●鬼巌島●

喧騒の花婿

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第二噺『取ってはならぬ』

二【烏の濡れ羽色】

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 焔夜叉に背を向け神託の森を下っていると、前方の大きな木にもたれかかり、腕を組んでこちらを見ている呉葉を発見した。


 彼女はこちらをじっと見て出迎える準備をしている。



 相変わらず派手な色合いの着物を纏い、真っ赤な髪飾りを付けていた。


 傍らに置いた孔雀色の蛇の目傘は、彼女のお気に入りだ。


 今日は晴れているので、日除けとして使っているのだろう。



「ようやく気付いたのね。上を向いて歩きなさいな」


 大きな黒目を細めて、彼女は笑った。


 春日童子も釣られてへらへらと笑う。


「転ばないよう、足を踏みしめて歩いているんだ」


「まあ、そうだったの。私には、あなたが落ち込んでいるように見えたのよ」


 呉葉の鋭い指摘に、春日童子はさらりとした髪の毛をかきながら「敵わないなあ」と呟いた。



「焔夜叉は、ボクに絡むことを生きがいとしているんじゃなかろうか」


 肩を竦めて軽口を叩くと、呉葉は寄りかかっていた木から離れて春日童子に並んだ。



「あなたも少しやり返してみたら良いのよ。言われっぱなしでは、あの赤鬼が付け上がるだけよ」


「滅相もない。ボクはけんかが弱いんだ」


「知っているわ。けんかに、弱いのよね」


 呉葉は憮然とした表情で口を尖らせた。


 長い黒髪で歪んだ二本角を覆い、余った髪は無造作に垂らしている彼女は、焔夜叉とはまた別の意味で鬼の中でも注目されてしまっていた。


「呉葉ちゃんって、焔夜叉と知り合いだったっけ?」


「学級は違うけれど、顔を会わせれば絡んでくるわよ。弱い者いじめをするのがあの鬼の流儀なのでしょうから」


 鬱陶しそうに眉を潜め呉葉が呟いた。


「どうせやり返しているんでしょう? それは弱い者いじめとは言わないよ」


「まあ、私そんなはねっ返りに見える? あれは何と言うのかしら。あの赤鬼は……そうね……『弱い鬼が赦せない』という感じ。私の黒髪を見ただけで、苦々しい顔をするのよ」


「選民意識の強い鬼ではあるね。ボクのくすんだ青髪を見てもそうだから。鮮やかな群青ではないから、鬼として認められないんだろう」


「あなたの髪はきちんとした鬼の色だし、目も綺麗な瑠璃の色だわ。私のこの黒髪黒目は、まるで人間のようでしょう。だからあの鬼は私のことを忌み嫌っているのよ」


 黒髪に黒目は、確かに人間に多く存在する色だ。


 だから呉葉はこの鬼ヶ島でも、悪い意味で注目を浴びてしまう。


 黒髪黒目の鬼など、聞いたことがないからだ。


「でも、ボクは呉葉ちゃんの黒髪、好きだよ」


「え?」


 呉葉はきょとんと目を丸くする。


「烏の濡れ羽色って言うんだよな、そういう見事な漆黒のことを。その黒い目も、君の白い肌に良く映える。綺麗だと思っているよ」


 呉葉は、すらすらと出てくる自分への賛辞に少し面食らった表情をしてから、頭を押さえた。


「ありがとう。でも、そういうことは本当に大切な鬼だけに言いなさい」


「本当に大切だから言っているんだけどな」


「春日くんは、誰にでもそういうことをさらりと言うでしょう。女性に対して全員に優しいのはあなたの美徳なのだけれど、それは決して優しさではなく、むしろ一番大切な鬼を傷付けることになるのよ」


