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第5章★人質交換★

第1話☆内緒話☆

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 太一は緊張を解いたようにホッとため息をつく。
 対面していた菫は、太一の側に寄って頭を撫でた。


「菫様?」


「つらかったですね……太一様、話して下さってありがとう」


「いえ……話して良かったのか、未だにわかりませぬ。しかし菫様に話しておかなければ……本題に繋がらないので……」


 菫は頷く。


「話して下さったのは、何か意図があるからですか?」


「はい。ここからが本題です」
 

 太一は慎重に頷いた。そして周囲を気にする素振りを見せて菫に近づいてくる。


「稲田一族をまとめ上げている、不老不死のフドウの件です。フドウはボクたち稲田一族の繁栄をどこかで監視しております」


「はい、以前カルラ様に少し伺いました」


「フドウは当主が決まると、一族の血が途絶えぬよう、複数の愛人を作らせ子作りをさせます。その愛人の選定方法ですが……」


「えっ、自由恋愛ではないのですか?」


「ボクも詳しくはわかりませぬが、フドウが決めておるようです」


 フドウが稲田一族のことを全て牛耳っているのかもしれない。菫は得体の知れぬフドウを思い、鳥肌が立った。


「当主候補を決める際、もう1通遺言状があることを書いてあったのを覚えておられますか?」


「はい。課題をクリアした候補者が集まり、その2通目の遺言状を読むことになっていましたね」


 実際は9人目の兄弟を見つけられていないため、2通目の遺言状は読めていないのだが。


 太一はそんな菫を見て頷いた。


「明らかにおかしな開示方法ゆえ、ボクは不審に思い、こっそり式神に王族が保管しておる2通目の遺言状を極秘に読ませてきました」


 太一は1度言葉を切る。菫は太一の狐のお面を見ながら次の言葉を待った。


「その、裕様やワタル様には遺言状を見たことは秘密にして下さいませぬか。勝手に遺言状を見たと知ったら……」


「ふふ、そうですね。あの2人はあれで結構頭が固いですからね。大丈夫よ、言いませんから」


 太一はほっとしたように息をはいた。


「2通目の遺言状は八雲が書いたものではありませぬ。大昔にフドウが書きました。代々同じ遺言状を、王家が保管し、代替のときに同じ文言を読んでいたようです」


 稲田一族2通目の遺言状は、王家に厳重に保管されていた。
 それは八雲が書いたものだと思っていたのだが、実は代々受け継がれていたもののようだ。


「課題をクリアした者たちで殺し合い、最後の1人になった者を稲田一族次期当主とする。課題をクリア出来なかった者は、新当主の贄となり、血肉を捧げよと……書かれてありました」


「こ、殺し合い……?」


 突然物騒な言葉が出てきたので、菫は思わず生唾を飲み込んで太一に聞き返した。


「血の薄い血族を作らぬための、間引きの意味もあるのでしょう」


 稲田一族は昔から血を濃くするため、なるべく親戚同士で結婚すると聞いたことがあったが、血の薄い親戚も減らすよう間引いていたとは知らなかった。


 恐ろしい慣習は伏せられてきたということもあるだろう。


「恐らく八雲もこの過程をくぐり抜けてきたのでしょう。ボクは父が愛人を作っていたのは、子がなかなか出来ず……焦った末のことかと思っておったのですが……」


 菫もそう思っていた。決められた結婚相手……マユラが妊娠せず不安が募り、沢山愛人を作っていたのではないかと考えていたのだ。


 太一は、フドウの考えた殺し合いをやらずに済むように、自分の兄弟は邪魔だから追放するように仕向けたのだろう。
 裕はそれほど考える人ではない。昔から信頼している太一に言われたことを素直に実行したのかもしれない。


