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第3章★心を操る秘薬開発★
第1話☆ニンゲン、脱走☆
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町長失脚の混乱に乗じ、リョウマの提案ですぐにカラムの町を出ることにした。
コウキは家族がいないので身軽だったが、リョウマは両親やルージュが忙しそうに動いていた。
「新しい町長選、リョウマの父さんが出るそうだけど、応援しなくていいのか?」
混乱した町を歩きながら、コウキがリョウマを見下ろして言った。
「ああ。どうせ落ちる。恐らく新町長はあいつだ」
リョウマが指さす方向を見ると、『候補者、エイゴウ』と書かれた垂れ幕の前に、穏やかな顔立ちの初老の男性が手を振っていた。
「聞いたことない名前だな」
コウキが呟くと、リョウマが頷いた。
「オークションで全てを落札した謎の女の推薦者だ。恐らく貧民街からの支持は全部あいつが持って行くはずだ」
そっと菫を見ながら言うと、リョウマは口元に笑みを浮かべた。
「何者なんだ? その謎の金持ちの女っていうのは」
コウキは腑に落ちない表情で尋ねる。突然現れた薔薇の仮面の女の噂で、町は持ちきりだった。
「知らん。観光で来た気まぐれなマダムじゃないか? 結構年取っていたみたいだしな」
リョウマは菫を見ながら悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。菫はリョウマの視線を感じながら彼だけに合図するかのように肩を竦めた。
「それに俺は双頭院を逮捕したため家から勘当されたからな。親不孝者は二度と帰ってくるな、とのことだ」
「リョウマ……」
「まあいい。俺は俺の役目を果たしただけ。貴族は捨てたが騎士の誇りは失っていなかったということだ」
どこかすっきりしたような笑顔を見て、コウキは少し驚きながら「そうか」と呟いた。
「しかし菫を抱えてどこかに行ったときは驚いたよ。菫、リョウマに怖いことされなかった?」
コウキが背を屈めて菫の目線に合わせ、心配そうに尋ねた。菫は笑顔で首を振った。
「大丈夫です。あの後わたしの泊まるホテルを手配して下さっただけです」
「え? リョウマがそんなことするか? お前菫のことをさんざんいびっていたくせに」
「ふん、こんなひょろひょろの女に荷物を持たせる価値もない。ほら、お前の荷物をよこせ」
リョウマは菫を見てそう言うと、菫の荷物をひょいと取り上げた。
「えー! 何だよそれ。ただの紳士じゃん」
「俺が持った方が速く歩けるだろう。よって目的地に早く着ける。こんな女の歩幅では、いつ邪神国に着くかわからないだろうが」
「えー……腑に落ちない」
コウキが何か言いたそうにしていたが、菫は誰にも見えないようにクスッと笑うとリョウマを見上げ、彼だけに聞こえるような声で言った。
「ありがとう、リョウマ様」
「……ふん。別に、お前のためではない」
ふいと顔を背けながらリョウマがそっけなく言った。後ろから見ると、耳が仄かに赤く、熱を帯びているようだった。
ふと、前方からルージュが走ってきて、リョウマに飛びついた。
「お兄様! 私を置いて行かないで!」
「ルージュ? どうしたんだ」
「私、お兄様が勘当なんて嫌! お兄様、私を見捨てないで!」
「ルージュ……」
リョウマはふと兄の顔に戻り、ルージュに向かって複雑そうに笑った。
「これからはお前が父上や母上を助けてやれ。俺はこの家にはもう帰れない」
「嫌! お兄様と離れるなんて嫌!」
「ルージュ。兄さんを困らせるなよ。お前危ないからここで待ってろよ」
ルージュの肩に手を置き、コウキが言った。ルージュはコウキの手を振り払う。
「私に触らないでよ! コウキのくせに!」
「はいはい、ごめんね」
コウキはパッとルージュから離れる。
「何か毎回同じようなことやってますね」
菫がそっとリョウマに囁くと、リョウマも苦笑して「そうだな」と頷いた。
「ちょっと、下女が格式高い騎士のお兄様に近づかないでよ!」
「ごめんなさい」
菫はハッとしてリョウマから距離を取る。
「ルージュ、騒がしい。あまりその女に絡むな」
「はーい。お兄様」
「あのさ」
リョウマの言葉に、コウキが口を挟んだ。
「さっき橙騎士団数名が俺の家にやってきて伝言していったんだけど、邪神国に近い天界国の僻地にある死の監獄から、狂人が逃げ出したらしい。カルラと合流して一緒にそいつを掴まえてから邪神国へ行けって、天満納言様が」
「狂人?」
リョウマが引き締まった表情で尋ねた。
「うん。何か訳わからないことを言って暴れていたから、気を付けろって」
「物騒だな。どういう化け物なんだ?」
「いや、化け物っていうか……ニンゲンなんだって」
「ニンゲン!? あの、人界の生き物か?」
「らしいよ。人界と魔界は異界不可侵条約を結んでいるのにな。ニンゲンなんかが魔界を見たら、びっくりするだろうな」
「ニンゲンが魔界の存在を知ったら、人界には戻れないだろう。どう処分するのだろうか」
リョウマとコウキが話している横で、菫も手を顎に充ててじっと考え込んでいた。
確かカルラという名も騎士団長だった気がする。天界国に関して調べた知識を何とか絞り出した。
「というか、天満納言の奴め。いつも急に指令を出さないでもらいたい」
「まあまあ、リョウマ。どうどう」
