上 下
71 / 84
第6章★赤騎士団長・炎のリョウマ★

第3話☆屈辱☆

しおりを挟む
 ゼンタがそっと上に行き、階段を上り切ったのを見計らって、菫が牢から聞こえる声に向かって声を上げた。


「リョウマ様?」


 息を飲んだ様子が空気でわかり、菫が牢へと歩き出した。


「来るな、菫!」


「え……」


 記憶喪失を想定していたが、すぐに菫、と声を出してきた。もしかしてリョウマは記憶操作の薬を飲んでいないのかもしれない。


 菫は懐に握っていた解毒薬から手を離した。


「リョウマ様、記憶があるの?」


「……邪神城に入ってから飲食はしていない。裕の例があったから、俺は何も口に含まないと決めていた。アコヤに見られたとき、菫を邪神城の庭で突き飛ばしてしまったな。すまなかった……」


「そんなこと気にしないで下さい……それより、リョウマ様がご無事で……安心しました」


「帰って欲しい。こんなところ、あなたにだけは見られたくない」


「……ここにはいませんが、ゼンタ様も来ています。今ゼンタ様を呼んで来ます」


「待て、ゼンタだと?」


「はい。待っていて下さいね」


「す、菫! その……」


 慌てたようなリョウマの声に、菫は歩み出した足を止めた。


「ゆっくりで大丈夫ですよ。それから、白騎士様、カルラ様もいます。彼らのどちらかが良ければすぐに呼びます」


「……いや、菫、すまない。お前が来てくれ……」


「……わかりました。行きますね」


 菫はそう知らせると、ゆっくりとした足取りでリョウマがいる牢へと向かった。


 牢にいたリョウマは、四肢を鎖に繋ぎ留められており、全裸にされていた。


 全身に赤く斑点のようなものがあり、何より菫が驚いたのは、リョウマの燃えるような美しい炎のような髪が、切られたのか地面に落ち、短髪になっていたことだった。


 前髪が目にかかり、リョウマの顔を色っぽく添えた。


「リョウマ様!」


「菫……」


 屈辱に耐えきれず、涙したのだろう。彼の頬には涙がまだ伝っていた。


 菫は怒りを抑えるのに必死だった。プライドの高いリョウマの嫌がる方法を良く知っている者の仕業だ、と思った。


「鍵を探してきます!」


「牢の鍵はその棚だ。俺の手錠の鍵も……同じ場所にあると思う。毎回そこに置いて行くから」


「わかりました」


 菫はすぐに鍵を持つと、牢の鍵を開けた。ギィと錆びたような音がして、ゆっくりと鉄格子が開く。


「リョウマ様!」


 菫は走り寄ってリョウマの左頬を躊躇なく触る。


 するとホッと安堵したようにリョウマがため息をついた。


 剣で切られたような傷が付き、ツゥと血が流れている。


「もう大丈夫。よく耐えましたね」


 リョウマはそれを聞くと、安心したのか大粒の涙を目に溜めた。


 菫は急いでリョウマの四肢を繋いでいる手錠と足枷の鍵も開ける。これは同じような小さなものが4つあったため、何度か鍵を間違えたが、ようやく開いた頃にはリョウマの涙が床に落ち、大きく染みになっていた。


「……服は?」


「持って行かれた」


 全裸にされたリョウマは、その場に座り込みうなだれる。未だに泣いている様子を見て、菫も思わず目に涙を溜めてポロポロと泣いた。


「……ひどいこと、されたの?」


「いや、拷問という拷問は……受けていない。ただ髪を切られたのと……その、アコヤに強要されただけだ。御剣の命令で……それこそ、何日も……」


「……やはり御剣ですか」


 菫の声が冷たい響きを含み、リョウマは思わず菫の顔を見た。自分のために涙を流しているのだろうか、とリョウマは泣きながらふと思った。


「リョウマ様、それも立派な拷問ですよ。こんなに体に跡を付けられて……キスマークでしょ?」


「……まあ……」


 アコヤなら自分の妻だから、なんて言っている場合ではなかった。


 リョウマはアコヤと精神的に仲良くしたかったはずだ。それなのにこのような仕打ちをされて、傷付かないはずがない。


 何しろ妻とはいえ、アコヤと行為をしたのは結婚後初めてだった。


 それこそ全身くまなく付いているキスマークと、床に転がっている何らかの玩具は、リョウマが嬌声を上げるために使われた道具なのだろう。


「許せない」


「菫……?」


「リョウマ様、わたし許せません。あなたのアコヤ様と夫婦としてやっていきたい、という純粋な気持ちを踏みにじった御剣を許せない。とりあえず、御剣たちがきたら大変なので、外に出ましょう。今教会からローブを持ってきます」


