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並列世界大戦――陽炎記――

mission 01 encounter 1

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 過ぎ去りし故郷は、永い年月を経たように帰郷するわたしを気後れさせ怯えさせる。

――アデライト・ラーゲルクヴィスト著・並列世界大戦回顧録「陽炎記」より抜粋――


 パイロットスーツに身を包みコックピットシートに身体を預ける少年――悠希は、視界を覆うように三面ある左側のモニタに視線を走らせながら怪訝な表情を浮かべた。大きな人型の全高約一五メートルはある先行する機械兵マキナミレス二二五機の群が、遅れて出撃した巡航し集結しつつある守啓しゅけい第二連隊の戦列に向かう自機から離れて飛び去るのを認めたのだ。

 悠希の声に疑念が浮かぶ。

音羽おとわ第一連隊は、電脳世界サイバーワールドの屑鉄どもと遭遇するルートを直進するみたいだ。第二連隊に指示されてるルートとは違う」
〈きっと、守啓連隊長が何か策を仕掛けるつもりなんでしょう。楽しみね、悠希〉

 インプラント量子通信によって頭に響く聞き心地のいい弾んだアルトが、悠希の疑念に応えた。黒いヘルメットのバイザー越しの端正な面を、言葉とは裏腹ニッと悠希は笑ませる。

「コノカって嫌な奴だよな。まるで僕が、戦いを好きみたいな言い方じゃないか」
〈声が嬉しそうよ、悠希。これまでの実戦で悠希の戦闘ぶりを見る限り、戦いを忌避しているようには見えないわ〉

 アルトに呆れたような響きを、コノカは滲ませた。やっぱりコノカは嫌な奴だと、悠希は軽く眉を潜めた。戦いは嫌いじゃない。けれど、好きなわけでもないと、悠希は思いたい。

「連隊長の作戦に期待しよう。僕がやることは、要塞都市東京に侵攻しようとやって来た敵をあらん限りの力を尽くして撃退すること。兵士の務めを果たすだけだよ。一機でも多く、機械マシーンをスクラップにして再生工場送りにするだけ」
〈思念体が搭載された意思と心がある、ね〉
「煩いな。思念体は、人じゃない。これから戦闘だっていうのに、余計なことを言わないで」

 やや低めの声を、悠希はむっとさせた。戦闘前の兵士にする話じゃない。余計な感情は、刃を鈍らせる。以前から、自分に対してお姉さんぶるコノカに、悠希は釘を刺す。

「僕のサポートAI様は、お節介だよ。コノカが量子AIだってことを、たまに忘れそうになる。汎用人工知能AGIっていうのも、考え物だよな。人工知能AIは人間に与えられる命令に個体の優先順位に従い応じる、だよね」
〈はいはい。命令なら黙りますとも。ついでに、サイバニクスの方も黙らせようかしら。それと、普段の脳拡張機能ブレイン・エクスパンスも〉
「止めてくれ。それじゃ、僕はこいつを、グラディエーターを動かせなくなってしまう。人間に自らの意思で危害を加えてはならない、だろう」


 縦把手グリツプを悠希は、グローブを填めた手の甲で軽く叩いた。口にした人工知能AI工学四原則をちらつかせた皮肉に、手強い返しをしてくると悠希はふっと笑った。身体の余計な力が抜ける。コノカなりの気配りだ。どうしても、前のめりになりがちな悠希の心を解きほぐそうとの。

 午前中の陽射しを浴び左肩に〝二ー五ー二ー三〟とマーキングのある鉄灰色をした悠希の機体は、集結する第二連隊の陣列の定位置に到着した。正式名称、Pー〇九・有人半自律制御機マリオネツト近接型機械兵マキナミレスグラディエーター。黒いゴーグル型の青いハニカム柄を有するアイセンサが特徴的な頭部から、背のX字型をした可変推進デバイスを有したプラズマ/ラムジェット複合推進システムへのラインが先鋭さを感じさせる、流線形のハンサムな機体だ。周囲に同じグラディエーターが、最も数多く並ぶ。

 程なく、第二連隊二二五機全機が集結した。滑らかで涼やかな声が、インプラント量子通信を介して悠希に染み入る。

〈連隊各位、推力ミリタリー。戦場迂回の指示ポイントへ。状況を開始する〉

 守啓連隊長から下された命令に従い、悠希は自分の身体のように感じるグラディエーターの推力を、脳が自身として理解しているマシンの機関を動かし、定量点火した。加速する。他の機体も、青白いプラズマ推進の電離気体を引きながら。みるみる、背後の高い金属の防壁に囲まれた全容が捉えられない広大な要塞都市東京が遠ざかっていく。

 指示ポイントに近づき、連隊長の声が再び響く。

〈ポイントで方向転換後、アフターバーナー推力へ移行。亜音速で敵の後方へ出て、極超音速で襲いかかる。こちらの指示に従いサポートAIは、プラズマ推進からラムジェット推進に切り替え。訓練同様、乱れのない飛行を〉

 目の前にAR認識処理で浮かぶポイントを青い自機を示すマーカーが通過、と同時に悠希はプラスマ推進システムを一時的な過負荷状態にするアフタバーナー推力を課した。グンと蒼穹を駆け抜けるグラディエーターはスピードを増した。だが、コックピットは無重力ブロックであるので、加速度を身体が感じることはない。

 幾分機械的なコノカのアルトが告げる。

〈ラムジェット推進オンライン〉

 背後に大きな丸いベイバーコーンを描きながら、音速を超えた。戦闘支援エッジコンピューティングから取得したインプラントによってAR認識処理され右上に浮かぶ戦場マップが、第一連隊と交戦中の現実世界リアルワールドでは連隊と呼称される単位と同規模の軍団二つが急速に接近する様を伝えた。悠希の心臓の鼓動が、高鳴った。

