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第5章★月読教典★

第4話☆救援☆

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 実月姫がトイレに行った瞬間に、カルラは菫を突き放し、ドレッサーのドアを思い切り開けた。


 明るい電気の下、2人は一瞬見つめ合ったが、カルラはすぐ真っ赤になってしゃがみ、菫の乱れた衣服を綺麗に整えた。


「まあ、ありがとう」


「お、お前……なぜ笑う?」


「え?」


「あばずれの考えることはわからない……もう行けよ。俺の前に姿を現すな」


 扉に向かうカルラに、菫は声をかけた。


「これ持ってます?」


 ライデン退治のとき、尻尾から出てきた雷電の鏡の1つをカルラに見せた。


 カルラは目を見開くと懐から同じ物を取り出す。


「何故、お前が俺と同じ物を持っている……?」


 大切に持っていてくれた、と菫は嬉しくなった。


「ねえ、あなたに妹はいますか?」


「は? 妹、弟……俺の兄弟は8人いるが……それがどうかしたか?」


「え……?」


 カオス1人ではないのだろうか。菫はカルラに背中を押されて部屋から出された。


「早く行けよ」


「カルラ様、またね」


「2度とくるな」


 菫はそれを聞くとクスッと笑い、つま先立ちをしてカルラの唇にキスをした。


「今度会うときは忘れないでね、わたしのこと。おやすみなさい」


「な、な……」


 唇を押さえて真っ赤な顔をしているカルラを置いて後ろを振り返ると、一点を睨みつけて菫はワタルの元へと歩いた。




 ワタルと同室の部屋だったが、2人は部屋に入ると何も会話を交わさずにすぐ寝落ちていた。


 次の日目を覚ますと、最近ではありえないくらいスッキリと目覚めていた。


「うなされなかった……」


 菫はソファで寝ているワタルを見る。菫をベッドに押しやり、自分はソファで寝てくれたのだ。


「おはよう、ワタル」


「おはよ、菫」


 お互い朝は強いようだった。2人は淡々と支度をすると、説明会の場所へと手を繋いで行った。




 新薬被験の説明会会場に足を踏み入れると、すでに座っている者もいた。


 2人は席に座ると周りを見渡す。


 月読教典を購入できなかった信者が、20名くらいだろうか、部屋の中に座っていた。


 2人は昨日できなかった報告をすることにした。


「解毒薬、効かなかった」


 囁くようにワタルにいうと、ワタルも頷いた。


「裕に飲ませたけど、効いていないな、あれは。やはり根本の薬が違うと解毒も効かないんだ」


「解毒薬を持っているとしたら、サギリ女王でしょうか」


「かもな。こんな教典なんかより喉から手が出るほど欲しいよな」


 苦笑するワタルに、菫も苦笑で返す。


「裕はどうしました?」


「やはり記憶喪失っぽいな。解毒薬を飲ませても思い出してないと思う。あれはサギリの手先だ。リョウマやカルラと、ライデンとやらを退治したときにサギリに報告したんだろう。天界国の騎士団長とわかり、サギリの誕生日パーティーに呼んだ」


「まさか……裕がそんなことするはずは……」


「いや、あいつだ。裕はサギリの手先だ。そういうつもりで動け」


 断定的に言うワタルに、菫はショックを受けた。


「おれは昨夜裕に白騎士団長だと名乗った。これでおれが記憶喪失になれば、裕がサギリに報告していると思え」


「そんな、自分を囮にするような真似……」


「まあ、逆を言えばおれが無事ならアコヤが犯人だ」



 天倭戦争後、他国に潜んで散らばった倭国民を隠れ里に保護しつつ、竜神女王奪還の機会を伺う、と兄弟で取り決めた。


 裕は邪神国に倒れたところを拾われたらしいが、そもそも裕が邪神国に逃げたのもおかしい。天界国に忍び込んだ方が、竜神女王に近いところで救えるのに。


 菫は味方だと思っていた裕が敵だとは思いたくなかった。


 ただ、記憶喪失の薬を飲んでいるためなのはわかる。早く解毒薬を裕に飲ませなければ。



「あと、サギリの目的がわかった。月読様に美しく若い姿で会うために、老化防止薬を飲みたいんだ。その薬が安全か、信者に治験させるんだろうな」


「月読様って、魔界にはいないでしょう? 確か神界にいる月を司る神様だったはず。魔界の空気は神様には毒だし、降りてはこないでしょう?」


 菫の言葉にワタルも考え込む。


「まあ、邪教だし、私腹を肥やすことしか考えてねえかもな。あの女王は」


「上手く女王を広告塔にしている黒幕はいないでしょうか」


「ああ、いるかもしれない。女王を隠れ蓑にした黒幕の可能性はあるな」


「カルラ様もわたしを敵視していました。実月姫大好きって感じです」


「まあ、実際可愛かったよな、実月」


 ワタルが頷くと、菫は心がズキっと痛むのを感じた。


「カルラみたいなオタク野郎も、可愛いやつには勝てないんだな。意外だよな」


「そう、ですね」


「リョウマみたいに女慣れしていれば、それほど惑わされなくて済んだかもな」


「……リョウマ様はどうしますか? アコヤ様が取り込みにかかっていますが、夫婦ですし、離すのも違うのかな……」


「おいおい、しっかりしろ。アコヤはサギリの妹だ。やつもサギリのために動いているなら、天界国にリョウマを取り戻さないとリョウマが不幸だろう。本質を見極めろ。アコヤはリョウマのこと、ただの道具と思っているぜ」