 菫は地上に出ると、とりあえずゼンタに宿で待つように伝えた。


 ゼンタは何か察したのか大人しく頷くと、目立たないように宿へと足を向けた。


 菫は控室からローブを掴んで持ってくると、リョウマにかけてあげた。


「自分の妻にこういうことをされるの、嫌でしたか?」


「……普段の生活の中なら全然……ただ牢の外で御剣が見ていた」


「……リョウマ様、少しだけ、失礼します」


「え?」


 リョウマのローブをそっと開くと、菫はキスマークの付いていた鎖骨の辺りに唇を付け、強く吸った。


 リョウマがヒュッと息を呑み、体が跳ねた。


「菫……様?」


 鎖骨には菫に付けられたキスマークが、ひと際赤く色づいていた。


「消毒です。御剣なんかの視線はこれで帳消しになったかしらね」


 それを聞いたリョウマは、クスッと笑うと菫を涙目で見つめた。


「カルラが泣きますよ……」


「……正直に言うと、リョウマ様を抱きしめて、慰めたい気持ちでいっぱいなんです。でも、あなたは結婚しているし、わたしは……リョウマ様だから言いますが、カルラ様に操を立てているので、誠意のないことはしたくないの。それにこの気持ちが同情だとしたらリョウマ様にもとても失礼だから」


「……そうか」


「でも、リョウマ様の幸せは願っているの。もしも、の世界があったなら、わたしはきっとリョウマ様のことを大好きになっているわ」


「その世界に行ったら、俺もあなたに操を立てます。もう女遊びはしないし、菫様だけを毎日愛します」


「ありがとう」


 お互いを見ると涙を溜めながら笑っていた。リョウマは菫を引き寄せると、抱きしめた。


「リョウマ様」


「……今だけです。今は誰も見ていない。お天道様も、月読様も、こんな地下で起こることは見られない」


 菫はリョウマの傷付いた体を見て、そっと背中に手を回して抱きしめた。


「誰も聞いていないから、俺と菫様の秘密にして下さい。俺は菫様が好きです。愛しています」


「はい」


「2年前に出会えていたら、俺はアコヤと結婚しなかった。あなただけを見ていたと思う。もし政略結婚していたのが俺じゃなかったら、カルラだったら良かったと、劣情を抱くくらいにカルラに嫉妬しています」


「……はい」


「でも、カルラはすごく良い奴だから。カルラはきっと今の弱った俺を見て、菫を俺に譲ろうとすると思う。カルラは自分のことよりも人の感情を優先する癖があるんです」


「そうですね……」


「だから俺もカルラに誠意を持ちたい。抜け駆けはしたくない。勝負なら真っ向からやりたいんです」


「はい。わたしも……アコヤ様に失礼なことをしたら大変ですからね」


「アコヤは御剣とそういう関係上、俺を裏切り続けているんですがね」


「そんなこと言わないで。アコヤ様にもアコヤ様の事情があるのかも。きちんと話し合って下さい」



「……相手がカルラじゃなかったら、俺も本気で奪いに行くんですがね。1度だけ、頬でいいからキスして下さい。俺からはしたことあるけど、菫様は鎖骨ですからね」


 菫はクスッと笑うと、頷いてリョウマの左頬にそっと長く口づけをした。


「早く治れ」


「……これも消毒ですか」


「そうね。まあこれは、おまじないのつもりでした。精一杯の大義名分です」


「なるほど。カルラに対しての言い訳というわけですね」


「ふふ、意地悪ね」



 2人は急いで地下牢を後にすることにした。


 リョウマの前方にある地下牢では、何やらスライム状の目が沢山ある物体がうごめいている。


「菫様、見て下さいあの化け物」


「何ですか、あれ?」


「……老いない薬の治験者です。副作用であの姿になってしまった信者たちのなれの果てだそうです」


「……」


 菫はじっと物体を見つめていた。


 途中街中でリョウマの服を買い、着替えさせると、ゼンタの待つ宿へと足早に向かった。


☆続く☆
    
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

二度目の人生は異世界で溺愛されています

ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。 ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。 加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。 おまけに女性が少ない世界のため 夫をたくさん持つことになりー…… 周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。