 しかし、カルラたちを追放しただけでは根本的な解決にならない気がした。


「フドウを……元凶を何とかしないと稲田一族の殺し合いはこのまま続いてしまうのではないですか……?」


 菫の静かな声に、太一も覚悟を決めたように頷いた。


「その通りです。そこで菫様にお願いがございます」


「はい……わたしに出来ることならなんでもします」


「フドウは肉体を変えて時代時代を見守っております。つまり、顔形の違う誰かに成り代わり、ボクたちを監視しておるのです」


 菫は何度か頷いた。


「恐らく稲田一族周辺にいて、ボクらを監視しているのです。そいつを特定し、心臓に杭を打ち込む。そうすればフドウは魂ごと消滅するはずです」


 フドウは一族の前に出てくるときは、お面をかぶっているそうだ。
 だから普段素顔を見せても誰も気付かないのだろう。


「狐仮面のボクが言うのも変ですが、顔を隠し代々生き抜いてきた男です。ヤツが死なない限り、ボクたち一族は殺し合いをしなければならぬということになります」


「はい……」


「菫様と……ボクしか遺言状のことは知りませぬ。どうしたら良いか、ボクも測りかねております。ただあなたが……カルラのことを……」


 太一は一瞬言葉を止めた。


「カルラのことを想っているのならば、殺し合いや贄にされるのは……つらかろうと思い……」


 菫は頷いて太一の手を取った。


「カルラ様もそうですが、太一様、あなたが殺し合いをしたり贄になるのも嫌です。わたしは太一様のことも大切です」


「……菫様」


「ありがとう太一様、大切なことを話して下さって。ここからはわたしに任せてください。フドウを特定し、心臓に杭を打ち込めばいいのね」


「もちろんボクもフドウ特定に力を注ぎます。ただ、話を広げてしまえばフドウに計画がバレる可能性がある」


「はい、了解しました。わたしと太一様だけで行いましょう。ただ、隠密部隊を数名使ってもよろしいでしょうか」


「それは……もちろんです。隠密部隊は菫様の命令は絶対ですから、信頼できます」


 太一の兄弟たちを倭国追放したとはいえ、それだけでは不安が残る。


 やはり兄弟たち全員が生き残るためには、フドウを倒すしかない。
 菫は太一の手を強く握った。太一もそれに答えるように握り返してくる。


「杭など……打ち込めるのですか、菫様に」


「出来ますよ、太一様。誰もやりたがらないことをするのが王族の務め。国民……あなたやカルラ様、稲田一族を守るためなら、わたしは何でもしますよ」


 菫は肝の座ったような動じない笑顔を太一に見せた。


「菫様以外……裕様やワタル様はこのことを知りませぬ。というか、話せませぬ……竜神女王様が人質交換で倭国に戻ったら、菫様はどうするつもりなのですか。天界国に残りますか?」


「そうですね……倭国跡地再建を急ぎたいので、できれば倭国に戻りたいです。ただ人質交換や和平交渉が決裂し、お母様が倭国に帰ることができなかったら、まだ天界国にいるしかないと考えています……」


「……最近の裕様は、強引にことを進めるところがあります。決裂も考えられますからな……」


「そうですね……」


 菫はゆっくりと頷いた。裕は昔から少し強引なところはあったが、最近は目に余る行動に出るところがある。


「時間が経ってしまいましたな。そろそろ参りましょうか。玉座の間にご案内致します」


「ありがとう太一様。その前に、太一様に感謝のキスをさせてください」


「……ん? なんですと?」


「頬がいいかな。ね、その狐のお面、取って下さい。わたしには素顔を見せているし、大丈夫でしょ?」


 菫が甘えるように言うと、太一はためらった後、そっと狐面を外した。
 右目の下の泣きぼくろと、ふわふわの茶髪が前髪に垂れた。大きな青い目が菫を見下ろす。
 カルラに良く似た優しい顔立ちをしていた。


「あの……頬に……でしたな」


 うろたえたような太一の声に、菫はニコッと微笑むと、右頬の上のあたり、泣きぼくろにかかるように唇を押し付けた。


「す、菫様……」


 しばらく菫は太一にキスをして、やがてそっと離れた。


「行きましょ、太一様」


「は、はい」


 菫は太一の紙吹雪に包まれながら、太一に抱きついた。太一も1度菫を強く抱きしめる。


 紙吹雪がフッと消えると同時に、菫と太一もこの場から姿を消していた。

☆続く☆
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