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第2章★為政者の品格★
第7話☆リョウマ陥落☆
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何なんだ、何なんだこの女は……
リョウマは楽しそうに笑顔と食料、金銭を惜しげもなく貧民街の魔人たちに振り撒く菫を呆気にとられて眺めた。
こんな破天荒な女は初めてだ。
いや、そもそも振る舞いはむしろ奥ゆかしく、所作も優雅で美しい。
見た目もまるでそれこそ女神かと思うほど美しく、甘い顔立ちに白皙の肌を持ち合わせた人好きのする女だった。
この大人しそうな見た目の女が、楽しそうにケラケラ笑いながら貧民に金品を施す様子は、リョウマの目を釘付けにするのに充分だった。
何も考えず慈悲の心で施しを与えているような、一過性の同情心が芽生えたバカかと思ったが、恐らく違う。
この女は何か考えがある。そして、オークション全てを落札できる金銭の持ち主なのだ。
リョウマは菫の行動が面白くてたまらなかった。
少し脅しを込めた態度をとっても、全く意に介さず、むしろやり込めてくる。色気という女の武器を振りかざしたと思ったら、むしろその目はどこか虚空を見るように醒めていた。
自分を大切にしないような態度は、何か違うものを守っているような、まるで生き急いでいるような捨て身の行動に思える。
生意気な女はむしろ好物だった。菫の見た目、態度、その行動すべてがリョウマの心を擽った。
そして思い返すのは妻、アコヤのこと。
彼女が与えてくれる平穏も悪くないが、菫を見ると心が跳ねて困る。まるで自分が少年に戻ったように思えた。
「そうだ。先程、コウキ様との会話で出たヒサメ様のことをお伺いしたいです。もしかして、ヒサメ様という方もこの町の貧民街出身なのですか?」
「出身ではないが、貧民街で育った女だ。コウキと仲良くしていたが、俺たちはむしろ嫌厭していた。貴族が貧乏人と付き合うことは、家柄や将来に関わるからだ」
「何故コウキ様はヒサメ様と仲良くしていらしたのでしょう」
「単純に気もあったんだろう。昔は、ヒサメの家も貴族だったんだ。だから元々東の富裕層出身だ。だが、事業に失敗して落ちぶれ、両親共々貧民街で暮らすことになった。コウキだけだろうな。ヒサメの家が落ちぶれても、変わらず接していたのは」
「立派ですね……」
菫が思わず呟くと、リョウマが怒ったように声を荒げた。
「何が立派だ? コウキがか? あいつは貴族という立場を穢しているだけだ。貧乏人と親しくし、貴族の品格を落としているだけに過ぎない」
「貴族の品格……とは、何ですか?」
「気高いことだ! お前にはわからんだろうがな。どうせお前の配ったその金もあぶく銭なのだろう? 家柄の良い俺たち貴族は、貧乏人と一緒にいるだけで色々噂される」
リョウマが菫に怒鳴る。数名の貴族がこちらを見てひそひそと上品に口元を隠した。
「そんなこと恐らく承知で、コウキ様はヒサメ様と接していたのでしょうね。リョウマ様の言う、貴族としては失格の烙印を押されても、為政者や人の上に立つ者として人の痛みに寄り添える、その品格は抜群じゃないですか」
「お前は……ああ言えばこう言う……」
「ヒサメ様は今どちらに?」
「……青騎士団長をやっている」
「えっ?」
菫は驚いてしまった。貧民から騎士団長に上り詰めたのだ。血のにじむ努力をしたに違いない。
以前の青騎士団長は天倭戦争で亡くなっていた。その後騎士団長になったのだろう。白騎士団長ワタルと同じタイミングで騎士団長になったのかもしれない。
格差社会のこの町で、貴族たちの権力者外の差別は凄まじいものがある。
この町で育ったリョウマやルージュが権力至上主義になるのも致しかたないことだろう。だがコウキはどうだ。彼は自分の物差しを持っている。権力を笠にかけず、貧民街のヒサメにも同じように接している。
それから女中の菫にもパーティーのエスコートをしてくれ、気さくに接してくれていた。
何かを考えている菫を、リョウマはじっと見つめた。
この女もコウキのことを褒めるのか。
大体の女はそうだった。コウキの気さくさ、気兼ねなく貧乏人でも話せる寛容さ、人懐っこさ。そこに惹かれるのだろう。
しかし貴族はそれではダメだ。気高さや気品がコウキにはない。アコヤもコウキが家に遊びにくると嬉しそうにしており、その日は一日中機嫌が良かった。
正義のヒーローを気取るコウキには、昔から癪に障る。
貴族の品格を持ち併せていないコウキは、騎士の風上にも置けない。
うちは貧乏だと笑いながら騎士団長の座を獲得したワタルもそうだ。自ら恥の人生を笑いながら話すなんて、騎士団長として失格ではないのか。
「リョウマ様、仮面って、持っています? 鬼とか狐とか、何でも良いんですが、顔を隠せる仮面を貸して頂きたいです」
リョウマは納得して頷いた。
「薔薇をモチーフにした仮面を貸してやろう。オークションに参加するには仮面は必需品だからな」
「嬉しい、リョウマ様」
菫は花のように咲きほこる笑顔を見せてリョウマの首に飛びついてきた。
コウキに言い寄られながらこの小悪魔ぶりに、リョウマは菫がどこかわざとやっているのではないか、と疑問を抱いたが、華奢な彼女の腰を抱きとめることに気を取られて、その疑問はすぐに忘却の彼方へ追いやった。
