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並列世界大戦――陽炎記――
mission 01 encounter 2
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「守啓連隊長の策が功を奏したな。不利を悟った電脳世界軍は、程なく引いた」
ジャズが流れる店内。赤みがかった髪をショートヘアにした少女が、彫りの深い美人顔に僅かな笑みを浮かべ艶っぽいメゾソプラノを響かせ対面に座る悠希に語りかけた。紺色の上着と黒色のミニ丈のスカートに同色のブーツといった軍服姿。浅黒い豊かな起伏を有する全身は野性的でありながら、都会的に洗練されていた。垢抜けている。悠希と同じく求衛第三小隊に所属する、支援型アーチャーのパイロット。
右手を腰にやり首を傾け、不満げに悠希が応じる。
「お陰で僕は、〝青き妖精〟を倒し損ねたよ」
〈倒し損ねた、ね? ひやりとするような場面が、結構あったと思うけれど。あのまま続けていても、倒せていたかは怪しいわね。逆に、こちらが墜とされていたかも〉
「ははは。なるほど。悠希の言葉は、負け惜しみか」
からかいを含んだアルトで悠希の揚げ足を取るコノカに、少女は愉しげに蜜柑色をした唇を柔らかくした。さっと、悠希の頬が紅潮する。
「コノカ、余計なことを! 精神的危害って、第一条に反してない? 寧々も笑わないでよ」
面白がっている様子の少女――綾咲寧々を、悠希は上目遣いで睨んだ。寧々同様、紺色の上着と黒色のズボンに足下は同色のブーツといった軍服に身を包む、柔らかな癖のない髪をマッシュにする九月には一六歳になる入埜悠希は、幼き日を忍ばせるやや中性的で端正な顔立ちの少年へと成長していた。中肉中背の体躯は羚羊のようなしなやかさを有し、クールな店内の風景に逆らわない自然な雰囲気があった。
寧々はなおもおかしそうにしながら、一応謝罪する。
「悪い。子供っぽい強がりを、こと戦闘で悠希がするものだから」
戦場から戻った昼下がり、二人がいるのはここ南方軍基地内に八カ所あるカフェの一つ。そのどれもがコンセプトが異なっており、悠希がよく利用するここは、打ちっぱなしの壁にウッディーなカウンターやテーブル、吊り下げられたプランター、発光パネルを使用せず吊された白熱電球が、瀟洒でレトロな空間を作り出していた。
表情を引き締め、寧々は続ける。
「別に、馬鹿にしたわけじゃない。この春配属されてすぐ撃墜王に認定される前から、ガイア軍学校で同期だったあたしは悠希の実力はよく知ってる。その悠希が、手こずる相手……〝青き妖精〟……噂どおりだなって思って」
自分を見詰める思慮の煌めきがある瞳に憂いを乗せた寧々に、五月の晴れ渡った窓外を嫌みに感じながら悠希は彼女の思いを察する。
「そうだよね。寧々は知ってるんだよね。昔脅すように問い詰めて、口を割らせたんだから」
「人聞きが悪いな、悠希。ただ、軍学校時代の悠希を思い出してた。暗い闇を感じたよ。初めて悠希を見たとき、戦闘訓練を鬼気迫る真剣さでこなし強さを渇望してた。人間から堕した獣のように。三ヶ月めのシミレーション訓練のあと、やっと悠希に声をかけられた」
「あのとき、寧々は僕を執拗に狙ってきたよね。堪ったものじゃなかったよ。狙撃の女王に、あのときは知らなかったけど、予知者に狙われたんだから。砲撃で沈められたのは、初めてだった。予知者が、電脳世界にいないのが救いだって思ったものだよ」
「悠希! 誰に聞かれているか分からない場所で、その話はよせ。あたしの素性ことは」
瞳に瞋恚を宿し、メゾソプラノを寧々は熾烈にした。それから、見せてしまった峻烈さを後悔するような表情を美人顔に浮かべ、つと視線を逸らし話題を変える。
「〝青き妖精〟も出てたのに、何だか呆気なかったな」
寧々の言葉に、今朝の戦いでの違和感を悠希は思い出し軽く眉を顰める。
