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第4章★銀環の天空城★

第8話☆カルラVS太一②【王女の寵愛】☆

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 太一はひざまずくカルラを見下ろして鼻で笑った。


「お主は倭国からも、天界国からも裏切り者として影になって生きれば良い。しばらくここにはりついておれ。ボクと菫様の話を邪魔するでない」


 太一がフッと手を払う仕草をすると、ふわりと足元がおぼつかなくなり、見えない力によって宙を舞い、ガンと派手な音を立てて壁に磔にされてしまった。


 カルラの手足4つに六芒星の刻印が浮かび上がる。
 カルラはもがいてみたが、手と足が壁にしっかりと同化したように固定されていた。
 さらに体を動かすと、カシャンと音がして眼鏡が床に落ちてしまった。


「……滑稽ですなあ。眼鏡もカルラを拒絶しております。この調子で菫様にも拒絶されてしまえば良いだろうて」


「はは、そんな冗談言うんだ……」


 壁に磔にされたまま、カルラは抑揚のない低い声で太一に向かって言う。


「冗談ではありませぬ。ボクと菫様の時間をカルラが奪うことだけは我慢がなりませぬ。そこでおとなしくしておれ」


 このまま太一に行かれてしまったら困る、菫と話すために太一は菫と接触するはず、接触させるのは避けたい、とカルラは時間稼ぎをするため挑発的に笑った。


「そうだよな、太一は小さい頃から菫と一緒に遊んで、育ってきたんだもんな。太一以外の、俺含めた他の兄弟は、カオス以外菫の視界に入ることすら許されない立場だった。顔も知らず、名前も知らず、どんな人かも知らされていなかった」


「……何が言いたい?」


「俺、カオスから菫の話はずっと昔から聞いていたけれど、実際会ったのは半年くらい前なんだ。菫と太一の絆とは年季の入り方が違うよなって」


 太一は不審そうにカルラをじっと見る。狐のお面の奥は、どこか不安そうな顔をしているんじゃないかとカルラは思った。


「でも、そんなポッと出の俺に菫を奪われて残念だったな」


 カルラがニヤリと笑いながら言い、そんな様子を見た太一が宙で六芒星を描くと、磔にされた手足に鈍痛が走った。


「ぐあっ……」


 悲鳴を上げたカルラが横目で手を見ると、大きなヤモリがカルラの手にまとわりついて、絞め上げていた。


「あまりボクを怒らせるなよカルラ。式神のコツから全て聞いておりますぞ。お主が菫様に強いた悪行の数々を。許し難き所業ですな」


 カルラは痛みに耐えながらクスッと笑うと太一を見る。


 こんな余裕のない太一は初めて見るな、とカルラはふと思った。


「太一の式神は優秀だな。じゃあ、わかるだろ。菫は俺に夢中なんだよ。もう俺なしではいられないくらいに俺の色に染めてやった。太一が菫と紡いだ長い時間を、初めて出会った日に俺が一瞬にして奪ってやったよ。何回もねだるからさ、1日6回くらい中に出してやった。何日もな」


「黙れ外道が!」


「ぐ……っ」


 太一が拳を握ると、手足に絡みついたヤモリの力がどんどん強くなった。痛みがさらに強くなる。


「菫様が必死で守り抜いてきた花を散らしたのが、ボクの血を分けた兄とは……心底憎らしい!」


「……」


 カルラは太一が激昂するように仕向けていた。
 そうすれば菫の元にはしばらく行かないはず。その間に天界国の誰かが菫を見つけて保護すれば……と考えて首を振った。


いや、何考えているんだ俺は……菫は倭国側なのに……天界国に頼るなんて。


 でもそれほどの濃密な時間を天界国で過ごしてきた。
 騎士団員たちの天界国民を守る高潔な意識に触れてきた。
 天界国は信頼できる。
 そう思うだけの材料が、カルラの心に育っていた。


