1.戦災の魔界姫は正体を隠し敵国騎士の愛人候補になる1 ★月読教改革編★

喧騒の花婿

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第5章★月読教典★

第9話☆それは禁忌を超えた狂気の愛☆

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 菫は昔から王族の中で地味なやつだった。


 能力がなく派手でもないから、どうしても注目を浴びないし王党派の大臣や議員、貴族院からないがしろにされていた。


 裕は魔物討伐、おれは竜を召喚できた。


 父のように変身して目が赤くなったり、母のような夢里眼を使えたり、そんな能力がなにもない、器だけの王女。


 王党派からは税金泥棒呼ばわりされ、肩身の狭い思いをしていて、ずいぶんそれで夜泣いていた。


 朝になればケロッとして、いつもヘラヘラ笑っていたから、おれはそんなに気にしていないと思ってたんだ。


 だが、国民のために王族の誰よりも奔走し、暮らしやすく、優しい国にしたいと理想論をコツコツと現実にしていく努力をしているのは、菫が1番だった。


 引け目があったんだろう。


 なんとか王族らしくしなければならないと考えた末かもしれない。


 おれたちが派手に魔物討伐で倭国を救う傍ら、菫は国民の要望に寄り添い、ときには王族や議員に反対してまでも国民を優先していた。


 それでだんだん議会から異端児扱いされ、ひどい仕打ちを受けたりしているようだったが、菫はそういうのを顔に出さず飄々としているから、おれは全然気付かなかった。


 それをカルラたち国民がちゃんと見ていて、菫を認めてくれて、味方をしてくれていたのが、すごく嬉しかった。


 おれは月読教に入り、月読に救いを求めるやつらも、菫なら救えるのではないかと思っている。


 宗教にのめり込むやつは、どうにもならない悩みを抱えている。


 その悩みを虚構に求めるよりは、菫に相談すれば具体的な解決策を見いだし、それに向けて前に進めるんじゃないか、と思う。


 つまり、カルラの言うようにおれは菫が1番王になる資質があるように感じる。
派手な能力はないけれど、内面の資質は抜群だ。


 冷静に物事を判断する洞察力、決断力。困っている人に寄り添える共感力、優しさ。


 悪いことは何とかして排除しようと試みる努力、行動力。


 正義や権力を振りかざすこともなく、弱さを知っているが故の自信のなさは慎重さに繋がるし、社会性もある。


 だからといって卑屈にならず、わりと考え方が前向きだ。


 どれをとっても菫はバランスがいい。


 おれは王党派でも改革派でもどちらでもない。


 ただ、おれは菫のそういう性格や価値観が好きだった。


 恐らく父よりも良い為政者になれる気がする。


 期待すると萎縮して、本来の力が発揮できないから、菫には言わないけど。





 裕はあまり考えない。
 考えない強さがある。


 カリスマ性はある、と思う。無骨で真摯な性格は大臣たちの信頼に繋がっていて、本来どっしりと構えた安定感と包容力がある。


 ただ、庶民のために細々と動くのは苦手だった。


 決して冷たくはないが、気付かないおおらかさと鈍感力で、菫のように人に寄り添えるかは疑問だ。


 ただ、大臣や重鎮たちの信頼は抜群だ。



 どちらに付くか問われたら、おれは菫に付く。


 菫が王になり、おれはそれをサポートする。そういう未来を描いていた。




 天界国が戦争を仕掛け、倭国が滅びるまでは、だ。



 空が暗くなり、月が出ていた。


 医者を呼んだおれは、菫の邪魔にならないよう外に出た。カルラは記憶に関わることで倒れたため、命に別状はないと医者が断言したためだ。



 ゼンタの読書も邪魔したくなかったため、おれは宿の屋上で夜風に当たることにした。



 風竜、じいちゃんは生まれ変わり、子供の風竜となっておれの召喚竜となり、今に至る。じいちゃんだったときの記憶は、輪廻転生の際に消えたようだ。


 いいな、と思わず呟く。


 生まれ変わるとき、竜も前世の記憶は消えるのだ。


 どれだけの罪深い前世を過ごしたとて、滅多に前世の記憶を持つことはないそうだ。


 夜風に当たっていると、天から牛車のようなものが近付いてくるのが見えた。ただ、牛ではなく引いていたのは三つ目の神獣のような神々しく光る獣だった。
牛車の中に1柱が乗っている。


