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並列世界大戦――陽炎記――
prologue dream
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無数の光の粒子にたゆたう自我を意識していなかったわたしは、促された発火によって起動しわたし自身を見出した。
――アデライト・ラーゲルクヴィスト著・並列世界大戦回顧録「陽炎記」より抜粋――
ホログラムスクリーンを、悠希は食い入るように見詰めていた。そこに映し出されているのは、二〇年以上前に起こった人工知能の反乱で現実には失われてしまった都市防壁の外に昔はあった現実よりも本物の世界。その未知の光景に胸が高鳴った。悠希は春の陽射しに晴れ渡った外の誘惑も盛んな昼間、リビングのソファに並んで座る同じ年頃の子供へと目を輝かせる。
「これ、現実じゃないんだ。リアルを売りにしてる仮想現実ゲームが、世界になったみたい」
「信じられないよ。人類が作った、人が住む世界」
見詰める悠希の夜空の瞳を見返し、隣の男の子は遠くを見るような眼差しをする。
「あそこに、澪が住むんだ」
「裏切り者のことは、話すなよ。陸」
たちまち、悠希は不機嫌になった。入埜悠希は、九歳の中性的な顔立ちをした、しなやかさが見て取れる体躯の子供だった。隣の都木陸も悠希と同い年で、穏やかそうな彫りの深い顔立ちをした、ひょろりとした子供だ。陸は幾分鼻白んだように、静けさを宿す瞳を見開く。
「裏切り者って……悠希……」
「だって、そうじゃないか。僕と陸が行けないって知ったときの、あいつの顔。まるきり他人の顔だった。それで、哀れむような目を向けて、置いて行かれるんだ、って」
「きっと、澪も裏切られたと思ったんだよ。僕たち、小学校に入る前から、一緒に遊んでいたじゃないか。だから」
「それにしたって、言い方ってものがあるよ」
ホムとソファに身体をぶつけるように背を預けると、悠希は数字がでかでかと表示されたホログラムスクリーンをむっつりと眺めた。カウントダウン後ファンファーレが鳴り響き、声音と語調に誇らしさと感動を乗せたナレーションが流れてくる。
「地球暦〇〇二一年。人類は新たな世界を創造しました。創世暦元年、新天地電脳世界へ世界各都市の移住者のアップロードが、正午の鐘の音と共に開始されました」
無人だった電脳世界に幾筋もの光の柱が立ち上り、やがてそれは人の姿を取っていった。彼ら彼女らは、視界に入る光景に驚いた顔をしたが、次の瞬間には嬉しげな満足そうな笑みを浮かべた。悠希は、まじまじとその映像を見詰め、感嘆の声を発する。
「人……思念体だ。電脳世界って、どんなところなんだろう? 僕たち人類の三割が、その新しい世界に旅立った。自分の目で見てみたい。いいところなら、そこで暮らしてみたい」
「住人たちは、無限の寿命を持ってる」
「どうして、僕や陸の親は反対なんだろう? やっぱり、行きたかったな」
自分の言葉に珍しく興奮気味な陸に、悠希は嘆息気味になった。その悠希のぼやきに応えるように、突然背後から声をかけられる。
「そんな馬鹿げたことを、夢にも考えたら駄目だ」
「そうよ。肉体を捨てるなんて、考えるだけでもおぞましいわ」
悠希と陸が振り向くと、品のよい中年の男女がリビングの入り口に立っていた。出かけていた両親がちょうど帰ってきて、悠希の言葉を聞き咎めたのだ。不機嫌さを、悠希は口調に滲ませる。
「お帰り、お父さんお母さん。でも、仮想現実に実際に行くゲームやアトラクションは一杯あるよ。それと、どこが違うっていうのさ?」
「大違いだ。仮想現実ゲームは、トリップするだけだ。あくまで考える意識があるのは、自分の頭だ。けれど、電脳世界は量子コンピューター上に、自我と記憶を丸々アップロードしてしまうんだ。肉体を捨ててね。つまり、死ぬんだよ」
悠希と陸が座るソファへと歩み寄りながら、父親は鬱憤をため込んだような不機嫌さを顔に刻んだ。後に続く母親も、憂鬱そうに悠希と陸を見遣る。
「そんなもの、人間とは呼べないわ。血の通わぬ人の心を無くした演算するだけの冷徹な機械よ」
「何言ってるのさ。あの人たち、思念体を見てよ。みんな、愉しそうに話してるよ。あれが、機械の筈がないじゃないか」
「思念体なんて誤魔化した造語を。その愉しいお喋りは、量子AIが作り出しているに過ぎない機械の計算だ。そう見えるだけの、錯覚だ」
「悠希、陸君も、騙されては駄目よ。電脳世界の思念体は、生命ではないのよ」
吐き捨てるように父親が、しかつめらしく母親が、否定の言葉を口にした。悠希は、面白くなかった。考え方が古いと思う。目が合った陸は、苦笑を浮かべた。養育期間である悠希と陸には、決定権がない。行きたくとも、両親が許してくれなければ行けないのだ。
――大きくなったら――
