●鬼巌島●

喧騒の花婿

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第一噺『打ち出の小槌』

七【誕生日】

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 買い物を終え、森の中をしばらく歩く。


 とりとめのない雑談を繰り返しながら、三匹は笑って進んでいた。


 うっすらと積もっただけで、今回の雪は打ち止めのようだった。


 番傘を持ち、呉葉への贈り物を掲げ揚々と歩く。



 天まで延びるような高い木々が鬱蒼と生い茂るこの森には、何軒かの家がぽつりぽつりと点在していた。


 どの家も温かそうな煙が上がっている。


 たまに風に乗って美味しそうな煮物の匂いが漂ってきた。


 春日童子のお腹が鳴った。



 やまびこ山の麓にある家だが、町まで出るのに歩いて少しの時間なので、住みやすい場所と言えるだろう。


「ただいま」


 藁葺き屋根の天蓋から、白い煙がもくもくと風に吹かれていた。


 呉葉が料理をしているのだろうと察しが付いた。



 ことことと鍋が煮える音と共に、煮物の良い香りがふんわりと漂ってきた。


 春日童子のお腹が二度鳴った。


「おかえりなさい、遅かったのね……まあ、なあに? 皆一緒に帰ってきたの?」



 台所からすぐに飛び出た呉葉は、濡れた手を割烹着で拭いながら玄関へと迎え出た。


 大きい目をさらに大きくして驚いている。


「そこで偶然会ったのよ、お姉ちゃん」


 贈り物を一緒に見たとも言えず、それを誤魔化すためにぎこちない様子でスクナが呉葉に飛び付いた。


「何よスクナちゃん。甘えん坊さんね」


 ふふ、と笑った呉葉はスクナの頭を撫で、すぐに風鬼に視線を移した。


「お疲れ様、お父さん。無事で何よりでした」


 危険な仕事をしてくる風鬼は、たまに怪我をして帰るときもあった。


 今日は怪我がないようなので、ほっとしたような表情を見せた。


「心配かけたね呉葉。今日の戦利品だ。これは大切に鬼棚に掲げておこうな」


 打ち出の小槌を呉葉に見せた後、居間に持って行き、すぐに鬼棚と呼ばれる棚に掲げた。


 鬼棚とは、値打ちのあるものや大切にしたいものなどを鬼神様に掲げるために作られた棚である。


 ご先祖様を祀る意味も持ち合わせている。


 縁起を重んじる人間の、神棚みたいなものだ。


 風鬼は鬼棚に向かい手を合わせた。


「ただいま、母さん」


 鬼棚の上には、風鬼の妻の遺影が掲げてあった。


「今日は呉葉の誕生日だよ」


 写真の中で優しく微笑む紺色の髪をした女性は、風鬼の言葉にも当然反応はしなかった。


 風鬼は少し潤んだ目を写真に向ける。


 彼女を亡くしたとき、風鬼は人界へ仕事に行っており不在だった。


 あれほど大切にしていて、この世で一番愛していた妻を、みすみす自分で死なせたようなものだと今でも自責の念に駆られる。


 後悔してもしきれない思いを心に秘め、風鬼はしばらく妻を見つめていた。


「母さん、呉葉も随分大きくなったよ。一度母さんとも会わせてやりたかった」


 居間には誰もいないと思っていたのだが、ふと後ろに気配を感じて、風鬼は慌てて口を噤んだ。



「お父さん、ご飯出来ましたよ。まあ、またお母さんと会話しているの?」


 笑いながら現れたのは、呉葉だった。


「呉葉、お前聞いて……」


 呉葉は何事もなかったように快活に笑うと、座っていた風鬼の手を掴んで強引に立たせた。



「早くご飯にしましょう、冷めてしまうわ。それよりも、お母さんとの愛の語らいの方が大切なのかしら?」


 いいや、と鼻声で応えた風鬼は鼻を啜って首を振った。


「愛を語らうことは大切だが、それに溺れてはいけないな」


「そうよ。酔っても駄目。何故なら、自身が思っている程美談ではないからよ」


 お互いに目が合うと、同時に吹き出してしまった。


 廊下に出ると、ひんやりと足元が凍えるくらいの寒さが襲ってきた。


 風鬼は身を縮めると、呉葉の前に立って歩き始めた。



「ところで、今日は私の誕生日なんですってね。だから春日くんたちそわそわしていたのね」


 思い出し笑いを浮かべた呉葉を振り向き、風鬼も頷いた。


「可愛いものだろう。あいつら、呉葉のことが大好きだからな」


「ふふ。沢山そういう想いが募るといいわね。愛が溢れている家は大好きよ」


 どこか浮世離れした雰囲気を持つ呉葉を、風鬼は観察した。


 真っ黒な髪で角を隠すように団子状に結わいている。


 黒い髪を持つ鬼はいない。


 呉葉は、異形の鬼として差別を受けていた。


 だが決してつらい顔を見せず、気丈に笑っているところがある娘だった。


 母がいない今、全ての家事を引き受け、学校にも行って成績もそれなりに保っている。


 尊敬すべき部分が沢山あった。


「お前の誕生日会のことはまだ秘密にしているんだ。春日たちの前では知らないよう振る舞ってくれるか」


「もちろんよ。私、嘘をつくのは上手なの」


 呉葉の言葉は冷たい廊下に深々と響いた。


「そうか。得意分野だったな……」




 呉葉の誕生日会は、思いの外盛り上がった。


夜遅くまで飲めや歌えの大宴会で、酔いも手伝って家族全員が饒舌になっていた。



 風鬼が自作の歌を気分良く披露している途中で、スクナがうとうとと脱落し、呉葉は淡々と空いた皿を片付け始め、春日童子は悶絶しながら耳を塞ぎ始めたところで、ようやく宴会がお開きになった。その頃はすでに朝日が差しかかっていた。