3.戦災の魔界姫は正体を隠し敵国騎士の愛人候補になる3★空中楼閣籠城編★

喧騒の花婿
恋愛
2.戦災の魔界姫は正体を隠し敵国騎士の愛人候補になる2 ★陰陽師当主編★ の続きの物語です。 天界国青騎士団長ヒサメと、 異世界から神隠しに遭ったニンゲンが かどわかされ 倭国の人質となってしまった。 倭国側の要望は、天界国に幽閉されている 竜神女王とヒサメの人質交換と、和平交渉。 天界国はヒサメを無事取り戻し、 倭国との和平交渉を有利に進めることが できるだろうか。 ★R15です。苦手な方は気をつけて下さい。 該当の話にはタイトルに※が付いています。 ★設定上、魔界は14歳が成人であり、アルコールを飲める年齢になります。 ★閑話は、時系列順不同です。

2.戦災の魔界姫は正体を隠し敵国騎士の愛人候補になる2 ★陰陽師当主編★

喧騒の花婿
恋愛
【戦災の魔界姫は正体を隠し敵国騎士の 愛人候補になる1 ★月読教改革編★】 の続きの物語です。 ★2.陰陽師当主編★は6章で終わります。 ★3.空中楼閣籠城編★に続きます。 天倭戦争で逝去した倭国王室陰陽師長 稲田 八雲の跡取り問題が表面化しつつあった。 本妻、マユラとの間に子供ができず 愛人を複数抱えていた八雲。 愛人の子供、太一は 果たして本家に認められ 次期当主として稲田家に君臨する ことができるだろうか。 ★R15です。苦手な方は気をつけて下さい。 該当の話にはタイトルに※が付いています。 ★閑話は、時系列順不同です。 ★IF番外編√は 本筋以外の魔人と恋愛したら という、もしも√を書いています。 本編とは異なる設定ですので、 ご了承下さる方はお気を付けて 読んで下さると幸いです。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

気付いたら異世界の娼館に売られていたけど、なんだかんだ美男子に救われる話。

sorato
恋愛
20歳女、東京出身。親も彼氏もおらずブラック企業で働く日和は、ある日突然異世界へと転移していた。それも、気を失っている内に。 気付いたときには既に娼館に売られた後。娼館の店主にお薦め客候補の姿絵を見せられるが、どの客も生理的に受け付けない男ばかり。そんな中、日和が目をつけたのは絶世の美男子であるヨルクという男で――……。 ※男は太っていて脂ぎっている方がより素晴らしいとされ、女は細く印象の薄い方がより美しいとされる美醜逆転的な概念の異世界でのお話です。 !直接的な行為の描写はありませんが、そういうことを匂わす言葉はたくさん出てきますのでR15指定しています。苦手な方はバックしてください。 ※小説家になろうさんでも投稿しています。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

お金目的で王子様に近づいたら、いつの間にか外堀埋められて逃げられなくなっていた……

木野ダック
恋愛
いよいよ食卓が茹でジャガイモ一色で飾られることになった日の朝。貧乏伯爵令嬢ミラ・オーフェルは、決意する。  恋人を作ろう!と。  そして、お金を恵んでもらおう!と。  ターゲットは、おあつらえむきに中庭で読書を楽しむ王子様。  捨て身になった私は、無謀にも無縁の王子様に告白する。勿論、ダメ元。無理だろうなぁって思ったその返事は、まさかの快諾で……?  聞けば、王子にも事情があるみたい!  それならWINWINな関係で丁度良いよね……って思ってたはずなのに!  まさかの狙いは私だった⁉︎  ちょっと浅薄な貧乏令嬢と、狂愛一途な完璧王子の追いかけっこ恋愛譚。  ※王子がストーカー気質なので、苦手な方はご注意いただければ幸いです。

処理中です...