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並列世界大戦――陽炎記――

mission 01 encounter 4

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〈昔から寧々は、押し付けがましいんだよ〉
〈お陰で助かったわ。わたしが悠希に言いたいことの八割方、彼女が言ってくれたから〉

 夕映えが街を照りつけ始める中自走車|《じそうしや》を降りた悠希は、友人のアパートへ向かう道すがら、コノカに先程のことを愚痴ったが、返事に苦虫を噛み潰したような顔になる。

〈そうだった。コノカと寧々は昔から共謀していたんだった。僕の知らないところで、二人でこそこそ遣り取りして〉
〈第二条よ。わたしには、綾咲さんの願いも重要なの。けど、綾咲さんだけじゃなくて、わたしだって心配よ。悠希と出会った頃、随分気を揉んだものよ。感謝して欲しいわね〉
〈誰も頼んでないだろう。全く昔からコノカは、いちいち口煩いんだから〉

 聞き心地のいいアルトに気遣わしさを滲ませるコノカに、いたことがない姉に対するよう答えてしまい悠希は、過去によって植え付けられた機械に対する感情――嫌悪が生まれてこなかったことに恐怖を感じた。汎用人工知能AGIであるコノカを、悠希は知らず家族のように感じてしまっていた。不機嫌になり黙り込み、歩調を悠希は速めた。

 うらぶれたアパートがビルとビルの隙間に見えてきて、悠希は今し方感じた得体の知れない何かに浸蝕されるような感覚を振り払った。キャシャカシャと耳障りな音が、悠希の鼓膜を震わせた。何だろうと入り口のアーチを潜ると、廊下の段差でかなり旧型な掃除ロボットがひっくり返り必死な様子で蟹の脚のような手足を動かしていた。

 冷たく悠希は、吐き捨てる。

「機械め。感情もないくせに好きに動き回るな」

 掃除ロボットの脇を通り抜け、友人の部屋へ向かった。プライベートを重視するコノカが、〈終わったら、連絡して〉と悠希が呼び止める間もなく接続を切った。「全く」と呟きドアの前で立ち止まると、インプラントを通じて家庭内ネットと繋がりベルを象ったアイコンが目の前にAR認識処理され浮かんだ。タップするとドアがチャッと小さな音と共に解錠され、悠希はドアノブを回した。ドアを開きつつ部屋の主に、悠希は呼びかける。

「陸、大丈夫か?」
「悪いな、悠希。軍務中だっただろうに。こんなに直ぐ来てくれて」

 部屋の奥のベッドに横たわる、柔らかそうな髪をショートカットにした穏やかそうな顔立ちの悠希と同年代の少年が、申し訳なさそうに出迎えた。子供の頃の面影を成長した面に残す、幼馴染みの都木陸だ。歩み寄る悠希の目に、シーツから覗く身体の大部分が欠落し機械で代替えしている姿が映った。チリ、と心に走った痛みを押さえ込み、悠希は面を笑ませる。

「いや。で、調理システムの調子が悪いのか?」
「そうなんだ。外に出られもしないから、使えないと困る。二~三日とか、とても」
「分かった。任せとけ。現代文明の骨頂を見せてやるよ」
「何だよ、それ」

 呆れる陸に背を向けて歩き出し、悠希は仕切りの向こうの調理システムへと向かった。そして、〈コノカ〉と呼びかけた。現れた接続要求を許可すると瞬時に繋がり、コノカが応じる。

〈何? もう帰りなの? 随分早いのね〉
〈違うよ。壊れた調理システムを直すのに、コノカと接続を確立しないと。さっさと切るんだもの。コノカってときどきおっちょこちょいだよね〉
〈仕方がないじゃない。他人の通話を盗み聞きする趣味がないわたしは、要件が分からなかったんだから。ブレイン・エクスパンスシステムのサポートを開始するわ〉