「ボク、見事に二日酔いですよ」


 学校へと歩きながら春日童子が呟く。


「飲みすぎなのよ、春日くんは」


 呆れたような目を向けて、一緒に歩く呉葉が応えた。


 朝日が森に降り注ぎ、幻想的な木漏れ日となって残った雪を溶かし始めていた。


 雪のせいか、地面から冷気が湧き上がっているようだ。



 呉葉は、昨日小物屋で春日童子とスクナが買った薔薇色の簪と、風鬼が買った萌黄色の帯を着けていた。


 相変わらず派手な格好なので、暗い色合いを好む鬼達からは今日も好奇の目で見られている。



「昨日のことだけどさ」


 少し改まって春日童子が呉葉を見下ろしながら言うと、呉葉も咳払いをして頷いた。


「烏天狗先生の件かしら」


 昨日、烏天狗先生が学校の裏山にある煉獄門で人間らしき者を連れ出した件だった。


 呉葉が何かを調べているのであれば、今までの奇行について納得出来る部分が出てくる。


 それを問い質してみたかったのだ。




「呉葉ちゃんは何か知っているの?」


「春日くんは神隠しというものを知っている?」



 唐突に質問をしてきた呉葉に、春日童子は首を横に振った。


「カミカクシ? 聞いたことないな」


「人界でたまに騒ぎになる事件のことを指すわ。人間が、突然消えてしまう現象のことよ」



 呉葉の言っている意味がわからなかったので、頭の中で整理をすることにした。


 呉葉がゆっくりとわかりやすく説明をしてくれる。



「人界では、これまで住んでいたところから、ある日突然消えてしまって、消息不明になってしまう事件が頻繁に起こっているの。捜索をしても見つからない。その人間の存在自体が、まるで人界から忽然と消えてしまったかのように」



「それは誘拐とか事故とかいう、人間同士の仕業ではないわけ?」


「そういう場合もあるでしょうね。でも烏天狗先生が実際やっていることは、紛れもなく神隠しよ。この鬼ヶ島に連れてくるのを、あなたも見たでしょう? 人界から痕跡がなく消え失せるのよ。それは人間の力では説明の出来ない現象として扱われているわ。人界では、天狗や妖怪、神の悪戯で、自分たちの住む世界に引きずり込んでいるのだろう、という呈のいい解釈をしているけれど、彼らの推測は的を得ていて、実際は天狗が神隠しを行っていたのよ」



「昨日の角のない女は、やはり人間だったのか」


 春日童子はごくりと喉を鳴らす。


「烏天狗先生は、人間を鬼ヶ島に勝手に連れてきて何か怪しいことをしているのではないかという結論に至ったの。神が直々にそのような命令をしているとは思えないもの。天狗族の独断なのではないかしら」


「だから、色々調べていたわけ?」



 好奇心旺盛な呉葉のことだから、人間を連れてきて何をしているのか気になっているのだろうと春日童子は思った。



「天狗には天狗の役割があるんじゃないの? ボク達鬼に、鬼としての仕事があるようにさ。鬼族と天狗族には、お互い暗黙の了解で不干渉の部分もあることだし」



「私は、何故天狗族が人間を鬼ヶ島へ連れてこなければならないのか、それを調べたいのよ」


 目を輝かせている呉葉に、春日童子は少し安堵した。



 授業中に抜け出して烏天狗先生を監視していた呉葉の態度は、明らかに変だったし、その目が、まるで知らない鬼のように思えて寂しかった。



 行動力のある呉葉のことだから、気になることは自分で勝手に調べてしまうのだろうが、こうやって話してくれたのは家族として純粋に嬉しい。



「だから宴会場なんかに出入りして情報収集をしていたんだな。最近の呉葉ちゃんの奇行は全て『神隠し』とやらに基づいていたわけか」


 呉葉は拍手をして春日童子を称えた。



「そういうわけだから春日くん、調査の邪魔はしないでね」


 念を押すように強く言われた春日童子は、憤慨したように鼻息を荒くした。


「ボクが呉葉ちゃんの邪魔をするわけないじゃないか。ただし、夜中に家を抜け出したり、危ない行動をするのなら話は別だけどね」



 今度は呉葉が肩を怒らせて頬を膨らませる番だ。


「まあ、可愛くない子ね。証拠を集めるためならば、私は何でもするつもりよ。夜中も抜け出して行くわ」


「せめてボクに報告くらいはしてよ」


 慌てて春日童子は口を開くと、困ったように腕を組んで天空を見上げる。


 爽やかな青色が空一面に広がっていた。
    

*第一噺『打ち出の小槌』終わり*
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