 リョウマなら……リョウマが菫を見つけてくれたら。
 リョウマが菫を見つけてくれるまで、ここで太一を足止めしなければ、とカルラは思っていた。


「必死で守り抜いてきた花を俺が散らした? 太一、良く知っているんだな。まるで俺が抱くまで処女と確信しているような口ぶりだ」


 カルラが笑いながら言う。太一がギクリと体を硬直させていたのをカルラは見逃さなかった。


「詳しすぎるのもおかしいな、太一。あの菫が太一に恋の話を持ちかけるはずもないし」 


「……わからぬよ。ボクと菫様はお互いの恋の相談をしていたかもしれぬだろうて」


 太一の声に張りがなくなってきた。カルラは確信したように首を振る。


「いいや、菫は太一だけには恋の話はしないはずだ。だって太一は菫の初恋の相手だから。好きな男の口から他の女性の話は聞きたくないだろ」


 太一はそれを聞いて思わず鼻で笑う。


「そんな了見の狭い方ではあるまい。ボクが例えばある女性を好いていたとしたら、菫様は自分の気持ちを隠してボクと女性がうまくいくよう、笑いながら背中をそっと押して下さるような方だろうて」


 確かにな、とカルラは思った。


 カオスを殺されたと思い込み、菫を恨んで処女を奪ったにも関わらず、一切カルラにそのことを責めてこない菫だ。


 国民のためなら自己犠牲を厭わない菫が、太一が想い人と幸せになるなら、菫は絶対に自分の気持ちを押し殺して太一に祝福の言葉を投げるだろうと確信が持てる。


 そして先程から太一の言葉の節々にうかつな点がにじみ出ている。カルラはそこを突いてみることにした。



「太一、お前なぜ菫が貞操を守っていたと知っている? そんなの、ラウンジの参加者じゃないとわからない情報だよな?」


 カルラはヘラヘラ笑いながら太一に向かって声を上げた。
 

「……なにをバカな」


「なにをバカな? ラウンジって何? じゃないんだ。ふ~ん?」


 カルラの軽い口調とは裏腹に、太一はしまった、というように体を硬直させた。


「……お主は変に鋭いところがありますな……」


 諦めたように太一が肩を落としながら言う。


「気付くよ。八雲は太一を連れ回していた。小さい頃からずっとお前は八雲と共にいただろう。だったら、ラウンジの存在を知っているんじゃないかと思っただけだよ」


「……菫様が……お主に全て話したのか? ラウンジで受けていた仕打ちを……?」


「……ああ。菫が俺に話してくれたよ。どんな気持ちでお前はラウンジで踊る菫を見ていたんだ?」


「……」


 太一が沈黙してしまったので、カルラはため息をついて周囲を見渡した。


「ああ違う。責めるつもりはないんだ。ごめんな、太一。知っているからこそ、太一は苦しんだかもしれないもんな」



「兄貴面をするな」



 眼鏡を拾いたいところだが、磔にされかつどこに飛ばされたかわからない。


 本当はこんなことは言いたくない。
 しかし太一には効果的とわかっているため、カルラはわざと気味悪く笑った。


「……太一はステージ上に立つ菫を遠くで見ていただけか。俺は菫のこと、全部知ってるぞ。抱きしめたときの甘い匂い、息遣い、蕩けるように俺を見る大きな目」


「……黙れ」


「知ってるか? 馬乗りになって俺にまたがり、俺を見下ろしながら腰を振るのがお気に入りみたいだな。サディスティックの極みなんだろ、恍惚の表情で俺を見下ろすのは」


「……黙れと言っておる」


 懐から念術が描かれた和紙を取り出した太一は、カルラに向けてフワリと飛ばした。

 磔にされたカルラの額に和紙が付く。


「菫様を穢すな、鬼畜眼鏡!」


「お互い様だろ。ラウンジで視姦した太一と、復讐のため強姦した俺。俺たち一族は、菫を不幸にしかしていない。まあ菫の魅力に囚われた俺たちの負けだよな。今はもう愛おしくて仕方がない」


「黙れ!」


 和紙が青い光を発したと思った瞬間、カルラは壁に磔にされたままカクッと力が抜け、意識を失ったように気絶した。


「お主に菫様は分不相応。根暗カルラのくせに、菫様の寵愛を受けられると思うでないぞ」


 額に貼り付けられた和紙が発光し、カルラの全身を包みこんだ。


「……そこでしばらく悪夢を見ておれ。ボクは菫様に話があるのでな」

☆続く☆
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