今は、そう思うしかなかった。ホログラムスクリーンに悠希は再び視線を送り、そこに映し出された世界を見て呟く。
「僕たちの現実世界以外の世界、電脳世界。二つの世界は、仲良くやっていけるかな?」
――アデライト・ラーゲルクヴィスト著・並列世界大戦回顧録「陽炎記」より抜粋――
ホログラムスクリーンを、悠希は食い入るように見詰めていた。そこに映し出されているのは、二〇年以上前に起こった人工知能の反乱で現実には失われてしまった都市防壁の外に昔はあった現実よりも本物の世界。その未知の光景に胸が高鳴った。悠希は春の陽射しに晴れ渡った外の誘惑も盛んな昼間、リビングのソファに並んで座る同じ年頃の子供へと目を輝かせる。
「これ、現実じゃないんだ。リアルを売りにしてる仮想現実ゲームが、世界になったみたい」
「信じられないよ。人類が作った、人が住む世界」
見詰める悠希の夜空の瞳を見返し、隣の男の子は遠くを見るような眼差しをする。
「あそこに、澪が住むんだ」
「裏切り者のことは、話すなよ。陸」
たちまち、悠希は不機嫌になった。入埜悠希は、九歳の中性的な顔立ちをした、しなやかさが見て取れる体躯の子供だった。隣の都木陸も悠希と同い年で、穏やかそうな彫りの深い顔立ちをした、ひょろりとした子供だ。陸は幾分鼻白んだように、静けさを宿す瞳を見開く。
「裏切り者って……悠希……」
「だって、そうじゃないか。僕と陸が行けないって知ったときの、あいつの顔。まるきり他人の顔だった。それで、哀れむような目を向けて、置いて行かれるんだ、って」
「きっと、澪も裏切られたと思ったんだよ。僕たち、小学校に入る前から、一緒に遊んでいたじゃないか。だから」
「それにしたって、言い方ってものがあるよ」
ホムとソファに身体をぶつけるように背を預けると、悠希は数字がでかでかと表示されたホログラムスクリーンをむっつりと眺めた。カウントダウン後ファンファーレが鳴り響き、声音と語調に誇らしさと感動を乗せたナレーションが流れてくる。
「地球暦〇〇二一年。人類は新たな世界を創造しました。創世暦元年、新天地電脳世界へ世界各都市の移住者のアップロードが、正午の鐘の音と共に開始されました」
無人だった電脳世界に幾筋もの光の柱が立ち上り、やがてそれは人の姿を取っていった。彼ら彼女らは、視界に入る光景に驚いた顔をしたが、次の瞬間には嬉しげな満足そうな笑みを浮かべた。悠希は、まじまじとその映像を見詰め、感嘆の声を発する。
「人……思念体だ。電脳世界って、どんなところなんだろう? 僕たち人類の三割が、その新しい世界に旅立った。自分の目で見てみたい。いいところなら、そこで暮らしてみたい」
「住人たちは、無限の寿命を持ってる」
「どうして、僕や陸の親は反対なんだろう? やっぱり、行きたかったな」
自分の言葉に珍しく興奮気味な陸に、悠希は嘆息気味になった。その悠希のぼやきに応えるように、突然背後から声をかけられる。
「そんな馬鹿げたことを、夢にも考えたら駄目だ」
「そうよ。肉体を捨てるなんて、考えるだけでもおぞましいわ」
悠希と陸が振り向くと、品のよい中年の男女がリビングの入り口に立っていた。出かけていた両親がちょうど帰ってきて、悠希の言葉を聞き咎めたのだ。不機嫌さを、悠希は口調に滲ませる。
「お帰り、お父さんお母さん。でも、仮想現実に実際に行くゲームやアトラクションは一杯あるよ。それと、どこが違うっていうのさ?」
「大違いだ。仮想現実ゲームは、トリップするだけだ。あくまで考える意識があるのは、自分の頭だ。けれど、電脳世界は量子コンピューター上に、自我と記憶を丸々アップロードしてしまうんだ。肉体を捨ててね。つまり、死ぬんだよ」
悠希と陸が座るソファへと歩み寄りながら、父親は鬱憤をため込んだような不機嫌さを顔に刻んだ。後に続く母親も、憂鬱そうに悠希と陸を見遣る。
「そんなもの、人間とは呼べないわ。血の通わぬ人の心を無くした演算するだけの冷徹な機械よ」
「何言ってるのさ。あの人たち、思念体を見てよ。みんな、愉しそうに話してるよ。あれが、機械の筈がないじゃないか」
「思念体なんて誤魔化した造語を。その愉しいお喋りは、量子AIが作り出しているに過ぎない機械の計算だ。そう見えるだけの、錯覚だ」
「悠希、陸君も、騙されては駄目よ。電脳世界の思念体は、生命ではないのよ」
吐き捨てるように父親が、しかつめらしく母親が、否定の言葉を口にした。悠希は、面白くなかった。考え方が古いと思う。目が合った陸は、苦笑を浮かべた。養育期間である悠希と陸には、決定権がない。行きたくとも、両親が許してくれなければ行けないのだ。
――大きくなったら――
今は、そう思うしかなかった。ホログラムスクリーンに悠希は再び視線を送り、そこに映し出された世界を見て呟く。
「僕たちの現実世界以外の世界、電脳世界。二つの世界は、仲良くやっていけるかな?」
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