 コノカのアルトがそう告げるのと同時に、悠希は広大な何かと一体となるのを感じた。ちょっと考えるだけで必要な情報があたかも自分の知識のように理解できる。中を見たこともない調理システムの構造が。スウィッチを入れると、確かに一〇秒ほどで故障を調理システムは示した。それで何が原因かおおよそ理解すると、悠希は上着を脱ぎ修理に取りかかった。

 ずぶの素人の悠希をベテランの修理技師へと変えるこのブレイン・エクスパンスシステムとは、インプラントを介しクラウド化された特化型AIANI群と接続して、脳機能を拡張する。悠希の場合は、機械兵マキナミレス搭載の汎用人工知能AGIだが。先のシステム用のクラウドへアクセス可能なコノカは、通常よりもずっと高速で知識の選別も柔軟性があり的確だ。このシステムを用いれば、フルートの演奏を全くしたことがない素人でも、そのサポートで通常どおりの演奏を学習なしに行える。ただし、一般的なレベルであって、その先へは各自の努力が必要となるが。

 一〇分ほどで調理システムを直しブレイン・エクスパンスシステムの超感覚が消え失せ膨大な知識が霧の彼方へと霞み出した悠希は、陸の元へと戻る。

「無事、直ったよ。試しに、ベーコントマトドリアをセットしてみた。昼飯、まだだろ?」
「助かったよ、悠希。俺の身体がもう少し自由に動けばいいんだが。ちょっとした歩行とか操作はこなせるけど、細かな作業とかになるとちょっと、長い時間立ってはいられないし」

 穏やかな面に喜色を浮かべる陸に、悠希は椅子に座りながら憤りを口にする。

「陸をこんなにした、電脳世界サイバーワールドを僕は許せない。故郷の人たちを虐殺し撃滅した奴らが」
「俺も悠希も、こうして生きてる」
「僕たちのような生き残りは誤差だ。電脳世界サイバーワールド軍による日本エリアへの大規模侵攻――関東総力戦で、日本エリアの中心都市要塞都市東京への橋頭堡として僕たちの故郷は狙われ陥落し、その戦いで陸は身体の六割近くを失った」

 悔しがる悠希に、陸は寂しげに微笑む。

「悠希には、感謝してるよ。こんな俺の面倒を何くれと見てくれて。俺のことで深刻になることはないよ、悠希。昔の夢を忘れたのか。俺たちは二人とも電脳世界サイバーワールドに憧れていた。今の悠希を見ていると、あのときの夢が無残に思える」
「そんな古びた夢、僕の中に残っている筈もない。残り滓だってあるものか。母さんが昔言ってたように、電脳世界サイバーワールド人は――思念体は、血の通わぬ人の心を無くした演算するだけの冷徹な機械だ。その機械が、現実世界リアルワールドを脅かしている。肉体のない超伝導量子回路の演算が」
「肉体ね。じゃあ、身体の半分以上がこんな、悠希よりも血が通わなくなった俺は、電脳世界サイバーワールド人にそれだけ近いってことか」

 訴えるような響きを大きくはないのによく通る声に乗せ、陸はやさぐれたような様子を悠希に叩き付け諭そうとした。悠希は、己が敵を恨むことができない陸に優しさを感じる。

「馬鹿言うな、陸。陸は、人間だ。僕と同じ、魂を持った」
「魂か。何ともあやふやな論法だな。悠希、戦うなとは言わない。実際に電脳世界サイバーワールド現実世界リアルワールドを、悠希の口癖のように滅ぼしたいと思っている。抵抗しなければ、全てを失うだけ。けど、互いが互いの存在を許せないなんて、救いがない」

 どこまでも聡明であろうとする陸に、悠希はペンダントに収まった家族の写真を見る。

 ――僕や陸の家族や友人、そして大勢の市民を殺戮し故郷を奴らは奪った。陸だって、こんな……悲劇を生み出す電脳世界サイバーワールドを、僕はこの世界から必ず消し去ってみせる――
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