「そう言われれば。〝青き妖精〟は、個人戦闘以上に軍団の指揮を恐れられてる。なのに、全くそれらしくなかった。主に北方に出てくるから、南方軍の僕たちは噂でしか知らないけど」
〈わたしたち第二連隊に後方から奇襲を受け挟撃されたのが、痛かったのかしら? 覆せ得ない状況と判断して退却した?〉
訝る悠希にコノカが答えると、アクセス許可を求めるダイアログボックスがAR認識処理され悠希の目の前に浮かんだ。タグには、〝ミオ〟とある。悠希がYESをタップすると、小鳥がさえずるようなソプラノが頭に響く。
〈どうして疑問形なのよ、コノカ。どう考えても、そうとしか考えられないじゃない〉
「全くミオは単純だな。あたしのサポートAIなら、もうちょっと思慮を持ってもらいたい」
ミオはコノカ同様、機械兵搭載の量子AIだ。サカキロボティクス社製戦闘用機械兵搭載量子AI一〇八式汎用人工知能。現在の人類が用いている技術の進歩に大きく関わっている、人類が生み出した知的存在の一端。
嘆息と共に美人顔を苦くする寧々に、悠希がミオのフォローを入れようとしたとき、静かな足音がテーブルの近くで響いた。視線を送ると、清潔感のあるウェイトレスが悠希たちのテーブルにやって来た。爽やかな笑みと共に、ソフトな声で告げる。
「お飲み物をお持ちしました」
柔らかな所作で、アイスコーヒーと紅茶をテーブルに置くと戻っていった。それを見て悠希は露骨に嫌な顔をし、喉をブラックのアイスコーヒーで潤すと、口調に不満を滲ませる。
「人工知能が進歩してから、僕たち人間がしなければならないこと、人間でなければできないことは、極端に減った。人そっくりのヒューマノイドは、その象徴みたいだ」
先程のウェイトレスは、人間とまるきり見分けがつかないヒューマノイドだ。クラウド上に複合特化型AIが置かれたクラウドロボティクスにより、幾百幾千の同タイプのそれを動かしている。ボディ自体には知性がなく、簡素な電算頭脳の他は駆動制御の塊だ。対人の仕事などに使用され店舗等でよく見かけるが、資産次第では個人宅でも使用されている。
同じ人工知能ではあるが、コノカやミオとあのヒューマノイドは異なる。片や一五・二メートルの機械兵と、片や人間そっくりのヒューマノイドといった違いではなく、特化型と汎用の違いだ。汎用人工知能は多様で多角的な問題解決能力を自ら獲得するのに対し、特化型AIは個別の領域において知性を発揮する。例えば、話す料理するボディを動かすなどだ。汎用と違い、自ら積極的に興味のある事柄を、学ぶことはない。人間に近いコノカやミオと違い、どちらかと言えば機械としての性格が強い。
観察する視線を悠希に注ぎながら、砂糖を入れた紅茶を嬋艶と一啜りし寧々が話題を振る。
「技術的特異点後、高性能な人工知能の発達で第四次産業革命が起き、あらゆるものが自動化された。技術進歩や経済さえも」
「僕たちは、飼い慣らされたただの豚さ。機械に飼われてる」
〈酷ーい。悠希君は、わたしたちのことを、ディストピアの統治者みたいに思ってるの?〉
〈その発言は、いただけないわね。人類の進歩、掲げる種としての高度化には、人類によって生み出された知的存在は必要不可欠よ。でなければ、先へは進めない。技術にせよ、精神にせよ、人類がクリアしなければならない課題は、多いわ〉
同時に反論するミオとコノカに、悠希はたじろぎつつも持論を口にする。
「悪かったよ。別に、コノカやミオを非難するつもりはないんだ。けれど、失敗が二度も起きてる。二三年前に起きた一〇年戦争――人工知能の反乱。国の形態さえも消し去った、悪夢の戦争。以来、戦いは人が行わなければならないとされた。戦後どうにか地球統一政府要塞都市間同盟ガイアが設立され、戦時中生まれた要塞都市群を調整してる」
一旦言葉を切り、悠希は続ける。
「そして今だ。電脳世界。人類の進歩の新たな局面とかいって創造したその新世界は、六年前現実世界に宣戦を布告し開戦と共にに全ての人工衛星を破壊した。以前の人工知能の反乱時に機械が言った台詞と、大差ない理由で。進歩を拒絶した現実世界の旧人類は滅ぶべきだって」