☆続く☆
リョウマは楽しそうに笑顔と食料、金銭を惜しげもなく貧民街の魔人たちに振り撒く菫を呆気にとられて眺めた。
こんな破天荒な女は初めてだ。
いや、そもそも振る舞いはむしろ奥ゆかしく、所作も優雅で美しい。
見た目もまるでそれこそ女神かと思うほど美しく、甘い顔立ちに白皙の肌を持ち合わせた人好きのする女だった。
この大人しそうな見た目の女が、楽しそうにケラケラ笑いながら貧民に金品を施す様子は、リョウマの目を釘付けにするのに充分だった。
何も考えず慈悲の心で施しを与えているような、一過性の同情心が芽生えたバカかと思ったが、恐らく違う。
この女は何か考えがある。そして、オークション全てを落札できる金銭の持ち主なのだ。
リョウマは菫の行動が面白くてたまらなかった。
少し脅しを込めた態度をとっても、全く意に介さず、むしろやり込めてくる。色気という女の武器を振りかざしたと思ったら、むしろその目はどこか虚空を見るように醒めていた。
自分を大切にしないような態度は、何か違うものを守っているような、まるで生き急いでいるような捨て身の行動に思える。
生意気な女はむしろ好物だった。菫の見た目、態度、その行動すべてがリョウマの心を擽った。
そして思い返すのは妻、アコヤのこと。
彼女が与えてくれる平穏も悪くないが、菫を見ると心が跳ねて困る。まるで自分が少年に戻ったように思えた。
「そうだ。先程、コウキ様との会話で出たヒサメ様のことをお伺いしたいです。もしかして、ヒサメ様という方もこの町の貧民街出身なのですか?」
「出身ではないが、貧民街で育った女だ。コウキと仲良くしていたが、俺たちはむしろ嫌厭していた。貴族が貧乏人と付き合うことは、家柄や将来に関わるからだ」
「何故コウキ様はヒサメ様と仲良くしていらしたのでしょう」
「単純に気もあったんだろう。昔は、ヒサメの家も貴族だったんだ。だから元々東の富裕層出身だ。だが、事業に失敗して落ちぶれ、両親共々貧民街で暮らすことになった。コウキだけだろうな。ヒサメの家が落ちぶれても、変わらず接していたのは」
「立派ですね……」
菫が思わず呟くと、リョウマが怒ったように声を荒げた。
「何が立派だ? コウキがか? あいつは貴族という立場を穢しているだけだ。貧乏人と親しくし、貴族の品格を落としているだけに過ぎない」
「貴族の品格……とは、何ですか?」
「気高いことだ! お前にはわからんだろうがな。どうせお前の配ったその金もあぶく銭なのだろう? 家柄の良い俺たち貴族は、貧乏人と一緒にいるだけで色々噂される」
リョウマが菫に怒鳴る。数名の貴族がこちらを見てひそひそと上品に口元を隠した。
「そんなこと恐らく承知で、コウキ様はヒサメ様と接していたのでしょうね。リョウマ様の言う、貴族としては失格の烙印を押されても、為政者や人の上に立つ者として人の痛みに寄り添える、その品格は抜群じゃないですか」
「お前は……ああ言えばこう言う……」
「ヒサメ様は今どちらに?」
「……青騎士団長をやっている」
「えっ?」
菫は驚いてしまった。貧民から騎士団長に上り詰めたのだ。血のにじむ努力をしたに違いない。
以前の青騎士団長は天倭戦争で亡くなっていた。その後騎士団長になったのだろう。白騎士団長ワタルと同じタイミングで騎士団長になったのかもしれない。
格差社会のこの町で、貴族たちの権力者外の差別は凄まじいものがある。
この町で育ったリョウマやルージュが権力至上主義になるのも致しかたないことだろう。だがコウキはどうだ。彼は自分の物差しを持っている。権力を笠にかけず、貧民街のヒサメにも同じように接している。
それから女中の菫にもパーティーのエスコートをしてくれ、気さくに接してくれていた。
何かを考えている菫を、リョウマはじっと見つめた。
この女もコウキのことを褒めるのか。
大体の女はそうだった。コウキの気さくさ、気兼ねなく貧乏人でも話せる寛容さ、人懐っこさ。そこに惹かれるのだろう。
しかし貴族はそれではダメだ。気高さや気品がコウキにはない。アコヤもコウキが家に遊びにくると嬉しそうにしており、その日は一日中機嫌が良かった。
正義のヒーローを気取るコウキには、昔から癪に障る。
貴族の品格を持ち併せていないコウキは、騎士の風上にも置けない。
うちは貧乏だと笑いながら騎士団長の座を獲得したワタルもそうだ。自ら恥の人生を笑いながら話すなんて、騎士団長として失格ではないのか。
「リョウマ様、仮面って、持っています? 鬼とか狐とか、何でも良いんですが、顔を隠せる仮面を貸して頂きたいです」
リョウマは納得して頷いた。
「薔薇をモチーフにした仮面を貸してやろう。オークションに参加するには仮面は必需品だからな」
「嬉しい、リョウマ様」
菫は花のように咲きほこる笑顔を見せてリョウマの首に飛びついてきた。
コウキに言い寄られながらこの小悪魔ぶりに、リョウマは菫がどこかわざとやっているのではないか、と疑問を抱いたが、華奢な彼女の腰を抱きとめることに気を取られて、その疑問はすぐに忘却の彼方へ追いやった。
☆続く☆
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