 月読命だとすぐにわかった。



「俺を信仰するのはやめろと教祖に伝えろ」


 銀色に光る神服に身を包み、冷徹な目をおれに向けた神界の月の神、月読命が降り立った。


「久しぶりに会ったと思ったら、開口一番それですか。おれに言わないで下さいよ。今回おれ関係ないですから」


 月読と会っているなんて言ったら、サギリはどう思うか興味はあったが、教える気はない。


「菫に危害を加えてもいいのか」


「……その名を出すのは契約違反でしょ。おれ月読様の言いつけ通り、今生は菫に手を出してないんですから」


 おれ、前世でそんなに悪いことをしただろうか。


「お前は輪廻転生する度、前世の記憶を持って生まれる咎を背負っているのだから、少しは徳を上げるため神の言うことを聞け」


 銀の目に睨まれると、おれはどうも萎縮してしまう。


「確かに、次こそ生まれ変わるときは菫と一緒になりたいと言いましたがね。双子じゃ、手も出せないでしょ」


「亘、知らないのか。前世で愛し合い、悲恋で終えた2人は、来世で双子となり転生すると」


「だからって、おれは前世の記憶を全て覚えている罰を受けている身なんですから、この状態で双子にされたって拷問でしかないですよ」


「だから、それが拷問という罰なんだ。閻魔大王に乞えば良かったな。罪を軽くしてもらえたかもしれないぞ。俺たち神は言われたことを遂行するのみ。横の繋がりは大事だからな」


 神様って、意地悪だと思う。


「来世では、是非血を別にして下さいよ。おれと菫がいつか結ばれるよう、協力してよ、月読様」


「……わかっている。随分前からの約束だからな。お前が教祖を何とかし、月読教を解体できたら考えてやる。亘、お前は俺の眷属として永劫尽くせよ」


「はいはい。わかってますよ、月読様」


「お前は執着心が異常なんだよ。違う女を愛せばいいのに」


「そりゃ、おれも修行僧みたいな苦行を一生送るわけないでしょ。もちろん妻を娶るつもりですよ、今生も。その人を一生愛しますよ、今生は」


「……お前の魂は歪んでいる。矯正しない限りは記憶を持ったまま輪廻転生するからな」


「それで菫をずっと覚えていられるなら、それも良いかもしれませんね」


「今生は血を分けた。お前が手を出せないように。出したらお前はたちまち異常者の烙印を押される。そろそろ気付け、自分の歪んだ愛に」


「歪む? これほどの純愛はないでしょ。おれは一途に愛を貫いているだけなんですがね」


「……神界に帰る。気分が悪い」


 魔界の空気は毒だと月読が早々に去ると、おれは一息ついた。


「永遠の若さを欲しがるサギリの気持ち、わからねーな。永遠に輪廻する記憶など、おれには拷問でしかねえや」


 神を怒らせた魂は、未来永劫、転生を繰り返してもその記憶は消えない。


 楽観視して楽しむ奴も知ってはいるが、おれはとてもそんな気になれない。


 早く魂が消滅すればいい。


 それか、いつか菫と結ばれたい。
 結ばれないことがおれの罰らしいが、菫が転生し、誰かを愛しているのを何度見てきただろう。


 今生はカルラか。


 おれが言うのも憚られるが、菫はいつの時代も趣味がいいと思う。面食いではなく、ただひたすら気持ちの優しい、そういう善良な男に落ちる。



 趣味が良い理由は、近くにいるおれを選んだことがないから。


 でもさ、少しはおれに興味を持つときがあっても良くない?


 おれは菫が生まれ変わるとき、一緒に生まれるよう月読様に調整してもらっている。


 普通の魂は前世の記憶などないから、菫は記憶をリセットできる。


 でも、おれはいつの時代も、記憶がある。積み重なった記憶は、ときに苦悶となっておれに襲いかかる。


 菫の魂を追いかけて、一緒に転生しても、彼女はいつもおれではない違う男を選ぶ。


 今生なんて、とうとう双子にされてしまった。


 1つ前に生きた時代は良かった。
 菫がおれを見てくれたからだ。
 だが、彼女はニンゲン、おれは鬼だった。


 鬼とニンゲンなど、どうしても悲恋になるしか道はなく、おれはニンゲンたちに焼かれて死んだ。


 今生こそはと思っていたら、双子かよ。しかもなんだよ、王子って。
 庶民にしておいてくれよ、月読様よ。


 今まで転生した種族の中で、一番嫌だよ。

 
 まあでも、どんな時代に生きても変わらないのは、菫が幸せに笑ってくれていたらいい、それだけだ。


 幸せにするのはおれでなくてもいい。カルラでも、太一でも。


 1番初めに生まれた時代、おれは菫をこの手で殺めた。


 その後悔を未だに引きずっている。


 この記憶を忘れることなく、おれは生きていくのだろう。


 後悔と懺悔と少しの希望を抱き、今生も全力で生きよう。


 菫が笑って生きられるように。


☆続く☆
    
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