 ワタルの言うとおりだ。菫はワタルのブレない精神に、思わず感心した。



「これはおれたちだけでどうにかできそうにない。天満納言に報告しないと……」


「もうとっくに知っていますよ」


 後ろから突然声が聞こえ、2人は同時に飛び上がった。


「ゼンタ! いつの間に」


「結構前からいましたよ。ワタルさん、全然気付かないんですもん」


 黒いフードをかぶり、顔を隠した男が2
人の真後ろに座っていた。


 あと1人救援を呼ぶと行っていたが、彼のことなのだろう。


 確かゼンタという名前は、太一から聞いた。黒騎士団長の名前だ、と菫は思った。


「ふん、見てきましたが大したことないですよ、あんな姫。うちのカボシ姫の方が美しいです」


「おれの話を聞けよ……」


「お前は?」


「あ……女中の菫と申します」


 頭を下げると、ゼンタは虫けらを見るような目で菫を見下ろした。フードで顔は隠れていたが、態度でわかった。


「お前なんかカボシ姫の足元にも及ばないほどブサイクだな」


 あれ、なんかワタルに似てる……と菫は瞬間的に思った。


 まだ若そうな声だ。フードを覗き込むと、目が合ったので、笑ってみた。


「ブサイクなんて、傷ついちゃったな」


「本当のことだ。お前みたいなブサイクはカボシ姫と並んだら公開処刑されているようなものだ」


「ふふ、面白い人ですね、ゼンタ様って」


「!」


 思わず笑ってしまうと、ゼンタが目を見開くのが見えた。


「ゼンタ、このこと天満納言は承知なのか?」


「はい。カルラさんやリョウマさんが取り込まれたことも把握しています」


「まじか。処分は?」


「なしです。2人とアコヤさんの奪還及び帰還が任務です」


「わかった。アコヤの処分は?」


「リョウマさんと離婚のち捕虜。内情を吐かせる狙いです」


「りょーかい」


 軽い様子でワタルが頷くと、会場にサギリ女王が入ってきた。


「きたぜ、教祖が」


「ワタルさん。あまり月読教を悪く言わないで下さい。今はこんな霊感商法みたいなことやっていますが、昔はすばらしい教えだったのです」


「あー、悪かったな」
 

「皆さん、月読教典が欲しいですか?」


「欲しいです!」


 サギリ女王の登場に、会場がざわめいた。拍手をしたり、涙を流している。


「何なんだよ、月読教って……」


「ワタル」


 菫がワタルを止めた。ゼンタに聞かれたら大変だからだ。


 ゼンタをそっと振り返ると、案の定こちらを睨みつけていた。


「ゼンタは月読教典持っているのか?」


「はい。ですが先代教祖から買ったので、普通の値段でした。5千でした」


「……月読教典を法外な値段で売りつけ、金集めて老化防止の新薬開発したんだな」


 ワタルは菫に耳打ちをした。菫も小さく頷く。


「教祖は何歳だ、ゼンタ?」


「確か、29歳だったと思います」


 30歳前だ。きっと焦っているんだ、サギリ女王は。


 畳み掛けるように被験者を募っている。


「ワタル、月読教典を買って、ゼンタ様が持っている月読教典と読み比べてみませんか?」


「5千ページくらいある教典を読み比べると?」


 ワタルが嫌そうな顔をする。


「俺は前教典の内容は全て入っています。俺が新しい教典を読みましょうか。興味があります」


「ゼンタ様! 素敵、ありがとう」


「お前には言ってない」


 冷たい目を向けられた菫は、思わず首を竦めた。


 被験者になることはリスクも伴うため、多少お金がかかっても買った方が良いとの判断で、急遽天満納言が5千万振り込んできた。


 無事に月読教典を手に入れたため、とりあえず菫、ワタル、ゼンタの3人は邪神国城下町の宿を取り、そこを拠点にすることにした。


 菫が宿の手続きをしている後ろで、ゼンタが前方にいる菫の左薬指につけている指輪を冷たい目で見ながらワタルに向かって呟いた。


「ところで、ワタルさんって結婚していたんですね。なんか意外。顔だけの人は顔だけ見て結婚相手を決めるんですか?」


「……は?」


 カチンときたのか、ゼンタに向かってワタルは笑顔を見せながら顔を引きつらせていた。


☆続く☆
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