げ、大隊長と一緒にいるのは守啓連隊長」
従うように歩いてきた少女は、悠希たちのところで真怜が立ち止まると一歩前へ出た。絹のように滑らかで涼やかな声を、紡ぎ出す。
「二人とも、今日はご苦労だった」
年の割に偉そうな口調の少女は、悠希たち二二五名からなる守啓第二連隊に所属する兵士を統べる連隊指揮官だ。守啓園香。一四歳。ロブにしたさらさらの黒髪と目元に涼しげな雰囲気を漂わせた精緻な美貌を有し、細身の肉付きの全身は少女と大人の間を揺れ動いている。隊長の位を示す一~三の線ではない、銀のアートじみた徽章がついたミディ丈の女性用ガイア軍の制服を、隙なく着こなしていた。湖面を思わせる智の宿りのある瞳が、悠希を捉える。
「確か、入埜悠希だったな。話してみたいと前から思っていたけど、思いがけなく叶ってよかった。糠加第五大隊最高の撃墜王殿。今日は、〝青き妖精〟をよく抑えてくれた。お陰で、ことが順調に運んだ」
「いいえ。求衛小隊長からは、やや独断が過ぎるとお叱りを受けました」
初めて話す連隊長の園香を相手にやや緊張しつつ、悠希は言葉を選んだ。真怜が、精悍な面に放胆な笑みを刻む。
「まぁ、そうだが。あの場では瑣事だ。〝青き妖精〟は戦況を覆せるだけの力を持っている」
「そう言っていただけると助かります、糠加大隊長」
答えつつ悠希は、ついていないと失礼なことを思ってしまった。疲れているから早く自室で休みたいが、せっかくだから園香らとの話に専念することにした。処女雪のような肌をうっすら上気させそれまで浮かべていた好奇心を表情から消し、園香は精緻な美貌を聡くする。
「昼間は、簡単すぎた。入埜はどう思う?」
「僕もそう思います。同隊の綾咲も同意見です。あんな呆気ない筈はない、と」
「あの、狙撃の女王もか。ふむ」
寧々のことを知っているらしい園香が、ほっそりしたおとがいに人差し指の甲を宛がい何ごとか迷う様子を見せた。何かを振り切るように園香は、珊瑚色の唇を開く。
「南方軍基地の予知者がおかしなことを言っていた。転機が来る、と」
「どういう意味です?」
「さぁ。何しろ予知者の言うことだから、抽象的だ。中央軍基地にいる、抜群の的中率を誇る時読ならともかく、あまり当てにはならないしな」
意味不明と眉を潜める悠希に軽く園香は肩を竦めると、涼やかな声を凜とさせる。
「ともかく、両名とも気を引き締めてくれ。何かがあるということは確かだろう」
そう言い残すと、園香は「ではな」と真怜共々立ち去っていった。園香の端正な後ろ姿を見送る悠希の耳に、普段の軽薄な錦にはない畏怖が滲む声が流れ入る。
「天才ってのはいるもんだよな。一四歳で階級=役職の合理的な現在の軍で連隊長なんてな。しかも、連隊長連中の中で、頭一つ、いや二つ三つ飛び抜けてやがる。柔軟な指揮と、非凡な作戦立案能力。この連隊にいれば、生き残れる目が増えるってもんだ」
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