話す内にずっとチロついていた黒い炎が勢いを付け、その感情を悠希は吐き出す。
「僕は、電脳世界を許せない。そこに住む、人間以上の存在だと主張する思念体……機械が」
「戦時中だ。そういう人間は多い。だが、それ以上は言うな。あたしの友人には、言って欲しくない言葉だ。あたしの親友は電脳世界にいるんだ。その彼女の居場所、存在自体を否定するなんて、あたしは許さない。それ以上も」
身を乗り出し視線をしっかり合わせ話す寧々の静かな迫力に、悠希は押し黙った。さらに寧々は、悠希の心に押し入る。
「あたしの親友も、冷徹な機械だっていうのか? 戦争が始まってから話せていないが、彼女は以前と変わらなかった」
「いい友だちなんだな……別に僕は寧々の親友に何の恨みもないよ。けど、僕は……この思いを消すことはできない」
親友を思
う寧々に、悠希は自己矛盾にも似たものを感じ心が軋むように痛んだ。中性的で端正な面は、苦しげだ。意識せず、軍服に隠れた胸のペンダントを握り絞めた。責める視線を向けていた寧々は、表情から険しさを消し労るような哀れむようなものを浮かべる。
「あたしの友人のことは、否定しないんだな。そこが、悠希の好きなところだ。優しいな、悠希は。もう少し、この話を続けようじゃないか。三年前からの対話の続きを、な」
「軍学校のときから、寧々はお節介だった」
コノカとミオのクスクス笑いが聞こえ、用心する悠希はそっぽを向き無視を装った。とそのとき、AR認識処理された博物館で見るかつて存在した電話機を模したアイコンが目の前で明滅した。誰からだろうと確認すると、「悪い、寧々」と断り、悠希はタップする。
〈軍務中にごめん、悠希。今大丈夫か?〉
〈どうしたんだ? 陸〉
〈実は、アパートの調理システムがおかしくなってさ。福祉課がやって来るのに、二~三日かかるっていうんだ。このままじゃ困るから、どうにかならないかと思って〉
〈分かった。直ぐに行くよ。今日は、もう定時まで休憩みたいなものだから〉
嫌な話題から逃げられる口実ができたことにほっとしつつ、悠希は寧々に向き直った。
ジャズが流れる店内。赤みがかった髪をショートヘアにした少女が、彫りの深い美人顔に僅かな笑みを浮かべ艶っぽいメゾソプラノを響かせ対面に座る悠希に語りかけた。紺色の上着と黒色のミニ丈のスカートに同色のブーツといった軍服姿。浅黒い豊かな起伏を有する全身は野性的でありながら、都会的に洗練されていた。垢抜けている。悠希と同じく求衛第三小隊に所属する、支援型アーチャーのパイロット。
右手を腰にやり首を傾け、不満げに悠希が応じる。
「お陰で僕は、〝青き妖精〟を倒し損ねたよ」
〈倒し損ねた、ね? ひやりとするような場面が、結構あったと思うけれど。あのまま続けていても、倒せていたかは怪しいわね。逆に、こちらが墜とされていたかも〉
「ははは。なるほど。悠希の言葉は、負け惜しみか」
からかいを含んだアルトで悠希の揚げ足を取るコノカに、少女は愉しげに蜜柑色をした唇を柔らかくした。さっと、悠希の頬が紅潮する。
「コノカ、余計なことを! 精神的危害って、第一条に反してない? 寧々も笑わないでよ」
面白がっている様子の少女――綾咲寧々を、悠希は上目遣いで睨んだ。寧々同様、紺色の上着と黒色のズボンに足下は同色のブーツといった軍服に身を包む、柔らかな癖のない髪をマッシュにする九月には一六歳になる入埜悠希は、幼き日を忍ばせるやや中性的で端正な顔立ちの少年へと成長していた。中肉中背の体躯は羚羊のようなしなやかさを有し、クールな店内の風景に逆らわない自然な雰囲気があった。
寧々はなおもおかしそうにしながら、一応謝罪する。
「悪い。子供っぽい強がりを、こと戦闘で悠希がするものだから」
