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第5章★人質交換★

第9話☆徹夜のあと☆

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 宗教の魔の手は天界国の領地、マダラメ領までにも及んでいるようだ。
 天満納言は頷くと、菫に言った。


「邪教が天界国に侵食する前に、せき止めることを考える。その前にやるべきことをやる。白騎士団長の選考と、青、銀騎士団長の選考だ」


 銀騎士団長、御雷槌やヒサメが寝返ったことで天満納言も参っているのかもしれない。疲れたような表情でため息をついた。


「待って下さい、御雷槌様やヒサメ様はもしかしたら裕……様に脅されている可能性も考えましたか? 裕……様は結構強引にことを進めていました。銀、青騎士団長を決めてしまうのは時期尚早ではないですか?」


 菫の声に、天満納言は少し考えているようだった。


「御雷槌は辞めると自分で言った。ヒサメは倭国の奴らに敬愛されて自尊心がくすぐられたということだろう。口出しするな、女中風情が」


「……わかりました、すみません。それからわたしの罰則は……?」


 罰則など与えられるはずもなかった。
 天界国を侵食してこようとする邪教を食い止め、マダラメ領を守った、むしろ救世主だ。
 菫を忌々しそうに見た天満納言は、ため息をついた。


「罰則はいい。貴様は剣矢に最初に土地買収を持ちかけた黒幕を引き続き探れ。女中の仕事はそれまでやらなくていい。剣矢優先で動け」


「はい、わかりました。白騎士団長選考の仕事は……」


「聞いていなかったのか? 女中の仕事はやらなくていい。剣矢優先だ」


「了解しました」


「今日はこれで終了にする。明日まで自由時間だ。解散」


 機械的に言うと、天満納言は菫を追い払う仕草をした。


 そういえば……と天満納言はソファに深く座って空中楼閣のことを思い浮かべる。
 リョウマと倭国王子が剣で戦っているとき、リョウマがおかしなことを言っていた。


 倭国王女……という声が聞こえた。
 リョウマは倭国王女を知っているのだろうか。
 裕、ワタル、そして倭国王女。
 この3人はまだ生きていると、竜神女王が呟いていたことがあった。


 倭国王女は、どこにいるのだろうか。倭国王女、是正、天界国、などの単語がリョウマから聞こえてきた。


 しかしリョウマが大人しく自分の命令に従い、白状するなどあり得ないと思ったので、天満納言はこれ以上考えることを止めて、少し仮眠を取ることにした。


 やはり徹夜は思考を鈍くするようだ。天満納言はため息をついて空を仰ぎ、目をつぶった。
 眉間のシワは付いたままだった。




 心配そうに天満納言の執務室の外で待っていたカルラは、菫が執務室から出てきたとき心底安堵したような顔をした。カルラは菫の手をとってさきほどのラボに向かう。


 朝方は女中や他の士官、騎士団たちが仕事に行くので、士官塔の菫の部屋や騎士塔のカルラの部屋に行く途中で誰かに見つかったら大変だからだ。


 騎士団長たちは今日1日休みがもらえたので、菫とカルラは簡易ラボに戻り、一緒に風呂に浸かることにした。


「菫、あの、その、もう一緒に入っても大丈夫なのか? 」


「はい、もう大丈夫ですよ」


 カルラの問いに菫は頷く。
 徹夜していたため、うとうとと湯船で眠ってしまいそうになったが、カルラがクスッと笑いながら菫を抱き寄せて湯船に落ちないように抱きしめてくれた。


「あ~このまま寝たいな~」


「うん……わたし寝落ちしそう……」


「菫はダメだよ、湯当たりしたら嫌だからな。そろそろ出ようか。寝るならベッドでどうぞ、お姫様」


 菫を横抱きしながら湯船から立ち上がったカルラの首に慌てて手を回した。


「わ、待って、落ちそう」


「落とすわけないだろ、俺が菫を。安心しろよ」


 おかしそうに笑ったカルラを見て、菫も笑う。
 眼鏡のないカルラの茶色い目はとても綺麗だった。


「カルラ様、天界国から大切に待遇されていますね」


「え、そう?」


「はい。死の監獄と、騎士塔と、この離れの簡易ラボにあなた専用の部屋が準備されていますし」


「あ~そうかな? 俺インドアだし、根暗だからありがたいよな」


「……多分、カルラ様のこと余程手放したくないんですよ、天界国は。重要な研究していますし、カルラ様がいなかったら開発できない薬もあったでしょうし」


「いやいや~待って、そんなこと言うなよ……」


 カルラは脱衣所で裸のまま菫を切なそうに抱きしめた。


「……俺が倭国に帰れないみたいじゃん……菫がいるところに俺は行きたい。研究機密なんて、確かに門外不出だろうし、俺が天界国から倭国に帰るなら、研究の記憶消さないと許されないだろうけど……」