 滑らかさに気迫を乗せた、連隊長の号令が響く。

〈減速! 砲撃!〉

 悠希のグラディエーターの背後を飛行する鈍色をした厚い装甲に覆われた重量級の機体――
有人半自律制御機マリオネツト支援型機械兵マキナミレスアーチャーが、複合推進システムの真ん中に背後へ流していた二本の軌条のような砲身を右肩に乗せるように構えた。電磁投射砲レールガンの砲身にプラズマが走り、発射された。他のアーチャーからも。背後から撃たれた敵軍団は、その数を減らした。

 裂帛の連隊長から迸った気合いが、悠希の心臓の鼓動を高ぶらせる。

〈エンゲージ!〉

 次の瞬間、ウォーターグリーン色をした、先進さを前面に出した形状の自律意志搭載機ウォルンタース近接型機械兵マキナミレスアクィラの背が迫った。いかに人間以上の認識力と反応速度を持つ思念体とはいえ、この突然の襲撃に反応しきれない。敵軍団の中で一般的な機械兵マキナミレスに位置するそれは、悠希が放った盾裏に装備された荷電粒子砲の中性子ビームによって、量子コンピューターがある胸部を撃ち抜かれ堕ちていった。敵は、目に見えて混乱の様相を呈した。

 その混乱に乗じ、音羽第一連隊と敵を挟み込むように奇襲攻撃を背後から仕掛けた守啓第二連隊は敵を蹂躙していく。

 コノカの声が、悠希の頭に警戒を響かせる。

〈左右から、敵機接近〉

 分かっている。撃ち込まれる荷電粒子砲の中性子ビームをグラディエーターを沈み込ませ躱し、直ぐな黒い金属の刀身の片刃に青い光粒子フォトンを宿すブレードを一閃。正確にアクィラの胸部を刺し貫いた。続く諸刃に赤い光を宿す光粒子フォトンブレードの攻撃を背後から迫る敵機の下へ宙返りする形で躱し背後を取ると、かかと落としを頭部に叩き込んだ。体制を崩したところへ、荷電粒子砲の一撃。推進システムに中性子ビームを喰らった、隊長機であるアッシュローズ色をした先鋭なデザインの自律意志搭載機ウォルンタース近接型機械兵マキナミレスケントゥリオは推進剤が爆発を起こした。 それを見遣る悠希の静けさを宿す瞳に、闇が生まれた。

 幾筋もの黄色と赤色のAR認識処理された射撃・砲撃予測線が、自分にめがけて殺到する。

「僕は、こいつらを一機でも多く倒さなくちゃならないんだ。でなきゃ……」

 背のX字型をした可変推進デバイスだけでなく、右脚の向こう脛と脹ら脛部分にある推力偏向ノズルを動かし、グラディエーターを悠希は左にステップするように機動させる。

「僕の魂は、行き場を失う。彼らは、あの場所を彷徨い続ける」

 悠希が駆るグラディエーターが灼熱した。敵機を次々と撃破していく。その戦いぶりは、さながら卓越したセンスを秘めたダンスのような、それでいて悪鬼を彷彿とさせる獰猛な。悠希の意識は、戦闘に没入していった。

 溶けそうな悠希の意識を、アルトが現実に引き戻す。

〈注意して、悠希。〝青き妖精〟よ!〉

 その声に、悠希は視線をモニタに走らせ、提げたペンダントが熱を帯びたように感じる。

 ――いた……――

 細かな銀色のパーツで構成された、流麗な機体。その左肩に、青で羽を持つ妖精がマーキングされていた。自律意志搭載機ウォルンタース近接型機械兵マキナミレスレガトゥス。軍団を率いる指揮官機で、その機体は数ある軍団長機レガトゥスの中でも手強いことで知られていた。

 呟きが、悠希から零れる。

「僕はついてる」

 悠希の中で、狂おしい闘争心が湧き上がった。脳天から足の先まで、電流が駆け抜けたような錯覚を覚えた。過去の幻影がちらつく。

「あいつは! あいつだけは!」

 狂った音階を刻むように吠え、交戦中の敵機を無理矢理引き剥がすと、悠希が駆るグラディエーターは高速の弾丸と化した。朝日を銀色に煌めかせる流線形の頭部が、肉薄する寸前悠希を捉えた。レガトゥスが高速に動き、激突。

 リニアアクチュエーターが右腕を高速作動させ、悠希は青い光を宿す光粒子フォトンブレードを迫る赤い刃に打ち付けた。油圧シリンダーによるトルクがかかった瞬間、諸元スペツクで勝る相手と悠希は刃をそのまま鬩ぎ合わせず的確な角度で力を逃す。と、同時に背のX字型をした可変推進デバイスと向こう脛と脹ら脛の推力偏向ノズルを動かし、鋭く回り込むようにグラディエーターを機動させた。が、相手も動いた。悠希のまるでダンスをするような機械兵マキナミレスの制御に、レガトゥスは楽々とついてきた。瞠目する。これまでであれば、敵機はついてこられなかった。双方荷電粒子砲を撃ち合い、斥力散開フィールドを発生させた盾で中性子ビームを拡散させ距離を取った。

 重力制御と発電を行うグラビトンエンジン特有の低いサウンドが、束の間悠希の鼓膜を震わせた。憎悪と同時に悠希は、よく分からない胸の高鳴りを覚える。

「いいだろう、〝青き妖精〟。勝負だ!」
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