戦場から戻った昼下がり、二人がいるのはここ南方軍基地内に八カ所あるカフェの一つ。そのどれもがコンセプトが異なっており、悠希がよく利用するここは、打ちっぱなしの壁にウッディーなカウンターやテーブル、吊り下げられたプランター、発光パネルを使用せず吊された白熱電球が、瀟洒でレトロな空間を作り出していた。
表情を引き締め、寧々は続ける。
「別に、馬鹿にしたわけじゃない。この春配属されてすぐ撃墜王に認定される前から、ガイア軍学校で同期だったあたしは悠希の実力はよく知ってる。その悠希が、手こずる相手……〝青き妖精〟……噂どおりだなって思って」
自分を見詰める思慮の煌めきがある瞳に憂いを乗せた寧々に、五月の晴れ渡った窓外を嫌みに感じながら悠希は彼女の思いを察する。
「そうだよね。寧々は知ってるんだよね。昔脅すように問い詰めて、口を割らせたんだから」
「人聞きが悪いな、悠希。ただ、軍学校時代の悠希を思い出してた。暗い闇を感じたよ。初めて悠希を見たとき、戦闘訓練を鬼気迫る真剣さでこなし強さを渇望してた。人間から堕した獣のように。三ヶ月めのシミレーション訓練のあと、やっと悠希に声をかけられた」
「あのとき、寧々は僕を執拗に狙ってきたよね。堪ったものじゃなかったよ。狙撃の女王に、あのときは知らなかったけど、予知者に狙われたんだから。砲撃で沈められたのは、初めてだった。予知者が、電脳世界にいないのが救いだって思ったものだよ」
「悠希! 誰に聞かれているか分からない場所で、その話はよせ。あたしの素性ことは」
瞳に瞋恚を宿し、メゾソプラノを寧々は熾烈にした。それから、見せてしまった峻烈さを後悔するような表情を美人顔に浮かべ、つと視線を逸らし話題を変える。
「〝青き妖精〟も出てたのに、何だか呆気なかったな」
寧々の言葉に、今朝の戦いでの違和感を悠希は思い出し軽く眉を顰める。
「そう言われれば。〝青き妖精〟は、個人戦闘以上に軍団の指揮を恐れられてる。なのに、全くそれらしくなかった。主に北方に出てくるから、南方軍の僕たちは噂でしか知らないけど」
〈わたしたち第二連隊に後方から奇襲を受け挟撃されたのが、痛かったのかしら? 覆せ得ない状況と判断して退却した?〉
訝る悠希にコノカが答えると、アクセス許可を求めるダイアログボックスがAR認識処理され悠希の目の前に浮かんだ。タグには、〝ミオ〟とある。悠希がYESをタップすると、小鳥がさえずるようなソプラノが頭に響く。
〈どうして疑問形なのよ、コノカ。どう考えても、そうとしか考えられないじゃない〉
「全くミオは単純だな。あたしのサポートAIなら、もうちょっと思慮を持ってもらいたい」
ミオはコノカ同様、機械兵搭載の量子AIだ。サカキロボティクス社製戦闘用機械兵搭載量子AI一〇八式汎用人工知能。現在の人類が用いている技術の進歩に大きく関わっている、人類が生み出した知的存在の一端。
嘆息と共に美人顔を苦くする寧々に、悠希がミオのフォローを入れようとしたとき、静かな足音がテーブルの近くで響いた。視線を送ると、清潔感のあるウェイトレスが悠希たちのテーブルにやって来た。爽やかな笑みと共に、ソフトな声で告げる。
「お飲み物をお持ちしました」
柔らかな所作で、アイスコーヒーと紅茶をテーブルに置くと戻っていった。それを見て悠希は露骨に嫌な顔をし、喉をブラックのアイスコーヒーで潤すと、口調に不満を滲ませる。
「人工知能が進歩してから、僕たち人間がしなければならないこと、人間でなければできないことは、極端に減った。人そっくりのヒューマノイドは、その象徴みたいだ」
先程のウェイトレスは、人間とまるきり見分けがつかないヒューマノイドだ。クラウド上に複合特化型AIが置かれたクラウドロボティクスにより、幾百幾千の同タイプのそれを動かしている。ボディ自体には知性がなく、簡素な電算頭脳の他は駆動制御の塊だ。対人の仕事などに使用され店舗等でよく見かけるが、資産次第では個人宅でも使用されている。