「はい……」


「天界国での研究は、記憶消されてもいい……でも菫の記憶だけはもう2度と消されたくない。邪神国で菫の記憶失ったの、本当につらかったんだよ……」


「カルラ様」


 菫はカルラを抱きしめ返す。


「俺積み上げた研究の知識や記憶なんて全然いらない……でも菫と積み上げた記憶は忘れたくない」


 しばらく抱き合っていたが、菫がクシュン、とくしゃみをしたところで、カルラが慌ててバスタオルを菫の頭にかけた。


「ごめん、早く乾かそう、風邪引くぞ……というか拭いてやるよ。背中向けて」


「はい、ありがとうございます」


 ぎこちなく、優しい手つきでカルラが背中を拭いてくれる。
 壊れ物を扱うような手つきに、菫はくすぐったくなってしまう。


「ふふ、くすぐったい、カルラ様」


「え、そう? 難しいんだな……」


「死の監獄で、わたしが監禁されていたときもこんなことありましたね」


「俺もそのこと思い出してた……あのとき菫、俺の体を体で洗うって言い出してさ……びっくりして……可愛くて……」


 思い出すようにカルラはクスクス笑った。


「? あのときは、まだ闇堕ちカルラ様でしたよね? あの状態で可愛いなんて思えるものですか?」


「そこは仕方なくない? カオスの話を聞いているだけで菫を好きになるようなチョロい俺なんだしさ……」


「ふふ、チョロいって。それまでいいなって思う方はいなかったんですか?」


 菫の着替えを手伝いながら、カルラが上を向いて少し考えた。


「あまり興味がなかったかな……俺そんなに魔人に対して興味がないんだ。まあ思春期のときなんかは、女体とか男体とか……構造というのかな……メカニズムとか……そういう生物学には色々興味はあった気がするけど。研究や勉強の方が好きだったから」


「カルラ様らしいですね」


「そうかな……菫は太一が初恋って言ってたけど、他に興味ある男とかいなかったわけ」


 カルラが苦笑しながら尋ねてきた。嘘をつくべきだとは思ったが、菫はそれ以上にカルラに誠意を見せたかった。


「天倭戦争の前に……あなたと会う前、ラウンジで裸を晒していたときに、わたしの心を救ってくれた、癒やしの彼がいました……」


 カルラは頷きながら一生懸命聞いてくれている。


「彼には、次の日を生きるために縋っていたような感じでしたから、恋とは違うかもしれません。それより、カオス様が話して下さるお兄様の話が楽しくて」


「カオス、どんなこと話してたの、俺のこと……」


「えっと、飼っていた白い烏が亡くなったとき、しばらく傷心の旅に出ていたこととか……」


「ぐっ……」


「ケンカしてカオス様が悪くても、必ず先にお兄ちゃんが謝るとか……」


「ぐぐっ……」


「すごく優しいお兄様なんだな、と思っていたので、監禁されたときも怖くはなかったです。むしろ優しく抱きしめて寝てくださって、安心できたの」


「ぐ……な、情けね~……菫……こんなヘタレた鬼畜な俺を……よくもまあそんな褒め言葉で飾れるな……」


「カルラ様がいいの。カルラ様、好き」


「うん……俺も世界一好きだよ……菫だけだろうな、こんな風に俺を見てくれるのは……」


「カルラ様は女性から好意を抱かれないよう、わざとちょっとおかしいフリしたり、気味悪い言動したりするんでしょ。そうしないと、モテて大変ですもんね」


「おい……本気で言ってるのそれ……菫は俺を美化し過ぎてないか……?」


「ふふ、美化なのかな?」


 簡易ラボでも寝泊まりできるよう、風呂やベッドもきちんと併設されているようだった。
 さすがに天蓋付きではなかったが、女中のベッドよりも広くてふかふかの布団が敷いてあった。


「やっと眠れる……おいで菫。菫が安心して眠れるよう、ずっと抱きしめてるから」


「ありがとう……」


「泣きたいときは泣けばいいけどさ……そのときは俺を起こせよ。まあ、菫が泣いてたら絶対に起きるけどな、俺……」


 2人は布団に入ると、抱きしめ合って眠りについた。

☆続く☆
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