「……ふー。今度は馬か」
「今度は?」
ポツリと呟いたリョウマの声に、コウキは首を傾げた。
☆続く☆
コウキは家族がいないので身軽だったが、リョウマは両親やルージュが忙しそうに動いていた。
「新しい町長選、リョウマの父さんが出るそうだけど、応援しなくていいのか?」
混乱した町を歩きながら、コウキがリョウマを見下ろして言った。
「ああ。どうせ落ちる。恐らく新町長はあいつだ」
リョウマが指さす方向を見ると、『候補者、エイゴウ』と書かれた垂れ幕の前に、穏やかな顔立ちの初老の男性が手を振っていた。
「聞いたことない名前だな」
コウキが呟くと、リョウマが頷いた。
「オークションで全てを落札した謎の女の推薦者だ。恐らく貧民街からの支持は全部あいつが持って行くはずだ」
そっと菫を見ながら言うと、リョウマは口元に笑みを浮かべた。
「何者なんだ? その謎の金持ちの女っていうのは」
コウキは腑に落ちない表情で尋ねる。突然現れた薔薇の仮面の女の噂で、町は持ちきりだった。
「知らん。観光で来た気まぐれなマダムじゃないか? 結構年取っていたみたいだしな」
リョウマは菫を見ながら悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。菫はリョウマの視線を感じながら彼だけに合図するかのように肩を竦めた。
「それに俺は双頭院を逮捕したため家から勘当されたからな。親不孝者は二度と帰ってくるな、とのことだ」
「リョウマ……」
「まあいい。俺は俺の役目を果たしただけ。貴族は捨てたが騎士の誇りは失っていなかったということだ」
どこかすっきりしたような笑顔を見て、コウキは少し驚きながら「そうか」と呟いた。
「しかし菫を抱えてどこかに行ったときは驚いたよ。菫、リョウマに怖いことされなかった?」
コウキが背を屈めて菫の目線に合わせ、心配そうに尋ねた。菫は笑顔で首を振った。
「大丈夫です。あの後わたしの泊まるホテルを手配して下さっただけです」
「え? リョウマがそんなことするか? お前菫のことをさんざんいびっていたくせに」
「ふん、こんなひょろひょろの女に荷物を持たせる価値もない。ほら、お前の荷物をよこせ」
リョウマは菫を見てそう言うと、菫の荷物をひょいと取り上げた。
「えー! 何だよそれ。ただの紳士じゃん」
「俺が持った方が速く歩けるだろう。よって目的地に早く着ける。こんな女の歩幅では、いつ邪神国に着くかわからないだろうが」
「えー……腑に落ちない」
コウキが何か言いたそうにしていたが、菫は誰にも見えないようにクスッと笑うとリョウマを見上げ、彼だけに聞こえるような声で言った。
「ありがとう、リョウマ様」
「……ふん。別に、お前のためではない」
ふいと顔を背けながらリョウマがそっけなく言った。後ろから見ると、耳が仄かに赤く、熱を帯びているようだった。
ふと、前方からルージュが走ってきて、リョウマに飛びついた。
「お兄様! 私を置いて行かないで!」
「ルージュ? どうしたんだ」
「私、お兄様が勘当なんて嫌! お兄様、私を見捨てないで!」
「ルージュ……」
リョウマはふと兄の顔に戻り、ルージュに向かって複雑そうに笑った。
「これからはお前が父上や母上を助けてやれ。俺はこの家にはもう帰れない」
「嫌! お兄様と離れるなんて嫌!」
「ルージュ。兄さんを困らせるなよ。お前危ないからここで待ってろよ」
ルージュの肩に手を置き、コウキが言った。ルージュはコウキの手を振り払う。
「私に触らないでよ! コウキのくせに!」
「はいはい、ごめんね」
コウキはパッとルージュから離れる。
「何か毎回同じようなことやってますね」
菫がそっとリョウマに囁くと、リョウマも苦笑して「そうだな」と頷いた。
「ちょっと、下女が格式高い騎士のお兄様に近づかないでよ!」
「ごめんなさい」
菫はハッとしてリョウマから距離を取る。
「ルージュ、騒がしい。あまりその女に絡むな」
「はーい。お兄様」
「あのさ」
リョウマの言葉に、コウキが口を挟んだ。
「さっき橙騎士団数名が俺の家にやってきて伝言していったんだけど、邪神国に近い天界国の僻地にある死の監獄から、狂人が逃げ出したらしい。カルラと合流して一緒にそいつを掴まえてから邪神国へ行けって、天満納言様が」
「狂人?」
リョウマが引き締まった表情で尋ねた。
「うん。何か訳わからないことを言って暴れていたから、気を付けろって」
「物騒だな。どういう化け物なんだ?」
「いや、化け物っていうか……ニンゲンなんだって」
「ニンゲン!? あの、人界の生き物か?」
「らしいよ。人界と魔界は異界不可侵条約を結んでいるのにな。ニンゲンなんかが魔界を見たら、びっくりするだろうな」
「ニンゲンが魔界の存在を知ったら、人界には戻れないだろう。どう処分するのだろうか」
リョウマとコウキが話している横で、菫も手を顎に充ててじっと考え込んでいた。
確かカルラという名も騎士団長だった気がする。天界国に関して調べた知識を何とか絞り出した。
「というか、天満納言の奴め。いつも急に指令を出さないでもらいたい」
「まあまあ、リョウマ。どうどう」
「……ふー。今度は馬か」
「今度は?」
ポツリと呟いたリョウマの声に、コウキは首を傾げた。
☆続く☆
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