「スクナにも同じようなこと言われた。結構一途な方なんだけどな」


「とにかく、誰でも説き伏せるのはやめなさい。ところで、仕事は請け負えたの?」


 呉葉は頭を押さえながら話題を変えた。


 春日童子は思い出したように一瞬表情を曇らせたが、すぐに笑顔になった。


「請け負えていたら、君に抱擁して喜びを爆発させているよ。そっちはどうなの?」


 呉葉も頬に手を当てて困ったように小首を傾げた。


「私も、請け負えていたらこんなところであなたを待たず、お父さんに報告しに行っているわよ」


「そっか」


 やはり呉葉も仕事は契約できなかったようだ。


 鬼ヶ島では力こそが全てなのだ。


 力のある者は、自然と周囲から尊敬され、権力者たちに囲われ、出世していく。



 しかし、反対に外見の醜い鬼たちは、神様から仕事すら与えられず、結局鬼の権力者の下で働き、一生を終えるか、人間に仕える侮辱的な鬼になるか、惨めな末路を辿る。



「仕方ないわ、帰りましょう。こうやって足繁く通っていれば、いつかは神様が見ていて下さるわよ」


「そうかな。ボクにいつか仕事を下さるかな」


「ええ。神が下界の者に対し、全てに平等だというのならば、きっと」


 呉葉の言葉に力が入っていないことに春日童子は気付いていたが、沈黙しながら歩いた。


 春日童子は神が下界の者全てに対して平等だとは信じていない。


 仮に平等ならば、この醜い外見で鬼ならず人間までにも見下されている自分は、内面に関しては他者より抜きんでていなければならないはずだ。


 けれど、決して神のごとく尊敬されるような聖人君主でなければ、そうかといって鬼に憧憬されるような非道でもない。


 気を抜けばどす黒い感情が渦巻き、嫉妬心を他者に向け自己嫌悪し、だからといって道端で倒れこんでいた鬼に対して声をかけぬほどの道徳心は捨てきれず、実行し自己満足しているような中途半端な鬼であることは自覚している。



 呉葉曰く『弱い鬼が赦せない』焔夜叉には、この外見にこの性格は、赦せない存在であることは確かだろうと春日童子自身も認識していた。


 だから、神は全ての者に対して平等ではないよと、春日童子は同じことを思っているであろう呉葉に心の中で呟いた。



 それから何日かが過ぎたが、やはり神様からの依頼は請け負えなかった。


 春日童子は、ぽたりぽたりと草から垂れている露を眺めながら頬杖を付いた。



「春日童子、相変わらず今日もぼんやりしてるのね。授業、聞いてた?」


 心配そうに隣から覗き込んだ伽羅が、帰り支度をしながら首を傾げた。いつの間にか授業が終わっていたようだ。



「頬の腫れ、引いてきたわね。鈴鹿御前に手当てしてもらったおかげかしら」


 春日童子は昨日叩かれた頬を思わず擦り、苦笑する。


「瘤が出ているみたいで、みっともなかったからな」


「瘤といえば、私に仕事の依頼がきたのよ」


 思い出したように伽羅は春日童子を見て口を開いた。



 男尊女卑の色が比較的強い鬼ヶ島にいて、女性である伽羅が仕事を請け負っているのに、自分が未だ受けられないことに劣等感を覚えた。



「今夜、人界の森付近で宴会をしているようにとの依頼よ。何でも、右の頬に大きな瘤を付けた人間の翁が現れるから、彼と一緒に宴会をするようにとね」


「右頬に大きな瘤を付けた翁と宴会? それだけでいいのか?」


「そう。ただ宴会をしていれば良いんだって。変な依頼よね。春日童子のお父さんは、未開の地とか、怪物退治とか、危険な仕事をしたりするでしょ」



「まあ、それなりに長く生きているからな。その分鬼としての地位も少しあるから。そういう危険な依頼が父には多いんだよ」


「それなのに、どうして私は宴会の仕事なのかな」


 伽羅は、少し考えるように黙り込んだ。



「ねえ春日童子。今宵は暇? 私と宴会しない?」


「ボクにその仕事を手伝えと?」


 挑発的な笑顔を見せながら試すように聞き返す春日童子に、伽羅は頷いた。



「たまにはいいでしょ。私の宴会の相手をして欲しいな」


「わかったよ。宴会を一匹でやるなどと、聞いたことがないからな」


 春日童子が頭をかくと、伽羅は不満そうに口を開きかけた。


 しかし、それに気付いた春日童子は慌てて手を前方に掲げ、彼女の言葉を遮った。


 言い方を間違えて機嫌を損ねてしまったようだ。



「喜んでお供致します、伽羅嬢」


 恭しく片膝を付いて紳士的にお辞儀をした春日童子の様子に、伽羅は思わず笑った。


「合格。お受けしますわ」


 春日童子はその様子を見て立ち上がる。



「では今宵、未の刻にお迎えに上がります」


「それは早いかも。申の刻にして頂戴」


 気取った声で言う伽羅に、春日童子は苦笑して頭を下げた。


「了解しました、お姫様」


 手伝いとはいえ、仕事に関わることが幸せなのだと自分を納得させ、この際鬼としての少しの自尊心は捨てることにした。


*続く*
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