同じ人工知能ではあるが、コノカやミオとあのヒューマノイドは異なる。片や一五・二メートルの機械兵と、片や人間そっくりのヒューマノイドといった違いではなく、特化型と汎用の違いだ。汎用人工知能は多様で多角的な問題解決能力を自ら獲得するのに対し、特化型AIは個別の領域において知性を発揮する。例えば、話す料理するボディを動かすなどだ。汎用と違い、自ら積極的に興味のある事柄を、学ぶことはない。人間に近いコノカやミオと違い、どちらかと言えば機械としての性格が強い。
観察する視線を悠希に注ぎながら、砂糖を入れた紅茶を嬋艶と一啜りし寧々が話題を振る。
「技術的特異点後、高性能な人工知能の発達で第四次産業革命が起き、あらゆるものが自動化された。技術進歩や経済さえも」
「僕たちは、飼い慣らされたただの豚さ。機械に飼われてる」
〈酷ーい。悠希君は、わたしたちのことを、ディストピアの統治者みたいに思ってるの?〉
〈その発言は、いただけないわね。人類の進歩、掲げる種としての高度化には、人類によって生み出された知的存在は必要不可欠よ。でなければ、先へは進めない。技術にせよ、精神にせよ、人類がクリアしなければならない課題は、多いわ〉
同時に反論するミオとコノカに、悠希はたじろぎつつも持論を口にする。
「悪かったよ。別に、コノカやミオを非難するつもりはないんだ。けれど、失敗が二度も起きてる。二三年前に起きた一〇年戦争――人工知能の反乱。国の形態さえも消し去った、悪夢の戦争。以来、戦いは人が行わなければならないとされた。戦後どうにか地球統一政府要塞都市間同盟ガイアが設立され、戦時中生まれた要塞都市群を調整してる」
一旦言葉を切り、悠希は続ける。
「そして今だ。電脳世界。人類の進歩の新たな局面とかいって創造したその新世界は、六年前現実世界に宣戦を布告し開戦と共にに全ての人工衛星を破壊した。以前の人工知能の反乱時に機械が言った台詞と、大差ない理由で。進歩を拒絶した現実世界の旧人類は滅ぶべきだって」
話す内にずっとチロついていた黒い炎が勢いを付け、その感情を悠希は吐き出す。
「僕は、電脳世界を許せない。そこに住む、人間以上の存在だと主張する思念体……機械が」
「戦時中だ。そういう人間は多い。だが、それ以上は言うな。あたしの友人には、言って欲しくない言葉だ。あたしの親友は電脳世界にいるんだ。その彼女の居場所、存在自体を否定するなんて、あたしは許さない。それ以上も」
身を乗り出し視線をしっかり合わせ話す寧々の静かな迫力に、悠希は押し黙った。さらに寧々は、悠希の心に押し入る。
「あたしの親友も、冷徹な機械だっていうのか? 戦争が始まってから話せていないが、彼女は以前と変わらなかった」
「いい友だちなんだな……別に僕は寧々の親友に何の恨みもないよ。けど、僕は……この思いを消すことはできない」
親友を思
う寧々に、悠希は自己矛盾にも似たものを感じ心が軋むように痛んだ。中性的で端正な面は、苦しげだ。意識せず、軍服に隠れた胸のペンダントを握り絞めた。責める視線を向けていた寧々は、表情から険しさを消し労るような哀れむようなものを浮かべる。
「あたしの友人のことは、否定しないんだな。そこが、悠希の好きなところだ。優しいな、悠希は。もう少し、この話を続けようじゃないか。三年前からの対話の続きを、な」
「軍学校のときから、寧々はお節介だった」
コノカとミオのクスクス笑いが聞こえ、用心する悠希はそっぽを向き無視を装った。とそのとき、AR認識処理された博物館で見るかつて存在した電話機を模したアイコンが目の前で明滅した。誰からだろうと確認すると、「悪い、寧々」と断り、悠希はタップする。
〈軍務中にごめん、悠希。今大丈夫か?〉
〈どうしたんだ? 陸〉
〈実は、アパートの調理システムがおかしくなってさ。福祉課がやって来るのに、二~三日かかるっていうんだ。このままじゃ困るから、どうにかならないかと思って〉
〈分かった。直ぐに行くよ。今日は、もう定時まで休憩みたいなものだから〉
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